愛する人の手を取るために

碧水 遥

文字の大きさ
2 / 8

1話

しおりを挟む
「殿下、お待ちくださいませ。本日のレセプションで、お耳に入れたいことが」

「また茶会の話か」

「はい。あの……」

 フロリアーナは登校してからずっと、婚約者であるレオナード王子を捜していたが見つからず、ようやく生徒会室前で捕まえたのは、もう放課後だった。
 今夜行われるレセプションまで、時間がない。

「うるさい」

「……殿下?」

「よくもそんなくだらないことを、私の耳に入れようと思うな。貴様のお遊びの話など、聞く価値もないわ」

 冷たく蔑むような目で睨まれ、フロリアーナは口を噤んだ。

「まあ、レオンさま。どんな些細なことでも報告しよう、という愚かな……いえ、健気な心掛けを、無下になさってはいけませんわ」

 レオナードを宥めたのは、生徒会副会長のディアーナ・レットゥーラ伯爵令嬢である。
 確かに有能ではあるディアーナは、何の能もない癖に、公爵令嬢だというだけでレオナードの婚約者であるフロリアーナが、大変に気に入らなかった。

「……ふ、ディアは優しいな。だが、価値のないことに割く時間などない。……退け」

「お……お待ちください、これだけは聞いて……」

「邪魔だと言っている!!」

 レオナードは、腕で思い切りフロリアーナを払い除けた。華奢な身体は簡単によろけて尻餅を付き、思わず俯く。

「ふん、無様だな。……貴様は今夜、レセプションに参加する必要はない。私は生徒会長として、副会長であるディアをエスコートするからな」

「レオンさまったら。……まあ、そういうことですから、いらしても無駄ですわよ?」

「時間がない、行くぞ、ディア。……君のドレス姿が楽しみだな」

「贈っていただいたあのドレス、とってもお気に入りですの」

「そうか、選んだ甲斐があったな」

 婚約者でもないのに愛称を呼び合い、とんでもない会話をしながら、2人は歩き去った。
 フロリアーナは立ち上がろうとして、思わず顔を歪めた。

「いた……」

「フロリー!!」

「あ……」

 ギリギリ走ってはいない速度で近づいて来たのは、レオナードの姉であるアナスタシアだった。

「大丈夫⁉︎……ではないわね。まったく、あの愚弟!フロリーに怪我をさせるなんて!!」

「アナスタシア殿下……」

「アニーと呼びなさいな。……そこの護衛、フロリーを運んでちょうだい」 

「……アニーさま、1人で歩きますわ」

「ダメですわ」

「ですが……」

、ですわ」

「……はい」

 フロリアーナはしゅんとして、大人しく抱き上げられた。そのまま救護室へと向かう。

「本当にごめんなさいね。愚弟に代わってお詫びするわ」

「いえ……わたくしが殿下を怒らせたのが悪いのですもの。……あの、アニーさま」

「なあに?」

「あの、今夜のレセプションなのですけれど」

「ええ」

「隣国の大使のお孫さまが、生まれてすぐお亡くなりになったそうですの。お生まれになったことは皆さまご存知ですから、周りからお祝いをいただいて……とても、お辛い思いをなさっておられるそうですわ」

「な……!」

 アナスタシアは、思わず絶句した。確かに自分も、大使の孫が生まれたことは知っていた。しかし……もう亡くなっていたとは……。
 うっかり『おめでとうございます』なんて言ったら、大変なことになるところだった。

「それを、あの愚弟は聞いたの?」

「……いえ」

「ほんっとうに愚か者ね、あの莫迦は!!……ごめんなさいね、フロリー。あなたは精一杯努力してくださっているのに……」

「わたくしが殿下に嫌われているのは、昔からですもの。ですから、わたくしのことはよろしいのです。……どうか、レセプションでのことを……」

「ええ、わたくしがあの愚弟をフォローしますわ。……それにしても、ほんっとに腹の立つ……!」

 アナスタシアは、フロリアーナが無能などではないことを、とても良く知っていた。1つ違いで、同じく王太子に嫁ぐ身である。ずっと、同じ教育を受けて育って来たのだ。
 アナスタシアの婚約者は、今夜レセプションを行う、隣国の王太子なので。

「アニーさま。あなたがそうやって怒ってくださるから、わたくしは大丈夫ですわ」

 フロリアーナが、儚げな微笑を浮かべる。

 そう、フロリアーナの容姿にも、問題はなくもなかった。
 絶世の美少女なのは、間違いない。ただ、どうしても儚げなのだ。ふわふわと波打つ淡い金色の髪も、透けるような水色の瞳も、透き通るような白い肌も。

「ああ、もう!!」

 アナスタシアは、思わずフロリアーナを抱きしめた。
その儚げな容姿はどうしても庇護欲をそそり、それが余計に、上に立つ者としての能力が不足しているように見える。

「本当に能力がないのなら、わたくしと同じ教育なんて、続けられる筈がないのにね」

「……それは、まあ……」

「どうしてそんな簡単なことにさえ気づかないのかしら」

「気づいておられても、ですわ。……殿下は、わたくしを勉強が出来るだけの人形だと思っておいでですから。……しかも、遊び好きで浪費の酷い」

「アホですわ」

「アニーさまったら……」

 思わずくすくす笑い出し、フロリアーナは立ち上がろうとして、アナスタシアに止められた。

「馬車まで送りますわ。……お願い」

「はっ」

 護衛は再び、フロリアーナを抱き上げた。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……

小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。 この作品は『小説家になろう』でも公開中です。

無表情な奴と結婚したくない?大丈夫ですよ、貴方の前だけですから

榎夜
恋愛
「スカーレット!貴様のような感情のない女となんて結婚できるか!婚約破棄だ!」 ......そう言われましても、貴方が私をこうしたのでしょう? まぁ、別に構いませんわ。 これからは好きにしてもいいですよね。

婚約破棄されましたが、貴方はもう王太子ではありませんよ

榎夜
恋愛
「貴様みたいな悪女とは婚約破棄だ!」 別に構いませんが...... では貴方は王太子じゃなくなりますね ー全6話ー

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

結婚が決まったそうです

ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。 文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

いつから恋人?

ざっく
恋愛
告白して、オーケーをしてくれたはずの相手が、詩織と付き合ってないと言っているのを聞いてしまった。彼は、幼馴染の女の子を気遣って、断れなかっただけなのだ。

あなたに愛されたいと願う私は愚か者だそうです、婚約者には既に心に決めた人が居ました。

coco
恋愛
「俺に愛されたい?お前は愚かな女だな。」 私の愛の言葉は、そう一蹴された。 何故なら、彼には既に心に決めた人が居たのだから─。

処理中です...