薄氷の上で燃える

なとみ

文字の大きさ
13 / 142
第一章 王都の護衛兵

燻る-①

しおりを挟む
「やっぱり月下亭げっかていのサラだろ」
「いやあそこだったらアリアラだな。可愛いし」
「はぁ? お前、好みおかしいぞ」
「……お前らその会話、ゴールあんのか?」
「なあリンゼイ、お前はどうだ? どんな女がいい?」

 王弟に与えられた東の棟の、辛うじて設えられた暗く狭い広間に、ひしめくように汗臭い男たちが集まっている。質の悪いエールでも、酒さえあれば血の気の多い男たちを満足させるのに十分だ。わいわいと騒ぐ男たちはいくつかの円を作っている。その一つにリンゼイはいた。

「特にないな……誰だっていい」
「穴があればってか? サイッテーだお前!」

 ぎゃはは、と下品な笑い声を上げてエヴァンスが腹を抱える。木杯を口に運びながら、心から楽しそうなその姿を見てリンゼイも珍しく目尻を下げた。リンゼイに反感を持つ者がいる一方で、逆に彼に懐く者たちもいる。大半は前回の共同訓練の際、リンゼイと戦いリボンを奪われた男たちだった。強者に懐く習性は、言ってしまえばまるで猿山の猿のようなものなのだが、それでもリンゼイは単純で気のいい彼らを好きになり始めていた。もちろん、気を許して全てを話せるわけではないのだが。

「エヴァンス、ここだったら誰だ?」
「王宮(ここ)ぉ~? そもそも俺らに冷たくねぇか? みんな」
「あ、あの子いいぞ、厨房のエリザ。胸でけえし、目が合うとニコニコしてくれて……」
「おいちょっと待て。エリザは俺が口説いてる最中だ」
「はあ!? おいまじか、いつの間に……」 

 顔にそばかすのある、護衛兵の中ではまだ若いローマンがまさに絶望といった表情になると、周りは一斉に吹き出した。慰めるように一回り上のレオナルドが彼の背中を叩く。

「大丈夫だ、相手はこれからいくらでも見つかるさ」
「でもなかなか護衛兵以外と話す機会がねぇよ……」
「あるとしたら、シアーラくらいか……」

 シアーラ。
 その名前が出た瞬間、リンゼイの喉がごくん、と音を出し、思っているより多い量の酒が一気に流れ込んだ。

「シアーラか……あいつなぁ~、造りはいいけど無愛想だし、なんつーかもう男だからなぁ~、そそられねぇんだよな~」

 幸い、口から溢れた酒を拭い小さく咳き込んだリンゼイの様子に気づいた者はいない。

「一回誘ったら思いっきり投げ飛ばされてよぉ」
「おっまえ勇気あんな。あいつ何隠し持ってるかわかんねぇぞ」

 シアーラ。
 思い出したくもないのに、リンゼイの脳裏にあの光景がフラッシュバックした。

 水に濡れた金髪から、水滴が落ちる。
 気持ち良さそうに首を振る仕草。
 どう見ても男ではない、細い身体に――……
 そこまで思い浮かんで、リンゼイはぶんっと首を振ってそれを振り払った。

(勘弁してくれ)

 興味もない。興味を持つ必要もない。

 あの女だって、迂闊すぎる。
 あんなにリラックスした草食動物みたいな姿を、ほとんど男しかいない場所で見せるべきではない。あんな、貧相な身体。

 貧相な。

 それを思い出し、リンゼイはまた固まった。

「リンゼイ? どうした」
「……あ……何だ」
「だから、今から行くかって聞いてるんだ」
「あ、ああ……」
「おお! おっしゃ!! お前らさっさと飲め飲め!」

 どこに行くのか聞き返しもせず返事をした自分のほうが、ずっと迂闊だ。そう思いながらも一連の動揺を悟られるわけにはいかず、リンゼイはただ、浮き足立つ彼らに倣って腰を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

桜に集う龍と獅子【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。 同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。 とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。 その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。 櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。 ※♡付はHシーンです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話

狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。 そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

トキメキは突然に

氷室龍
恋愛
一之瀬佳織、42歳独身。 営業三課の課長として邁進する日々。 そんな彼女には唯一の悩みがあった。 それは元上司である常務の梶原雅之の存在。 アラフォー管理職女子とバツイチおっさん常務のじれったい恋愛模様

処理中です...