この夏の終わりに君を彩る

37se

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 翌日――僕達四人は、体育館のステージ裏で円陣を組んでいた。

「いよいよね」

「ああ、ここまで来たらもう逃げられねえな」

「私、今とてもドキドキしています」

「うん。僕もドキドキしてるよ。絶対に成功させような!」

 全員で気合を入れてそれぞれの背中を叩く。紅葉マークがつくんじゃないかってくらい本気で叩かれて、身体がブルブルと震えた。これがきっと、武者震いってやつだろう。

 元々は面をつけて出演する予定だったが、それは辞めた。花火との最後の思い出を、自分の顔で、何も飾らずに、何も隔てずに、全身全霊で作りたいと思ったからだ。かけがえのない、最高の思い出にするために。

 前のグループの演奏が終わり、体育館内は歓声に包まれた。

 幕が降りて、前のグループが帰って来る。メンバーはそれぞれやり切ったとい表情をしていて、気分が良さそうだ。

 それを見てもう一度気合を引き締める。

 ステージ裏からステージの表へと移動し、幕の前に立った。

 中心にボーカルの花火が立ち、右側にベースの僕、左にギターの立夏、後方にドラムの清涼という位置取りだ。

 みんなそれぞれが集中して、真剣な表情を見せている。

 チューニングを確認して、幕が上がるのを待った。

 ここまで来たらやるしかない。絶対に忘れられない思い出を、作るんだ。

「さあて! 続いては『RADWIMPS』のみなさんです!」

 バンド名が叫ばれて、幕が上がる。

 ステージライトが僕達を照らし出す。今まで経験したことないほど沢山の視線が、僕達に集まっていた。

 今、この場では間違いなく僕達が主役だ。

 今まで人との関わりを避けて来て、目立つことなんてしてこなかった僕が、みんなの視線を集めている。

 喜びもなければ悲しみもない、そんな人生とは今日でお別れだ。

 清涼、立夏、花火。今このステージに立っているみんなが、僕を変えてくれた。

 よし、やってやる。

 花火が右腕を高らかに突き上げて叫んだ。

「会心の一撃!!!」

 叫びと同時に、立夏がギターをかき鳴らす。

 僕達のライブが、始まった。

 花火が力強く歌い出し、再び歓声が上がった。

 音が幾重にも重なって会場中を震わせている。

 気分が高まっていき、周りの景色がチカチカと光って見えた。

 約束通り、ワンフレーズ毎に交互に歌う。

 歌詞の一言一言が、心に染み込んで来る。

 本当に、僕の生きる世界は、未来は、変わった。
 最後のサビを花火と共に歌いきって、ベースに集中する。歌詞が終わっても、まだ曲は終わっていないんだ。

 最後まで、集中を切らしてはいけない。

 立夏と清涼と合わせて、弦を弾く。後を引くような余韻が残り、音楽が終わった。

 拍手喝采が、指笛の音が、聞こえて来る。だけど、そんなのは全く気にならなかった。

 僕は肩で息をしながら、メンバー四人と視線を合わせていた。

 この視線の絡み合いを、僕は一生忘れないように記憶に焼き付けた。きっと、みんな同じことを思っているだろう。

「あー、えー、みなさん。一曲目、ありがとうございました!」

 花火が汗を拭いながら喋り出す。初めて会った時とは比べ物にならないくらい生き生きとした声だ。

「次の曲は、私のことを変えてくれた、私を引っ張り出してくれた人のために歌います」

 そう言って、花火は僕の方を向いた。瞳があって、ドキッとする。僕のことを言ってくれているのだろうか。

「聞いてください。ふたりごと」

 花火の優しい歌声と、立夏の滑らかなギターの音が、柔らかな音を奏でる。柔らかな音に、清涼のドラムが力強さを加える。

 そんな様子を、僕は黙って見ていた。

「俺は地球人だよ。いや、でも仮に木星人でもたかが隣の星だろ? 一生で一度のワープをここでつかうよ」

 花火が歌いながら僕を見た。

 とくんと心臓が跳ねて熱いものが体を巡っていくのが分かる。

 一生に一度しか来れない世界の中で、彼女は僕を見つけてくれた。その事実が溶けかけた雪みたいにじんわりと脳内に染み込んでくる。

 真夏の熱狂の中に、人の温もりを感じた。熱くて仕方ないのに、その感覚が心地いい。

 催眠のようにとろんと麻痺した中、いつもはあるゆる雑念を加えて希釈されるはずの感情が、原液のまま流れ込んでくる。

 曲が終わり、幕が降りて来る。

 観客達の盛大な拍手が聞こえる。

 周りの景色が輝いて見える。

 ああ、本当に、花火と出会えて良かった。

 じゃないと、こんな感覚は味わえなかっただろう。

 幕が完全に降りる。それでも、この高まった気分は収まらない。

 僕達はみんなで視線を合わせて、ステージ裏へと移動した。

 そして、みんなで抱き合った。

 最高だった。本当に。最高だった。

 みんなで、ただそれだけを繰り返し繰り返し、何度も繰り返して言っていた。
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