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11 不器用な二人
しおりを挟むアルケインがロティの許を訪れたのは、その夜だった。
再び硝子窓に映るという形で、彼はロティの前に姿を現した。
その時ロティは、大きなベッドの中で丸くなって息を殺していた。
息苦しいだろうに、シーツに顔を押し付けて決して上げようとしない。
『おい、無視するでない。顔を上げろ』
アルケインの命令にも、ロティはなかなか従おうとはしなかった。
しびれを切らしたアルケインは、まるで硝子から飛び出るように立体になった。しかしその体は、ろうそくの明かりに少しだけ透けている。
『起きているのだろう? いい加減にしろ』
アルケインがその細い肩に手をかけると、小さな体は小動物のように飛び起きた。
その顔を見て、精霊王は言葉をなくした。
白い顔は真っ赤に染まり、どれだけ泣いたのか瞼がひどく腫れている。
『どうした? またいじめられたのか?』
その顔を見て、最初思い浮かんだのはそのことだった。
感応力を持たないロティは、神殿の中では浮いた存在だ。
だからこそ加護を与えようとアルケインがわざわざ憑依したのだが、少し彼が目を離した隙にまたひどいことを言われたのかもしれない。
気づかわし気に触れようとする手を、しかしロティは拒絶した。
「触らないで!」
彼女は手負いの獣のように、鋭くアルケインを睨みつけた。
普段のおっとりした様子など、まるで嘘のようだ。
流石に驚いた精霊の王は、驚いて手を離した。
彼はまるで火傷したとでもいうように、透けた己の指に目をやる。
『……なにがあった?』
アルケインの問いに、ロティは答えなかった。
しかし彼は神だ。
ロティが考えることを読み取ることなど朝飯前で、ほつれ乱れた彼女の頭に手を翳したかと思うと、しばらくしてきびす返した。
『またあの女に、何か言われたのだな?』
アルケインが読み取ったのは、他の神女達に抑えつけられるシェスカの姿だった。
彼はすぐさま部屋を出て、シェスカの許に向かわんとした。
ロティに恐怖を与えた彼女に、更なる罰を与えるためだ。
『待っていろ。二度とあれが、お前に危害を加えることがないようにしてやる』
しかしその言葉に慌てたのはロティの方だ。
彼女は咄嗟に、透けた神に飛びかかった。
視覚的には透けていても、その体には確かな感触があった。
しかし温度がない。
鎧をまとったアルケインの冷たい背中に、ロティは必死でしがみついた。
羽交い絞めにできればよかったのだろうが、この体格差とロティの力ではそんなこととてもできそうにない。
それでも彼女は、震える手でアルケインの体を引き留めた。
驚いたのはアルケインの方だ。
触れるのも嫌がったものが、どうして抱き着いてくるのか。
驚いた彼は眉間の皺を深くして、歩みを止めた。
『……震えているな。なぜだ?』
「言わなければ、分からない?」
震えてはいるが、力強い声だ。
彼女は悲しんでいるのではなく、怒っていた。
強く強く、その声は激しい怒りを湛えていた。
ロティは自分からしがみついたアルケインの体をつき飛ばそうとしたが、彼女の力ではそれも叶わなかった。
突っ張った手によって、彼女は弾みをつけて背後にあるベッドに押し返されていた。
『なぜ怒る? なにが足りないだ』
アルケインの声は、心底不思議だと思っている者のそれだった。
ロティは肩を震わせながら、うつむいたままで言った。
「なにを怒っているか、ですって? 全部よ。シェスカ様のお顔に傷をつけたこと。突然現れて、神殿の中を好きなだけかき回して―――あなた一体何がしたいの!? 私たちを苦しめるために来たの!?」
それはアルケインの記憶にある中で、ロティの出した最も大きな声だった。
普段は大人しい彼女の反撃に、アルケインは不敬を咎めるのも忘れて唖然としてしまった。
「罰を与えるなら、私を殺せばいい。だからどうか他の人を巻き込まないで。これ以上神殿の人達を―――っ」
言葉に詰まったロティは、顔を伏せたまま袖口で涙を拭った。
アルケインは擦れすぎて腫れてしまった彼女の顔を思い出し、咄嗟にその手を掴んだ。
彼はどうしてロティが怒っているのかも分かっていなかったが、とにかく焦っていた。
目の前の不可解な娘は、折角加護を与えようとしているアルケインを全力で拒絶している。
そんなことは、永い今までの神生で経験のなかったことだ。
アルケインが何かを与えれば、人はいつも喜んでそれを押し戴いてきた。
そういうやり方がこの娘には通用しないのだと、アルケインはその時初めて悟ったのだった。
『お前を殺したりは、しない』
そう言い残すと、透けていたアルケインの体は更にその密度を薄め、いつしか空気の中に霧散してしまった。
残されたロティは再びベッドに戻り、痛みをこらえるように再び丸くなって眠った。
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