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「と、まあそんなことがあったんだよ」
あれから五日が経過していた。あの日、月野は僕の連絡先を一方的に聞いてから家を出た。家に帰るのは危ないだろうと引き留めたが、彼女は無理やり帰った。それから、もう四回は呼び出されている。
「深夜徘徊と、深夜の野外飲み会、海辺で手持ち花火だっけ?」
目の前で麻薬中毒者のようなしわがれた声で笑っているのは、僕の唯一の友人――常田真夏だ。
「ああ、そうだよ」
二度目の呼び出しは、深夜徘徊だった。僕と月野の二人はヘトヘトになるまで夜道を歩き続けた。
三度目の呼び出しでは、深夜のベンチで二人で酒を飲んだ。二人でこの世界の愚痴を言い合っていたら、すぐに時間が過ぎていった。
四度目に連絡が来た時は、砂浜で手持ちを花火をやった。波の音に耳を傾けながら、僕らは静かに花火を眺めていた。
世界を壊したいとか言っておきながら、月野は楽しそうにしていた。彼女も普通の女の子なんだなと、本当にギャップにやられそうになったのは内緒の話だ。
そういった彼女の姿を見るたびに、彼女の日常が重力のように重く、僕の胸にのしかかった。
「なあ、それはあれだぜ。その女はお前に気がある」
常田は茶色に染められた髪をくるくるといじくり回して笑いながら言った。
「気があるかどうかは置いておいて、間違いなくこの世界を壊すための行動ではないよな」
あれから四回呼び出され、その全てがお遊びのような内容だった。そんなんで本当にこの世界が壊れるのかと不安になってしまう。
「ああ、そんなんで世界が壊せたら爆笑しちまう」
常田はそう言っているが、僕としては彼女を信じて行動するしかないのだ。だが、現状では不安の方が大きい。
「だけど驚いたよ。俺達以外にもこの世界を恨んでいるやつがいるなんてな」
常田はこの理想的で最低な世界を恨んでいる数少ない僕の理解者だ。真夜中の公園で、常田は酒を飲んでこの世界の悪口を叫んでいた。そこに僕も飛び込んで一緒になって愚痴を言い合ったのが始まりだ。
彼はテーブルに肘をつき、道行く人々を眺めた。
今僕達がいるのは、海沿いに建てられた廃れきった遊園地だ。その中にあるレストランのテラス席に、僕達は座っている。
野郎二人で遊園地にいるなんて信じられないが、ここはどういうわけか常田のお気に入りの場所なのだ。彼曰く「ここは始まりの場所」なのだという。理解できずに何度か意味を尋ねてみたが「逆にお前には分からないのか?」の一点張りで一向に発言の意図が見えてこない。
遊園地のスピーカーからは最近のヒットチャートが流れていた。
「だけどいいのか?」
爽やかなリズムに乗りながら僕がそう聞くと「何がだよ」と常田イラついたような声を出した。恐らく、流れている曲が気に入らないのだろう。彼は流行というものをとことん毛嫌いしているひねくれた男だから。
「お前、この世界を恨んではいるが、別に壊したいわけではないんだろ?」
常田は一度黙ってから「まあ、そうなるな」と呟いた。
その時ちょうど曲が終わり、タイミングを狙ったかのように失恋を憂うもの悲しい曲が流れ始めた。
僕は思わず吹き出してしまった。
「お前にぴったりの曲が流れ始めたぞ」
「うるせえよ」
いったい誰に恋してるのかは知らないが、常田はこの世界で絶対に叶わない恋をしているという。
だから彼はこの世界を恨んでいるのだ。理想的で誰もが幸せになれる世界で、自分は決して叶わない恋をしてしまった。そのことが許せないのだろう。
「なあ常田。僕がこの世界を壊したらその子には会えなくなるんだろ」
本当に壊れるのかどうかは分からない。星の骸が関わっていることを考えれば壊れるような気がするし、月野ユキの意味不明な行動を考えれば壊れないような気もする。正直、現状では五分五分といったところだった。
「別に壊れようが構わないさ。どうせ、一生俺には手の届かない存在だ。だったら、こんな世界無くなっちまった方がいい」
彼は不貞腐れたようにそっぽを向いた。もう少しこいつを虐めてやろうと思った。
「なあ、いい加減教えてくれよ。お前、いったいどんな奴に恋してるんだ?」
「嫌だね」
彼はどういうわけか相手のことを頑なに教えてくれない。
常田はそっぽを向いたまま、遊園地のアトラクションを眺めていた。
「そんなのを見てて楽しいか?」
