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「テレビはどこに置きますか?」
「あ、えと…ここでお願いします」
そう言うと、引越し業者の人は、俺が指示した場所にテレビを置いた。
それからも次々と運ばれる荷物が部屋に運ばれていき…全ての作業が終わったのは、昼過ぎの事だった。
「荷物はこれで全部ですね。では私達はこれで」
「ありがとうございました」
引越し業者の人達を見送り、玄関のドアを閉じた俺は「ふぅ」と一息ついた。
さて、ついに始まる…俺の新生活が…!
「―――うん。今引越し終わったところ」
つい昨日進級したばかりのピカピカの大学2年生、弉城 唯19歳。
「―――いやー、やっぱ家電置くと少し狭くなるねー」
少し遅い一人暮らし。いや、一人暮らしに早いも遅いもないか。
「―――大丈夫だって。気にすんなよ」
友達に紹介されたこのアパート。家賃は安いし部屋も案外綺麗で申し分ない。
「―――…あぁ、親には後でちゃんと言うつもりだよ」
ここなら心機一転やっていけそうな気がする。
「―――片付け終わったら回るよ。―――用意してある。―――うん。言われた通りのもの買ったよ。でもほんとにあれで良いの?だって1つは完全に―――え大丈夫?丁度いい…?―――何だよ場合によっては警察呼ぶって…―――――――あははオッケ。逸樹もせいぜい頑張りたまえ。それじゃまた」
耳からスマホを離し、通話を終了した。
「よいしょっと…」
俺は立ち上がって部屋を見渡した。窓から春風が吹き渡り、桜の花びらが隙間から部屋の中に舞落ちてくる。
新たな生活の幕開け。ドキドキとワクワクで胸が膨らみ―――
「はぁ…大丈夫かな…」
―――一瞬で不安に変わった。
俺の新たなる、誰にも縛られない自由な一人暮らし…果たしてちゃんと生きていけるのだろうか…
誰にも縛られない。すなわちそれは、全て自分でやらなくてはいけない事。家事、洗濯、自炊にその他にもいろいろ…それにもしセールスが来たらどうするれば良いだろうか。万年根暗コミュ障の俺にはハードルが高すぎる。というかすぐに手玉に取られそう。
気を付けよう…うん。気を付けよう…
すると、スマホからBEAMの通知音が鳴った。
「でもまぁ、引っ越して早々悩むべきことじゃないか…」
そう呟きながら通知を見ると、逸樹からだった。
『言い忘れてたけど、明日「淵生の会」を開くから( ^o^)Г☎チンッ』
文面にはそう綴られ、次に送られてきたメッセージには時間と待ち合わせ場所が書かれていた。
「こっちの予定はがん無視かい…」
俺は小さく微笑み、『( o̴̶̷᷄ ·̭ o̴̶̷᷅ )』と返すとスマホをテーブルに置いた。
さてと…
俺は腰に手を当て、積み重なっている荷物を見渡す。
「んじゃまぁ、ダンボールの中身を片付けーーー…」
そう言いながら、俺は荷物を整理しようとしたのだが、ふと玄関のすぐ横にある窓を見て動きが止まった。
その窓からこちらを覗き込んでいる1つの人影…
「…え?」
何だ?と思い、俺は恐る恐る近づいていくと―――
「ひゃぅぁっ!?」
―――俺の影に驚いたのか、子供の悲鳴が聞こえた。何か土台が擦れる音が響き、目の前の影は慌てて走り去―――
「―――はわっ!?」
ビッターーーンッ!
だが不思議に思ったのも束の間、廊下から派手に転んだ音が響いてきた。
「!?」
俺は慌ててドアを開け、音のした方を伺った。
そこには白く透き通った長い髪、丈の長いスカートで厚着をした小さな女の子が倒れている。
「だ、だいじょう―――」
「―――~~~っ!!」
だが声をかけた瞬間、相当びっくりしたのか、電流のように体を跳ねらせ目にも止まらぬ速さで隣の部屋へと入っていった。
…だ、大丈夫…そう?てかお隣の子だったんだ…
「…ん?」
そこで、最初に今の女の子が覗いてた場所を見ると、小さい踏み台があった。
忘れ物…?
