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8.颯の決断
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全社営業会議。
四半期に一度行われる、全営業を集めて行われる会議だ。社長挨拶、各部長からの業績発表と鼓舞の言葉、そして最後は立食のパーティーがある。
颯たち3人も、当然参加をしていた。
集中が途切れそうになりながら発表を聞く。新卒の時はすべてが初めてで、登壇している人がはるか遠くに見えた。今ももちろん遠いが、話している内容は全て理解出来るようになった。輸入家具推進チームの業績も発表されている。この四半期の進捗は、前年比120%だ。
既に結果を出そうとしている桐山のいる部署に、颯は小さく対抗心を燃やした。
立食パーティーが始まり、少し料理を確保してから、他部署の同期や、これまで情報共有を行った人達と交流する。時間が過ぎ、自然とまた3人は同じ場所に集まった。
「あ、桐山さん」
役員と話す桐山の姿が見え、橘が、行きます?と言った。
旭の件は、完全にプライベートだ。行こう、と頷き、それはそれ、これはこれ、と自分に言い聞かせながら近付いた。
「久しぶり。調子、いいみたいだね。」
桐山さんがいなくて寂しいです!!と橘が縋りつくように言う。旭のことがあっても、純粋に気持ちを切り替えられる橘を羨ましく思う。
「推進チームも、すごいですね。」
ありがとう。そう穏やかに返す桐山に、颯は違和感を感じた。
目が、合わないな。
桐山は基本、真っ直ぐに人の目を見て話す。颯の言葉にも丁寧に返答が返ってくるが、明らかに、いつもと違う。
なんだ?
宴も酣ですが、と司会が時間が来たことを告げている。じゃぁ、と去ろうとする桐山の姿に、無意識に口が開いていた。
「桐山さん」
「何か、俺に言いたいことでもあるんですか。」
桐山がゆっくりと振り返る。
こちらを向いたとき、その顔は、攻撃的に歪んでいた。
初めて見る表情に、目を見開く。
「俺は、・・君が憎い。」
隣にいた蓮と橘がバッと顔を見合わせ、颯の顔を見る。
その言葉だけで、一瞬でピリピリと自分の毛が逆立つような気がした。
「・・奇遇ですね。俺もです。」
ストーップ!と間に入ってくる二人をちらりとも見ず、
二人は引き離されるまでずっと、睨み合っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「と、言うワケです、旭さん。」
千夏ははじめ笑顔を浮かべながら事の顛末を話していたが、旭の顔から徐々に血の気が失われるのを見て、真面目な表情になった。
「その顔は、心当たり、あるんだ。」
二人は社食ではなく、普段あまり来ない、オフィスから少し離れたカフェに来ていた。今日は外にしよう、と千夏が有無を言わさず連れ出したのだ。
営業会議での桐山と颯の噂は、旭の耳にも入っていた。始めはその翌日、「あの二人って、仲悪かったの?」と他部署から突然聞かれた。何故と聞けば、「なんか睨み合ってたらしい」とだけ。
まさかと思い橘と蓮に聞いても、二人はとぼけたように何も答えない。颯に聞くべきかどうか、迷っていた。
千夏に、事の経緯を話す。颯との最後の会話、そして、桐山との逢瀬。
好奇心を隠しきれず千夏の目がキラキラしていくことに苦笑した。
「だから、面白がらないでよ。」
「いや、旭、あんたすごい。桐山さんって、まじで誰にもなびかなくて、出世株狙いのメンバーが地団駄踏んでたもん。」
そう、と、あの日の辛そうな表情を思い出し、胸が痛くなる。あれからもう、連絡はとっていない。旭は、プレートに目を落とした。
「あー、あの食堂での私の感覚は間違ってなかったか。」
「え?」
あれあれ、何か、海外から帰ってきたって言ってた日!とはしゃぐように言う。
「なーんか、旭を見る目がやけに優しくて、狙ってんのかなって思ったんだよね。」
たまらん!スイッチ入るとそんな肉食系になるんだ!と身悶えている。いやー、いい話聞けた、と満足そうにおしぼりで口を拭った。