彼が見ていたのは既に運営が終了し、撤去されるのを待つだけのアトラクションだった。そのアトラクションの両隣にはジェットコースターやメリーゴーランドなどの花形アトラクションが稼働している。だが、彼はその終わってしまったアトラクションをじっと眺めていた。
「なあ三田。お前、このアトラクションを知ってるか?」
「あ? ヴァイキングだろ。それがどうした」
そこにあったのは確かにヴァイキングだ。船の形をした乗り物が左右に揺れる、あのアトラクション。
「じゃあさ、これがなんで稼働停止になったか知ってるか?」
「知らないな」
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってろ」
そう言うと、常田立ち上がり、レストランの中へと消えていった。二、三分して戻ってきた彼は「これを見てみろ」と僕に紙切れを渡してきた。それは新聞の切り抜きだった。
「おい、これはどうなってんだよ」
その新聞は月野ユキが持っていたノートのように、所々黒く塗りつぶされていた。だが、かろうじて内容は掴める。
要約すると、こんな内容だった。
『ヴァイキングが落下し、運悪く近くにいた人物を押し潰して殺してしまった』
遊園地で起こった事故死を取り扱った記事だ。
だが、事故が起こった日付、事故で亡くなった人物名が、黒く塗りつぶされている。
これはどういうことだろうか。なぜあのノートと同じように黒く塗り潰されているのだろう。
新聞に記載されている写真は、間違いなくここにあるヴァイキングのものだ。
「ここを見ろ、おかしいと思わないか?」
常田は新聞のとある一行を指差している。そこには、[運転中のヴァイキングが落下し]という文章が書かれていた。
それから彼はもう一度、運営停止になったヴァイキングに目を向けた。
「そうか。落下したはずなのに、ここのヴァイキングはそのままだ」
「そういうことだ」
ヴァイキングを見上げると、船の形をした乗り物はしっかりと鉄柱で繋がれていた。落下した形跡なんて、どこにもない。
「このヴァイキングは既に稼働が終了しているんだ。一度事故を起こしたアトラクションをもう一度そっくりそのまま同じ形で作り直すってのも、変な話だ」
「つまり、ここのヴァイキングは元々落ちてなんかいなかったってことになるのか」
「俺はそう考えてる」
「じゃあなんで、こんな新聞が発行されてるんだよ」
新聞に載っている写真は、間違いなくここにあるヴァイキングのものだ。更には遊園地の名前も一致していた。
この新聞は間違いなく、この遊園地で起きた事件を取り扱っている。だが、実際にはヴァイキングは落ちていない。これはどう考えても矛盾している。
「簡単なことだよ。この新聞は恐らく、向こうの世界での事件だ」
その時だ。ずしんと、何か重たいものが脳に押し寄せて、僕の思考が妨げられた。それを振り払って、僕はノートを睨みつけるように見た。
「いいか。よく考えてみろ。この新聞には元々、日付が記入されているんだ」
確かに、それはおかしなことだった。向こうの世界ではそれは当たり前のことだったが、四季がぐちゃぐちゃなこの世界には暦がない。
それを踏まえて考えると――
「確かに。向こうの世界のものだという可能性は十分にある」
「そういうことだ」
「ところでお前、なんでこの新聞のことを知っていたんだ」
「家のポストに入ってたんだよ」
あの時はびっくりしたさ、と常田は笑った。
「初めは所々黒く塗られた気持ち悪い新聞だと思っていただけなんだ。でも、すぐに気が付いた」
常田はこの遊園地にあるヴァイキングを思い出したのだという。それが落下したという噂も聞いていなかった彼は、実際にこの遊園地にヴァイキングを確認しにきた。そうしたらヴァイキングは落ちていなかった。
「誰が入れたか分かるか?」
「分からない」
「そうか」
項垂れてから、僕は思い出した。常田はさっき、この新聞をレストランの中まで取りに行っていた。あれはどういうことだろう。それについて尋ねると「ああ、それは俺がここのレストランに寄付したからだよ」とあっさりと答えた。
「このレストランはヴァイキングの目の前にあるだろ。だから、何か情報を知ってる奴がいるかもしれないと思ったんだ。客とか、店員とかな」
不謹慎かもしれないが、確かにそれは効率がいいと思えた。
「で、結果はどうだったんだよ」
