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女神さま……!
「急がせてしまったみたいで、すまない」
「いえ、わたくしが久しぶりに早駆けしたかっただけですわ」
キリリとした美女のヘンリエッタは、美麗な男装──ではなく、簡素な乗馬服を身に纏っていた。
クローディアスの謝罪をにっこり笑ってかわすと、ヘンリエッタは王族の私室近くの控室に向かった。
プライベート空間とは言え、あの格好では中に入れない。
それを見送って、クローディアスは執務室に戻るべく歩き出した。
「まったく……何で私が出迎えてるんだ。ルイズフェルドはどうした」
思わず、といった呟きに、レイモンドは肩を竦めた。
「部屋にこもっておられますね」
「本当にもう、どいつもこいつも……!」
クローディアスは部屋に着くと、すぐに執務を始めた。
ジェレミーは、あれから登城していない。
自分がいなくて困ればいい、とでも思っているのかもしれないが、実際には邪魔が減って仕事が滞らなくなった。
それがまた、逆に物悲しい。
「ジルは……あまり側近には向いていないな」
「視野の広い方ではありませんからね」
「しかも、勝手に投げ出すようでは、な……」
まあ、候補でしかないのだから、勝手に来なくなろうが、仕事が出来なかろうが、関係ないと言えばない。が、ジェレミーはもう、まともな仕事には就けないだろう。
「誤字発見の役には立ってたんだが」
「……それしかやらなくなってしまいましたが」
「…………」
書類には、誤字があってはならない。当たり前である。
ジェレミーは以前、既に清書されていた書類の誤字を発見し、皆に助かったと礼を言われた。
自分より歳上の、出来る文官たちにこぞって褒められたのが、それは嬉しかったに違いない。
だからといって、そればかりに専念されても困るのだ。
しかも、誤字発見に努めるあまり、その書類全体を見ていない。
延々と時間をかけて精査していた書類が、そもそも王太子の執務室に回されるべきものではなかった時には、脱力したものだ。
「しかし……側近なしという訳にもいかないか」
「今はまだよろしいですが……ご卒業なさると、手が回らなくなるでしょうね」
「……きみは武官だしなぁ」
「勤務中に手を塞ぐことは出来ません」
「判っている。……差し当たっては、どうするかな……」
それからは無言で書類を片付けていると、扉がノックされた。
レイモンドが応対すると、弟とその婚約者だという。
クローディアスは机の上の書類を片付けてから、入室許可を出した。
「お仕事中に、申し訳ございません」
「いや、構わないよ。ルイズフェルドと話は出来たかな」
「はい、色々と」
ヘンリエッタは、話し合いの内容をかいつまんで説明した。
ルイズフェルドは浮気をした訳ではないこと。
キスどころか手さえ握ってない!と主張し、ヘンリエッタもそれを嘘ではないと納得した。
ヘンリエッタにも悪いところがあったこと。
ルイズフェルドが嫌がりそうなことは、先回りしてやってしまっていた。どうせ頼まれるのだから、と。
「ですから、これからは一緒にやることにしました」
「そうか。……あなたはそれでいいのか?弟が面倒をかけているのは事実だろう?」
先程の乗馬服からドレスに着替えたヘンリエッタは、かすかに頬を赤らめ、嬉しそうに笑った。
「もちろんです。わたくし、どうしてもルイが好きなんですよ」
「リエッタ……!」
感激したように目を潤ませる弟を尻目に、クローディアスは思わずヘンリエッタに向かって祈りを捧げた。
「あなたが女神か……!」
「やっ、やめてください殿下!何でわたくしに祈るんですか!」
「いや、女神さまには祈りを捧げなくては……」
「兄上ぇ⁉︎」
ルイズフェルドがソファから立ち上がり、兄に詰め寄ろうとし、それをヘンリエッタが止めようとし、クローディアスは未だ祈っている状況に、呆れたレイモンドは大きく咳払いをした。
「……失礼。少し疲れているのかもしれん」
ハッとして、いきなり真面目な顔を作ったクローディアスに、ヘンリエッタは殊更イイ笑顔を向けた。
「……殿下。悪いことは申しません、もう少しエヴァに頼るとよろしいかと」
「エヴァに?しかし……ただでさえ負担をかけているのに、これ以上心配までさせるのは」
眉を下げたクローディアスに、ヘンリエッタは首を振った。
「いつものスパイスクッキーを、たくさん頼むといいですよ。きっと、すっ飛んで来てくれます」
「……だが」
「何ごとも一緒に、ですよ、殿下」
「女神さま……!」
今度は兄弟に祈りを捧げられたヘンリエッタは、真っ赤になってルイズフェルドを引きずりながら、執務室から出ていった。
「あー、レイモンド」
薄っすら赤くなってそっぽを向きながら、クローディアスはレイモンドを呼んだ。
「はい、殿下」
「エヴァに、連絡を取ってくれるか。クッキーを焼いて欲しいと」
普段無表情なレイモンドは、珍しく口角を上げた。
