モブだけど推しの幸せを全力サポートしたい！

転生したらモブでした

「あ、危ない――！」

桜井莉奈こと私は、迫りくるトラックのライトに目を奪われた瞬間、意識が途切れた――はずだった。
次に気づいたとき、目の前には見慣れない天井が広がっていた。

「ん……？ ここ、どこ……？」

寝ぼけた頭を抱えながら周囲を見渡すと、そこはまるで中世ヨーロッパ風の豪華な部屋。ふかふかの布団、天蓋付きベッド、アンティーク調の家具――現実離れした風景が広がっていた。

「え、何これ……？ 夢？」

寝ぼけているのかと思って目をこすったが、景色は変わらない。それどころか手に触れる布団の感触や、窓から差し込む光の暖かさまでリアルだ。混乱するリナがさらに辺りを見回すと、部屋の隅には豪華な姿見が置かれているのを見つけた。
「とりあえず、現状を把握しよう……」

リナはベッドを降り、恐る恐る鏡の前に立つ。そして、鏡に映った自分を見て言葉を失った。

「……誰？」

そこに映っていたのは、見覚えのない金髪の少女。彫りの深い整った顔立ちに、ゆったりとした白いリネンのワンピースを着ている。間違いなく自分ではない。
「えっ……嘘でしょ？！」

リナは豪華な鏡の前で呆然と立ち尽くしていた。目の前にいるのは、顔立ちは整っているがどこかモブキャラのような地味な雰囲気の漂う金髪の少女。――そう、これは紛れもなく『プリンスオブハート』に登場する、ヒロインの友人ポジションの「エリス・ローズフィールド」の姿だ。

夢であることを願ってほっぺたをつねるも、当然痛みが返ってくるだけ。どうやら本当にこの異世界に転生してしまったらしい。リナは混乱しながらも、何とか冷静になろうと深呼吸を繰り返す。

「…うそでしょ！？ 私、推しキャラのディラン様を攻略するヒロインに転生する予定だったんですけど！？ なんでヒロインじゃなくて、モブ友ポジなんですか！？」

鏡に向かって思い切り抗議するものの、当然ながら答えは返ってこない。気づけばリナは、その場にへたり込んで頭を抱えていた。

「いやいやいや……冷静に考えるんだ……よし、落ち着け私……一度ゲームの内容を思い出そう……」

何度も深呼吸を繰り返し、ようやく心を落ち着けたリナ改めてエリス。ここで一度ゲーム『プリンスオブハート』の記憶を呼び起こすことにした。
『プリンスオブハート』は、王子や騎士、貴族などをヒロインが攻略していく王道乙女ゲーム。その中でも、リナが最も愛してやまなかったのが、ツンデレ王子・ディラン。最初は冷たく突き放すものの、少しずつデレを見せてくれる彼に、何度胸をときめかせたことか――。

「……ああ、あの冷たい言い方からのデレが最高なのよね……！ディラン様……私の永遠の推し……！ せっかく異世界転生できるなら、ディラン様と甘い恋愛を楽しむのが私の理想だったのに！」

思い出した瞬間、エリスの中でテンションが爆上がりする。だが、すぐに現実に引き戻される。

「……でも、私はそのヒロインじゃなくて、ただの友人ポジ……。このままだと、ディラン様と距離を縮めることもできないじゃない……」

モブキャラに転生した時点で、乙女ゲームのロマンチックな展開からは遠ざかってしまった自分。エリスは落ち込むが、ふと、ある考えがよぎった。

エリスというキャラは、ヒロインの友人ポジションとして攻略キャラたちと関わる場面が多い。つまり接触のチャンスは十分にあるのだ。

「待てよ……ヒロインじゃなくても、私、ディラン様のルートを知ってるじゃん？ これ、うまく立ち回れば私でもディラン様を攻略できるんじゃ……？」

希望が湧いた瞬間、エリスはガッツポーズを取る。これまで何度もディランルートをクリアしてきた自分なら、失敗するはずがない――そう思った。しかし――。

「いや、ちょっと待って。それってつまり、推しを自分で攻略するってことだよね？ やば……恥ずかしい……」
改めて冷静になると、推しを自ら攻略するという行為に赤面するエリス。鏡の中の顔がみるみる赤くなっていく。

勢い込んだ自分自身にツッコミを入れるエリス。その上、問題はそれだけではなかった。乙女ゲームにはいくつものエンディングがある。その中には、攻略対象キャラが命を落とすものや、ヒロインが孤独になるものといった、心が折れるようなバッドエンドも存在する。特にディラン様のルートには、陰謀に巻き込まれて命を落とす悲劇的なエンディングが存在していた。

「あれだけは絶対にダメ！ 推しが不幸になるエンディングなんて耐えられない！」

エリスは再び頭を抱えた。
「下手に私が出しゃばってシナリオを変えたら、ゲームとは違う展開になってバッドエンド直行とかあり得る……」

悩みに悩むエリス。鏡の前を行ったり来たりしながら、頭を抱えてぐるぐると考え込む。

「……推しの幸せを第一優先にするなら……」
悩みに悩んだ末、彼女は一つの結論にたどり着く。

「……よし、決めた！ 私はヒロインを全力でサポートする！ 直接ディラン様を攻略しなくても、ヒロインがディラン様を正しく攻略できれば、推しは幸せになれるはず！」

自分がモブキャラである以上、ヒロインの隣でサポート役に徹することこそが最善策だと結論付けたエリス。彼女は自らの推し愛を胸に、決意を固める。

「そうと決まれば、私はヒロイン補佐に徹する！ 推しのためなら、モブでも何でも全力でやってやるわよ！」

こうして、転生早々にヒロイン補佐を目指すことを決意したエリス。推しを幸せにするための奮闘の日々が、今始まろうとしていた――。