はぁ、とため息が出た。
「で、その会議の話なんだけど、」
あぁ、続きね、と千夏は話の流れを思い出したようだ。
「実際見てた人数は少なかったんだけど、やっぱり桐山さんと颯が、っていうので、みんな食いついたみたい。」
上の人の耳にも、入っちゃってるかもしれないね。
その言葉に顔をしかめる。
あ、で、香月さんとは大丈夫なの?という千夏の言葉は、耳を通り過ぎていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
颯が香月に呼び出されたのは、会議の3日後だった。
10人用の小さい会議室に案内される。
「座って。」
そう言われ、香月の正面にかけた。難しい顔をしてこちらを見ながら、香月は言った。
「何の事か、分かってるわよね。」
はい、と答える。
あの日、交わした声は決して大きく無かったが、周りには人が大勢居た。桐山と俺という、元々同じ部署で一緒に仕事をしていた二人が睨み合っているのは、誰にとっても面白いニュースだっただろう。
迂闊だった。きっと、旭の耳にも入っている。そう思うと、憂鬱になった。
「もともと、仲が良くなかったの?・・桐山くんとは。」
「いえ」
「じゃぁ・・榛名さんは関係ある?」
「・・いえ。」
そう答えたが、香月は確信をもっているようだった。
「付き合ってるの?」
「いえ。」
プライベートな質問に答える義務は無い。ただ、旭に影響が出る事だけは避けたい。
それ以上話す気がないという俺の態度に、香月は大きくため息をついた。
あぁいう子は人気あるものね、と聞こえた小さい声にイラっとする。お前に、何が分かる。
単刀直入に言うわね、と香月は腕を組んで続けた。
「こういう事が起こったのであれば、あなた達を同じ部署に置いておく訳にはいかない。」
「次の異動では、どちらか動かすことになるから。」
分かったわね。
そう言って、香月は先に部屋を出ていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「颯」
小さく呼ばれた事に気付き、声のする方を見ると、非常階段のドアから旭が身体を少し出して呼びかけている。余計怪しいだろ、とおかしくなった。
こんな状況でも、旭に話しかけられて喜んでいる自分に半ば呆れる。
「どうした」
見下ろすと、不安そうな顔。悪かったな、と心の中で謝罪する。
「大丈夫だったの?」
そう聞かれ、回答に詰まる俺にかぶせる。
「ごめん、私・・」
「旭のせいじゃない。」
そう言って、ぽんと頭に手を置いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
異動。
もしかしたら、香月との折り合いを考えると、旭が異動した方がいいのかもしれない。
でも、俺はこのまま、受け身でいいんだろうか。
その考えが、次の日には、今一番会いたくない男にメールをさせていた。
「桐山さん。」
入って来た男に手を挙げる。その日は接待があると言う桐山の予定に合わせて、終わる時間に近くのバーに呼び出していた。
二人で酒を傾け、沈黙を破るように桐山が口を開いた。
「仕事?プライベート?」
「仕事のことです。」
余裕だね、と言って酒を口に含んだ。
「俺は、あなたを超えたい。」
ちら、と横目で俺を見る。
「公募で一番ハードな経験を詰めるのは、どこですか。」
桐山は、少し黙り、ふー、とため息をついた。
「中国、上海で、合弁会社立ち上げの話が出てる。」
そこのメンバー募集がかかる予定だ。
「間違いなく、経験にはなる。」
中国。
自分には経験の無い土地、環境。
でも、ここに来るまでに、日本以外の回答は覚悟していた。
黙って頷く颯に、桐山は続ける。
「締切は今月末。選考の開始まで2ヶ月だ。すぐに準備が必要だよ。」
面接や役員へのプレゼン、そして、中国語の習得試験もあるという。
「気持ちが決まったなら声をかけて。香月さんにも、君を推薦するよう言っておく。」
「分かりました。」
覚悟は、もう、決まっている。
