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いくら何でも、遅過ぎません?
「キミとこのまま結婚してもいいのか、もう1度よく考えたいんだ」
ある日突然、婚約者のライルさまに言われ、わたくしはポカンとしてしまいました。
何故って、あと3ヶ月もすれば結婚式を挙げることになっていて、既に諸々の手配は終わっているのですもの。
「え……っと、何故、今……?」
「だって、今じゃなきゃ間に合わないじゃないか。結婚しちゃった後で考える訳にはいかないしさー」
それはそうですけれども!!わたくしたち、6歳の頃から婚約してましたわよね⁉︎9年間もありましたわよね⁉︎
何故その間に考えませんでしたの……。
「それは……どのくらい……ですの」
「そうだね、少なくとも1年くらいは」
1年……ならば、まだ何とか誤魔化しもききます。
わたくしは渋々ですが、頷きました。
「……判りましたわ。1年でよろしいのならば、お待ちいたします」
「ホント?良かったー。言ってみるものだね」
ボク、旅に出るんだ。
ライルさまはニコニコ笑いながら、帰って行かれました。
どこか呆然としたまま、わたくしはお父さまにことの次第を伝えに参ります。式の中止の手配をしなければなりません。
「……はあ⁉︎」
お父さまが目を剥いて、わたくしを見つめます。……いえ、睨んでいるのでしょうか。
「ライルさまは旅に出られるそうですし、式を中止に……」
「いや何で⁉︎何で今更⁉︎」
「わたくしとの結婚を、よく考えたいのだそうで……とりあえず1年だけ、待ちたいと思います」
「……この時期の子どもがかかる、どうしようもない病気という奴だろうか……」
「ああ……兄さまも、本当の自分を探すんだ、とか仰って、家を飛び出してましたわね……」
「3日で帰って来たけどな」
お父さまは大きく溜息をついて、わたくしの頭を撫でました。
「……ポルカ伯爵には、わたしから伝えておこう。……あちらも恥ずかしいだろうからな」
「……はい」
▼△▼△
それから暫く、1週間に2回は手紙が来ていました。ただ、住所も書いてないので、返事も出せません。
「お嬢さま、本当によろしいのですか」
「仕方ないわ。嫌だと仰っているのに、無理やり結婚する訳にはいきませんもの」
「だからって、こんな……手紙だけなんて」
内容は、他愛ないことです。あんなことがあった、こんなものを食べた、そんな人と出会った。
そして、最後には決まって、『もう少し考えさせて欲しい』と締めてあります。
……さて、この親切にも食事や宿の世話をしてくれて、遅くなったから部屋に泊めた相手は、どなたなのですかね。
しかも、数日逗留したようですよ?
「ちゃんと護衛が付いている……って、判っていないのでしょうねぇ……」
つまり、報告が入るのです。妙齢の女性と宿に泊まった、と。
「一体、何のために旅がしたかったのかしら」
まさか、独身最後の浮気旅行ですか?それがしたかったとか?
「男性って、謎ですわ……」
手紙はすぐに半月に1度になり、2ヶ月に1度になり……半年も時間が空いて、待つと約束した1年の、最後の手紙がようやく届きました。
▼△▼△
「お父さま」
わたくしは半年ぶりに届いたライルさまの手紙を持って、お父さまの執務室に向かいました。
「どうした?ミリア」
「これをご覧くださいませ」
「これは……ライルくんの手紙か」
「あと数日で、1年になりますの。そして、今日ようやく届いた手紙がそれですわ」
「ふむ」
お父さまはその手紙を読んで、呆然とこちらを見つめました。
「何だ、これは」
「ライルさまの手紙です」
「判ってる!!中身だ!」
つらつらと色々なことが書いてありますが、要約すると『1年じゃ判らなかったから、もう1年ちょうだい』。
「読んでの通りですわね」
「……もう良かろう?」
「はい。とっくに諦めはついておりました。初めての手紙が浮気自慢だった時に」
「……馬鹿にしおって!!」
お父さまはその手紙を鷲掴んでポルカ伯爵家に乗り込み、婚約は円満に解消されました。
あちらは、平謝りだったそうですが。
「急いで次の婚約者を決めなさい。この1年で、たくさん来ている」
「わたくしが決めてよろしいのですか?」
「この中から選びなさい。……厳選した方たちだ」
差し出された4人の方の釣書を受け取って、わたくしは部屋に戻りました。
▼△▼△
4人の方とお見合いし、わたくしはカーディス公爵家の次男の方と婚約することにいたしました。
ハロルド・カーディスさまはとてもお優しく、円満に解消したとはいえ、1度婚約がダメになったわたくしを受け入れてくださいました。
わたくしを呼ぶ声が柔らかく、暖かく、気にしないフリをしていても、どこか傷ついていた心が、ゆっくりと癒されていくのを感じます。
ライルさまのようなキラキラしい美貌ではありませんが、穏やかに微笑む方で、わたくしたちはゆっくりと、関係を作っていきました。
1年後、わたくしは17歳でハロルドさまと結婚いたしました。
適齢期は15歳~18歳なので、ギリギリ間に合いました。
心配をかけた両親を、とんでもなく泣かせました……。
「ミリィ」
「はい、旦那さま」
「ふふ、嬉しいな、もう君を家に送らなくていいかと思うと」
「あら、ご面倒でしたの?」
「君と離れるのが嫌だったに決まってるだろう」
ハロルドさまに抱きしめられ、わたくしは身体の力を抜きました。
「旦那さま……ハル、愛してますわ」
「私に先に言わせてよ。……愛してる、ミリィ」
初夜はもう……とても優しくしていただきました。
▼△▼△
それから1年の勉強期間を経て、ハロルドはカーディス公爵家の持っている爵位のひとつ、ディスト侯爵を継ぎまして、領地に引っ越しました。
ハロルドは、この引っ越しをそれは楽しみにしていたみたいで。
「公爵家の後継でもないのに、兄上より先に公爵家で子どもを作る訳にはいかないでしょう」
という訳で、夜の営みはかなり控えめに、しかもお子が出来ないよう、気をつけていたらしく、とっても大変だったみたいです。
主に、精神的に。
「だから、ごめんね。今日は、寝かせてあげられない」
にっこりといい笑顔で、わたくしは夕方から寝室に連れ込まれました。
それはもう、スゴかったですわ……。次の日に起き上がれない、という体験もいたしました……いえ、知りたくなかったです。
わたくしはすぐに身籠り、男の子を出産いたしました。
そうしたら、ハロルドがトラウマを抱えました。
「ミリィをあんなに苦しめるなら、もう子どもなんかいらない!!」
「まあ、旦那さま。わたくしは、あなたのお子だから、欲しいのですわ。辛くても、苦しくても、あなたのお子ですもの」
「だが!」
「旦那さまは、わたくしにもうお子をくださいませんの?この子も、1人では可哀想ですわ」
「ミリィ……」
わたくしの懇願に負けたハロルドは、再び夜の営みに励んでくださいまして、2年後、今度は双子の女の子を出産いたしました。
カーディスのご両親が、メロメロになりました。
公爵家の血筋に、久しぶりに生まれた女の子だそうですわ。
「幸せですわねぇ……」
「ん?何だい、突然」
「幸せな光景だと思いませんこと?」
ベビーベッドに眠る双子、それを覗き込む小さな兄、蕩けるような目で見ているご両親。
「そうだね」
ハロルドは、わたくしをギュッと抱きしめました。
「愛してるよ、奥さん」
「わたくしもですわ、旦那さま」
▼△▼△
それから3年ほど経ちまして、わたくしはまたお子を授かっています。お腹が少しふっくらして来まして、ハロルドが毎日話しかけています。
「お腹の君!聞こえるかい?どうか、お父さまに似て生まれて来るのだよ!もちろん、お母さま似でもいいけど!お父さまは寂しい」
「……まあ、上のお子はカーディスのお義父さま似で、双子はあなたの血を感じない程わたくし似ですものね」
「そうなんだよ!私は母似だから、私に似た子がいないんだ!……何故か、兄上のとこの子と似てるけど」
「叔父と甥ですもの」
「私は、うちに似た子が欲しい」
「ふふ、こればっかりは望むだけ無駄ですわねぇ」
「うう、判ってる……」
グズグズと出勤を伸ばしていたハロルドが渋々出かけたあと、わたくしは編み物をしていました。
「奥方さま」
「はい?」
部屋に入ってきた家令が、何とも困った表情をしております。
「どうかして?」
「その……お客さまなのですが」
「まあ。どなた?」
「それが……ポルカ伯爵子息と」
「……はあ?」
ポルカ伯爵子息って、あのライルさま?わたくしとの結婚を考え直しに行ったまま、帰って来なかった?
