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1話
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「殿下、お待ちくださいませ。本日のレセプションで、お耳に入れたいことが」
「また茶会の話か」
「はい。あの……」
フロリアーナは登校してからずっと、婚約者であるレオナード王子を捜していたが見つからず、ようやく生徒会室前で捕まえたのは、もう放課後だった。
今夜行われるレセプションまで、時間がない。
「うるさい」
「……殿下?」
「よくもそんなくだらないことを、私の耳に入れようと思うな。貴様のお遊びの話など、聞く価値もないわ」
冷たく蔑むような目で睨まれ、フロリアーナは口を噤んだ。
「まあ、レオンさま。どんな些細なことでも報告しよう、という愚かな……いえ、健気な心掛けを、無下になさってはいけませんわ」
レオナードを宥めたのは、生徒会副会長のディアーナ・レットゥーラ伯爵令嬢である。
確かに有能ではあるディアーナは、何の能もない癖に、公爵令嬢だというだけでレオナードの婚約者であるフロリアーナが、大変に気に入らなかった。
「……ふ、ディアは優しいな。だが、価値のないことに割く時間などない。……退け」
「お……お待ちください、これだけは聞いて……」
「邪魔だと言っている!!」
レオナードは、腕で思い切りフロリアーナを払い除けた。華奢な身体は簡単によろけて尻餅を付き、思わず俯く。
「ふん、無様だな。……貴様は今夜、レセプションに参加する必要はない。私は生徒会長として、副会長であるディアをエスコートするからな」
「レオンさまったら。……まあ、そういうことですから、いらしても無駄ですわよ?」
「時間がない、行くぞ、ディア。……君のドレス姿が楽しみだな」
「贈っていただいたあのドレス、とってもお気に入りですの」
「そうか、選んだ甲斐があったな」
婚約者でもないのに愛称を呼び合い、とんでもない会話をしながら、2人は歩き去った。
フロリアーナは立ち上がろうとして、思わず顔を歪めた。
「いた……」
「フロリー!!」
「あ……」
ギリギリ走ってはいない速度で近づいて来たのは、レオナードの姉であるアナスタシアだった。
「大丈夫⁉︎……ではないわね。まったく、あの愚弟!フロリーに怪我をさせるなんて!!」
「アナスタシア殿下……」
「アニーと呼びなさいな。……そこの護衛、フロリーを運んでちょうだい」
「……アニーさま、1人で歩きますわ」
「ダメですわ」
「ですが……」
「ダメ、ですわ」
「……はい」
フロリアーナはしゅんとして、大人しく抱き上げられた。そのまま救護室へと向かう。
「本当にごめんなさいね。愚弟に代わってお詫びするわ」
「いえ……わたくしが殿下を怒らせたのが悪いのですもの。……あの、アニーさま」
「なあに?」
「あの、今夜のレセプションなのですけれど」
「ええ」
「隣国の大使のお孫さまが、生まれてすぐお亡くなりになったそうですの。お生まれになったことは皆さまご存知ですから、周りからお祝いをいただいて……とても、お辛い思いをなさっておられるそうですわ」
「な……!」
アナスタシアは、思わず絶句した。確かに自分も、大使の孫が生まれたことは知っていた。しかし……もう亡くなっていたとは……。
うっかり『おめでとうございます』なんて言ったら、大変なことになるところだった。
「それを、あの愚弟は聞いたの?」
「……いえ」
「ほんっとうに愚か者ね、あの莫迦は!!……ごめんなさいね、フロリー。あなたは精一杯努力してくださっているのに……」
「わたくしが殿下に嫌われているのは、昔からですもの。ですから、わたくしのことはよろしいのです。……どうか、レセプションでのことを……」
「ええ、わたくしがあの愚弟をフォローしますわ。……それにしても、ほんっとに腹の立つ……!」
アナスタシアは、フロリアーナが無能などではないことを、とても良く知っていた。1つ違いで、同じく王太子に嫁ぐ身である。ずっと、同じ教育を受けて育って来たのだ。
アナスタシアの婚約者は、今夜レセプションを行う、隣国の王太子なので。
「アニーさま。あなたがそうやって怒ってくださるから、わたくしは大丈夫ですわ」
フロリアーナが、儚げな微笑を浮かべる。
そう、フロリアーナの容姿にも、問題はなくもなかった。
絶世の美少女なのは、間違いない。ただ、どうしても儚げなのだ。ふわふわと波打つ淡い金色の髪も、透けるような水色の瞳も、透き通るような白い肌も。
「ああ、もう!!」
アナスタシアは、思わずフロリアーナを抱きしめた。
その儚げな容姿はどうしても庇護欲をそそり、それが余計に、上に立つ者としての能力が不足しているように見える。
「本当に能力がないのなら、わたくしと同じ教育なんて、続けられる筈がないのにね」
「……それは、まあ……」
「どうしてそんな簡単なことにさえ気づかないのかしら」
「気づいておられても、ですわ。……殿下は、わたくしを勉強が出来るだけの人形だと思っておいでですから。……しかも、遊び好きで浪費の酷い」
「アホですわ」
「アニーさまったら……」
思わずくすくす笑い出し、フロリアーナは立ち上がろうとして、アナスタシアに止められた。