「かしこまりました」
「いえ、わたくしが久しぶりに早駆けしたかっただけですわ」
キリリとした美女のヘンリエッタは、美麗な男装──ではなく、簡素な乗馬服を身に纏っていた。
クローディアスの謝罪をにっこり笑ってかわすと、ヘンリエッタは王族の私室近くの控室に向かった。
プライベート空間とは言え、あの格好では中に入れない。
それを見送って、クローディアスは執務室に戻るべく歩き出した。
「まったく……何で私が出迎えてるんだ。ルイズフェルドはどうした」
思わず、といった呟きに、レイモンドは肩を竦めた。
「部屋にこもっておられますね」
「本当にもう、どいつもこいつも……!」
クローディアスは部屋に着くと、すぐに執務を始めた。
ジェレミーは、あれから登城していない。
自分がいなくて困ればいい、とでも思っているのかもしれないが、実際には邪魔が減って仕事が滞らなくなった。
それがまた、逆に物悲しい。
「ジルは……あまり側近には向いていないな」
「視野の広い方ではありませんからね」
「しかも、勝手に投げ出すようでは、な……」
まあ、候補でしかないのだから、勝手に来なくなろうが、仕事が出来なかろうが、関係ないと言えばない。が、ジェレミーはもう、まともな仕事には就けないだろう。
「誤字発見の役には立ってたんだが」
「……それしかやらなくなってしまいましたが」
「…………」
書類には、誤字があってはならない。当たり前である。
ジェレミーは以前、既に清書されていた書類の誤字を発見し、皆に助かったと礼を言われた。
自分より歳上の、出来る文官たちにこぞって褒められたのが、それは嬉しかったに違いない。
だからといって、そればかりに専念されても困るのだ。
しかも、誤字発見に努めるあまり、その書類全体を見ていない。
延々と時間をかけて精査していた書類が、そもそも王太子の執務室に回されるべきものではなかった時には、脱力したものだ。
「しかし……側近なしという訳にもいかないか」
「今はまだよろしいですが……ご卒業なさると、手が回らなくなるでしょうね」
「……きみは武官だしなぁ」
「勤務中に手を塞ぐことは出来ません」
「判っている。……差し当たっては、どうするかな……」
それからは無言で書類を片付けていると、扉がノックされた。
レイモンドが応対すると、弟とその婚約者だという。
クローディアスは机の上の書類を片付けてから、入室許可を出した。
「お仕事中に、申し訳ございません」
「いや、構わないよ。ルイズフェルドと話は出来たかな」
「はい、色々と」
ヘンリエッタは、話し合いの内容をかいつまんで説明した。
ルイズフェルドは浮気をした訳ではないこと。
キスどころか手さえ握ってない!と主張し、ヘンリエッタもそれを嘘ではないと納得した。
ヘンリエッタにも悪いところがあったこと。
ルイズフェルドが嫌がりそうなことは、先回りしてやってしまっていた。どうせ頼まれるのだから、と。
「ですから、これからは一緒にやることにしました」
「そうか。……あなたはそれでいいのか?弟が面倒をかけているのは事実だろう?」
先程の乗馬服からドレスに着替えたヘンリエッタは、かすかに頬を赤らめ、嬉しそうに笑った。
「もちろんです。わたくし、どうしてもルイが好きなんですよ」
「リエッタ……!」
感激したように目を潤ませる弟を尻目に、クローディアスは思わずヘンリエッタに向かって祈りを捧げた。
「あなたが女神か……!」
「やっ、やめてください殿下!何でわたくしに祈るんですか!」
「いや、女神さまには祈りを捧げなくては……」
「兄上ぇ⁉︎」
ルイズフェルドがソファから立ち上がり、兄に詰め寄ろうとし、それをヘンリエッタが止めようとし、クローディアスは未だ祈っている状況に、呆れたレイモンドは大きく咳払いをした。
「……失礼。少し疲れているのかもしれん」
ハッとして、いきなり真面目な顔を作ったクローディアスに、ヘンリエッタは殊更イイ笑顔を向けた。
「……殿下。悪いことは申しません、もう少しエヴァに頼るとよろしいかと」
「エヴァに?しかし……ただでさえ負担をかけているのに、これ以上心配までさせるのは」
眉を下げたクローディアスに、ヘンリエッタは首を振った。
「いつものスパイスクッキーを、たくさん頼むといいですよ。きっと、すっ飛んで来てくれます」
「……だが」
「何ごとも一緒に、ですよ、殿下」
「女神さま……!」
今度は兄弟に祈りを捧げられたヘンリエッタは、真っ赤になってルイズフェルドを引きずりながら、執務室から出ていった。
「あー、レイモンド」
薄っすら赤くなってそっぽを向きながら、クローディアスはレイモンドを呼んだ。
「はい、殿下」
「エヴァに、連絡を取ってくれるか。クッキーを焼いて欲しいと」
普段無表情なレイモンドは、珍しく口角を上げた。
「かしこまりました」
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