いくら何でも、遅過ぎません?

碧水 遥

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いくら何でも、遅過ぎません?

「キミとこのまま結婚してもいいのか、もう1度よく考えたいんだ」

 ある日突然、婚約者のライルさまに言われ、わたくしはポカンとしてしまいました。

 何故って、あと3ヶ月もすれば結婚式を挙げることになっていて、既に諸々の手配は終わっているのですもの。

「え……っと、何故、今……?」

「だって、今じゃなきゃ間に合わないじゃないか。結婚しちゃった後で考える訳にはいかないしさー」

 それはそうですけれども!!わたくしたち、6歳の頃から婚約してましたわよね⁉︎9年間もありましたわよね⁉︎
 何故その間に考えませんでしたの……。

「それは……どのくらい……ですの」

「そうだね、少なくとも1年くらいは」

 1年……ならば、まだ何とか誤魔化しもききます。

 わたくしは渋々ですが、頷きました。

「……判りましたわ。1年でよろしいのならば、お待ちいたします」

「ホント?良かったー。言ってみるものだね」

 ボク、旅に出るんだ。

 ライルさまはニコニコ笑いながら、帰って行かれました。

 どこか呆然としたまま、わたくしはお父さまにことの次第を伝えに参ります。式の中止の手配をしなければなりません。

「……はあ⁉︎」

 お父さまが目を剥いて、わたくしを見つめます。……いえ、睨んでいるのでしょうか。

「ライルさまは旅に出られるそうですし、式を中止に……」

「いや何で⁉︎何で今更⁉︎」

「わたくしとの結婚を、よく考えたいのだそうで……とりあえず1年だけ、待ちたいと思います」

「……この時期の子どもがかかる、どうしようもない病気という奴だろうか……」

「ああ……兄さまも、本当の自分を探すんだ、とか仰って、家を飛び出してましたわね……」

「3日で帰って来たけどな」

 お父さまは大きく溜息をついて、わたくしの頭を撫でました。

「……ポルカ伯爵には、わたしから伝えておこう。……あちらも恥ずかしいだろうからな」

「……はい」


▼△▼△


 それから暫く、1週間に2回は手紙が来ていました。ただ、住所も書いてないので、返事も出せません。

「お嬢さま、本当によろしいのですか」

「仕方ないわ。嫌だと仰っているのに、無理やり結婚する訳にはいきませんもの」

「だからって、こんな……手紙だけなんて」

 内容は、他愛ないことです。あんなことがあった、こんなものを食べた、そんな人と出会った。

 そして、最後には決まって、『もう少し考えさせて欲しい』と締めてあります。

 ……さて、この親切にも食事や宿の世話をしてくれて、遅くなったから部屋に泊めた相手は、どなたなのですかね。
 しかも、数日逗留したようですよ?

「ちゃんと護衛が付いている……って、判っていないのでしょうねぇ……」

 つまり、報告が入るのです。宿、と。

「一体、何のために旅がしたかったのかしら」

 まさか、独身最後の浮気旅行ですか?それがしたかったとか?