業者さんに荷物を運んでもらっているときは、この台はなかった。
…返しに行った方が良い…よね。あ、じゃあ粗品もついでに…
俺は部屋に戻ると、部屋の隅に置いてある紙袋を手に取った。
あぁ、あの子の物も返せて逸樹に言われた粗品も渡せる…隣人(自分)へのイメージアップにも繋がりなんて一石二鳥!…なんだけど。
俺には一つ、どうしても引っかかることがあった。
紙袋を開け、今一度中身を確認する。
…いや、何度も念を押されたんだ間違ってることはないと思う…
俺は粗品を持って部屋を出ると、隣の部屋ーーー201号室まで向かった。
「…!」
インターホンを押そうとする手が震える。ここに来て覚悟が定まらない。
大丈夫落ち着け…!コミュ障を発揮するな相手の目を見て冷静に爽やか笑顔で話せば大丈ーーー
「ーーーんしょっと…」
ーーー!!
そこで、突然目の前のドアが開いた。想定外のことすぎて頭が真っ白になる。
「…ん……?」
平常心を取り戻せぬまま部屋主と対面する。
…だが、部屋から出てきたのはさっきの女の子だった。
緊張がほぐれ、少し落ち着きを取り戻す。
「あ、突然ごめんねっ。今日お隣に引っ越してきた人何だけど、お家の人は―――」
しかし言葉が途中で止まる。女の子はまるで、不審者を見るような青ざめた表情でカタカタと震えていた。
…えっ?
「うっ、えっ、あっ、あ、あなたは誰ですかっ!?」
身を引きながら少女が問いかける。
「なっ、なんで恥をさらした直後に来るんですかっ…!哀れみに来たんですかっ…!」
冗談抜きで今にも泣きそうな表情をしている。
…え、え!?
「あ、ご、ごめんね!今引っ越してきたばっかりだったから挨拶しようと思って来たんだけど…!」
少女はドアを閉めようとする。
えっ!?
「あっ、えっと…!」
するとドアの向こうから声が聞こえた。
「しっ、知らない人と話しちゃ駄目って言われてるので開けませんっ…!」
ドアの向こうから声が聞こえ、次の瞬間には「ガチャッ」という鍵を閉める音が聞こえた。
………
辺りが静まり返る。
言葉に表せない虚無感。心に風が吹き、ショックを受け俺はただただ固まっていた。
自分、そんな不審者っぽいっ…!?
…だがあの感じ、きっと誰も家にいないのだと思う。
…しょうがない。時間を改めるか。あ―――
片方の手に持った物に気付く。今の女の子に小さな踏み台を返せなかった。
取り敢えずドア横に置いて―――いや、でも盗まれるかもしれない可能性ががが…
だからと言って自分の部屋で預かるにしても、後で変な誤解が生まれそうな気がする。
「………」
踏み台にはいくつものシールが張られていて大事そうな物に見える。
…しゃーない。超、超!お節介だけど…
俺はもう一度インターホンを押した。
「…………」
…やっぱり出てくる気配がない。そりゃそうだ。
後で粗品渡すついでに渡すしかないか…
因みに袋の中身は『スマイルベア』というピンクのくまのぬいぐるみ。…ただでさえ隣人への評価が「うざったい奴」になっただろうに、こんなの渡したら俺の人生終わる気がする。
「何でスマイルベアなんだ…?」
そうふと声を漏らし、部屋に戻ろうとした瞬間、また後ろから「ガチャッ」と鍵が開く音が聞こえてきた。
「…あっ、あ、あの……」
再びドアが開き、中から女の子が喋る。
「…す、すまいるべあって…」
「―――あ、えっと」
玄関越しで様子を見ていたのだろうか。
「ひ、引っ越してきた挨拶に『スマイルベア』っていうぬいぐるみ渡そうと思ってたんだけど―――」
忘れ物を返すチャンス。一瞬コミュ障が出るがそのまま続ける。
「あと、それよりもこれ、踏み台忘れてったから返す―――」
「…ほっ、ほんとうですかっ…!?」
するとドアが開き、女の子が姿を表した。
「―――!」
小顔で長く透き通った白い髪。長い前髪が弧を描くように片目にかかり、恐怖と緊張が入り交じった表情をしている。
「…あ、うっ…あ…」