何故、今ここに?
「御用をお聞きしたのですが、奥方さまに会えば判る、としか仰らなくて」
「は?わたくしは判りませんが」
「どういたしましょう?」
どういたしましょうって……放っておく訳にはいきませんしねぇ。
「誰か、旦那さまにお知らせして。……念のためですわ」
「はい」
わたくしは仕方なく、家令と護衛3人と侍女とメイドを引き連れて応接間に参りました。
お子がおりますので、何かあったら大変ですもの。
「ミリア!」
部屋に入りますと、ポルカ伯爵子息はいきなり跪き、持っていた真っ赤な薔薇の花をわたくしに差し出しました。
「待たせてごめんね!考えがまとまったから、戻って来たよ!もちろん、キミと結婚しても大丈夫ってね!ミリア、どうか結婚してください!!」
「……頭は大丈夫ですの?」
わたくしは思わず、淑女らしからぬ言葉を投げかけてしまいました。
あれから何年経ったと思ってますの⁉︎わたくし、待つと言ったのは1年だけですわよ!
「何を言ってるんだい?ああ、待たせたから怒ってるんだね。悪かったよ、なかなか考えがまとまらなくてさ」
「あの、ここがどこか判ってます?ここはディスト侯爵家で、ラメル伯爵家ではありませんのよ。つまり、わたくしは」
「判ってる!待ちきれなかったんだよね?だから、誰でもいいから偽りの結婚をしたんだろう?もちろん、白い結婚……」
笑ったまま顔を上げたポルカ伯爵子息の表情が、不意に強張りました。視線を上げたので、わたくしのお腹に気づいたみたいですわ。
「う、う、う、裏切り者っっっ!!!」
「……いえあの」
「この淫乱!阿婆擦れ!!ボク以外の男と寝たのか!ボクという婚約者がありながら!!」
「……ですから」
「裁判だ!!訴えてやる!!!」
立ち上がって殴りかかろうとしたポルカ伯爵子息を、護衛が簡単に組み伏せました。……この方、合計……えっと、9年くらい旅をしていたのではなくて?よく、身体をまったく鍛えず無事でしたわね。……まさか、ずっと護衛がついていたのかしら。
「あなたとの婚約は、8年も前に円満に解消されております」
「ウソだ!ボクはサインしてない!本人のサインがなければ、婚約は破棄できない筈だ!!」
「……それは、本人同士が婚約した場合でしょう。わたくしとあなたの場合、婚約当時まだ6歳だったのですから、婚約証明書にサインしたのは双方の父親です。破棄するのも父親2人のサインで出来ますわよ」
「……え?じゃあ、キミはボクがいなくても勝手に婚約を破棄出来たのか?」
「円満解消ですわ」
幼い頃の婚約が家同士で解消されたのなら、政略結婚の旨みがなくなったのだ、と説明できますものね。
まあ、本人がいなくても婚約は解消出来ると判っていたから、1年は待つ、と言ったのですけど。
「ボクがいなきゃ破棄出来ない筈だったのに……だから、何年放っておいても大丈夫だと思ったのに……」
あの、聞こえてますけど。つまり、判った上で放置してたんですね。勘違いですけど。
「どうしてくれる⁉︎ボクの人生計画が滅茶苦茶だ!!!」
「始めに滅茶苦茶にしたのは、あなたでしょう。わたくしは、1年は待つと言いました。戻って来なかったのはあなたですわ」
「だって!破棄出来ないと思ったから!……あ」
「婚約したまま放っておいても、黙って待っているべきだ、と?」
この方って、まったく変わっていませんのね。いつまでも自分が1番で、責任を取るのが嫌いで、人のせいにする。
本当に、何しに行ったのかしら。
「先に浮気したのもあなたでしょう?1年間で、6人でしたかしら?お盛んですこと」
「なっ⁉︎何で知って……」
「あなたには護衛が付いていましたのよ。その護衛から、両家に報告が入ってましたの。……ポルカ伯爵、泣いておられましたわ」