常田はやれやれと言った風に肩をすくめてから口を開いた。
「結果、ねえ。まあ、何の成果も得られなかったよ」
あれから五日が経過していた。あの日、月野は僕の連絡先を一方的に聞いてから家を出た。家に帰るのは危ないだろうと引き留めたが、彼女は無理やり帰った。それから、もう四回は呼び出されている。
「深夜徘徊と、深夜の野外飲み会、海辺で手持ち花火だっけ?」
目の前で麻薬中毒者のようなしわがれた声で笑っているのは、僕の唯一の友人――常田真夏だ。
「ああ、そうだよ」
二度目の呼び出しは、深夜徘徊だった。僕と月野の二人はヘトヘトになるまで夜道を歩き続けた。
三度目の呼び出しでは、深夜のベンチで二人で酒を飲んだ。二人でこの世界の愚痴を言い合っていたら、すぐに時間が過ぎていった。
四度目に連絡が来た時は、砂浜で手持ちを花火をやった。波の音に耳を傾けながら、僕らは静かに花火を眺めていた。
世界を壊したいとか言っておきながら、月野は楽しそうにしていた。彼女も普通の女の子なんだなと、本当にギャップにやられそうになったのは内緒の話だ。
そういった彼女の姿を見るたびに、彼女の日常が重力のように重く、僕の胸にのしかかった。
「なあ、それはあれだぜ。その女はお前に気がある」
常田は茶色に染められた髪をくるくるといじくり回して笑いながら言った。
「気があるかどうかは置いておいて、間違いなくこの世界を壊すための行動ではないよな」
あれから四回呼び出され、その全てがお遊びのような内容だった。そんなんで本当にこの世界が壊れるのかと不安になってしまう。
「ああ、そんなんで世界が壊せたら爆笑しちまう」
常田はそう言っているが、僕としては彼女を信じて行動するしかないのだ。だが、現状では不安の方が大きい。
「だけど驚いたよ。俺達以外にもこの世界を恨んでいるやつがいるなんてな」
常田はこの理想的で最低な世界を恨んでいる数少ない僕の理解者だ。真夜中の公園で、常田は酒を飲んでこの世界の悪口を叫んでいた。そこに僕も飛び込んで一緒になって愚痴を言い合ったのが始まりだ。
彼はテーブルに肘をつき、道行く人々を眺めた。
今僕達がいるのは、海沿いに建てられた廃れきった遊園地だ。その中にあるレストランのテラス席に、僕達は座っている。
野郎二人で遊園地にいるなんて信じられないが、ここはどういうわけか常田のお気に入りの場所なのだ。彼曰く「ここは始まりの場所」なのだという。理解できずに何度か意味を尋ねてみたが「逆にお前には分からないのか?」の一点張りで一向に発言の意図が見えてこない。
遊園地のスピーカーからは最近のヒットチャートが流れていた。
「だけどいいのか?」
爽やかなリズムに乗りながら僕がそう聞くと「何がだよ」と常田イラついたような声を出した。恐らく、流れている曲が気に入らないのだろう。彼は流行というものをとことん毛嫌いしているひねくれた男だから。
「お前、この世界を恨んではいるが、別に壊したいわけではないんだろ?」
常田は一度黙ってから「まあ、そうなるな」と呟いた。
その時ちょうど曲が終わり、タイミングを狙ったかのように失恋を憂うもの悲しい曲が流れ始めた。
僕は思わず吹き出してしまった。
「お前にぴったりの曲が流れ始めたぞ」
「うるせえよ」
いったい誰に恋してるのかは知らないが、常田はこの世界で絶対に叶わない恋をしているという。
だから彼はこの世界を恨んでいるのだ。理想的で誰もが幸せになれる世界で、自分は決して叶わない恋をしてしまった。そのことが許せないのだろう。
「なあ常田。僕がこの世界を壊したらその子には会えなくなるんだろ」
本当に壊れるのかどうかは分からない。星の骸が関わっていることを考えれば壊れるような気がするし、月野ユキの意味不明な行動を考えれば壊れないような気もする。正直、現状では五分五分といったところだった。
「別に壊れようが構わないさ。どうせ、一生俺には手の届かない存在だ。だったら、こんな世界無くなっちまった方がいい」
彼は不貞腐れたようにそっぽを向いた。もう少しこいつを虐めてやろうと思った。
「なあ、いい加減教えてくれよ。お前、いったいどんな奴に恋してるんだ?」
「嫌だね」
彼はどういうわけか相手のことを頑なに教えてくれない。
常田はそっぽを向いたまま、遊園地のアトラクションを眺めていた。
「そんなのを見てて楽しいか?」
