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序章 出会うは約束の人

緑の女王の考察

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「おい、レム。どうして尋問をやめちまったんだ?」

 地下の尋問室から地上にでて、中庭までやってきた。ここなら多少声をだしても尋問室まで届くということはないだろう。
 胸を持ち上げるように腕を組んで壁にもたれかかったレムは息を大きく吐き出した。

「ラナ。彼は違うかもしれないわ」
「はぁ?何が違うんだ?やつは滅剣の主なんだろ?」
「そうよ。間違いないわ」

 レムは古今東西あらゆる魔導知識を持っている。そして鑑定するための眼も。
 一見して遊女と見紛うほど立ち居姿と色香を漂わせている緑の龍王はその派手な外見とは裏腹に学者として、魔法王国のいけ好かない魔女王ただ一人を除けば大陸に並び立つものがないほどの知識と実力をもっている。

 そのレムがあの青年の右腕に刻まれた印が滅剣の主の証左であると自信をもっていえる。
 いや、実際にこうして相対したからこそその確信はより深まっている。

「だったらよう、あいつしかいねぇんだろ。滅剣は主は世界に二人とないはずだぜ?」

 ラナの言葉にレムは頷く。
 最強種たる龍族でさえ紙切れのように消し去ることができる滅剣の力は凄まじいの一言に尽きる。あれは神宝に違いがない。

 神宝は神からもたらされる。
 神宝にも力の強弱はあり、世界を滅ぼしかねない破壊力を秘めた太陽の宝玉や、決して躓いて転ばない羽の生えた靴、6回は必ず当てられるが、7回目はかならず大きく外す幸運のダイスなど、効果や力の方向性は様々だ。

 そして滅剣もその神宝の一つ。龍族の古い文献ではまつろわぬ神々から、脆弱だった人間のためにもたらした黒き茨の剣とあった。

 それを扱うものは利き手に黒く刻印がつき、その腕からは茨がうねるような魔力が常にまとわれているという。
 そしてその特徴や波形についても詳細に記載されており、まさしくあの青年の右手にまとわりついているものと合致している。

 もっとも今は滅剣を使えないように封印の魔法を付与された首輪と手枷でその魔力が散らされているため、手に持つことは愚か、一切の魔法を発現させられないだろうことから、人間たちも存外、滅剣という超兵器に対してひどく怯えていたのだろうと思った。

「すこし整理させて」

 そう前置きして、レムが話し始める。

「彼は自身に罪があると自覚しているが、どんな罪を犯したのかしらない」
「そういってたな」
「ええ、ただこれはある話ね。一般的な感覚でいえば行動の結果が意識になることが多いわ。それがセットになっていないというのであれば、本人は罪ではない、あるいは正義だとおもっていたら、罪の自覚はないけど、やったことはわかっている状態になるわね」
「そうだな。戦争で人殺しをさせるためには、それを正義だと正当化するには一番手っ取り早いからな」

 相手が悪でこちらは正義であれば、罪の自覚は薄まる。

「では逆はどうかしら。罪の自覚はあるけど、何をしたのかわからないの」
「あ?罪の自覚はあるけどわからない、ってどういうことだ?」
「そうね。例えましょうか。ラナ、あなたは満腹にはなっているけど、なぜ満腹になったのかわからない。そんなことってあるかしら?」
「あるだろ、何を食ったか忘れることは多いだろうよ」
「でも、そこには食べたという行動をした確信があるのよね」
「そうだろ、あとは寝てる間に誰かに食わされたとかそういう―」

 ようやくピンときたのかラナの顔がこわばった。レムの違和感の正体がわかったようだ。
 食事をとっていない、空腹を満たす行動を何一つしていない。なのに満腹になるという結果だけが残っている。

「わかったようね」
「しかしだ、奴が二重人格の可能性や、記憶喪失って場合もあろうだろうよ」
「ラナ。自分でも信じていないことを可能性とあげるのはどうかと思うわよ?」

 二重人格であるなら、罪の意識があることがおかしく、罪の意識があるなら、そもそも自身がしでかしたことが原因で今の状況にあるとわかっているはずである。
 記憶喪失にしたってそうだ。罪の自覚だけが残っているのだとしたら、何かしら行為をしたと確信しているはずだ。だがそれらは今回のいわんとしていることとは似て非になるものだ。