「男性って、謎ですわ……」

 手紙はすぐに半月に1度になり、2ヶ月に1度になり……半年も時間が空いて、待つと約束した1年の、最後の手紙がようやく届きました。


▼△▼△


「お父さま」

 わたくしは半年ぶりに届いたライルさまの手紙を持って、お父さまの執務室に向かいました。

「どうした?ミリア」

「これをご覧くださいませ」

「これは……ライルくんの手紙か」

「あと数日で、1年になりますの。そして、今日ようやく届いた手紙がそれですわ」

「ふむ」

 お父さまはその手紙を読んで、呆然とこちらを見つめました。

「何だ、これは」

「ライルさまの手紙です」

「判ってる!!中身だ!」

 つらつらと色々なことが書いてありますが、要約すると『1年じゃ判らなかったから、もう1年ちょうだい』。

「読んでの通りですわね」

「……もう良かろう?」

「はい。とっくに諦めはついておりました。初めての手紙が浮気自慢だった時に」

「……馬鹿にしおって!!」

 お父さまはその手紙を鷲掴んでポルカ伯爵家に乗り込み、婚約は円満に解消されました。

 あちらは、平謝りだったそうですが。

「急いで次の婚約者を決めなさい。この1年で、たくさん来ている」

「わたくしが決めてよろしいのですか?」

「この中から選びなさい。……厳選した方たちだ」

 差し出された4人の方の釣書を受け取って、わたくしは部屋に戻りました。


▼△▼△


 4人の方とお見合いし、わたくしはカーディス公爵家の次男の方と婚約することにいたしました。

 ハロルド・カーディスさまはとてもお優しく、円満に解消したとはいえ、1度婚約がダメになったわたくしを受け入れてくださいました。

 わたくしを呼ぶ声が柔らかく、暖かく、気にしないフリをしていても、どこか傷ついていた心が、ゆっくりと癒されていくのを感じます。

 ライルさまのようなキラキラしい美貌ではありませんが、穏やかに微笑む方で、わたくしたちはゆっくりと、関係を作っていきました。

 1年後、わたくしは17歳でハロルドさまと結婚いたしました。
 適齢期は15歳~18歳なので、ギリギリ間に合いました。

 心配をかけた両親を、とんでもなく泣かせました……。

「ミリィ」

「はい、旦那さま」

「ふふ、嬉しいな、もう君を家に送らなくていいかと思うと」

「あら、ご面倒でしたの?」

「君と離れるのが嫌だったに決まってるだろう」

 ハロルドさまに抱きしめられ、わたくしは身体の力を抜きました。

「旦那さま……ハル、愛してますわ」

「私に先に言わせてよ。……愛してる、ミリィ」

 初夜はもう……とても優しくしていただきました。


▼△▼△


 それから1年の勉強期間を経て、ハロルドはカーディス公爵家の持っている爵位のひとつ、ディスト侯爵を継ぎまして、領地に引っ越しました。

 ハロルドは、この引っ越しをそれは楽しみにしていたみたいで。

公爵家カーディスの後継でもないのに、兄上より先に公爵家あそこで子どもを作る訳にはいかないでしょう」

 という訳で、夜の営みはかなり控えめに、しかもお子が出来ないよう、気をつけていたらしく、とっても大変だったみたいです。
 主に、精神的に。

「だから、ごめんね。今日は、寝かせてあげられない」

 にっこりといい笑顔で、わたくしは夕方から寝室に連れ込まれました。

 それはもう、スゴかったですわ……。次の日に起き上がれない、という体験もいたしました……いえ、知りたくなかったです。

 わたくしはすぐに身籠り、男の子を出産いたしました。
 そうしたら、ハロルドがトラウマを抱えました。

「ミリィをあんなに苦しめるなら、もう子どもなんかいらない!!」

「まあ、旦那さま。わたくしは、あなたのお子だから、欲しいのですわ。辛くても、苦しくても、あなたのお子ですもの」

「だが!」

「旦那さまは、わたくしにもうお子をくださいませんの?この子も、1人では可哀想ですわ」

「ミリィ……」

 わたくしの懇願に負けたハロルドは、再び夜の営みに励んでくださいまして、2年後、今度は双子の女の子を出産いたしました。

 カーディスのご両親が、メロメロになりました。

 公爵家の血筋に、久しぶりに生まれた女の子だそうですわ。

「幸せですわねぇ……」

「ん?何だい、突然」

「幸せな光景だと思いませんこと?」

 ベビーベッドに眠る双子、それを覗き込む小さな兄、蕩けるような目で見ているご両親。

「そうだね」

 ハロルドは、わたくしをギュッと抱きしめました。

「愛してるよ、奥さん」

「わたくしもですわ、旦那さま」


▼△▼△


 それから3年ほど経ちまして、わたくしはまたお子を授かっています。お腹が少しふっくらして来まして、ハロルドが毎日話しかけています。

「お腹の君!聞こえるかい?どうか、お父さまに似て生まれて来るのだよ!もちろん、お母さま似でもいいけど!お父さまは寂しい」

「……まあ、上のお子はカーディスのお義父さま似で、双子はあなたの血を感じない程わたくし似ですものね」

「そうなんだよ!私は母似だから、私に似た子がいないんだ!……何故か、兄上のとこの子と似てるけど」

「叔父と甥ですもの」

「私は、うちに似た子が欲しい」

「ふふ、こればっかりは望むだけ無駄ですわねぇ」

「うう、判ってる……」

 グズグズと出勤を伸ばしていたハロルドが渋々出かけたあと、わたくしは編み物をしていました。

「奥方さま」

「はい?」

 部屋に入ってきた家令が、何とも困った表情をしております。

「どうかして?」

「その……お客さまなのですが」

「まあ。どなた?」

「それが……ポルカ伯爵子息と」

「……はあ?」

 ポルカ伯爵子息って、あのライルさま?わたくしとの結婚を考え直しに行ったまま、帰って来なかった?

