眠気

ヒナタ

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眠気

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夏の暑い夜だった。
目が覚めると辺りは薄暗く湿った空気に包まれていた。
今が明け方なのか,はたまた夕暮れ時なのかもわからない。
時計の針は7時を回っていたが,この時計は少し前に止まってしまっているから当てにはならない。
男がゆっくりと体を起こすと、周囲では蠅が飛び回り、ムワッと嫌な匂いが漂った。
あまりの臭いについ眉間にシワが寄ってしまう。
部屋は薄暗かったが、汚いことは間違いない。
いい加減掃除をしなければならないと、男は床の荷物を避けてペタペタと歩き出した。
周囲には物が散乱している。
冷蔵庫を開けると、既に腐りかけた肉が入っていた。
捨てなければならない。
だが,いざ捨てるとなると,それすらも面倒臭くなってしまう。
男は小さく欠伸をして,ひとまずは風呂に入ることにした。
ここ最近風呂に入っていなかったのでいい加減服が汚い。
体液のベットリこびりついたよれよれのシャツを脱いで、その辺に投げ捨て放っておく。
もう二度と着ることはないだろう。
どこか錆びたように鉄臭い蛇口を捻って水を出す。
男は備え付けの鏡で自分の顔を見た。
無造作に伸びた髭のせいで、10歳は老けて見える。
ぼんやりとした虚な目は、まるで死人のようだった。
頭からお湯を浴びていると,じんわりと視界が滲んだ。
まるでまだ夢から覚めていないかのように。
そういえば,たくさん眠ったはずなのに、まだ眠気が取れない。
疲れが溜まっているのだろうか。
髪から滴る水滴を拭き取り,作業着のような簡素な服に着替える。
それから散らかっているものを全て捨てていく。
どれもこれも、もういらないものだらけだ。
男の部屋には壊れた物が多い。
割れたコップ、針の止まった時計、片足の折れた椅子。
そして、男の部屋にある物全てが,ほんの少し前まできちんと使えていたものだ。
全てのものはいずれ壊れゆく消耗品だ。
不変のものなど存在せず,等しく捨てられていく。
ふと、落ちていたガラスの破片で指を切ってしまった。
男は指先から流れる自分の血をじっと見つめていた。
まるで何かを思い出すように。
そして、はっと我にかえり男は掃除を再開した。
吸いかけのタバコ、飲み干した酒瓶。
食べおいた缶詰。
ろくに仕分けもせずにポイポイ袋に詰め込んだ。
部屋にあったあらかたのゴミをほとんどゴミ袋に入れ終えた男は、気分転換にタバコを買いに行った。
外はすっかり暗くなっており、男はようやく今が夜であり、さっきが明け方でなく夕暮れであったと知った。
外の空気は気持ちがよかった。
じめっとしてどこか匂う薄暗い部屋の何倍もいい。
お気に入りのメーカーのタバコを購入し、早速店の前で吸おうとしたが,生憎ライターを部屋に忘れてきてしまったらしい。
男は汚れたズボンのポケットに無理やりタバコを詰め込んで帰路についた。
道中、またも眠気に襲われた。
掃除をしてさらに疲れたのだろうか。
何日も寝ていたような気もすれば,、ほんの数時間しか寝ていないような気もする。
もういっそ道の真ん中で眠ってしまいたい程だったが,なんとか男は持ち堪えて家に着いた。
そして、その日はそのまま家につき、ベッドの中で死んだように眠りについた。 

翌日、男はテレビを見ていた。
かなりの眠気に襲われていたはずなのに,いざ寝ようとするとなかなか眠れない。
結局昨日は4時間ほどで目が覚めてしまった。
目が覚めた男は、ゴミ袋だらけの部屋を掻き分けるように進み、リビングの床に座ってテレビをつけた。
たまたまつけた番組はニュース番組で、行方不明者について取り上げられていた。
男は行方不明者を見て目を丸くした。
その行方不明者というのが、男の親友だったからだ。
さらにそのニュースでは、1週間ほど前から行方不明になったとされており、知っている人がいたら教えて欲しいとまでいっていた。
恐らくは親友の恋人やその家族が行っていることだろう。
元々あいつは周りから愛されるやつだったとしみじみ思う。
男はニュースを見て不安と衝動に駆られた。
その後の男の行動は早かった。
昨日まとめたゴミを急いで車のトランクに詰め込み、人気のない山奥へと車を走らせた。
大小様々なゴミが入っているせいで、車内は酷い匂いだった。
しばらく車道を走らせていくうちに、ちょうど良い崖を発見した。
ガードレールから少し身を乗り出して下を伺うと、たくさんの不法投棄物が落ちていた。
早速男はトランクを開けてゴミをを落とした。
まずは様子見として椅子を、次に壊れた時計、最後に腐った肉などの生ゴミだ。
落としている最中、生ゴミを入れていた袋が破けて中身が飛び出てしまい、男は一瞬焦ったが、土に埋もれてちょうど見えなくなったので安心した。
一通りゴミを捨て終えた男は、見つかる前にその場を後にした。
そして男は、親友と喧嘩したことを思い出した。
同じ大学を出て、同じように就活を行ったというのに、親友だけ一流企業に就職し、男の方は面接に落ちてしまったのだ。
それからというもの,どこの会社に行っても面接に落ち続け、男はヤケになって酒を浴びるように呑んでいた。
そこに親友が立派なスーツで登場し、未だに就職できていない男を笑ったのだ。
今思えば軽い冗談だったのかも知れないが、酒が入っていたこともあり男はその場でカッとなってしまった。
男は感情に身を任せて大暴れした。
椅子も時計も、その時に壊れてしまったのだ。
あの時の親友の驚いたような顔を一生忘れることは出来ないだろう。

後日男は警察の手によって逮捕されることとなった。
罪状は傷害致死と死体遺棄だ。
男は自らの手で親友を殺したのだった。
事件が発覚したのは、行方不明と報道があった3日後。
近所の人が部屋から漏れ出る異臭に違和感を持ったことからだ。
結果、山奥に棄てた親友の死肉も、血液や体液がベットリと付着したシャツも、男が暴れた時に壊れてしまった椅子や時計も,全て押収されてしまった。
男が収容された刑務所の中は蒸し暑く、常に汗臭かった。
これじゃああの部屋となんにも変わらないと、男は1人鼻で笑った。
1日中行われた刑務所作業によってクタクタに疲れ果てた男は、あの夜のように死んだような眠りについた。










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