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第32話
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膠着状態を脱するべくケリをつけたいとマックスが言いだしたのはシドが入院してから五日目の夕方、指の移植手術が終わって四時間後のことだった。
それまでにも幾度かハイファはマックスとキャスの部屋を訪ね、マックスの苛立ちを感じては宥めていたのだが、移植手術でようやく揃った指を他人に晒せるようになったシドの訪問で一気に心の内に抱えていたものが爆発したようだった。
「嵌められたにしろ、まずは残ったヴィクトル星系解放旅団を燻り出さないと、いつまで経ってもこの状態なんだろう? 俺が奴らを誘い出してやる。そいつらが片付けば『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』なんか存在しないと俺も大声で喚ける筈だ」
マックスも馬鹿ではない。考える時間だってたっぷりとあったのだ。自身の今の状態が『とある体制側』の演出に因るものと思い至ってもおかしくはなかった。
「俺はここを出る。もう、うんざりだ」
「ちょっと待てよ、そんなに短気になるな。キャスのことも考えろよ。それに俺を拉致った奴らもそろそろ再生槽から出る頃だ。そっちからドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団のネタが上がるかも知れねぇだろ」
特殊部隊突入の結果、敵で命が残ったのは五名。そのうち二名は脳の損傷もなく、あと一週間も経てば尋問可能なまでに回復するとの情報がもたらされていた。
「そんなに待っていられるか。それにあいつらは筋金入りのテロリストだぞ。簡単に口を割るとは思えん。吐いて粛清を恐れて一生を過ごすより舌でも噛まれるのがオチだ。それとも何か、軍や別室とやらは舌を滑らかにする薬でも開発したのか?」
見られたハイファは仕方なく、ここでもまた宥める口調だ。
「うーん、ないこともないよ。だからあと少し大人しくしていて欲しいんだけど」
手中にある敵が意識さえ回復すれば、別室テレパスの面接で全ての片はつく。
だがハイファとしてはマックスが顔を晒して囮役を務めるという別室の思惑にすっぽり嵌ってくれれば、今回の任務が早々に終わってシドをゆっくり療養させられるという思いもあり、強硬に引き留める理由は見当たらないのだ。
ただ、口にすればシドが『冷血別室員』とか何とか言って怒り出すので黙っているだけである。
そう。シドは移植手術後に普通なら当然再生槽入りするところを断固拒否して医師らを呆れさせていた。意識を落とされている間に事態が動いて、自分たちに振られた『護衛役』を務められなくなると困るから……それが理由である。
護衛も何もまともにトリガさえ引けないような手で何を言っているのかとハイファだって呆れたかったが、互いの頑固さも承知しているので敢えて言わない。だがおそらく今のシドよりマックスの方が自分の身を護るすべに長けているのは明白である。
だからと言ってマックスを積極的に留めようとしているのは妊娠しているキャスのことを考えたからだ。いじらしくもマックス本人に告げない彼女のためにもここは止めるべきだった。巨大な敵を前に警察官の一人くらい別室ならすり潰しかねない。
別室の冷徹さを身を以て知っている以上、あまりに危険な行為をマックスに演じさせるのは気が引けた。
しかしマックスが周囲の言葉に耳を傾ける素振りは一切ない。いきなり人生が反転するような体験をさせられ次は缶詰めだ。ある種の拘禁症状なのかも知れなかった。
「とにかく俺は行く。キャスを頼むからな」
「何をそんなに焦ってんだよ、今更だろうが、マックス。せめて俺が動けるようになるまで待ってくれよ。な?」
「こんな所で……ハイファスには悪いが、体のいい檻の中だ。頭が痛くて堪らない」
「頭痛って、お前、まだ医者に診せてなかったのかよ」
「喩えだよ、頭の中がいっぱいになって痛い気がするだけだ」
シドとハイファが心配そうに沈んだ面持ちのキャスを伺うと頷いてみせる。
「頭痛薬要らずなのよ、この人。ただ考え過ぎちゃうだけみたい」
「ふうん。何処かの刑事と違って真面目なんだね」
「仕事中に晩飯のメニューばっか考えてる奴とは出来が違うんだろ」
「入院中にまでフラチなことを考えてる人とも違うんじゃない?」
「とにかく、だ。俺は出て行くからな」
宣言したマックス以外の全員が溜息をついた。
特別室とはいえ所詮は軍病院、華美さは殆どなく広いのが取り柄という中でソファに座った面々がマックスを注視しつつ口々に言った。
「貴方が行くなら、わたしも行くわ」
「なら、俺もだ」
「シド。貴方はまだ無理でしょ。それにキャスは……だから僕が行く」
「わたしはマックスのバディだもの。こんなときこそ行かなきゃ」
「俺だって、ほら、右手は殆ど無事だったからな」
