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第2章 本当は寂しがりだなんて、絶対誰にも知られたくない!
第5話 ギルドの受付嬢は忙しい
今日は早番だ。サイラスくんを追い出して、すぐに支度をする。シャワーを浴びていると中からドロリとしたものが溢れてきて、とても焦った。
「うそ。ナカでって、こういうこと……!?」
少ないなりの性知識を振り絞れば、これはつまり妊娠の可能性があるということだ。サァっと青ざめた私は、フラフラとした足取りでリビングに戻り、ドサリとソファに座り込んだ。
「ん?」
ソファの前のローテーブルに目をやれば、そこには小さな包とメモが置かれていた。
『避妊薬です。起きたら飲んでください』
この字には見覚えがある。あまり綺麗ではないが、丁寧に書こうという意思が伝わってくる。
「サイラスくんの字……」
ちょっと感動したのは一瞬のことだった。ある事実にはたと気付いて、今度は怒りがこみ上げてくる。
「なんで、こんなものを持ち歩いてるのよ!」
文句を言いながらも包を開ければ、有名な魔法薬メーカーのロゴ入りの薬が入っていた。説明書きも添付されていたので、きちんと熟読する。
この世界にはコンドームは普及していない。代わりに、魔法薬による事後避妊が最も一般的な避妊方法だと聞いたことはあった。説明書きには「身体への影響はなありません。安心してお使い下さい!」と、可愛いイラストから吹き出しで書かれている。(※)
「……飲むけど」
妊娠は困る。
「私は、高嶺の花として生きていくんだから!」
* * *
「おはよう。エミリーちゃん」
「おはようございます。コールズ課長」
今日の早番は私とコールズ課長の二人。基本的に、飲み会の翌日はこのコンビだ。
コールズ課長が私の顔を見て首を傾げている。
「二日酔い? 大丈夫?」
問われて、苦笑いを浮かべた。
「珍しいね。そんなに飲んでたっけ?」
「そうですね。……昨日は、ちょっとおかしかったみたいです、私」
「ふーん。そうは見えなかったけど」
言いながらも、コールズ課長の手元は仕事を続けている。私も同じように端末を立ち上げて、夜中の内に通信で入ったクエスト依頼をチェックしていく。何があっても仕事をおろそかにしない二人なので、飲み会翌日はこのコンビで早番をこなすのが定番になってしまったのだ。
「ううん……。これ、緊急にチェック入ってないけど急ぎだな」
コールズ課長の表情がきゅっと引き締まった。私もその端末を覗き込む。黒い板の中、淡いブルーの文字が浮かび上がっている。前世でいうところの、タブレットのような端末だ。電気ではなく、埋め込まれた魔石の魔力で動く。
表示されていたのは、夜中の内に出現した魔物の討伐依頼だった。
「……ですね。すぐに動けるパーティーを探します」
「A級だ。頼む」
「はい」
言ってから、コールズ課長は引き続きクエストをチェックし、処理をすすめる。足りない情報があれば、この時点で発注元に確認を取らなければならない。それからクエストの優先順位を決めて、それらを掲示板の端末に表示させるまでが早番の仕事だ。
私の方は急いで魔導通信機を手に取った。同時に登録パーティーの緊急連絡先一覧を端末に表示させ、A級のパーティーに連絡をとる。登録順に連絡するのがルールだ。
「はい、討伐クエストです。緊急依頼ではありませんが、急を要するとこちらで判断しました。ええ。……わかりました。また、よろしくお願いします」
一件目は、本日はすでに別のギルドからクエストを受注済みだった。二件目、と思い指を滑らせたところで私の動きが止まる。
(【銀の翼】……)
それは、彼が所属するパーティーの名だ。緊急連絡を受ける端末を持つのは、だいたい下っ端。つまり、新米である彼が対応する可能性が非常に高いわけだが……。
(馬鹿! 仕事に私情を持ち込むな!)
通信機に連絡先を入力すると、コール音が鳴る。2回目で途切れたコール音に次いで、
『はい。【銀の翼】です』
聞こえてきたのは彼の声だった。
「……」
『どちら様ですか?』
昨夜の記憶がぶわっと蘇ってきて、全身が熱くなる。
(仕事に私情は持ち込まない!)
