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序章 出会うは約束の人
青い女王の悩み
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さて、どうしたものでしょうか。
ィリーリアの部屋から出てから、アーティは悩ましいとばかりにため息をついた。
長い廊下をコツコツと音を立てながら思案顔でゆっくりと歩く。
思い出すのは先刻の会話だ。
まさかと思った。そんなはずはないと。
だが、そのまさかが当たっていた。
約束の相手。
それは龍族の中でも最上位に位置する皇族のみが持つ種を存続させるための運命を感知する感覚とでもいおうか。
数百年の寿命を持ち、その力も生物としても頂点に位置する龍族の人口は少ない。
このハルディンに住んでいる龍族全体で約20万だ。帝国の首都人口が300万程度との報告があることから、この数の少なさがわかるだろう。
龍族の身分は厳密なる縦社会である。上位のものは自身より下位の相手に対して絶対ともいえる命令権を備えている。これに例外はない。そして、皇帝、皇女というのはその龍族の頂点に君臨する唯一無二にして絶対不可侵の存在である。その血筋を絶やすということは、龍族社会崩壊、分裂を招くことになりかねない。そしてそれは実際に過去に起こり世界全土を巻き込んだ大戦にまで発展し、新たなる皇族が生まれるまで実に300年以上も続いたのだ。
つまり約束の相手というのはいわゆる生存戦略のようなものだ。
とくに龍族は異種交配をしやすくいというのもあり、人型の種族であり、雌雄の区別さえあれば人族、兎族、人狼族、エルフやドワーフも対象たりえる。
皇族飲みに備わったその機能はレム曰く「運命を手繰り寄せる魔法」とのことだ。身も蓋もない言い方をすれば子を成すのに最適な相手を見極める能力ともいえる。
本来ならその相手がみつかるということは非常に喜ばしいことなのだ。いま皇族はィリーリア様ただ一人なのだ。
まだ子をなすには早いご年齢とはいえ、約束の相手がみつかったということは将来的な安心材料になるはずなのだが、よりにもよって相手が前皇帝をその手にかけた大罪人だったとは。
「ふぅ・・・」
ものすごく気が重く、吐息が漏れた。
「そのようなため息を付いてどうしたのじゃ?」
「おや、フゥ殿ですか」
いつからみていたのだろうか、声をかけてきたのは黒龍の王たるフゥだった。
時刻はすでに夕刻を過ぎて空は茜色から深い藍色の空に変わっていっている。
彼は薄暗闇にまぎれるように壁際に佇んでいた。
「銀龍宮に参じられるのは珍しいですね」
居住まいを正してアーティはフゥに向き合った。
銀龍宮は王城の中でも特別な、皇帝の寝所である。
ィリーリアが戴冠してからこそ、ィリーリアの乳母であったアーティは出入りしてはいるが、前皇帝が存命のときは滅多なことでは入らなかった場所だ。
「なに、陛下の宸襟(しんきん)が気になってな」
顎を手でさすりながら、フゥがいった。
まあそんなところだろうとアーティは自分も同じ気持ちでいたこと、ィリーリアと約束の相手について話したことを伝えた。
「それはまた、なんと残酷な運命であろうか」
できることなら代わりたいと、フゥが吐き出すように言った。
運命は残酷だ。
まだ幼く齢15にも満たないあの子の初恋が、よりにもよって処刑を必ずしなければならない相手であったという。
「皇族の絶対命令権を行使すれば、なんとやなるやもしれぬが」
「それは―」
龍族の頂点たる皇族のみが行使できる全ての龍族に対する絶対命令権。ィリーリアが黒だといえば白でも黒にすることができる。誰も拒否権をもたない、が―
「ない。それはわかっておる」
そう、ない。やってはいけないのだ。
偉大なる父。それが前皇帝に抱く国民の感情だ。
善き皇帝であたった。歴代でも3指に入るほどの賢帝であった。国民に心を砕き、慈しみ、常に寄り添おうとしていた。
ィリーリアも賢帝の子女ということで期待はされている。だからこそ、今この瞬間に、その相手に対してそれを使うのはまずい。
偉大なる前皇帝をその手にかけた咎人を助ける。それは認められない。彼女の乳母であるアーティですら、彼女の初恋の相手ということを差し引いても処刑をしなければならないと思っている。
ため息がでてしまう。一難去ってまた一難。
「彼の身元の確認はできたんですか?」
気を取り直してフゥにアーティが問う。
フゥがここに来た理由はおそらくそこだろう。
引き渡しの際にレムが確認はしているが、念には念を入れて彼がどこの誰か、誰を手にかけ、その罪を自覚しているのか、調べ終わってここにきているに違いがないとおもった。
「そのことじゃがな。レムとラナが尋問しとったのじゃが、やりとりが少し気になることがあっての」
「気になること、ですか?」
「ああ、そうじゃ、なんというかの帝国にしてみればあやつは英雄であるはずなのじゃが。どうにも考えを改めなければならないようでの。」
「つまり彼が本物か、確信がもてないということですか?」
本物でないのであればそれは引き渡しの約束を反故にされたどころか泥を塗られたということに他ならないが。
「いや、小僧が滅剣の主であるというのはレムも太鼓判を押しておるから間違いはないであろう。だが、主犯か?といささか事情が異なってくるようなのじゃ」
それは滅剣の主が実は複数いるという可能性があるということだろうか。だとしたら確かに事情が異なってくる。
「相談というよりは、今後の行動方針の確認ということですね」
うむ。とフゥがうなずく。
