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33 吹き荒れる恋の嵐
しおりを挟むアルケインがやってきたのは、砂時計の砂が半分落ちた頃だった。
「疲れた顔をしているな。何かあったか?」
ロティの顔を見るなり開口一番、アルケインはそういった。
疲れを悟られてはいけないと、ロティは必死で首を横に振る。
ただ、今から自分がすることを考えると、思わず気が遠くなった。
(私に本当にそんなことができるの?)
ぐるぐると、不安が頭を回る。
それでも、フロテアにかけられた言葉を思い出し、アルケインに隠れてこぶしを握った。
「あ、アルケインさま!」
直立不動。明らかに緊張していると分かる態度で、ロティは呼びかける。
常にないロティの態度に、アルケインも狼狽気味だ。
「な、なんだ?」
「そっ、その! カウチに座ってはいかがでしょう? いっ、いっ、一緒にお茶を飲みたいです!」
「あ、ああ……」
アルケインにしては珍しく、彼は気圧されるようにカウチに座った。
細い猫足が軋んで音を立てる。
そしてロティの言葉を聞きつけたかのように、入り口からはふよふとよお茶セットがやってきた。
素焼きのティーポットの二客のカップ。
あとは湯気を立てたお湯と小さな缶に入った茶葉だ。
ロティはその缶を手に取ると、全てを見えない何者かに任せず自分でお茶を淹れた。
大神女の世話役をしていたので、これくらいはお手の物だ。
「おい、精霊の仕事を奪うな」
「こっ、こうしていた方が落ち着くので……」
ぎこちなく本音を吐露しながら、ロティはアルケインの前にカップを滑らせた。
ずっと訝しげな表情をしていたアルケインが、何かを思いついたように人差し指をくるくると回した。
するとそれに呼応するように、湯気が楽しそうに踊り出す。
アルケインの言う精霊が手を加えているのだろう。
しばらく見ているとその湯気は、花の形になったり蝶の形になったりした。
「わあ」
緊張を忘れて、ロティが小さな歓声を零す。
強張っていた彼女の表情が、思わず綻んだ。
「やっと笑ったな」
その言葉に、ロティははっとアルケインの顔を見つめた。その顔には、いつもの無表情にうっすらと、してやったりの笑みが浮かんでいた。
「なにを緊張している? なにか困ったことでもあったか?」
鷹揚なアルケインの問いに、ロティは恥ずかしくなった。
まさかあなたを虜にしようとしていたなんて、正直に言えるはずもない。
(ええい!)
進退窮まったロティは、最早破れかぶれでアルケインの隣、カウチの余ったスペースに飛び込んだ。
そしてぎゅっと、アルケインの腕にしがみつく。
ささやかな胸を押し付ける格好だ。
フロテアの教えは、突き詰めるとこんな感じだった。
固く目をつぶり、ロティはアルケインの反応を待つ。
二人は身じろぎもせずに、長いような短いような時間が過ぎた。
「で、どうしたんだ?」
頭上から、アルケインの素っ気ない問いが降ってくる。
はっとして、ロティは目を開けて精霊王の顔を見上げた。
その顔は驚いたように目が見開かれているだけで、照れたり悩殺されているようにはどうしても見えない。
その顔を見ただけでロティの気恥ずかしさは限界を超え、思わずカウチから飛び退ってしまった。
「なっ、なんでもないんです!」
ロティは泣きたくなりながらも、必死に言葉を絞り出した。
アルケインは不思議そうに彼女を見上げるばかりだ。
居たたまれなくて今すぐどこかに逃げ出してしまいたいが、ロティはこの部屋から出ることができない。
(逃げ場所が、ないっ)
涙目になるロティに、アルケインは溜息をついた俯く。
彼はしばらく手のひらで顔を覆った後、疲れたように立ち上がった。
「疲れているんだろう。お前は少し休め。俺は出ていくから」
「でもあの!」
「ちょうど残した仕事を思い出した。またな」
そう言うが早いか、アルケインは足早に部屋を出て行ってしまった。
その背中は、すぐに霧の中に消える。
ロティはその背中を見送って、へにゃへにゃとその場に座り込んでしまった。
「やっぱり……私には無理だったみたいですフロテアさま……」
今すぐに、どうかアルケインがさっきのことを忘れてくれますようにと、ロティは手を合わせて至上神である創造主に願った。
***
どしどしと、アルケインが珍しく大きな足音を立てて歩く。
その様は、まるで相手を威嚇する大型肉食獣のようだ。
「なんなんだ、あれはっ」
吐き捨てた彼の、顔は真っ赤に紅潮していた。
「風の精霊!」
アルケインが叫ぶと、間をおかず彼の目の前に身軽そうな少年が現れた。少年とは言ってもあくまで精霊が人の姿を真似たもので、その姿も仮初ではあるのだが。
「はい、こちらに」
「ロティをよく見張っておくように。変な入り知恵をした者がいあるはずだ」
「かしこまりました」
そういうが早いか、再び少年の姿は空気の中に解ける。
残されたのは動揺するアルケイン一人で、彼は息も荒く大きな手のひらで顔を覆った。
「一体どうしたというんだ、ロティは……それに私も」
彼もまた、ロティと同じように乱高下する感情を持て余していた。
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