心の中で叫んでから、大きく深呼吸をした。
「失礼しました。第9公営ギルドです。緊急の討伐クエストが発生しました。受注可能でしょうか?」
一気に言うと、通信機の向こうで彼が笑ったような気がしたが、その反応には無視を決め込む。
『すぐに動けます』
「では、クエスト情報を転送します」
話しながら端末を操作して情報を転送する。
『……届きました。……そうですね、これは急いだ方が良い』
「はい。受注手続きは事後で、早急に現地へ向かってください」
本来であればギルドの窓口で事前に行う受注手続きだが、緊急の場合にはクエスト達成後に手続きするのが通例だ。
『はい』
「では、録音します。……この通信をもって、第9公営ギルトより銀の翼へ、第2306728号クエスト発注を確認しました。担当、エミリー・ガネル」
『第9ギルドより銀の翼、第2306728号クエスト受注を確認しました。担当、サイラス・エイマーズ』
通信でのクエスト発注・受注はトラブルになりやすい。書類のやりとりがないからだ。そこで、最近では魔導通信機の録音機能を使って、認証するのが主流になっている。
「……録音完了です。では、よろしくおねがいします」
「はい」
返事を聞いてから、余計なことを言われる前に早々に通信を切った。
「決まりました。【銀の翼】です」
「よし。すまんが、もう1件だ」
「マジですか?」
「マジだ」
今日も忙しくなるだろうことを想像して、二人でため息を吐いたのだった。もちろん、彼のことを考える暇など、なかった。
* * *
午後2時。静かになった受付カウンターで、ようやく一息ついた。
午前中はクエスト発注業務に加えて、新規の冒険者登録申請や階級見直し申請が多数あって、正にてんてこ舞いだった。緊急以外のクエスト発注手続きは1時半までなので、ようやく人気もまばらになったところだ。
今は他の職員が昼休憩をとっているので、窓口には一人きり。
(1時間はゆっくりできるかな)
午後3時にもなれば、今度はクエスト達成申請のために冒険者が押し寄せてくる。午前中の発注分、来るのだ。つまり、忙しい日は夜の閉庁時間までとことん忙しい。
(死ぬかも……)
さすがに、二日酔いの身体にこの激務は堪えた。
(なんか、体中痛いし)
昼前頃から、謎の筋肉痛に悩まされている。主に腰の辺りがじんじんと痛む。運動をしたわけでもないのに。
(私も、先に休憩もらえばよかった)
若い子を優先させた結果、眉間と腰を揉みながら適当に処理できる書類をさばくことになってしまった。
──ギィ、カランカラン。
入り口のドアが開いて、ベルが鳴る。誰かが来たらしいが、私は他のことが気になった。
(ドアの建て付け、そろそろ直さないと)
俯いて書類をさばきながら、そんなことを考えていた。
そこに、
「こんにちは」
頭上から、爽やかな声が降ってきた。いつもなら、さっと顔を上げて笑顔で『こんにちは』と答える場面だ。続いて『ご用件をお伺いします』とも。
けれど、今はとても顔を上げることはできない。なぜなら、この爽やかな声の持ち主が、彼だから。
(※)
現実世界でも緊急避妊の方法として、事後に服用するアフターピルがあります。ただし、あくまでも緊急時の対応です。作中に出てくる魔法薬と違って、身体に負担もあります。この作品は、あくまでもフィクションです。避妊は正しく行いましょう。
「うそ。ナカでって、こういうこと……!?」
少ないなりの性知識を振り絞れば、これはつまり妊娠の可能性があるということだ。サァっと青ざめた私は、フラフラとした足取りでリビングに戻り、ドサリとソファに座り込んだ。
「ん?」
ソファの前のローテーブルに目をやれば、そこには小さな包とメモが置かれていた。
『避妊薬です。起きたら飲んでください』
この字には見覚えがある。あまり綺麗ではないが、丁寧に書こうという意思が伝わってくる。
「サイラスくんの字……」
ちょっと感動したのは一瞬のことだった。ある事実にはたと気付いて、今度は怒りがこみ上げてくる。
「なんで、こんなものを持ち歩いてるのよ!」
文句を言いながらも包を開ければ、有名な魔法薬メーカーのロゴ入りの薬が入っていた。説明書きも添付されていたので、きちんと熟読する。
この世界にはコンドームは普及していない。代わりに、魔法薬による事後避妊が最も一般的な避妊方法だと聞いたことはあった。説明書きには「身体への影響はなありません。安心してお使い下さい!」と、可愛いイラストから吹き出しで書かれている。(※)
「……飲むけど」
妊娠は困る。