スマイルベアが入った袋を見つめている。何か言いたそうにずっともじもじしている。
…知らない人が怖いのに出てきたってことはこのぬいぐるみがとても好きなんだろう。俺は咄嗟に恐怖を和らげようとその場でしゃがみ、女の子と目線を合わせた。
「―――う、うんそれでこの踏み台忘れてったから返すついでにこれ渡そうかなって」
そう言って踏み台を前に置くと、袋からスマイルベアを取り出し女の子に差し出す。
しばらくあたふたしていたが、ゆっくりと受け取ると胸の前に持つ。そしてぎゅっと抱き締めた。
「…あ、ありがとう…ございます…」
女の子は微かに顔をうずくめ、恥ずかしそうに言った。
「どういたしまして」
「…あっ、あと…このだいも…」
「うん」
喜んでくれてそうで良かった。そのせいか、ほんの少しだけ心を開いてくれたように見える―――気がする。そう。気がする。
…あぁ、何て汚れのない癒しの光景なんだろうか。―――って違う違う。
「この後お家の人が帰ってきたら、隣の人が来てたって言ってもらえる?」
そう言って俺は立ち上がる。
「…あっ…え……は…はい…」
…女の子の声はどこか歯切れの悪い感じだった。
俺は「急にごめんね」と言ってその場を後にする。部屋に戻り、腰を下ろすと「はぁ…」とため息を吐いた。
…これ後でもう一回行った方が良いパターンのやつか?
女の子が一人の時に渡して、その品がぬいぐるみで、伝えといてと言ったとはいえ挨拶に行かなかったとする。―――うん。絶対あらぬ疑いをかけられる。
「よっ…こらせと」
俺は立ち上がり、段ボールのテープを剥がす。
これが大人の常識という少しだるい行事。根暗コミュ障の俺にとっては尚更荷が重い。
後で他の部屋にも行かないとなんだよなー…
そこで俺はふと疑問に思っていたことがあった。
今回、粗品は全部逸樹に言われて買った物なのだが、さっきのぬいぐるみも合わせて二部屋分しかない。
…ということはここのアパートには自分含めて3部屋しか埋まってないということなのだろうか。だとしたら尚更印象が大事になる気がする。
まぁ逆に考えれば二部屋挨拶に行けば良いとそう言うわけだし。
そう考えれば楽なような全然楽じゃないような。
俺は棚のガラスケースを開け、段ボールの中から様々なアニメ少女のフィギュアを出していく。
…でもやっぱできるだけ人に会いたくないな。
「―――よしっ…」
最後にケーブルをPCとモニターに繋ぎ、部屋の片付けが一通り終わった。
「ざっとこんな感じかいね」
玄関にまず入ると、直ぐ横に台所があり、その奥には風呂とトイレがある。掃除用具と調理器具はある程度揃えたが、料理するかしないかは分からない。
正面のしきりの壁の向こうにはリビング?部屋?があり左側の壁沿いには台の上にテレビを置き、そのとなりには背が低い机を置きその上にモニターとキーマウ、その横にPCを置いている。
正面は窓があるのだが、苦肉の策で右半分をフィギュアケースで埋めている。洗濯するときが少し不安だが、服とかは全くと言って良いほど持ってないのできっと大丈夫だと思う。
後は左側に押し入れ、部屋の真ん中にはテーブルを置いている。
すこし詰めたところもあるがかなり良いんじゃないだろうか。俺は「…ふぅ」と一息き、その場に座った。
「疲れたんご…」
時計は16時を過ぎ、外の日は赤くなりかけている。そろそろ他の部屋に行くべきか…
「あ、そうだった」
今気付いたが冷蔵庫の中に何も入ってない。
…夜飯買わないとなぁ。
「あ、えと…ここでお願いします」
そう言うと、引越し業者の人は、俺が指示した場所にテレビを置いた。
それからも次々と運ばれる荷物が部屋に運ばれていき…全ての作業が終わったのは、昼過ぎの事だった。
「荷物はこれで全部ですね。では私達はこれで」
「ありがとうございました」
引越し業者の人達を見送り、玄関のドアを閉じた俺は「ふぅ」と一息ついた。
さて、ついに始まる…俺の新生活が…!
