24 / 42
24 神の葛藤
しおりを挟む(どうして助けを求めない!)
水面に沈む少女の背中を見ながら、アルケインはむなしく手を伸ばした。
最近どこへ行っているのかと追及してくるエレを巻いて、彼が地上に降りたのは夜になってからだ。
そして今日はどんな話をしてやろうかと考えていたら、訪れた部屋はもぬけの殻だった。
神殿近くの騒がしさを聞きとがめて来てみれば、なぜか罪もないロティが断罪されている。
彼は愕然とした。
(ロティが何を贖わなければならない?)
アルケインの知る彼女は、友達も恋人も家族もいない、寂しさに慣れすぎた哀れな少女だ。
そんな彼女の笑う顔が見たくて、彼は仕事の忙しい合間を縫って、三日と空けずに彼女の許を訪れた。
彼女は彫刻を磨くのが三度の飯より好きだという、理解しがたい趣味を持っている。
しかし自分たち神の像を、愛おしげに磨いているのを見れば悪い気はしなかった。
一緒にいる時間はどんどん長くなり、アルケインはやがて地上に降りるのを心待ちにするようになっていた。
(なんで―――)
精霊王の心に、御しがたい感情の奔流が生まれた。
ロティはアルケインに、助けを求めたりはしなかった。
それどころか悲鳴一つ上げず、泉の中に沈んでいこうとしている。
どれほど恐ろしいだろう。どれだけ冷たいことだろう。
彼女の気持ちを思うと、アルケインは叫びたくなった。
叫んで地上のすべてを、滅ぼしてしまいたくなった。
周囲に集まる人間たちの顔の、なんと醜悪なことか。
無意味に人を殺し、それを安全な場所から娯楽のように見つめるその心根の醜さ。
アルケインは地上にいることが、心底いやになった。
(なぜだ……なぜロティば死なねばならない? ただの寂しがりな、けれどそうとは正直に言えないような、ちっぽけな娘じゃないか)
悲しみと嫌悪感が、同じ分量だけ湧き上がってきた。
そして彼は、衝動に任せてある決断を下した。
***
目を覚ますと、ロティは白くふわふわとした場所にいた。
地面のすべてが、綿でできているように柔らかい。
彼女はどうやら、なめした皮のテントで眠っているらしかった。
ここが冥界かと思い体を起こすと、髪や服がしとどに濡れていることに気づく。
(冥界は地下にあると聞いていたのだけれど、ここはまるで雲の上みたい……)
しかし、体はひどく重かった。
死んだのに、体が重いというのはおかしい気もする。
死とは肉体の軛を離れ、地下に住む冥界の神の審判を経て改魂することをいう。
ロティが夢現でいると、小さなテントの一角がめくれて人の顔が現れた。
「目を覚ましたか!」
ロティを見てそう言ったのは、以前酒を飲み交わしたトールデンだった。
「トールデン、さま?」
反射的に問いかけると、男はきししと悪ガキのような笑顔を見せた。
「アルがあんたを抱えて来た時は驚いたよ。でもあんまり水は飲んでないようだし、安心していい。目さえ覚めれば一安心だ」
膝をついて近寄ってきたトールデンは、己の額をこつんとロティに押し当てた。
少し恥ずかしいが、動く気力はないのでなされるがままだ。
しかしトールデンは、そのままいつまでも離れていかない。
流石に訝しく思っていると、突然天井が無くなり光が差した。
驚く間もなくトールデンがいなくなり、気付けば少し離れた場所で尻餅をついている。
あまりの出来事に、ロティは唖然としてしまった。
「無事か?」
問いかけられた不愛想な問いに、ロティは思わず上を見上げた。
雲一つない青空を背に、よく知った相手が立っている。
神でしかありえない美貌と、夜明けの太陽色の髪。
そしてガシャリと音を立てる、やけに古めかしい鎧。
「アルケイン……さま?」
茫然としたロティの問いかけに、精霊王は困ったよう安堵したような複雑な表情を浮かべた。
(気のせい、よね?)
その表情がロティには、まるで泣きそうになっているように見えた。
しかし彼はすぐにその表情を改めると、ぴしりとロティに一本の指を突きつけてきた。
「ロティ、お前には警戒心がなさすぎる」
「はい?」
死後、いの一番に言われるような言葉ではない。
答えに困ったロティは、呆けたように仁王立ちをした神を見上げた。
「テントの中で、このような軽薄な男と二人きりになるなど言語道断だ」
そう言われても、ロティは動けないので不可抗力だ。
しかし反論などすれば、更に怒りを買いそうでロティは黙っていた。
「おいおいアルよぉ。死にかけた相手にいきなりそれかい」
尻餅から回復したトールデンが、腰をさすりながら二人に近寄ってくる。
「ロティちゃんのためにアトルスの水取ってきたのは俺よ? なのにその態度ってどうなわけ?」
「うるさい!」
言い争う二人を見ながら、ロティはやっぱり二人は仲がいいなどと見当違いの感想を抱いた。
けれど一度死にかけた体は、大量の休息を必要とするのか瞼が重くなってきた。
なんとか二人の話を聞こうと抗ってみるが、どうしてもコクコクと舟を漕いでしまう。
そんなロティの様子に気付き、アルケインが優しく声を掛けてくれた。
「ゆっくり休むがいい。ここにはお前を害する者はいないから」
その言葉に、ロティはなぜか泣きたいほど心が安らぐのを感じた。
もうほとほと、疲れ切っていた。
体も―――心も。
アルケインの声に甘え、そして彼女はその優しい微睡みに身を任せた。
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる