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第六章 貴方と……合体したいッ!

感謝する、絶倫皇子

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「言うべきなのか、言わないべきなのか……」

 ヒューゴは非常に悩んでいた。
イングリッド姫様に似ている人が高級娼婦として活躍していると伝えるべきなのか、かれこれ三十分以上は考え込んでいる。

 僕自身、イング嬢=イングリッド姫様という方程式が拭えないでいる。一卵性の双子ではない限り、あんなに似た人間がこの世に存在するとは思わないからだ。

「でも……万が一違っていたら、グレンを落ち込ませてしまうかもしれないよな」

 初っ端の合同授業で見たグレンの顔色はゾンビそのものだった。授業中にブツブツと独り言を呟き、時々薄らと笑みを浮かべている姿を見てしまったのもあって言い出せずにいる。

「う~~、僕がイング嬢を迎えに行って、そのままお付き合いを申し込むのもアリなんだけど……さすがにグレンに言った方が良いよなぁ。でも、僕はイングリッド姫様は異性として好きだし、グレンは僕の親友だし……はぁ、どうしよう」

 どちらも愛すべき大切な人だ。
イング嬢好きな人を取るかグレン親友を取るか。今のヒューゴにとっては究極の選択であった。

「はぁ……本当に僕って優柔不断だ」

 どうしようもなく項垂れていると、コンコンコン……と控えめにノックが三回鳴った。

「……はい」
「ヒューゴ、そこにいるんだろ?」
「リ、リベリオ?」

 なんと、最近別れたばかりのリベリオがドア一枚隔てた向こう側にいる。

 彼とは円満に別れたので気まずくはないのだが、用がない限りは連絡しないように努めていた。久しぶりに話すせいか、ほんの少しだけ緊張してしまう。

「入ってもいいか?」
「ちょっと待って、僕がそっちに行くから!」

 ヒューゴは慌てて椅子から立ち上がると、医務室の扉を開けたすぐ目の前にリベリオはいた。

 付き合っていた頃と変わらない余裕のある表情。そして、柑橘系の爽やかな香り。黒髪の間から覗くグリーンの大きな目が微笑んだ影響で少し細くなった。

「……もしかして、
「はぁ……馬鹿言うな。グレンは薬の影響であの通り寝てるよ」

 僕は扉を少しだけ開け放ち、ベッドの上で寝ているグレンの様子をリベリオに確認させると「なーんだ。つまんないの」と意地悪く笑った。

 あぁ、このやり取りなんだか久々だ。そういえば、恋人同士になる前からこんな軽い感じで話してたな。ついこの間、別れたばかりなのにとても懐かしく感じる。

 リベリオはサラサラとした黒髪を掻き上げると、シルバーのピアスがキラリと光った。どこにでも売っているようなデザインのものなのに、彼が着けるとこんなにも似合うだなんて……相変わらずイケメンで羨ましい。

 とりあえず、いつも通りでいよう。自分で別れを決めたんだし、彼の元には余程の理由がない限り戻らないって決めているのだ。

「それにしてもだ。グレンはお前のだったはずなのに、手を出さないなんてヒューゴは偉いなぁ?」
「それは、昔の話だ。それで? 何か用がここにあって来たんだろ?」
「そうそう、これを見せようと思って」

 リベリオが一枚の宣伝ポスターを見せびらかしてきた。

「こ、これは……!!」

 VIP会員限定のランジェリーショーを開催するという告知ポスターだった。

 主催者はこの前行った高級娼館・ランデブー。どうやらイング嬢がメインで出るショーらしく、ポスターには透け透けの際どい下着を身に付けてランウェイを歩いている所を撮られたものが載せられている。

 そして、彼女は美しい笑みを浮かべながら、カメラに向かってモデルのようなポーズを決めていた。

 なんと美しいボディラインなのだろう……と俺は思わず感嘆の溜息が出た。

 形の良い大きな胸に、すらりと伸びた手足! 大事な所は際どい所で隠されているエロチシズムが掻き立てられるような宣伝ポスター……まさに芸術品そのものだ!

 よし、このポスターは家宝にしよう。

 ヒューゴは食い入るようにポスターを見つめていると、自分の股間がむくむくと膨らんでいくのを感じた。この写真が白黒じゃなくて、色が付いてたら陰茎を扱かなくともすぐに射精していたに違いない。

「こんな大きなイベントに出るなんて凄いな……」
「実はイング嬢さ、引退するんだってよ」
「い、引退!? いきなりどうして?」
「そんなのわかんねーよ。男でもできたんじゃねーの?」

 ニシシッとリベリオが笑ったのに対し、僕は足元がガラガラと崩れるような感覚を味わった。

 僕のショックを受けたような表情を見たリベリオは「冗談だよ! 男じゃないらしいから安心しろ!」と言ってケラケラと笑っていた。

「か……揶揄わないでくれよ」
「ハハッ、悪い。でも、俺よりイング嬢を選んだんだ。少し揶揄うくらい許してくれよ……っと、そんなお前に朗報だ。喜べ、VIPチケットが一枚だけ手に入ったぞ」

 チ、チケット? なんで、一枚だけ?

