黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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1章

第5話 口の悪い小さな女の子『リース・アーズメン』

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「これで確定じゃな」
 ドロ爺が山肌に穿たれた大穴を睨みながら呟いた
「今回の足跡は1人のものだったから、その足取りを綺麗にトレースすることが出来たな。犯人は穴の中から出てきて、穴の中に戻っているな」
 フィオさんが木の枝で地面に線を描き、僕らの荷物を奪ったであろう犯人の足取りを示してくれていた
「ったくよぉ。あの剣はオレんとこの家宝みたいなもんなんだ。取り戻さねぇと親父にどやされちまうべ」
 剣を盗られたエルバが困ったように頭を掻いている。
 どやされるくらいで済めば良いのだけれどね……
「(グーーー)お腹すいたぁ」
 食料がすっからかんになって、朝ごはんがお預けとなったピノが、腹の虫を賑やかにしている。
 僕らの中に漂っていた怒りと緊張感が、それで少し緩むのが分かった。
 狙っていたわけじゃないだろうけど、ナイスだ、ピノ。僕も少し冷静を取り戻すことが出来たよ。

「さて、これで、荷物を取り返すためにはどうしたって穴の中に入らなくちゃならなくなったわけだけれど……」
「おうよ! 盗人め……絶対に武器を取り戻させてもらうべよ!」
 エルバを始め、皆一様に気勢を揚げている
「でも<<武器を取り戻す>>ってことはさ、相手が<<武器を持っている>>ってことになるよね?」
「……なるほど、確かにそうなるのぉ」
 ドロ爺がため息とともに呟き、皆の士気が一気に萎んでいくのが見て取れた
「でも、こういう考え方もできる。犯人は荷物は盗っていったけれど、逆に言えばそれしかしていない。恐らくだけれど、僕らを問答無用に殺すようなことは無いだろうと予想できる」
「ふむ。それも一理あるな」
 フィオさんが、もっともだ、という感じで大仰に頷いた
「だからさ、こういうことにするのはどうかと思うんだけど……」

1.用心はするが、たとえ相手を見つけてもこちらから攻撃することはしない
2.相手とは言葉をもって交渉してみる(そもそも言葉が通じるかは賭けだけど)
3.念のため僕とエルバは、太い木の枝を拾って武器(棍棒)とする
4.フィオさんとドロ爺は、手頃な石を拾い集めて、遠距離用の武器とする
5.ピノは、燃える樹液を集められるだけ集めておいて、松明と予備の燃料を作る

 これが基本方針と事前準備の内容だ。
 次に隊列について説明した

 僕(前衛|棍棒)・エルバ(前衛|棍棒)・ピノ(中衛|松明)・フィオさん(中衛|投石)・ドロ爺(殿|投石)

 といった感じだ。

 そして、事前準備が完了し、僕を先頭とした調査隊一行は、いよいよ穴の中に足を踏み入れる……。

 少し歩を進めると、穴の奥からひんやりとした空気が流れてくるのが分かった。
 初夏の陽気だった外気との温度差が身に堪えてくる
「さ、さびぃな……」
 エルバが寒さで大きな体を震わせている。
 いや、その震えの理由は、寒さだけじゃないのかもしれない。
 ピノの松明が、歩くには十分な光をもたらしてくれているけれど、それでも、明るさが届くのは極々狭い範囲に限られていた。
 例えば、暗闇の奥から弓矢が放たれたとしたら……?
 僕らはまるで案山子のように、それに気づくこともなく射抜かれてしまうだろう。
 エルバが恐怖で震えていたとしても、それを笑うことなど誰にも出来やしない状況なのだ。

 そう考えれば、僕らの行動は無謀の極みだといえた。
 たかだか『調査隊』なのだから、無理せず村に援軍を頼む選択肢だったのだ。
 だけれど僕には予見があった。
 少なくとも、今回のチャレンジで犠牲者が出るようなことにはならない、という予感だ。
 そしてそれはまた、このチャレンジを強行した方が良い結果になるという予見でもあった。

