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最低な人生

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最低な人生だった
幼少期,覚えているのは拳を振り上げた父親の怒声と、肩を震わせ縮こまっている母親の泣き声。
幼い私にはどうすることもできず,ただ泣くばかりで庇ってもくれない母親に縋り付くしかなかった。
家庭では食事どころかろくに風呂にも入らせてもらえず、小学校では不潔だとよく虐められた。
その虐めを苦に、私が初めて自殺しようとした日,ようやく目を覚ました母親がわずかな勇気を振り絞り,父親に離婚を申し出た。
最初のうちこそ烈火の如く怒っていた父親も、次第に面倒くさくなり、最後にはすんなりサインしてくれた。
父親は、養育費すらもまともに支払ってはくれなかった。
それでも中学にあがり、少しはマシになると思った矢先に母親が過労で死んでしまった。
その後私は、また父親の元に戻らなくてはならなかった。
教育の代わりに受けた暴力。
愛情の代わりに注がれた罵声。
私は、本格的におかしくなっていた。
毎日毎日,暇さえあれば特に欲しくもないものを万引きしては捕まる。
それを繰り返すようになった。
捕まっては父親に怒鳴られ,また盗むと言った悪循環。
高校も受験できず、家にも帰らず、どうしようもない孤独の中にいた。
そんな私の唯一の心の拠り所となったのは,たまたま万引きした異世界ファンタジー小説。
その小説に登場する人工人間の少女だ。
作中で名前はなく、製造番号で呼ばれているサブキャラで、主人公の住む村を焼き尽くし,暴虐のかぎりを尽くす凶悪キメラとして描かれていた。
が、軽い説明書きのところに,兵器として生まれてきたが、周りの人間が制御しきれずに暴走してしまった哀しきモンスターともかかれていた。
そんな人工人間の少女には、一行だけ心情が描かれた部分がある。
『私だって女の子なんだ。私だって普通に生きたかった。』
私は,そんな名前も出てこないような小説のサブキャラと自分を重ね合わせていたのだ。
(もし、私がこの子になれたら、きっと製造場を逃げ出して,幸せな人生を送りたい)
私は,雪に埋もれて体がどんどん冷たくなっていく今際の際に、そんなことを考えていた。
(生まれ変わったら、)
そんなことを考えているうちに,私はどうやら意識を失ってしまったらしい。


(どこ?ここ)
気がつくと,見知らぬ施設の檻のようなところに私は閉じ込められていた。
「おい、1230番が目を覚ましたぞ。きちんと麻酔を与えなかったのか?」
「うるせぇなぁ、そいつ遺伝子弄って毒に強い体にしちまったもんだから効果ねぇんだよ」
1230、どこかで聞いたことのある数字だ。
それに、この施設、実際に見たことはないが,ここによく似た施設を私は知っている。
あの小説の中で見た、人工人間の少女だ。
そう言えば,1230は彼女の個体番号だった。
徐々に意識がはっきりしてきた私は,一つの仮定にたどり着いた。
(これもしかして,夢の中で私がこの子になっているのではないか?)
そうだ,きっとそうに違いない。
夢の中で,自分の心の拠り所となっていた少女になってしまっているのだ。











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