「本当は一緒に行きたかったんだが、人気すぎて一枚しか取れなかったんだ。俺はイング嬢には興味ないし、お前にやるよ」
「な、なんで俺なんだ?」
「そこんとこはいいからさ……VIPのチケット手に入れるの大変だったんだぞ。俺に感謝しろよな?」

 そう言ってリベリオはチケットを握らせてきた。俺がチケットを返そうとする前にヒラヒラと手を振りながら俺に背を向ける。

「おい、ちょっと––––」
「じゃあな、お前が盛大に彼女に振られるの楽しみにしてるよ! 彼女に振られたら……俺の所に戻って来いよな」

 振り向きざまにリベリオが期待しているような笑みを浮かべて、部屋から出て行った。

「~~~~~~~~~ッ!!」

 リベリオの奴、ズルいじゃないか! あぁ……もう、こんな事で気持ちが揺らいでどうする!

「反則だあの馬鹿……っとに、もぉぉぉぉ……!」

 医務室の中に入って扉を閉めた後、チケットを見つめながら、真っ赤な顔をしてしゃがみ込んだ。

 折角、リベリオへの気持ちが収まったと思ったのに! これじゃあ、振り出しへ戻っただけじゃないか!

「とりあえず、今はコレが先だ!」

 手に握られた長方形型の赤いチケットを見つめる。まるで血を連想させるような色と金色の文字でVIPと書かれていた。

「……行ってみたいな」

 本音を一人で呟く。

 イング嬢の引退ショーだ。彼女の事が好きなら絶対に見る価値はあると思った。

「……でも、グレンはどうする?」

 もし、イング嬢がイングリッド姫なら、彼が迎えに行くべきだと思う。だって、彼女はグレンの婚約者なのだから––––。

「…………う、ヒュー、ゴ?」
「グ、グレン!?」

 タイミングが良いのか悪いのか、グレンの意識が戻ったようだ。掠れた声で僕の名前を呼ぶ。

「お、おはよう……グレン」

 ぎこちなく彼に笑いかけた後、手に持っていたチケットを咄嗟に背後に隠してしまった。

 どうするべきか本気で悩んだ。このチケットを使ってイング嬢に会いに行くか、それともグレンにチケットを渡すか……。

 イング嬢にはすぐにでも会いたい。でも、彼女がイングリッド姫かもしれない可能性を考えると––––。

 うん。やっぱり、このチケットはグレンに譲るべきだ。
リベリオには怒られるかもしれないけど、彼の事だ。きっと、僕らしいなって笑って許してくれるに違いない。

「っ……すまない、ヒューゴ。お前にも迷惑をかけてるな」
「それは気にしなくて良い。…………グレン、あのさ。イング嬢に瓜二つの人を見かけたんだけど––––」

 台詞を全て言い切る前に両肩をガシッと掴まれて「どこで彼女を見た!? 些細な事で良いから、教えてくれ!」と迫られてしまった。

 グレンの顔色はまだ良くないが、彼の手がブルブルと震えている。

 僕は悟った。
この人とイングリッド姫の仲を引き裂いてはいけないと……。やっぱり、僕はグレンもイングリッド姫様も好きだから。両方幸せになって欲しいって心から思うから、俺は言う。

「シャンベリーの高級娼館で見たんだ」
「シャ、シャンベリーの高級娼館? どうして、そんな所にイングリッドが……?」
「たまたま通りかかった時に見ただけだからよく分かんなかったけど、姫様に似てたんだ。それで、その女性は今度このショーに出るらしいんだ」

 少し嘘を混ぜつつヒューゴは先程、リベリオから貰ったチケットをグレンに渡した。

「な、なんでヒューゴがこんな物を?」
「貰い物なんだ。でも、ショーに出る女性が姫様であってもなくても、グレン自身が確かめるべきだと僕は思ってる」

 そう言って僕はグレンに半ば押し付ける形でチケットを握らせた。

「でも、確証はないんだ」
「いや、行ってみる価値は十分にある! ありがとう、ヒューゴ!」
「え……あっ、いや……全然大丈夫だから」

 なんと! あの戦争狂と言われていたグレンが涙を流して僕に感謝の言葉を述べてきたではないか!

「き、気を付けて行って来いよな」
「あぁ、勿論だ!」

 グレンは早速、手渡されたチケットを見て「ショーは……今日の夜中か」と小さく独り言を言った。

 現在は既に夕方。幸いな事にショーが開催される場所は首都にあるイベント会場の地下であった。

 地下で行われるショーにあまり良いイメージはないが、行くしかあるまい。

「ヒューゴ、大学内に常駐している兵士に馬を用意させてくれ! 俺は一旦、城へ戻る! またお礼はするから!」
「あぁ、わかった」

 あぁ、神様……僕の行い間違ってないですよね?
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