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第一章 王都の護衛兵
燻る-①
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「やっぱり月下亭のサラだろ」
「いやあそこだったらアリアラだな。可愛いし」
「はぁ? お前、好みおかしいぞ」
「……お前らその会話、ゴールあんのか?」
「なあリンゼイ、お前はどうだ? どんな女がいい?」
王弟に与えられた東の棟の、辛うじて設えられた暗く狭い広間に、ひしめくように汗臭い男たちが集まっている。質の悪いエールでも、酒さえあれば血の気の多い男たちを満足させるのに十分だ。わいわいと騒ぐ男たちはいくつかの円を作っている。その一つにリンゼイはいた。
「特にないな……誰だっていい」
「穴があればってか? サイッテーだお前!」
ぎゃはは、と下品な笑い声を上げてエヴァンスが腹を抱える。木杯を口に運びながら、心から楽しそうなその姿を見てリンゼイも珍しく目尻を下げた。リンゼイに反感を持つ者がいる一方で、逆に彼に懐く者たちもいる。大半は前回の共同訓練の際、リンゼイと戦いリボンを奪われた男たちだった。強者に懐く習性は、言ってしまえばまるで猿山の猿のようなものなのだが、それでもリンゼイは単純で気のいい彼らを好きになり始めていた。もちろん、気を許して全てを話せるわけではないのだが。
「エヴァンス、ここだったら誰だ?」
「王宮(ここ)ぉ~? そもそも俺らに冷たくねぇか? みんな」
「あ、あの子いいぞ、厨房のエリザ。胸でけえし、目が合うとニコニコしてくれて……」
「おいちょっと待て。エリザは俺が口説いてる最中だ」
「はあ!? おいまじか、いつの間に……」
顔にそばかすのある、護衛兵の中ではまだ若いローマンがまさに絶望といった表情になると、周りは一斉に吹き出した。慰めるように一回り上のレオナルドが彼の背中を叩く。
「大丈夫だ、相手はこれからいくらでも見つかるさ」
「でもなかなか護衛兵以外と話す機会がねぇよ……」
「あるとしたら、シアーラくらいか……」
シアーラ。
その名前が出た瞬間、リンゼイの喉がごくん、と音を出し、思っているより多い量の酒が一気に流れ込んだ。
「シアーラか……あいつなぁ~、造りはいいけど無愛想だし、なんつーかもう男だからなぁ~、そそられねぇんだよな~」
幸い、口から溢れた酒を拭い小さく咳き込んだリンゼイの様子に気づいた者はいない。
「一回誘ったら思いっきり投げ飛ばされてよぉ」
「おっまえ勇気あんな。あいつ何隠し持ってるかわかんねぇぞ」
シアーラ。
思い出したくもないのに、リンゼイの脳裏にあの光景がフラッシュバックした。
水に濡れた金髪から、水滴が落ちる。
気持ち良さそうに首を振る仕草。
どう見ても男ではない、細い身体に――……
そこまで思い浮かんで、リンゼイはぶんっと首を振ってそれを振り払った。
(勘弁してくれ)
興味もない。興味を持つ必要もない。
あの女だって、迂闊すぎる。
あんなにリラックスした草食動物みたいな姿を、ほとんど男しかいない場所で見せるべきではない。あんな、貧相な身体。
貧相な。
それを思い出し、リンゼイはまた固まった。
「リンゼイ? どうした」
「……あ……何だ」
「だから、今から行くかって聞いてるんだ」
「あ、ああ……」
「おお! おっしゃ!! お前らさっさと飲め飲め!」
どこに行くのか聞き返しもせず返事をした自分のほうが、ずっと迂闊だ。そう思いながらも一連の動揺を悟られるわけにはいかず、リンゼイはただ、浮き足立つ彼らに倣って腰を上げた。
「いやあそこだったらアリアラだな。可愛いし」
「はぁ? お前、好みおかしいぞ」
「……お前らその会話、ゴールあんのか?」
「なあリンゼイ、お前はどうだ? どんな女がいい?」
王弟に与えられた東の棟の、辛うじて設えられた暗く狭い広間に、ひしめくように汗臭い男たちが集まっている。質の悪いエールでも、酒さえあれば血の気の多い男たちを満足させるのに十分だ。わいわいと騒ぐ男たちはいくつかの円を作っている。その一つにリンゼイはいた。
「特にないな……誰だっていい」
「穴があればってか? サイッテーだお前!」
ぎゃはは、と下品な笑い声を上げてエヴァンスが腹を抱える。木杯を口に運びながら、心から楽しそうなその姿を見てリンゼイも珍しく目尻を下げた。リンゼイに反感を持つ者がいる一方で、逆に彼に懐く者たちもいる。大半は前回の共同訓練の際、リンゼイと戦いリボンを奪われた男たちだった。強者に懐く習性は、言ってしまえばまるで猿山の猿のようなものなのだが、それでもリンゼイは単純で気のいい彼らを好きになり始めていた。もちろん、気を許して全てを話せるわけではないのだが。
「エヴァンス、ここだったら誰だ?」
「王宮(ここ)ぉ~? そもそも俺らに冷たくねぇか? みんな」
「あ、あの子いいぞ、厨房のエリザ。胸でけえし、目が合うとニコニコしてくれて……」
「おいちょっと待て。エリザは俺が口説いてる最中だ」
「はあ!? おいまじか、いつの間に……」
顔にそばかすのある、護衛兵の中ではまだ若いローマンがまさに絶望といった表情になると、周りは一斉に吹き出した。慰めるように一回り上のレオナルドが彼の背中を叩く。
「大丈夫だ、相手はこれからいくらでも見つかるさ」
「でもなかなか護衛兵以外と話す機会がねぇよ……」
「あるとしたら、シアーラくらいか……」
シアーラ。
その名前が出た瞬間、リンゼイの喉がごくん、と音を出し、思っているより多い量の酒が一気に流れ込んだ。
「シアーラか……あいつなぁ~、造りはいいけど無愛想だし、なんつーかもう男だからなぁ~、そそられねぇんだよな~」
幸い、口から溢れた酒を拭い小さく咳き込んだリンゼイの様子に気づいた者はいない。
「一回誘ったら思いっきり投げ飛ばされてよぉ」
「おっまえ勇気あんな。あいつ何隠し持ってるかわかんねぇぞ」
シアーラ。
思い出したくもないのに、リンゼイの脳裏にあの光景がフラッシュバックした。
水に濡れた金髪から、水滴が落ちる。
気持ち良さそうに首を振る仕草。
どう見ても男ではない、細い身体に――……
そこまで思い浮かんで、リンゼイはぶんっと首を振ってそれを振り払った。
(勘弁してくれ)
興味もない。興味を持つ必要もない。
あの女だって、迂闊すぎる。
あんなにリラックスした草食動物みたいな姿を、ほとんど男しかいない場所で見せるべきではない。あんな、貧相な身体。
貧相な。
それを思い出し、リンゼイはまた固まった。
「リンゼイ? どうした」
「……あ……何だ」
「だから、今から行くかって聞いてるんだ」
「あ、ああ……」
「おお! おっしゃ!! お前らさっさと飲め飲め!」
どこに行くのか聞き返しもせず返事をした自分のほうが、ずっと迂闊だ。そう思いながらも一連の動揺を悟られるわけにはいかず、リンゼイはただ、浮き足立つ彼らに倣って腰を上げた。
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