「だって!!」
「……あなたと話すことは何もありませんわ。どうぞ、お引き取りくださいませ」
「嫌だ!!ボクはキミと結婚するんだ!!」
「まっぴらですわ」
「まったくだ」
「あら旦那さま。……お帰りなさいませ」
「うん、ただいま。……先触れもなしに押しかけるなど、貴族としてあるまじき失態だな。ポルカ伯爵家には、厳重に抗議しておこう」
「なっ、いっ、家は、関係ないだろう!!」
「たかが伯爵子息に、そんな口を利かれる筋合いはないが」
「なっ、アンタだって!公爵家の……」
言いかけて、ポルカ伯爵子息はモゴモゴと黙り込みました。
まあ、公爵と伯爵では、同じ子息でも、ねぇ。それに……。
「私はディスト侯爵家当主だが、何か」
「……えっ?」
「……あなた、どこに訪ねてきたつもりなんですの?」
「とにかく、お引き取り願おう。……もう2度と、通さないがね」
ポルカ伯爵子息は、護衛に引きずられて出ていきました。わたくしは、大きな薔薇の花束をその上に載せます。
「必要ないので、持ち帰ってくださいませ。わたくし、旦那さま以外の方から、花を貰いたくありませんもの」
「ミリアぁぁー!!」
そんなに嘆くくらいなら、戻って来れば良かったではありませんか。
「いくら何でも、遅過ぎません?」
水をやらない花は、枯れてしまいますのよ。
▼△▼△
わたくしが、今度こそハロルドにそっくりな男の子を産んで、ハロルドの涙腺が決壊していた頃。
ポルカ伯爵子息の噂を聞きました。
1度戻ってきた子息は、既に代替わりしていた伯爵家に居座ろうとしましたが、何もせずに浪費ばっかりしようとして、結局追い出されたようです。
慣れた旅をするつもりだったのでしょうが、今度は誰も子息に護衛を付けませんでした。追い出されたのだから、当然ですが。
そのあとの消息は、誰も知りません。護衛の報告もありませんからね。
もしかしたら、ハロルドはご存知かもしれませんが。
わたくしは、興味がございません。
わたくしは、愛する家族たちと、これからも幸せに生きますわ。
まだ涙腺がちょっぴり壊れている旦那さまと、愛しい子どもたちと。
「愛してますわ、旦那さま」
「私もだよ、ミリィ」
ある日突然、婚約者のライルさまに言われ、わたくしはポカンとしてしまいました。
何故って、あと3ヶ月もすれば結婚式を挙げることになっていて、既に諸々の手配は終わっているのですもの。
「え……っと、何故、今……?」
「だって、今じゃなきゃ間に合わないじゃないか。結婚しちゃった後で考える訳にはいかないしさー」
それはそうですけれども!!わたくしたち、6歳の頃から婚約してましたわよね⁉︎9年間もありましたわよね⁉︎
何故その間に考えませんでしたの……。
「それは……どのくらい……ですの」
「そうだね、少なくとも1年くらいは」
1年……ならば、まだ何とか誤魔化しもききます。
わたくしは渋々ですが、頷きました。
「……判りましたわ。1年でよろしいのならば、お待ちいたします」
「ホント?良かったー。言ってみるものだね」
ボク、旅に出るんだ。
ライルさまはニコニコ笑いながら、帰って行かれました。
どこか呆然としたまま、わたくしはお父さまにことの次第を伝えに参ります。式の中止の手配をしなければなりません。
「……はあ⁉︎」
お父さまが目を剥いて、わたくしを見つめます。……いえ、睨んでいるのでしょうか。
「ライルさまは旅に出られるそうですし、式を中止に……」
「いや何で⁉︎何で今更⁉︎」
「わたくしとの結婚を、よく考えたいのだそうで……とりあえず1年だけ、待ちたいと思います」
「……この時期の子どもがかかる、どうしようもない病気という奴だろうか……」