それ以外何も言わない颯に、桐山が口を開いた。
「・・君は、」
「俺が、君を彼女と引き離そうとしているとは思わないのか。」
「思いませんよ。」
何故、と目が聞いてくる。
「あなたは、そんなことが出来る人じゃない。」
そうか。と酒を傾ける桐山が、躊躇ってから口を開いた。
「・・一つだけ。」
「彼女と、話し合ってから決めてくれ。」
これ以上、嫌われたくないからね。
そう自嘲気味に言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『話がある。』
そのメッセージを送ったのは昨日の夜。
今回の件の直後だ。やはり、香月との面談で何か言われたと思ってるだろうな、と考えながら、颯は土産のプリンを片手に旭の家を訪れた。
腰を落ち着けて早々に、話を切り出す。
「旭」
「俺は、中国の会社設立の公募に応募しようと思ってる。」
旭が息を呑んだ。
言葉が出ないその様子に、颯の胸が苦しくなる。
「・・ど、どのくらい・・?」
「最低、2年」
にねん、と呟く。
「やっぱり、香月さんに何か言われた?」
悲しそうに言う旭に、優しく微笑んだ。
「関係ないよ。来期は俺達のどちらかが異動になるだろう、とは言われたけど。」
「颯」
「ん?」
「寂しい・・」
その言葉を聞いた瞬間、こんなに愛おしいものがあるんだろうかという気持ちがこみ上げる。弾けるように旭を抱きしめた。
「旭」
「俺は、今のままではだめだ。人間的にも、成長したい。」
小さく震えている。旭が泣いている。
俺は、本当にお前に辛い思いをさせてばかりだな。
「2ヶ月ほど選考に向けての準備がある。通過すれば、その1ヶ月後に出発だ。」
頭を撫でながら話す。
「落ちるかもしれないね。」
「おい。」
泣き笑いの顔で、旭が顔を上げた。
ぐしゃぐしゃの顔を見て、離れたくない気持ちが湧き上がる。
「旭」
「記念に、するか?」
「・・・」
「迷うなよ。襲うぞ。」
じっと見つめる瞳に誘われているようで、飛びつきたい自分を抑える。
「旭」
「・・ん?」
「帰ってきたら・・」
無言で見つめ合う。
「・・いや、やっぱりいい。」
「なによ。」
旭が吹き出した。
いたずら心が沸き起こる。
耳元に顔を寄せて、囁いた。
「帰ってきたら、いっぱい、しような。」
真っ赤になった旭を見て、颯は満足そうに笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
颯は、仕事と試験準備を両立させ、無事、合格。
はっきりとした約束を残すことなく、旅立っていった。
四半期に一度行われる、全営業を集めて行われる会議だ。社長挨拶、各部長からの業績発表と鼓舞の言葉、そして最後は立食のパーティーがある。
颯たち3人も、当然参加をしていた。
集中が途切れそうになりながら発表を聞く。新卒の時はすべてが初めてで、登壇している人がはるか遠くに見えた。今ももちろん遠いが、話している内容は全て理解出来るようになった。輸入家具推進チームの業績も発表されている。この四半期の進捗は、前年比120%だ。
既に結果を出そうとしている桐山のいる部署に、颯は小さく対抗心を燃やした。
立食パーティーが始まり、少し料理を確保してから、他部署の同期や、これまで情報共有を行った人達と交流する。時間が過ぎ、自然とまた3人は同じ場所に集まった。
「あ、桐山さん」
役員と話す桐山の姿が見え、橘が、行きます?と言った。
旭の件は、完全にプライベートだ。行こう、と頷き、それはそれ、これはこれ、と自分に言い聞かせながら近付いた。
「久しぶり。調子、いいみたいだね。」
桐山さんがいなくて寂しいです!!と橘が縋りつくように言う。旭のことがあっても、純粋に気持ちを切り替えられる橘を羨ましく思う。
「推進チームも、すごいですね。」
ありがとう。そう穏やかに返す桐山に、颯は違和感を感じた。
目が、合わないな。
桐山は基本、真っ直ぐに人の目を見て話す。颯の言葉にも丁寧に返答が返ってくるが、明らかに、いつもと違う。
なんだ?