「無事って……貴方、小指と薬指は今日移植したばっかりじゃない!」
「喚くなって、ハイファ。何かあればお前の腕に期待する」
「そんな――」
誰もが何をも譲らない頑なな空気に、今度はハイファだけが大きく溜息をついた。
「で、マックス。出て行くったって何処へ行くのサ?」
「逃げなきゃ辿っていた道、取り敢えずは惑星警察のタイタン一分署だな」
「ここからは出たいクセに勾留されに行くんだね」
腹立ち紛れにシニカルな地が出るハイファ。それにマックスは苦笑いをする。
「俺は独りでいいんだが……ご一行様の方が目立つ。狙いにも近づくだろうし、俺を突き出せばあんたたちも金星だ。そうしたらすぐにここに戻ってくれていい」
「そんな金星は僕もシドも要らないし、そもそもの貴方の『逃げる』から始まって、シドはこんなに酷い怪我して――」
「ハイファ。もういい、言うな。同意して決めたのも俺たち自身だろ」
憤懣やるかたないハイファは黙ったものの、硬い表情でマックスを上目遣いに睨み続ける。そんな相棒を目で牽制しシドは尖った空気を和らげようと暢気そうに言った。
「でも黙って出て行くのは反則だぜ。せめて外出だか外泊だかの許可手続きくらい取ってくれよな。ここにお前らを連れてきたハイファの顔もあることだしさ」
「それは分かってるさ。夕食のあとでそちらの病室へ行く」
「じゃあ、それで行こうぜ」
ハイファと特別室を出たシドはエレベーターホールへ向かいながら囁く。
「すまん」
そのひとことで片付けるバディの無茶ぶりにハイファは返事すらしなかった。
現代医学によって繋げられた指はもう動く。だが神経・血管等は通ってはいても、あとは表皮を接着しただけである。骨などは今後、再生促進する治療計画だった。
通常なら再生槽に数日浸かっている間に怪我も貧血も治っている筈なのだ。それを拒んで余計な時間を食う選択をしたのはマックスたちのためだと分かってはいた。
シドとの繋がりだけでなく、元々目をつけられる要素があって選ばれたのは想定済み、意識的か無意識かは不明だがマックスには何かがあるとシドとハイファは確信しているが、未だに別室の囮役から解放された訳ではない。故にいつ何処で狙われ命を落とすか知れないのだ。
キャスの腹の子の存在も知らないまま死なせられない。
そんな思いでシドはマックスから離れない。自分の治療も差し置いて不可能とも思える護衛役を全うするために誰にも悟られないよう涼しい顔で無茶をするのだ。
勿論マックスを送り届けたら迷わずここに戻ってくる、いや、引きずってでもシドを連れ帰るつもりのハイファであったが、突然のマックス連行に一分署の面々から自分たちは必ず事情を聴かれる。
それなりの時間を要するのは覚悟せねばならない。
それまでにも幾度かハイファはマックスとキャスの部屋を訪ね、マックスの苛立ちを感じては宥めていたのだが、移植手術でようやく揃った指を他人に晒せるようになったシドの訪問で一気に心の内に抱えていたものが爆発したようだった。
「嵌められたにしろ、まずは残ったヴィクトル星系解放旅団を燻り出さないと、いつまで経ってもこの状態なんだろう? 俺が奴らを誘い出してやる。そいつらが片付けば『清冽なる陽・テレーザガーデンズ』なんか存在しないと俺も大声で喚ける筈だ」
マックスも馬鹿ではない。考える時間だってたっぷりとあったのだ。自身の今の状態が『とある体制側』の演出に因るものと思い至ってもおかしくはなかった。
「俺はここを出る。もう、うんざりだ」
「ちょっと待てよ、そんなに短気になるな。キャスのことも考えろよ。それに俺を拉致った奴らもそろそろ再生槽から出る頃だ。そっちからドラクロワ=メイディーンとヴィクトル星系解放旅団のネタが上がるかも知れねぇだろ」
特殊部隊突入の結果、敵で命が残ったのは五名。そのうち二名は脳の損傷もなく、あと一週間も経てば尋問可能なまでに回復するとの情報がもたらされていた。
「そんなに待っていられるか。それにあいつらは筋金入りのテロリストだぞ。簡単に口を割るとは思えん。吐いて粛清を恐れて一生を過ごすより舌でも噛まれるのがオチだ。それとも何か、軍や別室とやらは舌を滑らかにする薬でも開発したのか?」
見られたハイファは仕方なく、ここでもまた宥める口調だ。
「うーん、ないこともないよ。だからあと少し大人しくしていて欲しいんだけど」
手中にある敵が意識さえ回復すれば、別室テレパスの面接で全ての片はつく。
だがハイファとしてはマックスが顔を晒して囮役を務めるという別室の思惑にすっぽり嵌ってくれれば、今回の任務が早々に終わってシドをゆっくり療養させられるという思いもあり、強硬に引き留める理由は見当たらないのだ。
ただ、口にすればシドが『冷血別室員』とか何とか言って怒り出すので黙っているだけである。
そう。シドは移植手術後に普通なら当然再生槽入りするところを断固拒否して医師らを呆れさせていた。意識を落とされている間に事態が動いて、自分たちに振られた『護衛役』を務められなくなると困るから……それが理由である。
