君の敵

なとみ

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第二章 クロスゲーム

揺らぐ※-①

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「先日はせっかくお時間を頂いたのに、みっともないところを見せて申し訳ありませんでした」

 マンションの玄関で、ドアが閉まるやいなや頭を下げた柚琉に、木佐は痛々しいものを見るような視線を向けた。

「無理もないよ」

 そう言って背を向け、柚琉をリビングに案内する。

 今回は、柚琉のほうから彼に連絡を入れた。前回中途半端になってしまった話の続きを聞くためだったが、再び木佐のマンションを訪れた柚琉は、やはり彼を信用し切る気持ちにはなれなかった。こんなふうに簡単に自宅に呼ぶのは、あまりにも不用心過ぎる。彼が言った通り、柚琉を独占したいがためにただの盲目な男になっているのか、何か企んでいるのか判断がつかない。
 ソファにかけ、柚琉が口火を切った。

「先日の件ですが、具体的にはどういった不具合だったんでしょうか?」
「まだそこまでは聞けてない。……俺も探ってるのがバレたくはないんだ。慎重になるのは理解して欲しい」

 柚琉が向けた疑いの視線に、木佐は苦笑いを浮かべている。

「縫合器の不具合と父の死亡との因果関係が認められるのか、どうか……」
「難しいかもしれないね」

 柚琉は黙り込んだ。医療機器の不具合を知ったのなら、医療機関にも厚労省への報告の義務があり、それに違反した場合は最悪業務停止命令を受ける可能性もある。ただ、それが起きたのがいつで、どういった不具合かも不明。まずはそれを証明しなければならない。果たして、可能なのだろうか。
 時効は? 告発の方法は?
 調べても、類似の判例もない。また暗礁に乗り上げる。この繰り返しだ。
 そして、本当にそれが父の死の原因なら、果たして、この憎しみを守屋一人に向けていることは正しいのだろうか。

「信用できないかもしれないけど」

 考え込んでいると、木佐が一枚の名刺を差し出した。

「知り合いの弁護士だ。持ち帰って、彼のことも調べてくれていい。俺を通さず、直接連絡してもらってもいい」

 一からこんなことに付き合ってくれる弁護士を探すのは容易ではない。受け取ったそれに目線を落とし、それから顔を上げて、彼の目を見た。
 その目は、真摯に見える。

「……ありがとうございます。少し、考えさせてもらいます」

 自分が思った以上に声が暗くなってしまった。気遣わしげにこちらを探る気配がする。

「大丈夫?」
「大丈夫です」

 幼い子どもを見るような目で、こちらを心配する男。この人は本当に、私のことが好きなのだろうか。
 一度寝て、相性が悪くなかったから惜しくなって、それで独占したいとかなんとか、変なことを言い出したのかと思っていた。でも今、彼の目に下心は見えない。

「あ、あと、渡したいものがある。ちょっとこっち来て」

 木佐が立ち上がり、先日入った寝室とは別の部屋のドアを開ける。警戒しつつそこを覗くと、それは彼の小さな仕事部屋のようだった。机にパソコン、そして、本棚が二つ並んでいる。

「医療事故と判例資料。もう持ってるかも知れないけど」
「これは、持っています。あ、でも」

 柚琉の視線が上に向く。その視線の先にあったものに、木佐は目を細めた。

「呼吸器外科浪岡術式? 古いのによく知ってるね」
「はい、一回は読みたいと思ったままなかなか手に入れられなくて……。今は直接必要なわけじゃないんですけど……」

 選び抜かれた背表紙の並びに、純粋な知的欲求が疼く。つい溜め息が漏れた。
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