 何故、今ここに?

「御用をお聞きしたのですが、奥方さまに会えば判る、としか仰らなくて」

「は?わたくしは判りませんが」

「どういたしましょう?」

 どういたしましょうって……放っておく訳にはいきませんしねぇ。

「誰か、旦那さまにお知らせして。……念のためですわ」

「はい」

 わたくしは仕方なく、家令と護衛3人と侍女とメイドを引き連れて応接間に参りました。
 お子がおりますので、何かあったら大変ですもの。

「ミリア!」

 部屋に入りますと、ポルカ伯爵子息はいきなり跪き、持っていた真っ赤な薔薇の花をわたくしに差し出しました。

「待たせてごめんね!考えがまとまったから、戻って来たよ!もちろん、キミと結婚しても大丈夫ってね!ミリア、どうか結婚してください!!」

「……頭は大丈夫ですの?」

 わたくしは思わず、淑女らしからぬ言葉を投げかけてしまいました。
 あれから何年経ったと思ってますの⁉︎わたくし、待つと言ったのは1年だけですわよ!

「何を言ってるんだい?ああ、待たせたから怒ってるんだね。悪かったよ、なかなか考えがまとまらなくてさ」

「あの、ここがどこか判ってます?ここはディスト侯爵家で、ラメル伯爵家わたくしの実家ではありませんのよ。つまり、わたくしは」

「判ってる!待ちきれなかったんだよね?だから、誰でもいいから偽りの結婚をしたんだろう?もちろん、白い結婚……」

 笑ったまま顔を上げたポルカ伯爵子息の表情が、不意に強張りました。視線を上げたので、わたくしのお腹に気づいたみたいですわ。

「う、う、う、裏切り者っっっ!!!」

「……いえあの」

「この淫乱!阿婆擦れ!!ボク以外の男と寝たのか!ボクという婚約者がありながら!!」

「……ですから」

「裁判だ!!訴えてやる!!!」

 立ち上がって殴りかかろうとしたポルカ伯爵子息を、護衛が簡単に組み伏せました。……この方、合計……えっと、9年くらい旅をしていたのではなくて?よく、身体をまったく鍛えず無事でしたわね。……まさか、ずっと護衛がついていたのかしら。

「あなたとの婚約は、8年も前に円満に解消されております」

「ウソだ!ボクはサインしてない!本人のサインがなければ、婚約は破棄できない筈だ!!」

「……それは、本人同士が婚約した場合でしょう。わたくしとあなたの場合、婚約当時まだ6歳だったのですから、婚約証明書にサインしたのは双方の父親です。破棄するのも父親2人のサインで出来ますわよ」

「……え?じゃあ、キミはボクがいなくても勝手に婚約を破棄出来たのか?」

「円満解消ですわ」

 幼い頃の婚約が家同士で解消されたのなら、政略結婚の旨みがなくなったのだ、と説明できますものね。
 まあ、本人ライルさまがいなくても婚約は解消出来ると判っていたから、1年は待つ、と言ったのですけど。