 殺風景な土壁の風景が続いていた。
 特に道が別れているようなこともなく、穴はただ奥に向かって1本の道で構成されていた。
 これならば、戻るに迷うこともなさそうである。
「あれ? なんだか暖かくなってきたよネ?」
 ピノがいち早く空気の変化に気づいた。
 ドロ爺がそれを確かめるように鼻を鳴らす
「むぅ、確かに風が暖かくなっておるのぉ。それに匂いも変わったようじゃ」
「どんな匂いですか?」
「ふむ。なんといったらいいかのぉ……。生活の匂いとでもいったものか? 少なくとも獣の臭いではないの」
「なるほど。もしかしたら盗人の拠点か何かがあるのかもしれませんね」
 僕らは警戒を強め、少し歩みを落として暖かい風に向かって進んでいった。

 徐々に前方が明るくなっていることが分かる。
 光の拡散の様子から、そこは広く開かれた大きな部屋のようになっていることが予想できた。
 それは、ここが盗人のアジトがあるという仮定に現実味を持たせていく
「さーて、敵さんは何人おるものかのぉ」
 ドロ爺が、懐に入れてある小石をカツカツと鳴らす
「ぜえってぇ剣は返してもらうかんな!」
 エルバが、ブン! と棍棒を振り下ろしてみせる
「だーかーら! みんなして攻撃的にならない! まずは相手の出方をみる。最初に話し合ったじゃないか」
「おっと、そうじゃったそうじゃった」
「そういや、そんな話だったなぁ。んだばカドー、交渉は任せるべよ」
「わかっているって。だからくれぐれも、暴れないでくれよな」
「おうよ!」
 そうして、いよいよ僕らは明るく照らされた広間へと足を踏み入れた。

 広間は20メートル四方といったところだろうか、半円形にくり抜かれた空間で、天井から薄黄色の光が落ちている。
 だけどその光源が何であるかは判別できなかった。
 左右の壁際には、あらゆる武器が並べられていた。
 いや、その多くは見たことがない形状で、武器かどうかは確かじゃないのだけれど、冷たく光る刃が、自らが武器であることを主張しているように思えた。
 長い棒状の金属の先に、鋭い突起が備えられたモノがある。槍にも見えるが、その側面は斧のような形状をしているから、もしかしたら斧なのかもしれない。
 他には、棒の先端に鎖が伸びていて、その先に刺々しい球体がつながれているモノ。
 だれだよ……こんなえげつないモノを考えたのは!!
 これを喰らった場面を想像するだに恐ろしい。
 そして、ありえないくらい分厚い斧。
 まず僕には持ち上げることなど出来やしないだろう。
 その使い手の体躯など考えたくもない。
 もしかしたらそれらの武器は、田舎者の僕だから知らないだけで、至極一般的なものなのかもしれない。
 だけれど、何より<<異質だ>>と感じたのは、その素材であった。
 ふんだんに金属が使われているのだ。
 ヴァイハルト皇国の正規軍だというなら理解できなくもないが、たかが山賊や盗賊の類の武器に、これほど贅沢に金属が使われているはずがない。
 鉄の類は非常に高価なのだ。
 ということは、これらの持ち主はものすごい金持ちということになる。
 もしくは<<僕が密かに予想していた通りの存在>>なのかも知れない……。

「ヤハ! ヨウコソさ。人間諸君!」
 僕らの正面、広場の一番奥から声が届いた。
 それは、僕らが平素から使っている言語となんら変わらないものだった。
 声のした方を見ると、一人の少女が四角く盛られた土の上に座っているのが見えた。
 土はちょうどベンチのように横長に盛られていて、その中央に少女が一人で座っている。
 どうやら、彼女以外の人(人かどうかはわからないけれど)はいないようであった。
「別になにもしないからさ。もちっとコッチにおいでさ!」
 少女の姿をよく見ると、サイズ的には10歳からそこらに見えた。

