命の終わりとユートピア・ワンダーワールド

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 それから僕と月野は頻繁に遊ぶようになった。彼女が家にいづらくなった時、僕は彼女を家に匿ったりもした。ある日、父親に殴られて泣きながら僕の家に来た月野が言った。

「私、お金を貯めて大学に行きたいんです」

 その時、僕はいいことを思いついた。

「それ、僕にも手伝わせて欲しい」

「どういうことですか?」

「二人で暮らそうよ。僕も死ぬ気で働くからさ」

 その日から、それが僕と月野の目標になった。この一年間、二人で貯金をして都内にアパートを借りるのだ。そこで月野と二人暮らしをし、大学に通う。そうすれば、月野は父親の呪縛から解き放たれる。こうやって暴力に怯える必要なんてなくなる。

 そのために、僕はアルバイトに打ち込んだ。両親には反対されたが、それも押し切った。それは僕の初めての反抗だった。母親は泣いて、父親は怒鳴っていたが、案外それは清々しかった。反抗期の奴らの気持ちが少しだけ分かった気がする。

 季節は夏に変わって、夏休みが始まった。僕はバイトを掛け持ちして、一日中ロングでアルバイトをこなした。ほとんど毎日、どこかで働いていた。体力的にはキツかったけど、精神的には今までよりもずっと楽だった。ちゃんと、働く理由ができたから。自分の意思でお金が必要だと思うことができたから。それは全部、月野のおかげだ。彼女のおかげで、僕の毎日は充実している。物足りなかった毎日が、満たされていくのが分かった。今までの灰色だった世界が、鮮やかに彩られ始めた。

 月野は受験勉強があるから、多く働くことができない。でも、少しでもお金を稼ぐためにアルバイトをしていた。

 だから僕達は空いた時間を見つけて、時々二人で会った。それが、僕達にとっての安らぎの時間だった。

 その日、僕達は月野が通う高校のプールに忍び込んでいた。昔、プールに入る動画を撮った月野がその思い出を上書きしたいと言い出したからだ。

 僕達はプールサイドに座って、足だけをプールに浸した。ひんやりとした水が足に絡み付いて、心地いい。月野はバシャバシャとばた足をしたり、足を左右に動かして水をかき混ぜていた。

 彼女は校舎を見上げて、唐突に言った。

「そういえば私、やりたいことがあったんですよね」

「なに?」

 彼女は僕のスマホを操作して、音楽を流し始める。

 それは尾崎豊の『卒業』だった。

「夜の校舎の窓ガラスを壊して回ってみたかったんです」

 彼女は野球選手のようにバットを構えて、素振りをしている。運動神経があまり良くないのか、彼女の素振りはへなへなだった。

「素晴らしいセンスだね」

「馬鹿にしてるんですか?」

「馬鹿になんかしてないよ。ただそのセンスに驚いてるだけだ」

「そうですか」

 ふんっとそっぽを向いた後、彼女は足元に視線を落とし、目を細めながら水面を眺めた。

「時々、何もかもぶっ壊したくなるんです。お父さんのこととか、殺したいと思う時もあります。いや、許されるのなら今も殺したいくらいです」

「そっか……」

 もう軽口なんて叩けなかった。

「それならいっそのこと、今から校舎の窓ガラスをぶっ壊して回っちゃう?」

 月野は驚いたように目を丸くした。

「え?」

「父親をぶっ殺す予行演習だと思ってさ、ぶっ壊してみようよ」

 僕がそう言うと、月野は「あははっ」と笑った。

「それ、いいですね。お父さんを殺すための練習ですか。やりましょう。でも、だったら夜の校舎じゃなくてもいいですよね。私は父に対する破壊衝動を、学校以外のところにも向けたいです」

「そうだね。大切なのは場所じゃない、窓ガラスを破壊するっていう行為そのものが、今の月野には必要な気がする」

「はい。もしかすると、私はこれで先端恐怖症を乗り越えられるかもしれません」

 恐怖を植え付けた父親を窓ガラスに見立てて、その窓ガラスを殺す。自らの手で殺した窓ガラスが、刃に変わった時、月野は恐怖を抱くのだろうか。

 そう簡単にいくとは思えない。でも、信じてみる価値はあるような気がする。

「それは確かに、あり得るかもしれないね」

「はい。受験が終わって落ち着いたら、計画を練ろうと思います」

「ああ、どうせなら完全犯罪を目指そう。バレて合格取り消しになんて話になったら笑いごとじゃない」

 そう言って、僕達は指切りげんまんをした。退学や合格取り消しが怖いなら最初からやるなよと周り連中は言ってくるだろう。でも、僕達にはその行動が必要なのだ。その後、僕達はプールから上がって、学校を出た。学校の前に流れている河川敷で、手持ち花火をする。

 その際に、彼女は色んな音楽を流していた。

 最初に流したのはThe pillows の『ストレンジカメレオン』だ。彼女は手持ち花火に火をつけて、その歌を口ずさんでいる。花火から赤い炎が吐き出されて、僕達の顔をぼうっと照らしだした。煙が少し、目に染みた。

 月野が「君といるーのーが好きで」と歌い始めた。僕も彼女に続けて歌い出す。

「あとはほとんどー嫌いで」

「まわりの色に馴染まない出来損ないのカメレオン」

「優しい歌を唄いたい」

「拍手は一人分でいいのさ」

「「Ah,ah それはきみのことだよ」」

 そこまで歌って、僕達はお互いに顔を見合わせた。なんだか照れ臭くて、二人で笑ってしまう。

 そんな風にして二人だけの時間を過ごした。こんな時間が永遠に続いて欲しい。そう思いながら、僕は彼女に聞いた。

「ねえ、どうして音楽を流してるの?」

「それはですね、音楽に特別な力があるからですよ」

「特別な力?」

「はい。音楽というのは不思議なもので、時空を超えてくれるんです」

「時空を、超える?」

「だから、これから数年後とかにサンタさんが『ストレンジカメレオン』を聞くとするじゃないですか。その時、サンタさんは私と花火をしたことを思い出すはずです」

 そういう力が、音楽にはあります。と、月野は説明した。

「まるで人生のサウンドトラックみたいだね」

「まさにそうです。ですから、今のうちに沢山の曲をかけておこうと思うんです。サンタさんが、少しでも私のことを思い出してくれるように」

「なんでそんな離れ離れになるのが前提みたいなことを言うんだよ」

 そこで花火が終わってしまった。まるで、命が尽きたみたいに、静かに火が消えていく。

「人間、いつ死ぬか分からないじゃないですか。だから、今のうちに保険をかけておくんです」
 そう言って、月野は新しい花火に火を付けた。

「そんな縁起でもないこと言うなよ」

「確かにそうですね」と月野は笑っていた。
 そんな暗い話はしたくない。だから、僕は思い切って話題を変えた。

「ていうかさ、ずっとスルーしてたけどサンタさんってなんだよ」

 僕に指摘されて、月野は「あぁー」と恥ずかしそうに口元に手を当てた。

「三田さんの三の部分をさん呼びにしてみたんです。三田さんは、私に幸せを届けてくれましたから」

 そう言われて、顔がカッと熱くなった。今が夜で良かったと心の底から思った。
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