宴も酣ですが、と司会が時間が来たことを告げている。じゃぁ、と去ろうとする桐山の姿に、無意識に口が開いていた。
「桐山さん」
「何か、俺に言いたいことでもあるんですか。」
桐山がゆっくりと振り返る。
こちらを向いたとき、その顔は、攻撃的に歪んでいた。
初めて見る表情に、目を見開く。
「俺は、・・君が憎い。」
隣にいた蓮と橘がバッと顔を見合わせ、颯の顔を見る。
その言葉だけで、一瞬でピリピリと自分の毛が逆立つような気がした。
「・・奇遇ですね。俺もです。」
ストーップ!と間に入ってくる二人をちらりとも見ず、
二人は引き離されるまでずっと、睨み合っていた。
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「と、言うワケです、旭さん。」
千夏ははじめ笑顔を浮かべながら事の顛末を話していたが、旭の顔から徐々に血の気が失われるのを見て、真面目な表情になった。
「その顔は、心当たり、あるんだ。」
二人は社食ではなく、普段あまり来ない、オフィスから少し離れたカフェに来ていた。今日は外にしよう、と千夏が有無を言わさず連れ出したのだ。
営業会議での桐山と颯の噂は、旭の耳にも入っていた。始めはその翌日、「あの二人って、仲悪かったの?」と他部署から突然聞かれた。何故と聞けば、「なんか睨み合ってたらしい」とだけ。
まさかと思い橘と蓮に聞いても、二人はとぼけたように何も答えない。颯に聞くべきかどうか、迷っていた。
千夏に、事の経緯を話す。颯との最後の会話、そして、桐山との逢瀬。
好奇心を隠しきれず千夏の目がキラキラしていくことに苦笑した。
「だから、面白がらないでよ。」
「いや、旭、あんたすごい。桐山さんって、まじで誰にもなびかなくて、出世株狙いのメンバーが地団駄踏んでたもん。」
そう、と、あの日の辛そうな表情を思い出し、胸が痛くなる。あれからもう、連絡はとっていない。旭は、プレートに目を落とした。
「あー、あの食堂での私の感覚は間違ってなかったか。」
「え?」
あれあれ、何か、海外から帰ってきたって言ってた日!とはしゃぐように言う。
「なーんか、旭を見る目がやけに優しくて、狙ってんのかなって思ったんだよね。」
たまらん!スイッチ入るとそんな肉食系になるんだ!と身悶えている。いやー、いい話聞けた、と満足そうにおしぼりで口を拭った。
はぁ、とため息が出た。
「で、その会議の話なんだけど、」
あぁ、続きね、と千夏は話の流れを思い出したようだ。
「実際見てた人数は少なかったんだけど、やっぱり桐山さんと颯が、っていうので、みんな食いついたみたい。」
上の人の耳にも、入っちゃってるかもしれないね。
その言葉に顔をしかめる。
あ、で、香月さんとは大丈夫なの?という千夏の言葉は、耳を通り過ぎていった。
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颯が香月に呼び出されたのは、会議の3日後だった。
10人用の小さい会議室に案内される。
「座って。」
そう言われ、香月の正面にかけた。難しい顔をしてこちらを見ながら、香月は言った。
「何の事か、分かってるわよね。」
はい、と答える。
あの日、交わした声は決して大きく無かったが、周りには人が大勢居た。桐山と俺という、元々同じ部署で一緒に仕事をしていた二人が睨み合っているのは、誰にとっても面白いニュースだっただろう。
迂闊だった。きっと、旭の耳にも入っている。そう思うと、憂鬱になった。
「もともと、仲が良くなかったの?・・桐山くんとは。」
「いえ」
「じゃぁ・・榛名さんは関係ある?」
「・・いえ。」
そう答えたが、香月は確信をもっているようだった。
「付き合ってるの?」
「いえ。」
プライベートな質問に答える義務は無い。ただ、旭に影響が出る事だけは避けたい。
それ以上話す気がないという俺の態度に、香月は大きくため息をついた。
あぁいう子は人気あるものね、と聞こえた小さい声にイラっとする。お前に、何が分かる。
単刀直入に言うわね、と香月は腕を組んで続けた。
「こういう事が起こったのであれば、あなた達を同じ部署に置いておく訳にはいかない。」
「次の異動では、どちらか動かすことになるから。」
分かったわね。
そう言って、香月は先に部屋を出ていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「颯」