「ああ……兄さまも、本当の自分を探すんだ、とか仰って、家を飛び出してましたわね……」
「3日で帰って来たけどな」
お父さまは大きく溜息をついて、わたくしの頭を撫でました。
「……ポルカ伯爵には、わたしから伝えておこう。……あちらも恥ずかしいだろうからな」
「……はい」
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それから暫く、1週間に2回は手紙が来ていました。ただ、住所も書いてないので、返事も出せません。
「お嬢さま、本当によろしいのですか」
「仕方ないわ。嫌だと仰っているのに、無理やり結婚する訳にはいきませんもの」
「だからって、こんな……手紙だけなんて」
内容は、他愛ないことです。あんなことがあった、こんなものを食べた、そんな人と出会った。
そして、最後には決まって、『もう少し考えさせて欲しい』と締めてあります。
……さて、この親切にも食事や宿の世話をしてくれて、遅くなったから部屋に泊めた相手は、どなたなのですかね。
しかも、数日逗留したようですよ?
「ちゃんと護衛が付いている……って、判っていないのでしょうねぇ……」
つまり、報告が入るのです。妙齢の女性と宿に泊まった、と。
「一体、何のために旅がしたかったのかしら」
まさか、独身最後の浮気旅行ですか?それがしたかったとか?
「男性って、謎ですわ……」
手紙はすぐに半月に1度になり、2ヶ月に1度になり……半年も時間が空いて、待つと約束した1年の、最後の手紙がようやく届きました。
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「お父さま」
わたくしは半年ぶりに届いたライルさまの手紙を持って、お父さまの執務室に向かいました。
「どうした?ミリア」
「これをご覧くださいませ」
「これは……ライルくんの手紙か」
「あと数日で、1年になりますの。そして、今日ようやく届いた手紙がそれですわ」
「ふむ」
お父さまはその手紙を読んで、呆然とこちらを見つめました。
「何だ、これは」
「ライルさまの手紙です」
「判ってる!!中身だ!」
つらつらと色々なことが書いてありますが、要約すると『1年じゃ判らなかったから、もう1年ちょうだい』。
「読んでの通りですわね」
「……もう良かろう?」
「はい。とっくに諦めはついておりました。初めての手紙が浮気自慢だった時に」
「……馬鹿にしおって!!」
お父さまはその手紙を鷲掴んでポルカ伯爵家に乗り込み、婚約は円満に解消されました。
あちらは、平謝りだったそうですが。
「急いで次の婚約者を決めなさい。この1年で、たくさん来ている」
「わたくしが決めてよろしいのですか?」
「この中から選びなさい。……厳選した方たちだ」
差し出された4人の方の釣書を受け取って、わたくしは部屋に戻りました。
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4人の方とお見合いし、わたくしはカーディス公爵家の次男の方と婚約することにいたしました。
ハロルド・カーディスさまはとてもお優しく、円満に解消したとはいえ、1度婚約がダメになったわたくしを受け入れてくださいました。
わたくしを呼ぶ声が柔らかく、暖かく、気にしないフリをしていても、どこか傷ついていた心が、ゆっくりと癒されていくのを感じます。
ライルさまのようなキラキラしい美貌ではありませんが、穏やかに微笑む方で、わたくしたちはゆっくりと、関係を作っていきました。
1年後、わたくしは17歳でハロルドさまと結婚いたしました。
