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第一章 王都の護衛兵
罰-①
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――このままでは、いられない。
泣き喚きながら連行されていく男の背中をただ眺めるしかない状況に、痛感させられる自分の無力さ。シアーラにとってそれがこの上ない苦しみだったのは、自分にはまだ健康な身体と守られた生活があるにも関わらず、自らと生家の保身のためにそれをむざむざ空費していると感じたからだった。
シアーラは改めて自覚した。
そうしてただ生にしがみつくなんて、自分にはできない。
(ジェレーナ様に、――もう一度。そして、なんとか陛下に)
時間はない。
自分がもだもだ足踏みをしている間に、この騒乱を機に次々と暴動が起きるかもしれない。何か別の、バルドバの不承に始まるような大きなものが動き出すかもしれない。シアーラの覚悟は決して固まったとは言えなかったし、当然、自分が罰を受けるのも恐ろしい。それに、それが一族まで飛び火することも容易に想定される。頭の中に、兄の顔、領民たち、そして連れられていく男の顔が交互に浮かんでは消えていく。しばらくの逡巡の末、シアーラはぎゅっと眉を寄せ、白い羽のついたペンを手に取った。
せめてもの思いで兄ブライナーに宛てて書くのは、まるで一方的な内容の手紙だ。もしかすると兄には、子どもじみた仕返しに見えてしまうかもしれない。これが着く頃にはシアーラはとっくにジェレーナと対面しているだろうが、それでも、シアーラの独断であるという証拠は残るだろう。念のため自室にも、自分の思いとそれがエルグレイに関係のない旨を記した書面を残した。有無を言わさぬ処刑であればきっとこのようなものに意味はない。だが、正常に法通りの裁判が行われるなら、何もないよりはマシだ。そう、シアーラは思いたかった。
(すまない)
強く目蓋を閉じてから、シアーラは立ち上がった。自分の決意とこれからの行動を、まず話しておくべき人がいる。
「ジェレーナ様に面会の機会を頂こうと思っています」
「用件は」
「……現在の王政のあり方について。ジェレーナ様に許可をいただき、直接陛下に進言申し上げたい」
予想をしていたのかすでに同様の申し出を受けているのか、シアーラを目の前にしたドゥイクの表情は変わらない。自席に掛けたドゥイクの隣には彼に命じられて同席するフリードがいる。その瞳が一瞬だけ揺らぎ、すぐに消えた。
「シアーラ。お前も耳にしたことがあるだろうが、声を上げた者は階級や身分も問わず処分を受けている。ただの噂ではないぞ。無駄に自らの立場を棒に振ることになる」
「分かっています」
「お前だけじゃない。ほかの方法を模索している大臣もおられる。わざわざお前が身を危うくする必要はない」
「ですが、隊長ももうお分かりでしょう。今動き出さなければ、……いや、もう遅いかもしれない」
ドゥイクはそれを否定はしなかった。彼の表情は静かではあるが、長年ともに過ごしたシアーラには、彼が苦渋に耐えていることが分かる。ドゥイクの人柄はこれまでの日々で十分分かっている。彼だって自らをもどかしく感じ、誰よりも声を上げたいと思っているはずだ。だが、一兵卒ではなく隊長という立場になった今行動を起こせば、部下の動揺は避けられないし、信用できる隊長の処分に秩序を失うかもしれない。シアーラもそうだが、それでも、シアーラよりも彼を縛るものが重いことには違いない。
「覚悟の上で、言っているんだな」
「はい」
まっすぐにドゥイクを見るシアーラの瞳を見返し、彼はとうとう深いため息をついた。
「お前は頑固だからな。……もし何かあれば、手は尽くそう」
「隊長」
フリードは固い声でドゥイクを呼んだが、彼の顔に浮かぶ苦悩の色に口をつぐんだ。シアーラに向き直ったフリードの表情は、いつもの冷たいものに戻っていた。
泣き喚きながら連行されていく男の背中をただ眺めるしかない状況に、痛感させられる自分の無力さ。シアーラにとってそれがこの上ない苦しみだったのは、自分にはまだ健康な身体と守られた生活があるにも関わらず、自らと生家の保身のためにそれをむざむざ空費していると感じたからだった。
シアーラは改めて自覚した。
そうしてただ生にしがみつくなんて、自分にはできない。
(ジェレーナ様に、――もう一度。そして、なんとか陛下に)
時間はない。
自分がもだもだ足踏みをしている間に、この騒乱を機に次々と暴動が起きるかもしれない。何か別の、バルドバの不承に始まるような大きなものが動き出すかもしれない。シアーラの覚悟は決して固まったとは言えなかったし、当然、自分が罰を受けるのも恐ろしい。それに、それが一族まで飛び火することも容易に想定される。頭の中に、兄の顔、領民たち、そして連れられていく男の顔が交互に浮かんでは消えていく。しばらくの逡巡の末、シアーラはぎゅっと眉を寄せ、白い羽のついたペンを手に取った。
せめてもの思いで兄ブライナーに宛てて書くのは、まるで一方的な内容の手紙だ。もしかすると兄には、子どもじみた仕返しに見えてしまうかもしれない。これが着く頃にはシアーラはとっくにジェレーナと対面しているだろうが、それでも、シアーラの独断であるという証拠は残るだろう。念のため自室にも、自分の思いとそれがエルグレイに関係のない旨を記した書面を残した。有無を言わさぬ処刑であればきっとこのようなものに意味はない。だが、正常に法通りの裁判が行われるなら、何もないよりはマシだ。そう、シアーラは思いたかった。
(すまない)
強く目蓋を閉じてから、シアーラは立ち上がった。自分の決意とこれからの行動を、まず話しておくべき人がいる。
「ジェレーナ様に面会の機会を頂こうと思っています」
「用件は」
「……現在の王政のあり方について。ジェレーナ様に許可をいただき、直接陛下に進言申し上げたい」
予想をしていたのかすでに同様の申し出を受けているのか、シアーラを目の前にしたドゥイクの表情は変わらない。自席に掛けたドゥイクの隣には彼に命じられて同席するフリードがいる。その瞳が一瞬だけ揺らぎ、すぐに消えた。
「シアーラ。お前も耳にしたことがあるだろうが、声を上げた者は階級や身分も問わず処分を受けている。ただの噂ではないぞ。無駄に自らの立場を棒に振ることになる」
「分かっています」
「お前だけじゃない。ほかの方法を模索している大臣もおられる。わざわざお前が身を危うくする必要はない」
「ですが、隊長ももうお分かりでしょう。今動き出さなければ、……いや、もう遅いかもしれない」
ドゥイクはそれを否定はしなかった。彼の表情は静かではあるが、長年ともに過ごしたシアーラには、彼が苦渋に耐えていることが分かる。ドゥイクの人柄はこれまでの日々で十分分かっている。彼だって自らをもどかしく感じ、誰よりも声を上げたいと思っているはずだ。だが、一兵卒ではなく隊長という立場になった今行動を起こせば、部下の動揺は避けられないし、信用できる隊長の処分に秩序を失うかもしれない。シアーラもそうだが、それでも、シアーラよりも彼を縛るものが重いことには違いない。
「覚悟の上で、言っているんだな」
「はい」
まっすぐにドゥイクを見るシアーラの瞳を見返し、彼はとうとう深いため息をついた。
「お前は頑固だからな。……もし何かあれば、手は尽くそう」
「隊長」
フリードは固い声でドゥイクを呼んだが、彼の顔に浮かぶ苦悩の色に口をつぐんだ。シアーラに向き直ったフリードの表情は、いつもの冷たいものに戻っていた。
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