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間話
サブストーリー① 鹿島佑
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布がガサガサと擦れる。乾いた音だ。
身じろぐ度に厚みのある白布団が揺れ、
無機質な空間に、無機質な音が響く。
…また、あの安っぽい布団で寝られるのは
いつのことになるのやら。
ベットの中に潜ると鹿島佑は自分の
右手から伸びる無数のコードを見る。
それは、ベッドの脇にあるモニターに繋がり、文字通り僕の命を繋いでいた。
まもなく夏本番になる今の時期に、いつまでも布団の中にいるのは辛いもので、僕はもぞもぞと這い出る。
僕が出るのとほぼ同時に、ガラガラと扉が
開く。
やや皺のよった白衣をまとった医師が「回診でーす」と抑揚のない声で入ってくる。
クリップボードを小脇に抱え、癖っ毛の強い頭を掻きながらやって来たのは、僕の
担当医である、鳥羽洋一郎先生だった。
「退屈か?」
先生がそう言うから本当は暇でしょうがないのに、つい意地を張って「全然大丈夫!」と言ってしまった。
「…そうか」とそっけなく言うと先生は淡々といつもと変わらぬ回診を始める。
「先生は僕に合わせてくれてるんですか?」
「何がだ?」
「先生は僕のために腰を曲げてくれてるのかな?って」
「そんなわけないだろ、単純に腰が痛いんだよ」と腰をさする。
「実際は何センチなんですか?」
「この前の健診だと187cmだったな」
と野暮ったく言う口調はやや自慢するようにも聞こえた。
すると、先生の背後からひょこっと顔を出した看護師の隅田瀬那さんは先生の腰を掴み、強引に背筋を伸ばした。
「でしたら、その猫背直したらいかがですか?」
ゴキっという音と共に先生の悲鳴が響く。
「あら、本当に痛かったんですね。それは失礼」
瀬那さんは軽く言い放つと、手をひらひらとさせながら僕の点滴の交換をする。
「もう少し、僕のことを労ってくださいよ。知ってるでしよ、ここしばらく寝てないの」
「それはあれですか、特に仕事もなく寝当直のはずなのに、暇すぎてソリティアにはまったからでしたか」
「そ、ソリティアに罪はないでしょ、いくら寝当直だからって仕事は疲れるんですよ」
そっけなく言う瀬那さんに口を尖らせる。
そんな先生が面白くて僕はつい笑ってしまう。
「お、やっと笑ったな」
クリップボードを腰に当て、ふっと口を綻ばせると、先生は「子供は笑ってる方がいい」と不慣れな笑みを浮かべる。
「それじゃ、私はこれで」と部屋を去っていく瀬那さんに『んっ』と適当に返事した先生は、再び問診を始める。
それから数分ほど、いつもと変わらない問い、いつもと変わらない返答のラリーを続けるが、最後にいつもとは違う質問をした。
「人生で一番大事なことは?」
「え?なんです?」
「ただの興味本位だ」
とそっけなく言う先生に僕はあごに手を添えて考える。
「楽しむことが一番じゃない?」
「なるほどね。して、理由は?」
クリップボードに視線を落としながら質問する。
「理由なんて...そりゃね、」
佑の顔に暗影が指す。
白血病。それが佑に下された診断だった。
先生の説明は聞いたけど、小学校に入ったばかりの佑には何一つ理解出来なかったが、隣にいた母親の表情からこれはまずいと思ったのを覚えている。
そのため、入学以来ほとんどをこの病室で過ごす羽目になり、おかげで友達などいるはずもなく、今日に至る。
「なんか、悪いこと聞いたかな」
どこかバツが悪そうに頭を掻いて謝る先生に少し罪悪感を感じて「気にしないで」と言って誤魔化した。
「だからこそ、今できることをやって楽しんでるんだよ。病院で友達できたし」
本心だった。
学校ではできないことをここではできるし、させてくれる。そんな環境に感謝こそすれ、恨むことはなかった。
「それなら、まぁ、よかった」
そういうと、先生はクリップボードを閉じ、代わりに白衣のポケットから小さなミニカーを手渡してくれた。
「何?これ」
「いつも同じ景色じゃつまらないだろうから、たまにはと思ってな」
「へぇー、先生らしいことするねー」
「これでも、佑の先生だからな」
まるで子供のように手を銃の形にして舌を鳴らす。
そうして、いつもの回診も終わり、先生の立ち去った後の病室は物悲しかった。
すでに日も傾き、西日が部屋をオレンジ色に染め上げている。
再び布団の中に潜り込むと足先は少し冷たく、体温が適度に逃げていく感覚がまた心地の良いものだった。
今日は楽しかった。今度は僕が先生にプレゼントしよう。何がいいかな?先生をうんと驚かせるものがいい。
ピッピッ。リズムが少しズレる。
どうしてだろう?今日はやけに心臓の音が気になる。佑は胸に手を当て考える。
明日先生に聞いてみよう。
ガサゴソと音を立てながら、今日は少し早く眠りにつく。