「馬車まで送りますわ。……お願い」
「はっ」
護衛は再び、フロリアーナを抱き上げた。
「また茶会の話か」
「はい。あの……」
フロリアーナは登校してからずっと、婚約者であるレオナード王子を捜していたが見つからず、ようやく生徒会室前で捕まえたのは、もう放課後だった。
今夜行われるレセプションまで、時間がない。
「うるさい」
「……殿下?」
「よくもそんなくだらないことを、私の耳に入れようと思うな。貴様のお遊びの話など、聞く価値もないわ」
冷たく蔑むような目で睨まれ、フロリアーナは口を噤んだ。
「まあ、レオンさま。どんな些細なことでも報告しよう、という愚かな……いえ、健気な心掛けを、無下になさってはいけませんわ」
レオナードを宥めたのは、生徒会副会長のディアーナ・レットゥーラ伯爵令嬢である。
確かに有能ではあるディアーナは、何の能もない癖に、公爵令嬢だというだけでレオナードの婚約者であるフロリアーナが、大変に気に入らなかった。
「……ふ、ディアは優しいな。だが、価値のないことに割く時間などない。……退け」
「お……お待ちください、これだけは聞いて……」
「邪魔だと言っている!!」
レオナードは、腕で思い切りフロリアーナを払い除けた。華奢な身体は簡単によろけて尻餅を付き、思わず俯く。
「ふん、無様だな。……貴様は今夜、レセプションに参加する必要はない。私は生徒会長として、副会長であるディアをエスコートするからな」
「レオンさまったら。……まあ、そういうことですから、いらしても無駄ですわよ?」
「時間がない、行くぞ、ディア。……君のドレス姿が楽しみだな」
「贈っていただいたあのドレス、とってもお気に入りですの」
「そうか、選んだ甲斐があったな」
婚約者でもないのに愛称を呼び合い、とんでもない会話をしながら、2人は歩き去った。
フロリアーナは立ち上がろうとして、思わず顔を歪めた。
「いた……」
「フロリー!!」
「あ……」
ギリギリ走ってはいない速度で近づいて来たのは、レオナードの姉であるアナスタシアだった。
「大丈夫⁉︎……ではないわね。まったく、あの愚弟!フロリーに怪我をさせるなんて!!」
「アナスタシア殿下……」
「アニーと呼びなさいな。……そこの護衛、フロリーを運んでちょうだい」
「……アニーさま、1人で歩きますわ」
「ダメですわ」
「ですが……」
「ダメ、ですわ」
「……はい」
フロリアーナはしゅんとして、大人しく抱き上げられた。そのまま救護室へと向かう。
「本当にごめんなさいね。愚弟に代わってお詫びするわ」
「いえ……わたくしが殿下を怒らせたのが悪いのですもの。……あの、アニーさま」
「なあに?」
「あの、今夜のレセプションなのですけれど」
「ええ」
「隣国の大使のお孫さまが、生まれてすぐお亡くなりになったそうですの。お生まれになったことは皆さまご存知ですから、周りからお祝いをいただいて……とても、お辛い思いをなさっておられるそうですわ」
「な……!」
アナスタシアは、思わず絶句した。確かに自分も、大使の孫が生まれたことは知っていた。しかし……もう亡くなっていたとは……。
うっかり『おめでとうございます』なんて言ったら、大変なことになるところだった。
「それを、あの愚弟は聞いたの?」
「……いえ」
「ほんっとうに愚か者ね、あの莫迦は!!……ごめんなさいね、フロリー。あなたは精一杯努力してくださっているのに……」
「わたくしが殿下に嫌われているのは、昔からですもの。ですから、わたくしのことはよろしいのです。……どうか、レセプションでのことを……」
「ええ、わたくしがあの愚弟をフォローしますわ。……それにしても、ほんっとに腹の立つ……!」
アナスタシアは、フロリアーナが無能などではないことを、とても良く知っていた。1つ違いで、同じく王太子に嫁ぐ身である。ずっと、同じ教育を受けて育って来たのだ。
アナスタシアの婚約者は、今夜レセプションを行う、隣国の王太子なので。
「アニーさま。あなたがそうやって怒ってくださるから、わたくしは大丈夫ですわ」
フロリアーナが、儚げな微笑を浮かべる。
そう、フロリアーナの容姿にも、問題はなくもなかった。
絶世の美少女なのは、間違いない。ただ、どうしても儚げなのだ。ふわふわと波打つ淡い金色の髪も、透けるような水色の瞳も、透き通るような白い肌も。
「ああ、もう!!」
アナスタシアは、思わずフロリアーナを抱きしめた。
その儚げな容姿はどうしても庇護欲をそそり、それが余計に、上に立つ者としての能力が不足しているように見える。
「本当に能力がないのなら、わたくしと同じ教育なんて、続けられる筈がないのにね」
「……それは、まあ……」
「どうしてそんな簡単なことにさえ気づかないのかしら」
「気づいておられても、ですわ。……殿下は、わたくしを勉強が出来るだけの人形だと思っておいでですから。……しかも、遊び好きで浪費の酷い」
「アホですわ」
「アニーさまったら……」
思わずくすくす笑い出し、フロリアーナは立ち上がろうとして、アナスタシアに止められた。
「馬車まで送りますわ。……お願い」
「はっ」
護衛は再び、フロリアーナを抱き上げた。
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