スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基

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第23話

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 目を伏せたハイファにシドは激昂しかけ、急激に醒めた。

「すまん」
「食堂のロックコードを聞き出すのに、ギルのこと撃っちゃった」
「ギルを撃っただあ?」
「掠り傷、耳をほんの少し掠めて脅しただけだよ。それよりシド、貴方もそこら中、血だらけなのに気が付いてる? ジャケットの上からも至近距離で撃たれた筈」

 言われて見下ろすと、コットンパンツのあちこちに血が滲んでいた。顔も手で触ると結構な量の血でぬるついている。

「痛くはねぇんだがな」
「それ、まだ気を張ってるからだよ。こっち側はまだ開かないだろうから、通路のエンダースを拾って向こう側の食堂から出なきゃ。行こ」

 厨房に入った二人は穴の開いた扉から通路に出た。出てみるとそこも狭いながらもトンネルチューブになっていた。
 シドが穴を開けるまではここは二枚のシャッターに挟まれて気密を保ち、閉鎖されたエアロックのような状態にあった訳だ。

 二十メートルほど先の扉の前にエンダースが倒れているのを見て、シドは駆け寄った。バイタルサインを看るも脈が僅かに触れるのみだ。背負うように担ぎ上げる。

「よくここまで連れてこられたな」
「丁度厨房にいたし、でも僕にはここまでが限界だったから。……酸素があるのはここまでだよ。食堂内では絶対に息はしないでね。酸素を吸うよりも逆に酸素を奪われて一瞬であの世行きだから」

「分かってる。食堂を出てメインの手前、Yの字のトンネルチューブに酸素は?」
「僕が食堂の扉を開けたのはほんの数秒だけど、それも危ないと思う」
「この扉を開けて食堂内を約十メートル、出入り口の扉を開けて更に二十メートルの、合計三十メートルか。……行こうぜ」

 二人同時に大きく息を吸い込むとハイファが小さな扉を押し開けた。エンダースを背負ったまま、シドはハイファに続いて扉をすり抜ける。
 ハイファが慎重に扉を閉めた。開放しておくとエアがこちらにも流れ込み、もう一枚の内開きドアに圧が掛かって開かなくなる。

 厨房内を早足で通り抜け二人はスイングドアから出た。初めて入る食堂の造りに目をやるヒマなどない、シドは出入り口のシャッターへと走る。先を行くハイファが扉の取っ手を掴む。エアの白濁もなくあっさり開いた。

 ということは、この食堂とYの字トンネルチューブの気圧はほぼ同じ、僅かに期待した呼吸は不可能だ。息を止めたまま二人はトンネルチューブに飛び出して走った。

 苦しさを堪えてチューブを駆け抜け、辿り着いたメイン構造物のシャッターをガンガン叩く。内側から開けられるまでの数秒間が永遠にも思われた。

 二人が建物内に転がり込むと、集まっていた人々から拍手が湧いた。

「いやいや、生きて戻られるとは、さすがはテロリストハンターですな」

 副局長が拍手をしながら褒めそやす。暢気な男にシドは大声を出した。

「医療班を頼む。急げ!」
「こちらにもう来ておりますぞ。ささ、お早く」

 人々の輪が割れたそこには、既に自走ストレッチャ三台と医務要員らしき男らが待機していた。ストレッチャに寝かせたエンダースと共に二人も一階の医務室へと向かう。
 百メートル近くも廊下を走らされて右に曲がり、更に五十メートルほど進んで、やっと医務室のプレートが貼られたオートドアに辿り着く。

 医務室に入るとエンダースはすぐさま再生槽に放り込まれた。再生液は酸素マスクなどよりも効率よく酸素を吸収できる。医師によると幸い命に別状はないが、本星に移送して脳に補助的メカを埋め込むことになるらしかった。

「シド、貴方は外傷と全身のスキャンもだよ」
「痛くはねぇが、まあ、ワープも控えてるしな」

 怪我の的確な治療を怠ってのワープは厳禁なのだ。亜空間で血を攫われ、ワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねない。

 医師による簡易スキャンの結果、シドは胸と腹、腰に打撲を負っただけで骨には異常のないことが確認された。
 
 しかし対衝撃ジャケットで護られた上半身と頭部以外の脚と顔、首筋には十ヵ所近い傷が発見され、その傷のひとつひとつに滅菌ジェルをかけ、合成蛋白スプレーを吹きつけ、人工皮膚テープで傷口を閉じてから医療用ゴムスプレーで固める作業には一時間ほども要した。

 手当てをされているうちにパーテーションで仕切られた処置用のベッドからギルが顔を出す。ハイファの姿を見てどんな表情を作ろうかと悩んだらしく、数秒間で様々な顔を試したのにはシドもハイファも笑った。

 結局、無表情に戻ったギルが硬い声を出す。

「笑い事ではありません。ハイファス、貴方は汎銀河法で定められた、宇宙空間及び宇宙空間に準ずる施設に関する保安法の第二条・危険行為禁止項目と第三条・未必の故意による殺人及び殺人未遂に違反、そして私に対する傷害と公務執行妨害で逮捕されるべき状況なのですよ、分かっているんですか?」

 黙って聞いていたハイファ本人でなく、シドがギルに訊いた。

「へえ。ハイファお前、大罪人みたいだぞ。ところでギルは何だって寝てるんだ?」
「私は……貧血で――」

 医師と看護師がププッと吹いて首を横に振って見せる。アンドロイド博士はどうやら血に弱いらしい。スキャンされればバレて拙いこともあろうに、出来の良すぎるのも考えものだ。

 治療の終わったシドは椅子から腰を上げる。

「ミスって宙艦を太陽に突っ込ませないよう、貧血を充分癒してくれ」
「何処へ行かれるんですか?」
「部屋で煙草吸ってくる」

 言い置いてハイファの手を掴むとシドは医務室を出た。
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