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35 横暴はどちら?
しおりを挟むロティが困惑していると、その時突然窓の外が暗くなった。
常に開きっぱなしで雲が目隠しをしている入り口もだ。
「ちょっ、何事!?」
フロテアに尋ねられても、ロティは何も答えることができなかった。
こんなこと、彼女にとっても初めてだったからだ。
夜が来ないはずの天界で、窓の外はまるで塗りこめられたような濃い闇に閉ざされていた。
「まさか……っ」
何かに気付いたようにフロテアが立ち上がったその時、入り口の向こうの闇が揺らめき、そこからこちらにやってくる人があった。
アルケインだ。
「誰がロティによけいなことを吹き込んだのかと思ったら……お前かフロテア」
彼は呆れたと言わんばかりに腕を組むと、床に座り込むロティを見た。
「この女に何を言われたか知らんが、年中色恋沙汰にうつつを抜かしているような神だ。気にすることはない」
「ちょっと、随分な言いようじゃないの!」
「本当のことだろうが。しかし自分で好き勝手やるだけでは飽き足らず、私の客人にまで余計なことを吹き込むとは」
「余計とは何よ! 愛は大切よ。それが地上に生きとし生けるものを芽吹かせたのだから。考えを改めるのならあなたの方よアルケイン」
「また世迷い事を」
神々の言い争いを、ロティはおろおろと見守るより他なかった。
アルケインに謝らなければいけないという気もしたが、二人の矢継ぎ早な会話に口を挟むことができない。
「世迷い事ですって? 血迷ってるのはどっちよ!? 愛する人を傷つけた人間に怒って、ひと月以上も雨を降らせ続けてるって天界中の噂なんだから!」
「お前!」
フロテアの言葉に、ロティの頭は真っ白になった。
(地上に、雨を?)
縋るように、彼女はアルケインを見上げる。
「っ―――いいからお前はこっちへ来い!」
そう言うと、彼はフロテアを連れて部屋の外へ出て行こうとした。
「待ってください! 今フロテアさまがおっしゃったことは、本当ですか!?」
追いすがるロティを、アルケインは一瞬だけ振り向き、すぐに目を逸らした。
「お前には関わりのないことだ。大人しく休んでいろ」
そう言うが早いか、アルケインとフロテアの姿は入り口の向こう、闇の中に消えていった。
そしてすぐに闇はいつもの、白い霧に変わる。
まるで何もなかったかのように部屋は静まり返り、ロティは混乱と悲しみで床に這いつくばった。
「アルケインさま、どうして……っ」
ぽたぽたと、ロティは忘れかけていた涙を溢れさせた。
しかしその問いに、答える者は誰一人としていなかったのだった。
***
「全く余計なことを!」
部屋から出ると、アルケインは苛立たし気に掴んでいたフロテアの手首を話した。
その態度に、フロテアも負けず悪鬼のごとき顔をする。
「余計なことって何よ! あの娘に何も教えず閉じ込めてるのはあんたの方でしょ!」
二人は天界でも一、二を争う美貌の持ち主だ。
なんとも迫力のある睨み合いだが、どちらも一歩も譲ろうとしない。
「大体ね、こんな外も見えないようなところに籠の鳥で、あの娘が可哀想だと思わないの!? 一途にあんたのこと信じちゃって……そっちの方がよっぽど横暴じゃない!」
はじめフロテアがロティの許を訪れたのは、ちょっとした好奇心からだった。
しかし彼女は素直で不器用な人間の娘に、少しずつ好意を抱くようになっていたのだ。
だから妹にアルケインを諦めさせるためという言い訳を使って、密かにロティの恋を応援していた。
フロテアは美と愛欲の神。
そして恋愛成就をも司る。
恋愛の“れ”の字も知らないような娘にアドバイスをしたのは、彼女に愛を知って幸せになってほしかったからだ。
―――それなのにこの男は。
フロテアはアルケインを睨む目を、いっそう厳しいものにした。
朴念仁だとは思っていたが、いきなり好きになった相手を拉致監禁など笑えない話だ。
そこにロティを守るためという大義名分があったとしても、アルケインのしていることはいくらなんでも一方的過ぎる。
女神であるフロテアにとって、ロティの意思を蔑ろにする精霊王のやり方は到底許せるものではなかった。
「あんたのは愛情なんかじゃない。ただの身勝手な独りよがりよ。そんなやつにロティは任せておけない」
そう言うやいなや、フロテアはロティの部屋の入り口を覆う霧に手を突っ込んだ。
そして驚いたことに、その霧ごとそこにあった部屋を己の手のひらに納めてしまう。
「なにをするつもりだ!」
「ふんっ、少し頭を冷やすといいわ!」
そう言い捨てると、唖然とする精霊王を置いてフロテアは姿を消した。
フロテアは強い力を持つ神だ。
だからいくら精霊王といえど、姿をくらました彼女を容易く追うことはできなかった。
「あの女……っ」
霧は晴れると、そこに現れたのは一区画が無残にえぐられた宮殿だった。
アルケインは悔し気に奥歯を噛むと、すぐにフロテアの行方を捜すため配下である精霊を呼び集めた。
「待っていろ、ロティ」
すでに彼は、人間の小娘に執着を抱いている自分を、抑えきれなくなっていた。
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