「ボクがいなきゃ破棄出来ない筈だったのに……だから、何年放っておいても大丈夫だと思ったのに……」

 あの、聞こえてますけど。つまり、判った上で放置してたんですね。勘違いですけど。

「どうしてくれる⁉︎ボクの人生計画が滅茶苦茶だ!!!」

「始めに滅茶苦茶にしたのは、あなたでしょう。わたくしは、1年は待つと言いました。戻って来なかったのはあなたですわ」

「だって!破棄出来ないと思ったから!……あ」

「婚約したまま放っておいても、黙って待っているべきだ、と?」

 この方って、まったく変わっていませんのね。いつまでも自分が1番で、責任を取るのが嫌いで、人のせいにする。
 本当に、何しに行ったのかしら。

「先に浮気したのもあなたでしょう?1年間で、6人でしたかしら?お盛んですこと」

「なっ⁉︎何で知って……」

「あなたには護衛が付いていましたのよ。その護衛から、両家に報告が入ってましたの。……ポルカ伯爵、泣いておられましたわ」

「だって!!」

「……あなたと話すことは何もありませんわ。どうぞ、お引き取りくださいませ」

「嫌だ!!ボクはキミと結婚するんだ!!」

「まっぴらですわ」

「まったくだ」

「あら旦那さま。……お帰りなさいませ」

「うん、ただいま。……先触れもなしに押しかけるなど、貴族としてあるまじき失態だな。ポルカ伯爵家には、厳重に抗議しておこう」

「なっ、いっ、家は、関係ないだろう!!」

「たかが伯爵子息に、そんな口を利かれる筋合いはないが」

「なっ、アンタだって!公爵家の……」

 言いかけて、ポルカ伯爵子息はモゴモゴと黙り込みました。
 まあ、公爵と伯爵では、同じ子息でも、ねぇ。それに……。

「私はディスト侯爵家当主だが、何か」

「……えっ?」

「……あなた、どこに訪ねてきたつもりなんですの?」

「とにかく、お引き取り願おう。……もう2度と、通さないがね」

 ポルカ伯爵子息は、護衛に引きずられて出ていきました。わたくしは、大きな薔薇の花束をその上に載せます。

「必要ないので、持ち帰ってくださいませ。わたくし、旦那さま以外の方から、花を貰いたくありませんもの」

「ミリアぁぁー!!」

 そんなに嘆くくらいなら、戻って来れば良かったではありませんか。

「いくら何でも、遅過ぎません?」

 水をやらない花は、枯れてしまいますのよ。


▼△▼△


 わたくしが、今度こそハロルドにそっくりな男の子を産んで、ハロルドの涙腺が決壊していた頃。

 ポルカ伯爵子息の噂を聞きました。

 1度戻ってきた子息は、既に代替わりしていた伯爵家に居座ろうとしましたが、何もせずに浪費ばっかりしようとして、結局追い出されたようです。

 慣れた旅をするつもりだったのでしょうが、今度は誰も子息に護衛を付けませんでした。追い出されたのだから、当然ですが。

 そのあとの消息は、誰も知りません。護衛の報告もありませんからね。

 もしかしたら、ハロルドはご存知かもしれませんが。
 わたくしは、興味がございません。

 わたくしは、愛する家族たちと、これからも幸せに生きますわ。

 まだ涙腺がちょっぴり壊れている旦那さまと、愛しい子どもたちと。

「愛してますわ、旦那さま」

「私もだよ、ミリィ」
感想 4

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みんなの感想(4件)

votoms
2026.02.26 votoms

仮に「本人でなければ破棄できない」としても、例外規定はある
裁判で負けた場合や、一方がその家名を失った場合だな
浮気旅行の記録があれば、裁判で負ける道理もないし
浮気旅行を9年もしておいて、家に籍が残ってると思うのか?
…作中だと残ってるように見えるなあ…前伯爵は何を考えてるんだ?

ライルはまあ…跡継ぎ騒動回避のために実家が処分しただろう
ハロルドはその辺の情報を持ってるだけで、手出しはしてないと

2026.02.26 碧水 遥

 感想ありがとうございます😊

 そもそも、婚約破棄できない、と思い込んでいたのはライルだけでした。
 両家の話し合いで解決できるので、わざわざ裁判するまでもないという。
 本当になんで、そんなこと思い込んでたんでしょうね……。

解除
与三振王
2025.07.14 与三振王

>>ハロルド様はご存知
あ……(察し)
まあしょうがないね、生かしておいて将来復讐とかで子供誘拐とかするかもしれんし

2025.07.14 碧水 遥

あっ、察されてしまった(笑)

でも、手は出してないはず!多分きっと、後ろめたいことはしてないはず(笑)

感想ありがとうございました😊

解除
きらさび
2023.06.28 きらさび

うん、おバカな元婚約者は多分きっと野垂れ死にね( *˙ω˙*)و グッ!

解除

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