「まずはあやつの尋問の結果からじゃが・・・」
そういって、フゥはレムとラナが取り調べた内容を話し始めた。
ィリーリアの部屋から出てから、アーティは悩ましいとばかりにため息をついた。
長い廊下をコツコツと音を立てながら思案顔でゆっくりと歩く。
思い出すのは先刻の会話だ。
まさかと思った。そんなはずはないと。
だが、そのまさかが当たっていた。
約束の相手。
それは龍族の中でも最上位に位置する皇族のみが持つ種を存続させるための運命を感知する感覚とでもいおうか。
数百年の寿命を持ち、その力も生物としても頂点に位置する龍族の人口は少ない。
このハルディンに住んでいる龍族全体で約20万だ。帝国の首都人口が300万程度との報告があることから、この数の少なさがわかるだろう。
龍族の身分は厳密なる縦社会である。上位のものは自身より下位の相手に対して絶対ともいえる命令権を備えている。これに例外はない。そして、皇帝、皇女というのはその龍族の頂点に君臨する唯一無二にして絶対不可侵の存在である。その血筋を絶やすということは、龍族社会崩壊、分裂を招くことになりかねない。そしてそれは実際に過去に起こり世界全土を巻き込んだ大戦にまで発展し、新たなる皇族が生まれるまで実に300年以上も続いたのだ。
つまり約束の相手というのはいわゆる生存戦略のようなものだ。
とくに龍族は異種交配をしやすくいというのもあり、人型の種族であり、雌雄の区別さえあれば人族、兎族、人狼族、エルフやドワーフも対象たりえる。
皇族飲みに備わったその機能はレム曰く「運命を手繰り寄せる魔法」とのことだ。身も蓋もない言い方をすれば子を成すのに最適な相手を見極める能力ともいえる。
本来ならその相手がみつかるということは非常に喜ばしいことなのだ。いま皇族はィリーリア様ただ一人なのだ。
まだ子をなすには早いご年齢とはいえ、約束の相手がみつかったということは将来的な安心材料になるはずなのだが、よりにもよって相手が前皇帝をその手にかけた大罪人だったとは。
「ふぅ・・・」
ものすごく気が重く、吐息が漏れた。
「そのようなため息を付いてどうしたのじゃ?」
「おや、フゥ殿ですか」
いつからみていたのだろうか、声をかけてきたのは黒龍の王たるフゥだった。
時刻はすでに夕刻を過ぎて空は茜色から深い藍色の空に変わっていっている。
彼は薄暗闇にまぎれるように壁際に佇んでいた。
「銀龍宮に参じられるのは珍しいですね」
居住まいを正してアーティはフゥに向き合った。
銀龍宮は王城の中でも特別な、皇帝の寝所である。
ィリーリアが戴冠してからこそ、ィリーリアの乳母であったアーティは出入りしてはいるが、前皇帝が存命のときは滅多なことでは入らなかった場所だ。
「なに、陛下の宸襟(しんきん)が気になってな」
顎を手でさすりながら、フゥがいった。
まあそんなところだろうとアーティは自分も同じ気持ちでいたこと、ィリーリアと約束の相手について話したことを伝えた。
「それはまた、なんと残酷な運命であろうか」
できることなら代わりたいと、フゥが吐き出すように言った。
運命は残酷だ。
まだ幼く齢15にも満たないあの子の初恋が、よりにもよって処刑を必ずしなければならない相手であったという。
「皇族の絶対命令権を行使すれば、なんとやなるやもしれぬが」
「それは―」
龍族の頂点たる皇族のみが行使できる全ての龍族に対する絶対命令権。ィリーリアが黒だといえば白でも黒にすることができる。誰も拒否権をもたない、が―
「ない。それはわかっておる」
そう、ない。やってはいけないのだ。
偉大なる父。それが前皇帝に抱く国民の感情だ。
善き皇帝であたった。歴代でも3指に入るほどの賢帝であった。国民に心を砕き、慈しみ、常に寄り添おうとしていた。
ィリーリアも賢帝の子女ということで期待はされている。だからこそ、今この瞬間に、その相手に対してそれを使うのはまずい。
偉大なる前皇帝をその手にかけた咎人を助ける。それは認められない。彼女の乳母であるアーティですら、彼女の初恋の相手ということを差し引いても処刑をしなければならないと思っている。
ため息がでてしまう。一難去ってまた一難。
「彼の身元の確認はできたんですか?」
気を取り直してフゥにアーティが問う。
フゥがここに来た理由はおそらくそこだろう。
引き渡しの際にレムが確認はしているが、念には念を入れて彼がどこの誰か、誰を手にかけ、その罪を自覚しているのか、調べ終わってここにきているに違いがないとおもった。
「そのことじゃがな。レムとラナが尋問しとったのじゃが、やりとりが少し気になることがあっての」
「気になること、ですか?」
「ああ、そうじゃ、なんというかの帝国にしてみればあやつは英雄であるはずなのじゃが。どうにも考えを改めなければならないようでの。」
「つまり彼が本物か、確信がもてないということですか?」
本物でないのであればそれは引き渡しの約束を反故にされたどころか泥を塗られたということに他ならないが。
「いや、小僧が滅剣の主であるというのはレムも太鼓判を押しておるから間違いはないであろう。だが、主犯か?といささか事情が異なってくるようなのじゃ」
それは滅剣の主が実は複数いるという可能性があるということだろうか。だとしたら確かに事情が異なってくる。
「相談というよりは、今後の行動方針の確認ということですね」
うむ。とフゥがうなずく。
「まずはあやつの尋問の結果からじゃが・・・」
そういって、フゥはレムとラナが取り調べた内容を話し始めた。
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