この夏の終わりに君を彩る

37se

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 自分から遠ざかって行く彼の背中に、一生かけても追いつく気がしない。

 太陽の背中に向かって振る手の動きが、彼が進んで行くにつれて小さくなっていく。

「ほら、帰ろうぜ」

 清涼に言われて、打水立夏は小さなため息をこぼした。

「うん。帰ろうか」

 海沿いの道を清涼と並んでとぼとぼと歩いて行く。風が吹いて砂が目や口に入るが全く気にならなかった。むしろ、入ってくれて構わない。そうすれば、この視界が滲んでいるのを、砂のせいにすることができるから。

 お互いの口数は少ない。

 気を利かせてくれた清涼が何度か話しかけてくれたが、立夏は上の空でまともな返事を返せていなかった。

 太陽は全く自分を見てくれない。それが立夏にとっては胸が張り裂けそうなくらいに苦しい。

 やっと太陽と昔のように接することができるようになったのに、太陽は青井花火のことばかり気にしている。

 立夏自身、花火とも仲良くできればと思っている。これ以上昔のように誰かを亡くしたくないからだ。今いる人達を大事にして、後悔のないようにしたいという思いは清涼と変わらない。

 だから、彼女は花火が羨ましかった。花火に対し嫉妬の感情を抱いていた。

 長年恋い焦がれて、それでも振り向いてもらえない相手とすぐに打ち解けて、心までもこじ開けて、自分には向けてくれない想いも向けてもらえて、心の底から羨ましいと思っていた。

 多分、花火にとっては取るに足らないことなんだろうが、今回のライブに太陽が参加してくれると言ってくれた時は、本当に嬉しかった。その程度で、嬉しいと感じてしまう。

 このライブを、頑張って成し遂げた大切な思い出としてずっと胸にしまっておこう。そう思った立夏は苦しい想いを隠して一生懸命にみんなの中を取り持った。

 清涼と花火はなぜか元気がないし、太陽も花火の元気が無いことを気にしている。

 だからせめて、自分だけでも元気にしてないと、彼女は精一杯頑張って笑顔を振りまいた。

 全ては、太陽との思い出のために、少しでも彼の視界に少しでも入れるように、彼の記憶に残れるように、そして、振り向いてもらうために。

 清涼と別れて家へ帰る。

 すぐに自室に入って部屋着に着替えてベッドにダイブした。

 瞳を閉じると、記憶の海へと溺れていく。深く深く沈んで行ったその先にあったのは、小学校の頃の思い出だ。

 初めて太陽を異性として意識した時の記憶。

 当時、立夏と葉月はミニバスのチームに所属していた。

 県内でも有数の強豪チームで、初の全国大会出場を狙えるほど、チームの状態は仕上がっていた。

 いよいよシーズンインになる。そんな矢先に、立夏は重度の右ふくらはぎの肉離れを起こしてしまった。

 ブチンッという音ともに足に力が入らなくなり、無様に床に崩れ落ちた。

 駆け寄ってきてくれたチームメイトの顔を、まともに見ることが出来なかったのを覚えている。

 六年生、最初で最後の全国大会を目指していた立夏の目の前は真っ白になった。

 県大会の最中には完治しないだろう。靭帯は切れなかったものの、重度の肉離れでは試合には出られない。シンプルな絶望。それが彼女の全て支配していた。

 松葉杖をついて廊下を歩いていた時だ。前から見知った少年がやって来た。

「よ」

 太陽は右手をあげ、軽い調子で立夏に話しかけてきた。

「右足怪我したんだって、葉月に聞いたよ」

 太陽は心落ち着くような優しい笑顔を向けてくれたと思う。

「だから、どうしたのよ……」

 世界の全てが憎くて、目も合わせたくなかった。

 それでも、太陽は笑ってくれていた。嘲笑とかではない、暖かい笑顔だ。

「葉月と立夏には全国大会に行ってもらいたいから、僕にできることがあったらいいなって。僕たちの思い通りにならない世界なんてぶっ壊れちまえって、一緒に叫んで回ろうぜ。少しでも立花の力になりたいって思うよ」

 そこからだった。立夏は次第に太陽のことを意識するようになった。今まではただの友達程度にしか思っていなかったのに、気がつくと、太陽の横顔ばかり追っていた。

 毎日放課後に海の家の前に二人で集まって太陽は相談に乗ってくれた。

 太陽がいたから、立夏は腐らずにミニバスの練習に参加できていた。試合にも顔を出せていた。彼がいなかったら、彼という心の支えがなかったら、心の闇に覆われて逃げ出してしまっていたかもしれない。

 ある日の出来事だ。

 その日は放課後すぐではなく、病院の帰りに立花は太陽に相談事があると言っていた。待ち合わせの場所は、いつもの海の家だ。

 しかし、診察は思いのほか長引き、更にはいつも乗っていたバスまで事故渋滞で中々進まなかった。

 太陽を待たせるのは悪い。そんな感情もあったが、本当に治るのかどうか、仲間達は試合に勝ち続けてくれるのかどうか、そんな不安を太陽にぶちまけたい気持ちもあった。時計の針は着々と時を刻んでいく。その間ずっと、立夏は不安と焦りを抱えていた。

 やっとの思いでバスから降りた時にはもう、約束の時間はとっくの昔に過ぎていた。

 いるはずがないと思いながら向かった海の家の前に、彼の姿があった。

 月明かりに照らされながら手持ち無沙汰にしている太陽の横顔を、立夏は一生忘れることができないだろう。

 その姿を見て、「ああ」と立夏は感嘆の声をもらしていた。

 この人のために絶対に怪我を治そうと、そう思えた。

 そして、県大会の決勝でチームの全国大会出場が決まった時だ。

 「これでまた試合に出れるチャンスが増えたな。リハビリ頑張ろうぜ」と隣の席で応援していた太陽が言ってくれた。 

 それはもう暖かな笑顔だった。

 この時にはもう、立夏は太陽のことを完全に好きになっていた。

 全国には何とか間に合ったものの、結局二回戦で敗退となった。

 試合後に太陽がタオルを持って来てくれたことを昨日のように思い出せる。

 記憶の海から顔を出し、立夏はベッドから起き上がる。そして等身大のたて鏡の前に立った。

 私だってここ最近は頑張って来た。明日少しくらい報われてもいいはずだ。手くらい握ってみようかな。握らせてくれてもバチは当たらない。そう思いながら、鏡におでこをコツンとぶつけさせた。
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