彼が見ていたのは既に運営が終了し、撤去されるのを待つだけのアトラクションだった。そのアトラクションの両隣にはジェットコースターやメリーゴーランドなどの花形アトラクションが稼働している。だが、彼はその終わってしまったアトラクションをじっと眺めていた。
「なあ三田。お前、このアトラクションを知ってるか?」
「あ? ヴァイキングだろ。それがどうした」
そこにあったのは確かにヴァイキングだ。船の形をした乗り物が左右に揺れる、あのアトラクション。
「じゃあさ、これがなんで稼働停止になったか知ってるか?」
「知らないな」
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってろ」
そう言うと、常田立ち上がり、レストランの中へと消えていった。二、三分して戻ってきた彼は「これを見てみろ」と僕に紙切れを渡してきた。それは新聞の切り抜きだった。
「おい、これはどうなってんだよ」
その新聞は月野ユキが持っていたノートのように、所々黒く塗りつぶされていた。だが、かろうじて内容は掴める。
要約すると、こんな内容だった。
『ヴァイキングが落下し、運悪く近くにいた人物を押し潰して殺してしまった』
遊園地で起こった事故死を取り扱った記事だ。
だが、事故が起こった日付、事故で亡くなった人物名が、黒く塗りつぶされている。
これはどういうことだろうか。なぜあのノートと同じように黒く塗り潰されているのだろう。
新聞に記載されている写真は、間違いなくここにあるヴァイキングのものだ。
「ここを見ろ、おかしいと思わないか?」
常田は新聞のとある一行を指差している。そこには、[運転中のヴァイキングが落下し]という文章が書かれていた。
それから彼はもう一度、運営停止になったヴァイキングに目を向けた。
「そうか。落下したはずなのに、ここのヴァイキングはそのままだ」
「そういうことだ」
ヴァイキングを見上げると、船の形をした乗り物はしっかりと鉄柱で繋がれていた。落下した形跡なんて、どこにもない。
「このヴァイキングは既に稼働が終了しているんだ。一度事故を起こしたアトラクションをもう一度そっくりそのまま同じ形で作り直すってのも、変な話だ」
「つまり、ここのヴァイキングは元々落ちてなんかいなかったってことになるのか」
「俺はそう考えてる」
「じゃあなんで、こんな新聞が発行されてるんだよ」
新聞に載っている写真は、間違いなくここにあるヴァイキングのものだ。更には遊園地の名前も一致していた。
この新聞は間違いなく、この遊園地で起きた事件を取り扱っている。だが、実際にはヴァイキングは落ちていない。これはどう考えても矛盾している。
「簡単なことだよ。この新聞は恐らく、向こうの世界での事件だ」
その時だ。ずしんと、何か重たいものが脳に押し寄せて、僕の思考が妨げられた。それを振り払って、僕はノートを睨みつけるように見た。
「いいか。よく考えてみろ。この新聞には元々、日付が記入されているんだ」
確かに、それはおかしなことだった。向こうの世界ではそれは当たり前のことだったが、四季がぐちゃぐちゃなこの世界には暦がない。
それを踏まえて考えると――
「確かに。向こうの世界のものだという可能性は十分にある」
「そういうことだ」
「ところでお前、なんでこの新聞のことを知っていたんだ」
「家のポストに入ってたんだよ」
あの時はびっくりしたさ、と常田は笑った。
「初めは所々黒く塗られた気持ち悪い新聞だと思っていただけなんだ。でも、すぐに気が付いた」
常田はこの遊園地にあるヴァイキングを思い出したのだという。それが落下したという噂も聞いていなかった彼は、実際にこの遊園地にヴァイキングを確認しにきた。そうしたらヴァイキングは落ちていなかった。
「誰が入れたか分かるか?」
「分からない」
「そうか」
項垂れてから、僕は思い出した。常田はさっき、この新聞をレストランの中まで取りに行っていた。あれはどういうことだろう。それについて尋ねると「ああ、それは俺がここのレストランに寄付したからだよ」とあっさりと答えた。
「このレストランはヴァイキングの目の前にあるだろ。だから、何か情報を知ってる奴がいるかもしれないと思ったんだ。客とか、店員とかな」
不謹慎かもしれないが、確かにそれは効率がいいと思えた。
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