~数日後~
そして、佑は死んだ。
鳥羽洋一郎編へ続く、、、。
身じろぐ度に厚みのある白布団が揺れ、
無機質な空間に、無機質な音が響く。
…また、あの安っぽい布団で寝られるのは
いつのことになるのやら。
ベットの中に潜ると鹿島佑は自分の
右手から伸びる無数のコードを見る。
それは、ベッドの脇にあるモニターに繋がり、文字通り僕の命を繋いでいた。
まもなく夏本番になる今の時期に、いつまでも布団の中にいるのは辛いもので、僕はもぞもぞと這い出る。
僕が出るのとほぼ同時に、ガラガラと扉が
開く。
やや皺のよった白衣をまとった医師が「回診でーす」と抑揚のない声で入ってくる。
クリップボードを小脇に抱え、癖っ毛の強い頭を掻きながらやって来たのは、僕の
担当医である、鳥羽洋一郎先生だった。
「退屈か?」
先生がそう言うから本当は暇でしょうがないのに、つい意地を張って「全然大丈夫!」と言ってしまった。
「…そうか」とそっけなく言うと先生は淡々といつもと変わらぬ回診を始める。
「先生は僕に合わせてくれてるんですか?」
「何がだ?」
「先生は僕のために腰を曲げてくれてるのかな?って」
「そんなわけないだろ、単純に腰が痛いんだよ」と腰をさする。
「実際は何センチなんですか?」
「この前の健診だと187cmだったな」
と野暮ったく言う口調はやや自慢するようにも聞こえた。
すると、先生の背後からひょこっと顔を出した看護師の隅田瀬那さんは先生の腰を掴み、強引に背筋を伸ばした。
「でしたら、その猫背直したらいかがですか?」
ゴキっという音と共に先生の悲鳴が響く。
「あら、本当に痛かったんですね。それは失礼」
瀬那さんは軽く言い放つと、手をひらひらとさせながら僕の点滴の交換をする。
「もう少し、僕のことを労ってくださいよ。知ってるでしよ、ここしばらく寝てないの」
「それはあれですか、特に仕事もなく寝当直のはずなのに、暇すぎてソリティアにはまったからでしたか」
「そ、ソリティアに罪はないでしょ、いくら寝当直だからって仕事は疲れるんですよ」
そっけなく言う瀬那さんに口を尖らせる。
そんな先生が面白くて僕はつい笑ってしまう。
「お、やっと笑ったな」
クリップボードを腰に当て、ふっと口を綻ばせると、先生は「子供は笑ってる方がいい」と不慣れな笑みを浮かべる。
「それじゃ、私はこれで」と部屋を去っていく瀬那さんに『んっ』と適当に返事した先生は、再び問診を始める。
それから数分ほど、いつもと変わらない問い、いつもと変わらない返答のラリーを続けるが、最後にいつもとは違う質問をした。
「人生で一番大事なことは?」
「え?なんです?」
「ただの興味本位だ」
とそっけなく言う先生に僕はあごに手を添えて考える。
「楽しむことが一番じゃない?」
「なるほどね。して、理由は?」
クリップボードに視線を落としながら質問する。
「理由なんて...そりゃね、」
佑の顔に暗影が指す。
白血病。それが佑に下された診断だった。
先生の説明は聞いたけど、小学校に入ったばかりの佑には何一つ理解出来なかったが、隣にいた母親の表情からこれはまずいと思ったのを覚えている。
そのため、入学以来ほとんどをこの病室で過ごす羽目になり、おかげで友達などいるはずもなく、今日に至る。
「なんか、悪いこと聞いたかな」
どこかバツが悪そうに頭を掻いて謝る先生に少し罪悪感を感じて「気にしないで」と言って誤魔化した。
「だからこそ、今できることをやって楽しんでるんだよ。病院で友達できたし」
本心だった。
学校ではできないことをここではできるし、させてくれる。そんな環境に感謝こそすれ、恨むことはなかった。
「それなら、まぁ、よかった」
そういうと、先生はクリップボードを閉じ、代わりに白衣のポケットから小さなミニカーを手渡してくれた。
「何?これ」
「いつも同じ景色じゃつまらないだろうから、たまにはと思ってな」
「へぇー、先生らしいことするねー」
「これでも、佑の先生だからな」
まるで子供のように手を銃の形にして舌を鳴らす。
そうして、いつもの回診も終わり、先生の立ち去った後の病室は物悲しかった。
すでに日も傾き、西日が部屋をオレンジ色に染め上げている。
再び布団の中に潜り込むと足先は少し冷たく、体温が適度に逃げていく感覚がまた心地の良いものだった。
今日は楽しかった。今度は僕が先生にプレゼントしよう。何がいいかな?先生をうんと驚かせるものがいい。
ピッピッ。リズムが少しズレる。
どうしてだろう?今日はやけに心臓の音が気になる。佑は胸に手を当て考える。
明日先生に聞いてみよう。
ガサゴソと音を立てながら、今日は少し早く眠りにつく。
~数日後~
そして、佑は死んだ。
鳥羽洋一郎編へ続く、、、。
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