薄氷の上で燃える

なとみ

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第三章 四つの創家

繰り返す、破滅の道へ-③

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 ファイネッテが立ち上がり振り返るのと同時に、シアーラは二人の間に身体をねじ込む。だが、ファイネッテを狙っていたはずの男は、鋭い動きでその方向を変えた。

「な……っ!?」

 男の剣が向かった先はラダーシャだった。シアーラの陰から咄嗟に向けられた得物に対する動きが遅れ、ラダーシャはその胸を斜めに斬り付けられた。

「ラダーシャ様!!」

 バルドバ兵の中から複数の声が上がる。瞬時に飛び出した一人の男が、声を上げることも表情を動かすこともなく、男を斬り捨てた。人形のようにその身体が崩れ落ちる。瞬きすらできない間の出来事だったが、シアーラの目はその男がリンゼイだと認識していた。
 一瞬の静寂ののち。怒号と混乱の渦に、彼らは巻き込まれた。

「ラダーシャ様……! お怪我は!」
「なるほどなぁ……」
「おじ、叔父上……」
「これを狙ってのことだったわけだ」
「な……!」

 ファイネッテとシアーラの声が重なった。

「残念だったな。最初で最後のチャンスだったわけだが……無駄に終わったな」
「ち、違います! そんな命令は出しておりません!」

 黒の隊列が波のように動き、その先頭のラダーシャが進み寄る。

「宣戦として受け取ろう。お前らから、俺たちへの」

 じり、とファイネッテが後ろへ下がる。

「違います、冷静に、話し合いを……」
「そうしようとした俺に襲いかかったわけだが……おい、お前らも見ていたな」

 聞き耳を立てて一度静まっていた音が、ざわざわ大きくなる。

「第六七四条、暗殺行為を企てた者に対しては、正当防衛のための武力行使が認められる」

 ラダーシャの目は怒りに燃えていた。だが、口角が不自然に上がっている。

「……ファイネッテ様」

 シアーラはファイネッテを後ろに庇い、ラダーシャの動きに合わせ後ずさった。
 ローゼンタールの攻撃方法に警戒をして、分厚いマスクで固めた彼らにいつもの攻撃は使えない。ラダーシャが顎をしゃくる。ファイネッテを拘束しようと、一斉に男たちが駆け出す。直後、シアーラは胸元から取り出した小さな筒のようなものを彼らに向け、勢いよく息を吹き込んだ。

「……って……!?」

 散弾的に飛び出した何かが複数のバルドバ兵の身体に刺さった。小さな痛みに、彼らは何事かと一瞬動きを止めたが、先頭の兵士は腕に刺さった小さな刺を見て、馬鹿にするような笑みを浮かべてそれを指で摘まんで抜き取る。そうしてその笑顔のまま、身体が真横に倒れていった。
 彼らの間に動揺が走る秒にも満たぬ間に、シアーラはファイネッテの手を引き駆け出した。追手はすぐに来るだろう。加工を施した吹き矢は軽く、小規模な攪乱には使えるが、精度も威力も低い。荒い息の合間に、鼻を啜る音が聞こえた。

「なんで、どうして……ッ」

 ファイネッテはべそをかいていた。

「あの男は見知らぬ顔でした……、何者かが、間者を紛れ込ませたと、思われます」
「いやだ……っ、もうやだぁ」

 予想しなかった凶変に、ファイネッテの仮面は完全に崩れ落ちた。シアーラは奥の衣装部屋へ駆け込み、本棚から全ての本を引き出し床に投げ捨てていく。ようやく動かせるまでの時間は永遠にも思われた。それをずり動かした下には、四角い鉄板があった。ファイネッテが震える手で差し出した鍵で、素早く、その隠し通路の扉を開ける。
 この通路は王宮へと繋がるものだ。あちらへ行けば、近衛兵もいる。
 バルドバ側の死者は出ていない。冷静な話し合いへと持ち込まなければならない。
 シアーラは、まだそんなふうに考えていた。
 階段を降り、暗い通路を手探りで進んだ。長い間使われていない通路の地面には、わずかに水が流れているようだった。
 ついに辿り着いた扉を開き王宮の床から這い出したシアーラは、目の前の光景に、凍ったように動けなくなった。
 王宮の一階、奥廊下。そこには、すでに瞳の輝きを失った仲間たちが、無惨に転がっていた。
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