護衛も何もまともにトリガさえ引けないような手で何を言っているのかとハイファだって呆れたかったが、互いの頑固さも承知しているので敢えて言わない。だがおそらく今のシドよりマックスの方が自分の身を護るすべに長けているのは明白である。
だからと言ってマックスを積極的に留めようとしているのは妊娠しているキャスのことを考えたからだ。いじらしくもマックス本人に告げない彼女のためにもここは止めるべきだった。巨大な敵を前に警察官の一人くらい別室ならすり潰しかねない。
別室の冷徹さを身を以て知っている以上、あまりに危険な行為をマックスに演じさせるのは気が引けた。
しかしマックスが周囲の言葉に耳を傾ける素振りは一切ない。いきなり人生が反転するような体験をさせられ次は缶詰めだ。ある種の拘禁症状なのかも知れなかった。
「とにかく俺は行く。キャスを頼むからな」
「何をそんなに焦ってんだよ、今更だろうが、マックス。せめて俺が動けるようになるまで待ってくれよ。な?」
「こんな所で……ハイファスには悪いが、体のいい檻の中だ。頭が痛くて堪らない」
「頭痛って、お前、まだ医者に診せてなかったのかよ」
「喩えだよ、頭の中がいっぱいになって痛い気がするだけだ」
シドとハイファが心配そうに沈んだ面持ちのキャスを伺うと頷いてみせる。
「頭痛薬要らずなのよ、この人。ただ考え過ぎちゃうだけみたい」
「ふうん。何処かの刑事と違って真面目なんだね」
「仕事中に晩飯のメニューばっか考えてる奴とは出来が違うんだろ」
「入院中にまでフラチなことを考えてる人とも違うんじゃない?」
「とにかく、だ。俺は出て行くからな」
宣言したマックス以外の全員が溜息をついた。
特別室とはいえ所詮は軍病院、華美さは殆どなく広いのが取り柄という中でソファに座った面々がマックスを注視しつつ口々に言った。
「貴方が行くなら、わたしも行くわ」
「なら、俺もだ」
「シド。貴方はまだ無理でしょ。それにキャスは……だから僕が行く」
「わたしはマックスのバディだもの。こんなときこそ行かなきゃ」
「俺だって、ほら、右手は殆ど無事だったからな」
「無事って……貴方、小指と薬指は今日移植したばっかりじゃない!」
「喚くなって、ハイファ。何かあればお前の腕に期待する」
「そんな――」
誰もが何をも譲らない頑なな空気に、今度はハイファだけが大きく溜息をついた。
「で、マックス。出て行くったって何処へ行くのサ?」
「逃げなきゃ辿っていた道、取り敢えずは惑星警察のタイタン一分署だな」
「ここからは出たいクセに勾留されに行くんだね」
腹立ち紛れにシニカルな地が出るハイファ。それにマックスは苦笑いをする。
「俺は独りでいいんだが……ご一行様の方が目立つ。狙いにも近づくだろうし、俺を突き出せばあんたたちも金星だ。そうしたらすぐにここに戻ってくれていい」
「そんな金星は僕もシドも要らないし、そもそもの貴方の『逃げる』から始まって、シドはこんなに酷い怪我して――」
「ハイファ。もういい、言うな。同意して決めたのも俺たち自身だろ」
憤懣やるかたないハイファは黙ったものの、硬い表情でマックスを上目遣いに睨み続ける。そんな相棒を目で牽制しシドは尖った空気を和らげようと暢気そうに言った。
「でも黙って出て行くのは反則だぜ。せめて外出だか外泊だかの許可手続きくらい取ってくれよな。ここにお前らを連れてきたハイファの顔もあることだしさ」
「それは分かってるさ。夕食のあとでそちらの病室へ行く」
「じゃあ、それで行こうぜ」
ハイファと特別室を出たシドはエレベーターホールへ向かいながら囁く。
「すまん」
そのひとことで片付けるバディの無茶ぶりにハイファは返事すらしなかった。
現代医学によって繋げられた指はもう動く。だが神経・血管等は通ってはいても、あとは表皮を接着しただけである。骨などは今後、再生促進する治療計画だった。
通常なら再生槽に数日浸かっている間に怪我も貧血も治っている筈なのだ。それを拒んで余計な時間を食う選択をしたのはマックスたちのためだと分かってはいた。
シドとの繋がりだけでなく、元々目をつけられる要素があって選ばれたのは想定済み、意識的か無意識かは不明だがマックスには何かがあるとシドとハイファは確信しているが、未だに別室の囮役から解放された訳ではない。故にいつ何処で狙われ命を落とすか知れないのだ。
キャスの腹の子の存在も知らないまま死なせられない。
そんな思いでシドはマックスから離れない。自分の治療も差し置いて不可能とも思える護衛役を全うするために誰にも悟られないよう涼しい顔で無茶をするのだ。
勿論マックスを送り届けたら迷わずここに戻ってくる、いや、引きずってでもシドを連れ帰るつもりのハイファであったが、突然のマックス連行に一分署の面々から自分たちは必ず事情を聴かれる。
それなりの時間を要するのは覚悟せねばならない。
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