 それになにより彼には記憶喪失であるとか、二重人格であるとかその気配がない。それはラナにもわかっているはずだ。

「ああ、すまねぇ。だがそしたらどう説明すりゃいいんだ?」
「だから整理をするのよ」

 レムがラナに向けて人差し指を立てる。

「一つ、彼は滅剣の主である。そして滅剣はこの世界に一つしか存在していない」
「ああ、そうだな。あんな神宝が複数あったら今頃世界がやべぇ」

 レムが一つ頷き、続いて中指を立てた。

「二つ、彼は帝国が我々に取引の結果、引き渡しされた人物である。これは我々の間者も確認しているので間違いがない」
「だな。裏どりは十分だった」

 レムは再び頷き、そして今度は薬指を立てる。

「三つ、彼に従軍経験はない。少なくとも彼自身は従軍していないと心の底から信じている」
「それは裏どりが必要だな。」
「ええ、でもおそらく彼は本当に従軍していないわ」
「なぜわかる?」
「彼、とっても素人くさいじゃない」
「・・・なるほど」

 確かにそうだったとラナは思案気に頷いた。
 違和感のもう一つは彼はとてもまともに軍事教練を受けたようには思えない。筋肉の付き方もそうなのだが、歩く姿や立ち居振る舞いがどうにも素人臭い。少しでも訓練をうけていれば軍人くささがでるものなのだが・・・

「そして四つ目」

 レムが小指をたてた。

「最初にいったけど彼は自分が罪人の自覚はあるが、どんな罪を犯したのか知らないし、罪だけがある状態だと思っている」

 最後が一番の謎だ。彼はなぜ自分を罪人だと心の底から信じているのだろうか。

「わけがわからねぇな」

 滅剣の主だが、従軍経験がない。罪人ではあるが、何をしたかわからない。
 これではまるで

「滅剣をもっているから、罪人であるみたいじゃねぇか」
「!!」

 ラナのなんの気のないつぶやきにレムは突破口をみつけた。

「そう、それよラナ!でかしたわ!」

 ああ、それこそがまさにそれが言いたいことだと!レムはラナの言葉に思わず喝さいを送った。

「あ、ああ?そ、そうか?なんかよくわからねぇが役に立てたようでよかったぜ」

 そうだ。彼は前皇帝をその手にかけたから罪を負っているのではなく、滅剣の主だから罪人なのだ。
 そうであれば先ほどの尋問の様子にも得心が行く。

「あれ、でもそうなると・・」

 そうなるとあの黒い極光はいったいだれが放ったものなのだろうか。
 滅剣とその使い手は対になっている。これは間違いがない。
 彼が滅剣を扱っていないとすると、、

「・・・すでに死んでいる?」

 そう、前皇帝をその手にかけた張本人はすでに死んでいる可能性があるのではないか?
 どのように滅剣を継承するのかはわからない。
 もしかしたら手にかけた張本人はまだ生きていて、彼に無理やり滅剣を継承させて、スケープゴートにしているのではないか。
―あるいは、滅剣の所有者が死ぬことそのものが継承されるトリガーとなっている?
 レムの脳裏にいくつもの悪い可能性がよぎる。
「まずいわ。これはもう少し調べる必要がありそうね」

 尋問はひとまず中止だ。おそらく何を聞いても彼からは何も出てこないだろう。まずは今の状況をフゥに報告して裏取りをして貰う必要がある。滅剣について蔵書室から文献をひっぱりださねばなるまい。
 少なくとも滅剣の主がいる限りは帝国はこちらに何もする事ができないだろう。
 とはいえあまり時間はかけられない。ハルディンにいる全ての龍族が滅剣の主の処刑を今か今かとまっているのだから時間をかけすぎると国民が姫様に対する不満を持ってしまう。
 それは一番に避けなければいけない。

「お、おい、レムどこにいくんだ?おーーい!」

 状況を理解できず置いてきぼりをくらうラナを一顧だにせず、レムはフゥのもとへ足早に駆け出していくのだった。
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