命の終わりとユートピア・ワンダーワールド

37se

文字の大きさ
23 / 44

22

しおりを挟む
 彼女の一日は腹部への鈍い痛みから始まる。

 朝、布団で眠っていると体重を乗せた父親の蹴りを食らう。それは月野が起き上がるまで永続的に続くもので、彼女が布団から立ち上がらない限り何発もの蹴りを受けることになる。

 胃の奥から抗い難いものが迫り上がってきて、三日に一度は吐いた。吐いた日には、その場で衣服を脱がされて、それで掃除させられる。

 腹部を押さえてゲホゲホと蹲っている間にも蹴りは続くため、どんなに痛くて気持ち悪くともすぐに立ち上がらなければならない。

 よろよろと立ち上がると「ようやく起きたか」と父は楽しそうに笑った。

 何が楽しいのかさっぱり分からない。禿げ上がった頭に、油の浮かんだ顔、でっぷりと太った体型、性格も見た目も最悪な、クソみたいな親父だ。

 そのまま父は月野の髪を引っ張ってリビングへと連れて行く。

「今日のお前の朝食を取ってきてやったぞ。自分で調理して食え」

 どん、と勢いよく背中を押され、月野は愕然とした。今日もこれを食べなければいけないのか。

 彼女の視線の先、テーブルの上には解体用ナイフが突き刺さった猫の死骸が転がっていた。

「ほら、早く準備しろよ」

 もう一度強く背中を押され、月野は恐る恐る解体用ナイフを死骸から引き抜いた。悪臭と刃物を握るという恐怖から、彼女の足はガタガタと震えていた。

 そんな月野の様子を、父は気色悪い笑みを浮かべながらカメラで撮影していた。

 こういうものを好むマニアがいるんだと父は言っていた。

 誰もが幸せなんて、信じられなかった。

 ここで刃物が怖いと調理を拒否したら、生で無理やり口の中に突っ込まれることは過去の経験から分かっている。

 そんな風にして彼女は猫の死体を解体し、肉を焼いて食べた。吐きたい気持ちを懸命に堪え、猫を口に運んでいく。

 後は父の機嫌さえ悪くなければ父からの暴力を受けることはない。ただ、一度でも機嫌を損ねたり逆らったりすると二時間は殴られ続ける。酷い日には煙草を押し当てられ、刃物で斬り込みを入れられた。

 彼女は日々そんな恐怖に耐え続けながら、父親と過ごしていた。

 夜になると、今度は妹が頭の悪そうな男を家に連れ込む。恐らくは妹の彼氏なのだろうが、彼は無駄に図体がデカく家の中を我が物顔で歩いている。

 妹は月野が家にいると、思い出したように彼女のことを部屋に呼び出す。

 彼らは彼女の義眼を興味深そうに見て、ケラケラと笑っている。彼らは夕食時に月野に首輪をかけて、両手をガムテープで塞いだ。

 月野の首輪はテーブルに繋がれており、その可動域には限界がある。

「ほら、食えよ」

 その可動域ギリギリのところに、妹は月野の食事を置いた。それは猫缶の中身だった。それを拒否すれば一日中首輪を付けられたまま解放されないのは分かり切っているので、やるしかない。

 月野は首輪のままうさぎ飛びで皿の元まで向かい、犬食いで猫缶を食べた。

「あははっ。いい眺めだなあ」

 手を叩いて妹の彼氏が嬉しそうに笑っている。彼らにとって、人を虐げるのが幸せなことなんだろう。

「私の毎日は、こんな風に繰り返されています」 

 月野は目を細めて笑っていた。それは全てを諦めたような表情に見えた。

「そんなの、あんまりだろ」

 虐待に怯え、彼女は満足に自分の家に帰れない。月野は身も心も徹底的に痛めつけられていた。最低最悪の環境で、彼女はずっと孤独と戦っていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...