適齢期は15歳~18歳なので、ギリギリ間に合いました。
心配をかけた両親を、とんでもなく泣かせました……。
「ミリィ」
「はい、旦那さま」
「ふふ、嬉しいな、もう君を家に送らなくていいかと思うと」
「あら、ご面倒でしたの?」
「君と離れるのが嫌だったに決まってるだろう」
ハロルドさまに抱きしめられ、わたくしは身体の力を抜きました。
「旦那さま……ハル、愛してますわ」
「私に先に言わせてよ。……愛してる、ミリィ」
初夜はもう……とても優しくしていただきました。
▼△▼△
それから1年の勉強期間を経て、ハロルドはカーディス公爵家の持っている爵位のひとつ、ディスト侯爵を継ぎまして、領地に引っ越しました。
ハロルドは、この引っ越しをそれは楽しみにしていたみたいで。
「公爵家の後継でもないのに、兄上より先に公爵家で子どもを作る訳にはいかないでしょう」
という訳で、夜の営みはかなり控えめに、しかもお子が出来ないよう、気をつけていたらしく、とっても大変だったみたいです。
主に、精神的に。
「だから、ごめんね。今日は、寝かせてあげられない」
にっこりといい笑顔で、わたくしは夕方から寝室に連れ込まれました。
それはもう、スゴかったですわ……。次の日に起き上がれない、という体験もいたしました……いえ、知りたくなかったです。
わたくしはすぐに身籠り、男の子を出産いたしました。
そうしたら、ハロルドがトラウマを抱えました。
「ミリィをあんなに苦しめるなら、もう子どもなんかいらない!!」
「まあ、旦那さま。わたくしは、あなたのお子だから、欲しいのですわ。辛くても、苦しくても、あなたのお子ですもの」
「だが!」
「旦那さまは、わたくしにもうお子をくださいませんの?この子も、1人では可哀想ですわ」
「ミリィ……」
わたくしの懇願に負けたハロルドは、再び夜の営みに励んでくださいまして、2年後、今度は双子の女の子を出産いたしました。
カーディスのご両親が、メロメロになりました。
公爵家の血筋に、久しぶりに生まれた女の子だそうですわ。
「幸せですわねぇ……」
「ん?何だい、突然」
「幸せな光景だと思いませんこと?」
ベビーベッドに眠る双子、それを覗き込む小さな兄、蕩けるような目で見ているご両親。
「そうだね」
ハロルドは、わたくしをギュッと抱きしめました。
「愛してるよ、奥さん」
「わたくしもですわ、旦那さま」
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それから3年ほど経ちまして、わたくしはまたお子を授かっています。お腹が少しふっくらして来まして、ハロルドが毎日話しかけています。
「お腹の君!聞こえるかい?どうか、お父さまに似て生まれて来るのだよ!もちろん、お母さま似でもいいけど!お父さまは寂しい」
「……まあ、上のお子はカーディスのお義父さま似で、双子はあなたの血を感じない程わたくし似ですものね」
「そうなんだよ!私は母似だから、私に似た子がいないんだ!……何故か、兄上のとこの子と似てるけど」
「叔父と甥ですもの」
「私は、うちに似た子が欲しい」
「ふふ、こればっかりは望むだけ無駄ですわねぇ」
「うう、判ってる……」
グズグズと出勤を伸ばしていたハロルドが渋々出かけたあと、わたくしは編み物をしていました。
「奥方さま」
「はい?」
部屋に入ってきた家令が、何とも困った表情をしております。
「どうかして?」
「その……お客さまなのですが」
「まあ。どなた?」
「それが……ポルカ伯爵子息と」
「……はあ?」
ポルカ伯爵子息って、あのライルさま?わたくしとの結婚を考え直しに行ったまま、帰って来なかった?