「やはり子供じゃったの」
 ドロ爺が少女を見て得心がいった顔をしている
「ま、足跡は子供のものだったからな。まずコイツが犯人で間違いないだろう」
 フィオさんがニヤリと笑った
「なんだぁ!? 気合を入れて損したべよ。結局、子供のイタズラってことかい」
「よかったネ。さっさと荷物を返してもらおうよ」
 エルバとピノは、既に緊張感を放り投げてしまったようである。

 だけど……
 忘れちゃいけない。
 ここはプルタンの森の奥地。
 迷いの森と呼ばれる危険な場所。
 子供が足を踏み入れられる場所じゃない。
 そうだ……。
 この穴は誰が掘った?
 この空間は誰が作った?
 子供が一人で出来るわけがないじゃないか!
 それに……。
 この物々しい武器の数々はなんだ?
 少女にしては、その声は凛としすぎていないか?
 この明かりは?
 この暖かさは?
 なにより……

 ――人間諸君

 ってのは、どういう意味だ?

 頭に色々な疑問が浮かび続け、思わず僕は、棍棒を強く握りしめて体を強張らせた。
 その緊張が伝わったのか、4人にも緊張感が再び戻るのが背中に感じられた。

「わかった、そちらに行こう。僕たちは君に危害を加えるつもりはない。あくまでも平和的に頼みたい!」
 まだ大分距離を保ったまま、僕は少女にそう呼びかける
「はぁ? つーか<<なんもしない>>ってのは、さっきアタイが言ったんじゃんさ! ちょっとくどいさ、きみ」
 ぐぬ……。
 確かにその通りだな
「なんか泥棒のくせに、偉そうだよネ」
 ピノが不機嫌そうに呟いた。
 気持ちは分からないでもないが、ここは下手に出たほうが良いだろう。
 ここは少女のホームなのだから。

 近くで見た少女は、確かに体の大きさでいえば、10歳かそこらの少女そのものなのだが、一見して<<少女ではない>>と分かる。
 言語化は難しいのだけれど、漂う雰囲気というかなんというか、それが少女であることを否定しているのだ。
 顔の造形もまた、少女のそれではない。
 多少の幼さは見て取れるものの、大人っぽい感じで、もしかしたら同年代なのかもしれない、と僕は思った。
 少し大きめの口元に、如何にも健康そうな唇が乗っていてる。そして、くりりと大きな目は、美しい宝石のように赤い。
「なにジロジロみてんのさ」
 非難するような少女の声で、僕は思わず目線を下にずらした。

 ――露出が多いなぁ……

 ふわりとしたショートパンツに、ソコだけをピンポイントに保護する胸当て……とにかく露出が多い格好をしているのだ。
 褐色の肌の大部分が露わになっていて、首元や手首に絡められた鈍い銀色の装飾品がよく目立って綺麗だな、と思わず見惚れてしまう。
 だが残念なことに、胸の膨らみは少女というか幼女のそれであった……。

 ガシッ

「いって!」
 僕のふくらはぎに痛みが走った
「やらしい目でみない!!」
 そう小声で剣呑に言うピノが、僕にケリをくれたらしい
「別に見てないよ……」
 いや、見てたけどね
「だいたいこんなゴツい子が好みだったっけ?」
 ゴツい…?
 ふむ、なるほど。
 よく見れば、少女は中々の筋肉質のようであった。
 まぁでも<<ゴツい>>って感じではなくて、よく締まった体って感じなんだと思うんだけどなぁ……。

「ごほんっ、失礼! 初めまして……で良かったかな?」
 僕は改めて彼女に挨拶をした。
 軽く頭を下げたのは、友好の意思表示でもあったが、背の低い(しかも座っている)彼女と目線を合わせるためでもあった
「そだね。初めましてかな。でもまぁ、寝入ってる君たちには一方的に会っているけどさ」
 ああ、やはり荷物を奪ったのは彼女の仕業か……

「では改めてコンニチワ、人間たち。アタイは『リース・アーズメン』……ドワーフだ」
 彼女はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
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