精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

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21 忍び寄る不穏

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 宵闇に紛れて、城の裏門から入城する怪しい影があった。

 頭から足の先まで黒一色。

 まるで肌を見せることを厭うように全身をすっぽりとフードとローブで覆っており、時折フードの隙間から、きらりと金色の髪がのぞく。

 あらかじめ約束をしてあったのか、迎えに来たのはカンテラを持った三十絡みの男だった。

 実直な雰囲気のあるその男は、女の姿を見てわずかに訝しげな顔をした。



「お待ちしておりました」



 それでも男は、心得たように職務を全うすることにしたようだ。

 彼に連れられ、女は城の中へ入っていく。

 勿論門番には、金を握らせこのことを口外しないよう厳しく言い含めてあった。

 女は用心深く、そしてこの城によく慣れ親しんでいた。

 男に先導されてたどり着いたのは、煌びやかに装飾された一枚の扉だ。

 その前には槍を持った甲冑姿の男が二人。見張りとして立っていた。

 先導してきた男が目くばせをすると、心得たように男たちは扉を開く。

 中からは贅沢に灯されたシャンデリアの明かりが溢れ、女の視界を橙に染めた。

 案内役の男が促す前に、女は足早に部屋に入る。

 中にいたのは、数多の宝石を身に着けた優男だ。

 線が細く、一見して気が弱いと分かる。彼は部屋に入ってもローブを脱ぐどころかフードすら外さない女に、明らかに気圧されていた。

 あらかじめ人払いを申し付けてあったのか、案内役の男は外にとどまったまま一礼して扉を閉じる。

 自ら命じたこととはいえ、中にいた男はこの女と二人きりになるのかと少しだけ狼狽した様子を見せた。



「どうしてあんな女が!」



 開口一番に、女の怒声が部屋に響き渡る。



「落ち着いて。君らしくないよ」



 二人は同じ金の髪をしていた。女がフードさえかぶっていなかったら、お揃いのロイヤルブルーの瞳も見ることができただろう。

 どうやら旧知の仲のようだが、男の方は一貫して女に怯えている様子だった。



「それにしても、本当なのかい? アルケイン様が降臨なされたなんて……」



「そんなはずないでしょう! きっとあの女が嘘をついているのよ。全部嘘っぱちだわ」



 女の激しすぎる語調に、男は怯えて後ずさった。

 一方で女はと言えば、今にも八つ当たりで男に飛びかからんばかりの勢いだ。

 人払いをしておいてよかったと、男は思った。

 こんな怪しい風体の女の言いなりになっているところを見られたら、城内にどんな噂が立つか分からない。



「けれど、城内は今その噂でもちきりだ。憑依された娘を、聖女として勲章を授与すべきだとか色々―――」



「冗談じゃないわ!」



 怒鳴りつけられ、思わず男は口をつぐんでしまう。

 本来身分としては男の方が高いはずなのだが、幼い頃からの付き合いなので女の態度には全く遠慮がない。

 彼女は勧められてもいないのに、苛立たし気に布張りのソファに腰を下ろした。木枠に細密な刺繍の施された贅沢なものだ。細い足が衝撃でたわむ。



「掃除女に勲章だなんて、一体どういうつもり!? スウィードあなたまさか、そんなことしないわよね?」



 幼い頃の渾名を呼ばれ、男は口をつぐんだ。

 スウィードとはまるまると太ったカブのこと。幼少の頃の彼は、まるまると太った大人しい子供だった。

 今ではその渾名を口にするものなど彼女ぐらいだ。

 不敬だとは思いつつも、訂正できないまま今日にまで至っている。



「……僕に決められることではないよ。全ては父が―――陛下がお決めになることだ」



「ふざけないで!」



 怒りのあまり、女はソファから勢いよく立ち上がった。

 その勢いで、深くかぶっていたはずのフードが跳ね落ちる。

 現れるのは、雪のような肌に刻まれた赤い渓谷。傷ましいという以外言いようのない無残な傷は、彼女の本来の美貌を大いに損ねている。



「シェスカ、君……」



 男は驚き言葉を失った。

 シェスカと呼ばれた女は慌ててフードを押さえたが、時すでに遅しだ。



「一体何があったんだ? 君を次期大神女候補から外すと、神殿からは内々に知らせが来ていたが……」



 男の言葉に、シェスカはかっと目を見開いた。

 彼女はおそろしい素早さで男に近づき、その襟首をつかむ。



「なんですって!? どういうことよ!」



 顔を寄せられ、その傷と怒りに狂った顔に男は悲鳴を上げそうになった。

 どうにか堪えて息を殺したが、その体は微かに震えている。



「しっ、知らないよ! 僕はお父様からその話を聞かされただけだ」



「陛下はなんて?」



「仕方ないと―――ぐっ!」



 途中で言葉が不自然に途切れる。

 女が腕に込めた力を強めたせいだ。



「そんなはずはないわ! 陛下には神殿に厳重に抗議していただかないと! 私が大神女候補からはずれる? そんなわけ……」



 シェスカの手から力が抜けた一瞬の隙をついて、男は襟首を締めあげていたその手を払った。

 反動で彼女はよろけ、絨毯の上に崩れ落ちる。

 ごほごほと咳き込みながら、未知のものを見るように男は彼女を見下ろした。



「ゴホッ……とにかく、王家の方針は今話した通りだよ。陛下は王家の血を受け継ぐ君を、大神女候補から外すという神殿の意向を呑んだんだ。向こうからどんな交換条件を提示されたかは知らないけどね。君も、今後こんな風に気安く僕を呼びつけるのは止めてくれないか? 君はあくまで、王家の血を受け継ぐただの神女の一人にすぎないんだから」



 男の言葉に、途端に残酷な響きが混じる。

 虐げられてきた反動か、その口元には醜い笑みが滲んでいた。

 王太子である男と、大神女候補だった女。

 従姉弟同士の二人だが、主導権はいつも気の強いシェスカの方にあった。

 今こそ長年の関係に終止符を打つ時だと、男の顔に浮かんだ嗜虐的な笑みが語っている。

 絶望に打ちひしがれたシェスカは、ぶるぶると大きくその肩を揺らした。

 泣いているのかと男は思ったが、しかしそうではなかった。

 彼女は驚くべき素早さで男の足を掴むと、乱れた髪に構わず男を見上げた。

 その顔には、狂気としかいいようのない笑みが張り付いている。



「聖女……聖女ね。そうよ、そうだわ。勲章を授与するなら、本当に聖女か確かめなきゃよね」



 男の言葉を全く無視して、彼女はブツブツと呟く。

 その余りの気味の悪さに、王太子は言葉をなくしていた。



「……審判よ」



 たったそれだけの言葉で、男は女が何をしようとしているか悟った。

 そしてそれを行おうとする彼女に、結局は逆らえないであろう自分も、彼は分かりすぎるほどに分かっていた。



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