何故、今ここに?
「御用をお聞きしたのですが、奥方さまに会えば判る、としか仰らなくて」
「は?わたくしは判りませんが」
「どういたしましょう?」
どういたしましょうって……放っておく訳にはいきませんしねぇ。
「誰か、旦那さまにお知らせして。……念のためですわ」
「はい」
わたくしは仕方なく、家令と護衛3人と侍女とメイドを引き連れて応接間に参りました。
お子がおりますので、何かあったら大変ですもの。
「ミリア!」
部屋に入りますと、ポルカ伯爵子息はいきなり跪き、持っていた真っ赤な薔薇の花をわたくしに差し出しました。
「待たせてごめんね!考えがまとまったから、戻って来たよ!もちろん、キミと結婚しても大丈夫ってね!ミリア、どうか結婚してください!!」
「……頭は大丈夫ですの?」
わたくしは思わず、淑女らしからぬ言葉を投げかけてしまいました。
あれから何年経ったと思ってますの⁉︎わたくし、待つと言ったのは1年だけですわよ!
「何を言ってるんだい?ああ、待たせたから怒ってるんだね。悪かったよ、なかなか考えがまとまらなくてさ」
「あの、ここがどこか判ってます?ここはディスト侯爵家で、ラメル伯爵家ではありませんのよ。つまり、わたくしは」
「判ってる!待ちきれなかったんだよね?だから、誰でもいいから偽りの結婚をしたんだろう?もちろん、白い結婚……」
笑ったまま顔を上げたポルカ伯爵子息の表情が、不意に強張りました。視線を上げたので、わたくしのお腹に気づいたみたいですわ。
「う、う、う、裏切り者っっっ!!!」
「……いえあの」
「この淫乱!阿婆擦れ!!ボク以外の男と寝たのか!ボクという婚約者がありながら!!」
「……ですから」
「裁判だ!!訴えてやる!!!」
立ち上がって殴りかかろうとしたポルカ伯爵子息を、護衛が簡単に組み伏せました。……この方、合計……えっと、9年くらい旅をしていたのではなくて?よく、身体をまったく鍛えず無事でしたわね。……まさか、ずっと護衛がついていたのかしら。
「あなたとの婚約は、8年も前に円満に解消されております」
「ウソだ!ボクはサインしてない!本人のサインがなければ、婚約は破棄できない筈だ!!」
「……それは、本人同士が婚約した場合でしょう。わたくしとあなたの場合、婚約当時まだ6歳だったのですから、婚約証明書にサインしたのは双方の父親です。破棄するのも父親2人のサインで出来ますわよ」
「……え?じゃあ、キミはボクがいなくても勝手に婚約を破棄出来たのか?」
「円満解消ですわ」
幼い頃の婚約が家同士で解消されたのなら、政略結婚の旨みがなくなったのだ、と説明できますものね。
まあ、本人がいなくても婚約は解消出来ると判っていたから、1年は待つ、と言ったのですけど。
「ボクがいなきゃ破棄出来ない筈だったのに……だから、何年放っておいても大丈夫だと思ったのに……」
あの、聞こえてますけど。つまり、判った上で放置してたんですね。勘違いですけど。
「どうしてくれる⁉︎ボクの人生計画が滅茶苦茶だ!!!」
「始めに滅茶苦茶にしたのは、あなたでしょう。わたくしは、1年は待つと言いました。戻って来なかったのはあなたですわ」
「だって!破棄出来ないと思ったから!……あ」
「婚約したまま放っておいても、黙って待っているべきだ、と?」
この方って、まったく変わっていませんのね。いつまでも自分が1番で、責任を取るのが嫌いで、人のせいにする。
本当に、何しに行ったのかしら。
「先に浮気したのもあなたでしょう?1年間で、6人でしたかしら?お盛んですこと」
「なっ⁉︎何で知って……」
「あなたには護衛が付いていましたのよ。その護衛から、両家に報告が入ってましたの。……ポルカ伯爵、泣いておられましたわ」