「―――うん。今引越し終わったところ」
つい昨日進級したばかりのピカピカの大学2年生、弉城 唯19歳。
「―――いやー、やっぱ家電置くと少し狭くなるねー」
少し遅い一人暮らし。いや、一人暮らしに早いも遅いもないか。
「―――大丈夫だって。気にすんなよ」
友達に紹介されたこのアパート。家賃は安いし部屋も案外綺麗で申し分ない。
「―――…あぁ、親には後でちゃんと言うつもりだよ」
ここなら心機一転やっていけそうな気がする。
「―――片付け終わったら回るよ。―――用意してある。―――うん。言われた通りのもの買ったよ。でもほんとにあれで良いの?だって1つは完全に―――え大丈夫?丁度いい…?―――何だよ場合によっては警察呼ぶって…―――――――あははオッケ。逸樹もせいぜい頑張りたまえ。それじゃまた」
耳からスマホを離し、通話を終了した。
「よいしょっと…」
俺は立ち上がって部屋を見渡した。窓から春風が吹き渡り、桜の花びらが隙間から部屋の中に舞落ちてくる。
新たな生活の幕開け。ドキドキとワクワクで胸が膨らみ―――
「はぁ…大丈夫かな…」
―――一瞬で不安に変わった。
俺の新たなる、誰にも縛られない自由な一人暮らし…果たしてちゃんと生きていけるのだろうか…
誰にも縛られない。すなわちそれは、全て自分でやらなくてはいけない事。家事、洗濯、自炊にその他にもいろいろ…それにもしセールスが来たらどうするれば良いだろうか。万年根暗コミュ障の俺にはハードルが高すぎる。というかすぐに手玉に取られそう。
気を付けよう…うん。気を付けよう…
すると、スマホからBEAMの通知音が鳴った。
「でもまぁ、引っ越して早々悩むべきことじゃないか…」
そう呟きながら通知を見ると、逸樹からだった。
『言い忘れてたけど、明日「淵生の会」を開くから( ^o^)Г☎チンッ』
文面にはそう綴られ、次に送られてきたメッセージには時間と待ち合わせ場所が書かれていた。
「こっちの予定はがん無視かい…」
俺は小さく微笑み、『( o̴̶̷᷄ ·̭ o̴̶̷᷅ )』と返すとスマホをテーブルに置いた。
さてと…
俺は腰に手を当て、積み重なっている荷物を見渡す。
「んじゃまぁ、ダンボールの中身を片付けーーー…」
そう言いながら、俺は荷物を整理しようとしたのだが、ふと玄関のすぐ横にある窓を見て動きが止まった。
その窓からこちらを覗き込んでいる1つの人影…
「…え?」
何だ?と思い、俺は恐る恐る近づいていくと―――
「ひゃぅぁっ!?」
―――俺の影に驚いたのか、子供の悲鳴が聞こえた。何か土台が擦れる音が響き、目の前の影は慌てて走り去―――
「―――はわっ!?」
ビッターーーンッ!
だが不思議に思ったのも束の間、廊下から派手に転んだ音が響いてきた。
「!?」
俺は慌ててドアを開け、音のした方を伺った。
そこには白く透き通った長い髪、丈の長いスカートで厚着をした小さな女の子が倒れている。
「だ、だいじょう―――」
「―――~~~っ!!」
だが声をかけた瞬間、相当びっくりしたのか、電流のように体を跳ねらせ目にも止まらぬ速さで隣の部屋へと入っていった。
…だ、大丈夫…そう?てかお隣の子だったんだ…
「…ん?」
そこで、最初に今の女の子が覗いてた場所を見ると、小さい踏み台があった。
忘れ物…?
