精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

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38 答えの出ない問い

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 (まるで飢えた獣だ)



 部屋を左右に行ったり来たりを繰り返すアルケインを見ながら、トールデンは思った。



「おいおい、落ち着けって」



 トールデンの住む雷の宮殿に、アルケインが飛び込んできたのはつい先刻のこと。

 やってくるなり「ロティが攫われた!」と叫んだ彼に、トールデンは説明を求めた。

 そして告げられたのは、美の女神フロテアの介入。

 年中恋愛にうつつを抜かしていようとも、かの女神の力は強力だ。本気で隠れられればアルケインですら手を出せないに違いない。

 そして何が理由かは知らないが、フロテアはロティをアルケインの許から連れ去った。



 ―――余計なことを。



 友人の変貌を微笑ましく見守っていたトールデンからすれば、フロテアの今回のおふざけは全く余計なことをと言うより他ない。

 はるか昔に火遊びをした相手だけに、トールデンはフロテアの奔放で自分本位な性格を思い出しため息をついた。

 おそらくアルケインがいの一番に自分のところに来たのも、彼女の考えが分かると踏んでのことだろう。

 しかし友人のためとはいえ、今更あの女に関わるのはひどく億劫だ。



「じゃあ話を整理するとだな、フロテアがロティを連れ去ったと。原因は不明。行先も不明ってわけだな?」



「そうだ」



 答えるアルケインの顔には、隠し切れない焦燥が滲んでいる。



「まあ、お前が地上から恋人を連れて来たんじゃないかって話は、天界中に広まっていたからあいつが興味を持ってもおかしくはないが、なんでわざわざそんなことを? 精霊王を真っ向敵に回してあいつに得なんてないだろう?」



「それは……」



 アルケインが言い淀む。

 即決即断の彼には珍しい態度だった。



「ロティを籠の鳥にしているからだと、言われた。そんな男にロティは任せておけぬと」



「ったくあいつは……」



 その言葉だけで、トールデンはフロテアの大体の考えを読むことができた。

 女性を加護する彼女からすれば、アルケインの周囲の過保護な愛し方は独りよがりのように映ったのだろう。

 しかしトールデンからすれば、どっちもどっちだ。

 一つの見方としてその意見は間違っていないかもしれないが、だからと言って他人の恋路を邪魔していいということにはならない。



「で、お前はどう思うんだ? 自分のやり方が間違っていたと思うか?」



 アルケインが気負ってしまわないよう、トールデンはできるだけ軽くその質問を投げた。

 彼がロティに対する態度を改めるというのなら、フロテアとも取引の余地があるだろう。

 しかしロティを奪い返したら再び閉じ込めるというのであれば、このままフロテアに預けておくべきかもしれないとトールデンでも思う。



「分からない。外に出せばまたロティは傷つくだろう? それを黙ってみていろということなのか?」



 アルケインの表情はどこか必死だ。

 慣れない状況に混乱しているのが分かる。

 恋に惑う精霊王というのは、永く友人をしているトールデンから見ても新鮮なものだった。

 微笑ましくもあるが、誰かが道を正してやらねばロティは永遠に彼に囚われてしまう。



「守ってやりたい気持ちは分かるが、それは一方的な押し付けだよ。あの子はそんなに弱くない。本当に弱いだけの娘だったら、お前が好きになる筈がないだろ。違うか?」



 トールデンの問いに、アルケインは考え込んだ。

 アルケインは強力な力を持っている。だからやろうと思えば、ロティをそれこそ永遠に全てから守ってやることも可能だろう。それこそ、誰にも合わせず自らの宮殿に閉じ込め、箱庭の幸せを作ることは容易い。

 しかしそれで本当に、ロティは幸せなのか。

 フロテアが問うているのは、そういうことだ。

 ロティは意思のない人形じゃない。非力でも自分の意思を持っている一人の人間なのだから。



「とりあえず、着くまでに考えとけよ」



 そう言うと、トールデンはばさりと大きなマントを羽織った。



「どこへ行く? フロテアの居場所が分かったのか?」



 虚を突かれたように、アルケインが問う。



「今の居場所は知らないが、あいつが行きそうな場所なら分かるさ」



「それはどこだ!?」



 アルケインが身を乗り出した。

 トールデンは友人に構わず、手のひらからバチバチとはじける光を放つ。それはやがて空中に、一匹の大きな獣を作り出した。稲妻を模した獣は、トールデンの眷属である精霊だ。音よりも速く走り、暗闇を切り裂くことができる。



「遅れるなよ!」



 トールデンはアルケインの質問には答えず、獣に跨り宮殿を飛び出した。

 アルケインは慌てて、全身に光を纏い猛然と彼の後を追ったのだった。



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