小さく呼ばれた事に気付き、声のする方を見ると、非常階段のドアから旭が身体を少し出して呼びかけている。余計怪しいだろ、とおかしくなった。
こんな状況でも、旭に話しかけられて喜んでいる自分に半ば呆れる。
「どうした」
見下ろすと、不安そうな顔。悪かったな、と心の中で謝罪する。
「大丈夫だったの?」
そう聞かれ、回答に詰まる俺にかぶせる。
「ごめん、私・・」
「旭のせいじゃない。」
そう言って、ぽんと頭に手を置いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
異動。
もしかしたら、香月との折り合いを考えると、旭が異動した方がいいのかもしれない。
でも、俺はこのまま、受け身でいいんだろうか。
その考えが、次の日には、今一番会いたくない男にメールをさせていた。
「桐山さん。」
入って来た男に手を挙げる。その日は接待があると言う桐山の予定に合わせて、終わる時間に近くのバーに呼び出していた。
二人で酒を傾け、沈黙を破るように桐山が口を開いた。
「仕事?プライベート?」
「仕事のことです。」
余裕だね、と言って酒を口に含んだ。
「俺は、あなたを超えたい。」
ちら、と横目で俺を見る。
「公募で一番ハードな経験を詰めるのは、どこですか。」
桐山は、少し黙り、ふー、とため息をついた。
「中国、上海で、合弁会社立ち上げの話が出てる。」
そこのメンバー募集がかかる予定だ。
「間違いなく、経験にはなる。」
中国。
自分には経験の無い土地、環境。
でも、ここに来るまでに、日本以外の回答は覚悟していた。
黙って頷く颯に、桐山は続ける。
「締切は今月末。選考の開始まで2ヶ月だ。すぐに準備が必要だよ。」
面接や役員へのプレゼン、そして、中国語の習得試験もあるという。
「気持ちが決まったなら声をかけて。香月さんにも、君を推薦するよう言っておく。」
「分かりました。」
覚悟は、もう、決まっている。
それ以外何も言わない颯に、桐山が口を開いた。
「・・君は、」
「俺が、君を彼女と引き離そうとしているとは思わないのか。」
「思いませんよ。」
何故、と目が聞いてくる。
「あなたは、そんなことが出来る人じゃない。」
そうか。と酒を傾ける桐山が、躊躇ってから口を開いた。
「・・一つだけ。」
「彼女と、話し合ってから決めてくれ。」
これ以上、嫌われたくないからね。
そう自嘲気味に言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『話がある。』
そのメッセージを送ったのは昨日の夜。
今回の件の直後だ。やはり、香月との面談で何か言われたと思ってるだろうな、と考えながら、颯は土産のプリンを片手に旭の家を訪れた。
腰を落ち着けて早々に、話を切り出す。
「旭」
「俺は、中国の会社設立の公募に応募しようと思ってる。」
旭が息を呑んだ。
言葉が出ないその様子に、颯の胸が苦しくなる。
「・・ど、どのくらい・・?」
「最低、2年」
にねん、と呟く。
「やっぱり、香月さんに何か言われた?」
悲しそうに言う旭に、優しく微笑んだ。
「関係ないよ。来期は俺達のどちらかが異動になるだろう、とは言われたけど。」
「颯」
「ん?」
「寂しい・・」
その言葉を聞いた瞬間、こんなに愛おしいものがあるんだろうかという気持ちがこみ上げる。弾けるように旭を抱きしめた。
「旭」
「俺は、今のままではだめだ。人間的にも、成長したい。」
小さく震えている。旭が泣いている。
俺は、本当にお前に辛い思いをさせてばかりだな。
「2ヶ月ほど選考に向けての準備がある。通過すれば、その1ヶ月後に出発だ。」
頭を撫でながら話す。
「落ちるかもしれないね。」
「おい。」
泣き笑いの顔で、旭が顔を上げた。
ぐしゃぐしゃの顔を見て、離れたくない気持ちが湧き上がる。
「旭」
「記念に、するか?」
「・・・」
「迷うなよ。襲うぞ。」
じっと見つめる瞳に誘われているようで、飛びつきたい自分を抑える。
「旭」
「・・ん?」
「帰ってきたら・・」
無言で見つめ合う。
「・・いや、やっぱりいい。」
「なによ。」
旭が吹き出した。
いたずら心が沸き起こる。
耳元に顔を寄せて、囁いた。
「帰ってきたら、いっぱい、しような。」
真っ赤になった旭を見て、颯は満足そうに笑った。
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