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第四章 逃亡の道
夜の森-①
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シアーラは辺りを窺いながら荷馬車から顔を出した。汗で身体中に張り付いていた不快な干し草を払い落とす。まさかこれほど短期間の間に、こんな移動方法を二度も経験することになるとは思わなかった。
「さっさと出ろ」
月の光のおかげで、辛うじて眉を寄せたリンゼイの顔が見える。甲高い、聞き慣れない鳥の声が暗い木々の間に響いている。もしかすると鳥ではない何かなのかもしれない。数時間ぶりに外の空気に触れたシアーラは、それを思い切り吸い込んだ。
冷たい、夜の森の匂いだ。
「ここはベラーサか? それか、ギリビヤの森か」
「ギリビヤだ。食事をとったらすぐに出る」
無愛想な返答にシアーラは眉を寄せた。自分たちの状況を分かってはいるが、ファイネッテのことを思うと、少しでも動かない地面の上で休めないかと考えてしまう。
「ファイネッテ様、ここで、お食事をとっていただきます」
「…………」
寝そべったままのファイネッテの手を握り、背中を支えて上半身を起こした。身体は温かかったが、その光のない目にぞくりとした。
リンゼイが火を起こすと、周囲の様子が浮かび上がった。道中、ひどい揺れに耐えたが、街道を外れて森の奥まで入ったようだ。木に繋がれた馬が酷使された不満を伝えるかのように鼻を鳴らした。リンゼイが声をかけ優しく首や腹を叩くと、またふんと鼻を鳴らして、彼の差し出した水を美味しそうに飲んだ。
ファイネッテは目を開けていたが、その光景を見てもぴくりとも動かない。だが、彼女の服はとにかくひどい匂いを放っており、そのままにしておくわけにはいかなかった。シアーラは無礼を承知で言った。
「ファイネッテ様、恐れ入ります、こちら、破いてもよろしいでしょうか」
返事はない。だがシアーラは黙って剣を取り出し、それでドレスの一部を裂いた。その音がまるで、誰かの小さな叫び声のように聞こえた。
「髪も邪魔だな」
「髪は……もう少し待ってくれ」
感慨のなさそうに言うリンゼイの目から守るように、シアーラは手早く彼女の髪を結んだ。大切に手入れして伸ばされてきた髪だ。彼女の返事が得られるまでは、これだけでも守りたい。
「さっさと出ろ」
月の光のおかげで、辛うじて眉を寄せたリンゼイの顔が見える。甲高い、聞き慣れない鳥の声が暗い木々の間に響いている。もしかすると鳥ではない何かなのかもしれない。数時間ぶりに外の空気に触れたシアーラは、それを思い切り吸い込んだ。
冷たい、夜の森の匂いだ。
「ここはベラーサか? それか、ギリビヤの森か」
「ギリビヤだ。食事をとったらすぐに出る」
無愛想な返答にシアーラは眉を寄せた。自分たちの状況を分かってはいるが、ファイネッテのことを思うと、少しでも動かない地面の上で休めないかと考えてしまう。
「ファイネッテ様、ここで、お食事をとっていただきます」
「…………」
寝そべったままのファイネッテの手を握り、背中を支えて上半身を起こした。身体は温かかったが、その光のない目にぞくりとした。
リンゼイが火を起こすと、周囲の様子が浮かび上がった。道中、ひどい揺れに耐えたが、街道を外れて森の奥まで入ったようだ。木に繋がれた馬が酷使された不満を伝えるかのように鼻を鳴らした。リンゼイが声をかけ優しく首や腹を叩くと、またふんと鼻を鳴らして、彼の差し出した水を美味しそうに飲んだ。
ファイネッテは目を開けていたが、その光景を見てもぴくりとも動かない。だが、彼女の服はとにかくひどい匂いを放っており、そのままにしておくわけにはいかなかった。シアーラは無礼を承知で言った。
「ファイネッテ様、恐れ入ります、こちら、破いてもよろしいでしょうか」
返事はない。だがシアーラは黙って剣を取り出し、それでドレスの一部を裂いた。その音がまるで、誰かの小さな叫び声のように聞こえた。
「髪も邪魔だな」
「髪は……もう少し待ってくれ」
感慨のなさそうに言うリンゼイの目から守るように、シアーラは手早く彼女の髪を結んだ。大切に手入れして伸ばされてきた髪だ。彼女の返事が得られるまでは、これだけでも守りたい。
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