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本編

ふたりでの朝。

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「起ーきーるーのーじゃーっ!!」
 朝。鈴の鳴るような愛らしい声が、神社である我が家に響きわたる。
「んぅー……」
 僕・八代司やつしろつかさは、その色素の薄いまつ毛をぴくぴく動かしながら、枕の端を握りしめた。
「これ司! この花姫はなひめの栄養たっぷり『ぶれっくふぁーすと』が冷めてしまうであろう!」
 とたとたと枕元まで駆け寄ってきたこの、和装をまとう美しい少女。
 この地を加護する、正真正銘の女神様だ。
「今日は一段と美味そうにできてのぉ♪」
「そっかー……」
「司?」
 もぞもぞ、と厚い蒲団ふとんへ、より一層もぐりこむ僕。
「それはとても、楽しみだねぇ……」
「行動がともなってないようじゃが?」
「あのね、眠いの」
「で?」
「ここまで持ってきて、『あーん』してほしい……」
「こンの……ッ、甘ったれたことを抜かすなー!」
 がばっと僕が被っていた蒲団をひっぺがす。 
「んっ、寒。返してよ……」
 僕がのろのろと掛け蒲団へ腕を彷徨わせると、花姫様がガタガタ震えている気配を感じた。
 ばふんっ、と勢いよく蒲団が返ってくる。
「そっ、そそ、そなたっ、なぜ服を着ておらぬのじゃ!?」
「あー、着替えるのめんどかったの、かなぁ……?」
 改めてめくってみたら、確かに生まれたままの姿だった。道理で、蒲団を被っているのに冷たさを感じると思った。
 だって最近、すごく眠い。
 一日の神社のお勤めのあと、お風呂に入ったまではよかったけれど。そこからあまり記憶がない。
 蒲団がびしょびしょではないから、カラダはちゃんと拭いたんだと思う。僕、すごくいい子。
 花姫様は、未だ上半身はむきだしの僕に対し、その大きな瞳を必死で覆いかくしながら、きゃんきゃんわめきたてた。
 ちょっとからかってみたくなった僕は、にいっと笑んで、わざと聞こえるようにささやく。
初心うぶなんだね」
 案の定、彼女はゆでダコみたいに赤くなった。
「べべべ、別にぃ!? そなたみたいな小童こわっぱのすっぽんぽんなんか、その辺に群生するぺんぺん草くらい見慣れてるしぃ!!?」
「一応成人済みだけど。そんな高速で目が泳ぐひと、ハジメテ見た……」
 ムキになって手を外したものの、その泳いだ目は、必死にこちらを見ないようにしているのが、たまらなく愛らしかった。
「ごめんね、お腹空いたでしょ。ご飯どうぞ」
 腕を広げると、目をらしながらもそっとカラダをよせてくる。遠慮がちに肩へ添えられた手指や、さらりと鎖骨にかかる少し冷たい黒髪が、僕をぞくりとうずかせた。

 そして。
 僕らのくちびるは深く重なる。

 これが、花姫様の『食事』。

 ニンゲンの余剰な活力を、皮膚の接触を経由して一日二回、ほんのちょっとだけわけてもらう。

 花姫様はそれをすごく申しわけなく思っているみたいだけれど、とんでもない。
(甘い――)
 こんな合法的に、愛しいひとのくちづけを得られるなんて、この上ない至福だ。


 そしてこの『至福』は、最終的に僕の計略によって成り立ったものであることを、花姫様は知らない。
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