「だって!!」
「……あなたと話すことは何もありませんわ。どうぞ、お引き取りくださいませ」
「嫌だ!!ボクはキミと結婚するんだ!!」
「まっぴらですわ」
「まったくだ」
「あら旦那さま。……お帰りなさいませ」
「うん、ただいま。……先触れもなしに押しかけるなど、貴族としてあるまじき失態だな。ポルカ伯爵家には、厳重に抗議しておこう」
「なっ、いっ、家は、関係ないだろう!!」
「たかが伯爵子息に、そんな口を利かれる筋合いはないが」
「なっ、アンタだって!公爵家の……」
言いかけて、ポルカ伯爵子息はモゴモゴと黙り込みました。
まあ、公爵と伯爵では、同じ子息でも、ねぇ。それに……。
「私はディスト侯爵家当主だが、何か」
「……えっ?」
「……あなた、どこに訪ねてきたつもりなんですの?」
「とにかく、お引き取り願おう。……もう2度と、通さないがね」
ポルカ伯爵子息は、護衛に引きずられて出ていきました。わたくしは、大きな薔薇の花束をその上に載せます。
「必要ないので、持ち帰ってくださいませ。わたくし、旦那さま以外の方から、花を貰いたくありませんもの」
「ミリアぁぁー!!」
そんなに嘆くくらいなら、戻って来れば良かったではありませんか。
「いくら何でも、遅過ぎません?」
水をやらない花は、枯れてしまいますのよ。
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わたくしが、今度こそハロルドにそっくりな男の子を産んで、ハロルドの涙腺が決壊していた頃。
ポルカ伯爵子息の噂を聞きました。
1度戻ってきた子息は、既に代替わりしていた伯爵家に居座ろうとしましたが、何もせずに浪費ばっかりしようとして、結局追い出されたようです。
慣れた旅をするつもりだったのでしょうが、今度は誰も子息に護衛を付けませんでした。追い出されたのだから、当然ですが。
そのあとの消息は、誰も知りません。護衛の報告もありませんからね。
もしかしたら、ハロルドはご存知かもしれませんが。
わたくしは、興味がございません。
わたくしは、愛する家族たちと、これからも幸せに生きますわ。
まだ涙腺がちょっぴり壊れている旦那さまと、愛しい子どもたちと。
「愛してますわ、旦那さま」
「私もだよ、ミリィ」
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アウス殿下とハルカが国の掟に背いてしまったのだ。
追記:メインストーリー、只今、完結しました。その後のアフターストーリーも、もしかしたら投稿するかもしれません。その際は、またお会いできましたら光栄です(^^)
あなたの仰ってる事は全くわかりません
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…作中だと残ってるように見えるなあ…前伯爵は何を考えてるんだ?
ライルはまあ…跡継ぎ騒動回避のために実家が処分しただろう
ハロルドはその辺の情報を持ってるだけで、手出しはしてないと
感想ありがとうございます😊
そもそも、婚約破棄できない、と思い込んでいたのはライルだけでした。
両家の話し合いで解決できるので、わざわざ裁判するまでもないという。
本当になんで、そんなこと思い込んでたんでしょうね……。
>>ハロルド様はご存知
あ……(察し)
まあしょうがないね、生かしておいて将来復讐とかで子供誘拐とかするかもしれんし
あっ、察されてしまった(笑)
でも、手は出してないはず!多分きっと、後ろめたいことはしてないはず(笑)
感想ありがとうございました😊
うん、おバカな元婚約者は多分きっと野垂れ死にね( *˙ω˙*)و グッ!