業者さんに荷物を運んでもらっているときは、この台はなかった。
…返しに行った方が良い…よね。あ、じゃあ粗品もついでに…
俺は部屋に戻ると、部屋の隅に置いてある紙袋を手に取った。
あぁ、あの子の物も返せて逸樹に言われた粗品も渡せる…隣人(自分)へのイメージアップにも繋がりなんて一石二鳥!…なんだけど。
俺には一つ、どうしても引っかかることがあった。
紙袋を開け、今一度中身を確認する。
…いや、何度も念を押されたんだ間違ってることはないと思う…
俺は粗品を持って部屋を出ると、隣の部屋ーーー201号室まで向かった。
「…!」
インターホンを押そうとする手が震える。ここに来て覚悟が定まらない。
大丈夫落ち着け…!コミュ障を発揮するな相手の目を見て冷静に爽やか笑顔で話せば大丈ーーー
「ーーーんしょっと…」
ーーー!!
そこで、突然目の前のドアが開いた。想定外のことすぎて頭が真っ白になる。
「…ん……?」
平常心を取り戻せぬまま部屋主と対面する。
…だが、部屋から出てきたのはさっきの女の子だった。
緊張がほぐれ、少し落ち着きを取り戻す。
「あ、突然ごめんねっ。今日お隣に引っ越してきた人何だけど、お家の人は―――」
しかし言葉が途中で止まる。女の子はまるで、不審者を見るような青ざめた表情でカタカタと震えていた。
…えっ?
「うっ、えっ、あっ、あ、あなたは誰ですかっ!?」
身を引きながら少女が問いかける。
「なっ、なんで恥をさらした直後に来るんですかっ…!哀れみに来たんですかっ…!」
冗談抜きで今にも泣きそうな表情をしている。
…え、え!?
「あ、ご、ごめんね!今引っ越してきたばっかりだったから挨拶しようと思って来たんだけど…!」
少女はドアを閉めようとする。
えっ!?
「あっ、えっと…!」
するとドアの向こうから声が聞こえた。
「しっ、知らない人と話しちゃ駄目って言われてるので開けませんっ…!」
ドアの向こうから声が聞こえ、次の瞬間には「ガチャッ」という鍵を閉める音が聞こえた。
………
辺りが静まり返る。
言葉に表せない虚無感。心に風が吹き、ショックを受け俺はただただ固まっていた。
自分、そんな不審者っぽいっ…!?
…だがあの感じ、きっと誰も家にいないのだと思う。
…しょうがない。時間を改めるか。あ―――
片方の手に持った物に気付く。今の女の子に小さな踏み台を返せなかった。
取り敢えずドア横に置いて―――いや、でも盗まれるかもしれない可能性ががが…
だからと言って自分の部屋で預かるにしても、後で変な誤解が生まれそうな気がする。
「………」
踏み台にはいくつものシールが張られていて大事そうな物に見える。
…しゃーない。超、超!お節介だけど…
俺はもう一度インターホンを押した。
「…………」
…やっぱり出てくる気配がない。そりゃそうだ。
後で粗品渡すついでに渡すしかないか…
因みに袋の中身は『スマイルベア』というピンクのくまのぬいぐるみ。…ただでさえ隣人への評価が「うざったい奴」になっただろうに、こんなの渡したら俺の人生終わる気がする。
「何でスマイルベアなんだ…?」
そうふと声を漏らし、部屋に戻ろうとした瞬間、また後ろから「ガチャッ」と鍵が開く音が聞こえてきた。
「…あっ、あ、あの……」
再びドアが開き、中から女の子が喋る。
「…す、すまいるべあって…」
「―――あ、えっと」
玄関越しで様子を見ていたのだろうか。
「ひ、引っ越してきた挨拶に『スマイルベア』っていうぬいぐるみ渡そうと思ってたんだけど―――」
忘れ物を返すチャンス。一瞬コミュ障が出るがそのまま続ける。
「あと、それよりもこれ、踏み台忘れてったから返す―――」
「…ほっ、ほんとうですかっ…!?」
するとドアが開き、女の子が姿を表した。
