薄氷の上で燃える

なとみ

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第一章 王都の護衛兵

着火-①

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「明日から殿下のターニュ地方査察に同行しろ」
「……分かった」
「ああ、あと王宮でのお前の立場だが、役職はつけないことになった。そのほうが動きやすいだろうとのご指示だが、そもそも殿下直々の呼び出しってことですでに反感を持ってる奴もいるからな。結果的にはそれで良かっただろうよ」
「…………」

 リンゼイは返事をしなかったが、それは告げられた内容に不満があったからではない。先ほどから不自然に震えているのである。目の前の男の、肩が。

「……笑うな」

 リンゼイがこの部屋に入った時から、自身の椅子に掛けたまま机上の書類から目を離そうとしなかった王弟護衛隊隊長のアドウェールは、リンゼイのその言葉にやっと顔を上げた。

「だっ」
「……だ?」
「だっ、てよ、お前、どっかで誰かには、何かしらやられるとは思ってたが……、よりによって、シアーラ……っ」

 笑いを中途半端に我慢しているせいで不自然に歪んだアドウェールの顔を見て、リンゼイは目を閉じ、天井を仰いだ。

「こっち来てからずっとクールぶってやがったのに、色男が台無しだな……っ、俺はもう、笑いこらえるのに必死でよ……!」

 とうとう机を叩きながら笑い始めたアドウェールを不機嫌そうな表情で見下ろしながら、リンゼイは黙って耐えた。アドウェールはここではリンゼイの上司に当たるが、付き合いは長く、二人きりの時のみくだけた物言いをすることが常だ。兵士としても頼りになり、懐も深いこの男の欠点はただ一つ。――笑い上戸なことだった。

 先日の共同訓練。森から戻った兵士の注目がリンゼイとシアーラに集中したことは言うまでもない。王宮へ配属となってから一度もその表情を崩さなかったリンゼイが、涙が溢れそうなほど目を潤ませ、鼻をぐずぐずと言わせている姿に吹き出した兵士は一人や二人ではなかった。

 たった一本。
 たった一本だが、絶対に奪われてはならない一本だ。
 それを握り締めながらリンゼイの顔を見たシアーラの勝ち誇った目を思い出し、身体がカッと熱くなった。
 もちろん、油断した。元々リンゼイが実力を認める兵士の数自体、片手で足りるほどなのだが、それを置いても王都の護衛兵たちのひ弱さは想像以上だった。技術的に優秀な兵士はいるのだが、長年ぬくぬくと宮殿内で過ごしてきたからか、命を奪われるかもしれないという危機感が皆無で、動きにもキレがない。
 そこに来て、ただでさえ女。油断するに決まっている。

 初めて会った時から、好戦的な目をする女だと思っていた。
 力もスピードも男には劣るが、戦いの中での自分の生かし方を知っている事には好感が持てる。ただ、戦場に出ればあんな簡単にチャンスは訪れない。それを知らしめるためにも、リンゼイがシアーラにリボンを奪われることはあってはならなかった。
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