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第三章 四つの創家
〈閑話〉建国前夜-③
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壮年の男の足取りには、一刻も早くと焦る内心が表れていた。細かな金糸の織り込まれた、名のある職人が時間をかけて仕上げたであろうローブが、その足の動きに合わせてせわしなく揺れている。案内役に先導された男は廊下を進み、一つの執務室の中に足を踏み入れた。
男は唖然となった。部屋の中は物に溢れていて、まるで今日この部屋の主がここに移ったとでもいうように荒れていたからだ。そして、机の上だけでなく、美しい木目の床の踏み場までなくしているのは、あちこちに置かれた書面の山だった。きょろきょろと見渡せば、それに埋もれるようにして、奥で金色の頭が動いているのがようやく見える。その光景に顔をひきつらせながらも、男は気を取り直したように頭を下げた。
「サティシュ様、ご機嫌麗しゅう。おそれながら申し上げます。我が領へ兵をお送りいただく件についてはどうなっておりますでしょうか」
「え……あ……? 見えん、ええっと、なんのことだ……?」
サティシュと呼ばれた金髪の男が乱雑に書類を押し退けたせいで、それがガサガサと音を立てて机の上から滑り落ちた。
「は、……な、何を仰っておいでですか! あれほど優先いただきたいとお話しておりましたのに……! 四家は全ての人民に平等だと伺っておりますが、実はそうではないのでしょうか! このまま我々に蛮族にやられて死ねと仰るのか!!」
「おお……、おいおい落ち着け、ちょっと待ってくれよ、後回しにしてたとか、そういうのじゃないはずなんだ、えっと、このへんに……」
男が突然激昂し始めたことに慌てたサティシュが、何かを探してあちこちに手を伸ばす。そのせいでまた書類の山が崩れ、乾いた雪崩の音を立てた。男はそれを見ながら呆然としていた。明らかな落胆の表情に、サティシュも申し訳なさそうに立ち尽くして、そのどうしようもない光景を眺めてぽりぽりと頭をかいた。二人の間に薄寒い空気が流れる。
その空気を変えたのは、部屋に入ってきた一人の少年だった。
「サティシュ、大丈夫、グラズ領の件だよ! ほら、カートメル様から手紙が来ていた件。これ見て、山賊との境界に兵を派遣することになってる。カートメル様に手紙を出すはずだったよ」
「ビクタぁぁぁ!」
男らしい体格のサティシュが栗色の巻き毛の少年にすがりつき、今にも泣きそうな顔で叫んだ。いや、その目尻には間違いなく光るものが浮かんでいた。
「で、では……!」
「ああ……、すまん、これだな。よぉし思い出してきたぞ! 安心しろ、もう兵は派遣してる。すまん、手紙を送り忘れてた! まずは牽制のために、戦い方が特に派手な連中を集めた。相手の被害も最小限にして交渉に持ち込む。結果的にはあいつらの自治を認める形になるかもしれんが、……ただ、あんたにとっても、あいつらにとっても、共存は悪い話じゃないはずだ」
「ええ、ええ……やむを得ません。もうあれらに怯えながら暮らすのはこりごりなのです! ありがとうございます!!」
男は感謝を述べて、急ぎ朗報を伝えるべくローブを翻した。それを見送りながら、サティシュは巻き毛の少年――ビクターに向かい頭を下げた。
男は唖然となった。部屋の中は物に溢れていて、まるで今日この部屋の主がここに移ったとでもいうように荒れていたからだ。そして、机の上だけでなく、美しい木目の床の踏み場までなくしているのは、あちこちに置かれた書面の山だった。きょろきょろと見渡せば、それに埋もれるようにして、奥で金色の頭が動いているのがようやく見える。その光景に顔をひきつらせながらも、男は気を取り直したように頭を下げた。
「サティシュ様、ご機嫌麗しゅう。おそれながら申し上げます。我が領へ兵をお送りいただく件についてはどうなっておりますでしょうか」
「え……あ……? 見えん、ええっと、なんのことだ……?」
サティシュと呼ばれた金髪の男が乱雑に書類を押し退けたせいで、それがガサガサと音を立てて机の上から滑り落ちた。
「は、……な、何を仰っておいでですか! あれほど優先いただきたいとお話しておりましたのに……! 四家は全ての人民に平等だと伺っておりますが、実はそうではないのでしょうか! このまま我々に蛮族にやられて死ねと仰るのか!!」
「おお……、おいおい落ち着け、ちょっと待ってくれよ、後回しにしてたとか、そういうのじゃないはずなんだ、えっと、このへんに……」
男が突然激昂し始めたことに慌てたサティシュが、何かを探してあちこちに手を伸ばす。そのせいでまた書類の山が崩れ、乾いた雪崩の音を立てた。男はそれを見ながら呆然としていた。明らかな落胆の表情に、サティシュも申し訳なさそうに立ち尽くして、そのどうしようもない光景を眺めてぽりぽりと頭をかいた。二人の間に薄寒い空気が流れる。
その空気を変えたのは、部屋に入ってきた一人の少年だった。
「サティシュ、大丈夫、グラズ領の件だよ! ほら、カートメル様から手紙が来ていた件。これ見て、山賊との境界に兵を派遣することになってる。カートメル様に手紙を出すはずだったよ」
「ビクタぁぁぁ!」
男らしい体格のサティシュが栗色の巻き毛の少年にすがりつき、今にも泣きそうな顔で叫んだ。いや、その目尻には間違いなく光るものが浮かんでいた。
「で、では……!」
「ああ……、すまん、これだな。よぉし思い出してきたぞ! 安心しろ、もう兵は派遣してる。すまん、手紙を送り忘れてた! まずは牽制のために、戦い方が特に派手な連中を集めた。相手の被害も最小限にして交渉に持ち込む。結果的にはあいつらの自治を認める形になるかもしれんが、……ただ、あんたにとっても、あいつらにとっても、共存は悪い話じゃないはずだ」
「ええ、ええ……やむを得ません。もうあれらに怯えながら暮らすのはこりごりなのです! ありがとうございます!!」
男は感謝を述べて、急ぎ朗報を伝えるべくローブを翻した。それを見送りながら、サティシュは巻き毛の少年――ビクターに向かい頭を下げた。
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