「―――!」
小顔で長く透き通った白い髪。長い前髪が弧を描くように片目にかかり、恐怖と緊張が入り交じった表情をしている。
「…あ、うっ…あ…」
スマイルベアが入った袋を見つめている。何か言いたそうにずっともじもじしている。
…知らない人が怖いのに出てきたってことはこのぬいぐるみがとても好きなんだろう。俺は咄嗟に恐怖を和らげようとその場でしゃがみ、女の子と目線を合わせた。
「―――う、うんそれでこの踏み台忘れてったから返すついでにこれ渡そうかなって」
そう言って踏み台を前に置くと、袋からスマイルベアを取り出し女の子に差し出す。
しばらくあたふたしていたが、ゆっくりと受け取ると胸の前に持つ。そしてぎゅっと抱き締めた。
「…あ、ありがとう…ございます…」
女の子は微かに顔をうずくめ、恥ずかしそうに言った。
「どういたしまして」
「…あっ、あと…このだいも…」
「うん」
喜んでくれてそうで良かった。そのせいか、ほんの少しだけ心を開いてくれたように見える―――気がする。そう。気がする。
…あぁ、何て汚れのない癒しの光景なんだろうか。―――って違う違う。
「この後お家の人が帰ってきたら、隣の人が来てたって言ってもらえる?」
そう言って俺は立ち上がる。
「…あっ…え……は…はい…」
…女の子の声はどこか歯切れの悪い感じだった。
俺は「急にごめんね」と言ってその場を後にする。部屋に戻り、腰を下ろすと「はぁ…」とため息を吐いた。
…これ後でもう一回行った方が良いパターンのやつか?
女の子が一人の時に渡して、その品がぬいぐるみで、伝えといてと言ったとはいえ挨拶に行かなかったとする。―――うん。絶対あらぬ疑いをかけられる。
「よっ…こらせと」
俺は立ち上がり、段ボールのテープを剥がす。
これが大人の常識という少しだるい行事。根暗コミュ障の俺にとっては尚更荷が重い。
後で他の部屋にも行かないとなんだよなー…
そこで俺はふと疑問に思っていたことがあった。
今回、粗品は全部逸樹に言われて買った物なのだが、さっきのぬいぐるみも合わせて二部屋分しかない。
…ということはここのアパートには自分含めて3部屋しか埋まってないということなのだろうか。だとしたら尚更印象が大事になる気がする。
まぁ逆に考えれば二部屋挨拶に行けば良いとそう言うわけだし。
そう考えれば楽なような全然楽じゃないような。
俺は棚のガラスケースを開け、段ボールの中から様々なアニメ少女のフィギュアを出していく。
…でもやっぱできるだけ人に会いたくないな。
「―――よしっ…」
最後にケーブルをPCとモニターに繋ぎ、部屋の片付けが一通り終わった。
「ざっとこんな感じかいね」
玄関にまず入ると、直ぐ横に台所があり、その奥には風呂とトイレがある。掃除用具と調理器具はある程度揃えたが、料理するかしないかは分からない。
正面のしきりの壁の向こうにはリビング?部屋?があり左側の壁沿いには台の上にテレビを置き、そのとなりには背が低い机を置きその上にモニターとキーマウ、その横にPCを置いている。
正面は窓があるのだが、苦肉の策で右半分をフィギュアケースで埋めている。洗濯するときが少し不安だが、服とかは全くと言って良いほど持ってないのできっと大丈夫だと思う。
後は左側に押し入れ、部屋の真ん中にはテーブルを置いている。
すこし詰めたところもあるがかなり良いんじゃないだろうか。俺は「…ふぅ」と一息き、その場に座った。
「疲れたんご…」
時計は16時を過ぎ、外の日は赤くなりかけている。そろそろ他の部屋に行くべきか…
「あ、そうだった」
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