「私は、高嶺の花として生きていくんだから!」
* * *
「おはよう。エミリーちゃん」
「おはようございます。コールズ課長」
今日の早番は私とコールズ課長の二人。基本的に、飲み会の翌日はこのコンビだ。
コールズ課長が私の顔を見て首を傾げている。
「二日酔い? 大丈夫?」
問われて、苦笑いを浮かべた。
「珍しいね。そんなに飲んでたっけ?」
「そうですね。……昨日は、ちょっとおかしかったみたいです、私」
「ふーん。そうは見えなかったけど」
言いながらも、コールズ課長の手元は仕事を続けている。私も同じように端末を立ち上げて、夜中の内に通信で入ったクエスト依頼をチェックしていく。何があっても仕事をおろそかにしない二人なので、飲み会翌日はこのコンビで早番をこなすのが定番になってしまったのだ。
「ううん……。これ、緊急にチェック入ってないけど急ぎだな」
コールズ課長の表情がきゅっと引き締まった。私もその端末を覗き込む。黒い板の中、淡いブルーの文字が浮かび上がっている。前世でいうところの、タブレットのような端末だ。電気ではなく、埋め込まれた魔石の魔力で動く。
表示されていたのは、夜中の内に出現した魔物の討伐依頼だった。
「……ですね。すぐに動けるパーティーを探します」
「A級だ。頼む」
「はい」
言ってから、コールズ課長は引き続きクエストをチェックし、処理をすすめる。足りない情報があれば、この時点で発注元に確認を取らなければならない。それからクエストの優先順位を決めて、それらを掲示板の端末に表示させるまでが早番の仕事だ。
私の方は急いで魔導通信機を手に取った。同時に登録パーティーの緊急連絡先一覧を端末に表示させ、A級のパーティーに連絡をとる。登録順に連絡するのがルールだ。
「はい、討伐クエストです。緊急依頼ではありませんが、急を要するとこちらで判断しました。ええ。……わかりました。また、よろしくお願いします」
一件目は、本日はすでに別のギルドからクエストを受注済みだった。二件目、と思い指を滑らせたところで私の動きが止まる。
(【銀の翼】……)
それは、彼が所属するパーティーの名だ。緊急連絡を受ける端末を持つのは、だいたい下っ端。つまり、新米である彼が対応する可能性が非常に高いわけだが……。
(馬鹿! 仕事に私情を持ち込むな!)
通信機に連絡先を入力すると、コール音が鳴る。2回目で途切れたコール音に次いで、
『はい。【銀の翼】です』
聞こえてきたのは彼の声だった。
「……」
『どちら様ですか?』
昨夜の記憶がぶわっと蘇ってきて、全身が熱くなる。
(仕事に私情は持ち込まない!)
心の中で叫んでから、大きく深呼吸をした。
「失礼しました。第9公営ギルドです。緊急の討伐クエストが発生しました。受注可能でしょうか?」
一気に言うと、通信機の向こうで彼が笑ったような気がしたが、その反応には無視を決め込む。
『すぐに動けます』
「では、クエスト情報を転送します」
話しながら端末を操作して情報を転送する。
『……届きました。……そうですね、これは急いだ方が良い』
「はい。受注手続きは事後で、早急に現地へ向かってください」
本来であればギルドの窓口で事前に行う受注手続きだが、緊急の場合にはクエスト達成後に手続きするのが通例だ。
『はい』
「では、録音します。……この通信をもって、第9公営ギルトより銀の翼へ、第2306728号クエスト発注を確認しました。担当、エミリー・ガネル」
『第9ギルドより銀の翼、第2306728号クエスト受注を確認しました。担当、サイラス・エイマーズ』
通信でのクエスト発注・受注はトラブルになりやすい。書類のやりとりがないからだ。そこで、最近では魔導通信機の録音機能を使って、認証するのが主流になっている。
「……録音完了です。では、よろしくおねがいします」
「はい」
返事を聞いてから、余計なことを言われる前に早々に通信を切った。
「決まりました。【銀の翼】です」
「よし。すまんが、もう1件だ」
「マジですか?」
「マジだ」
今日も忙しくなるだろうことを想像して、二人でため息を吐いたのだった。もちろん、彼のことを考える暇など、なかった。
* * *
午後2時。静かになった受付カウンターで、ようやく一息ついた。
午前中はクエスト発注業務に加えて、新規の冒険者登録申請や階級見直し申請が多数あって、正にてんてこ舞いだった。緊急以外のクエスト発注手続きは1時半までなので、ようやく人気もまばらになったところだ。
今は他の職員が昼休憩をとっているので、窓口には一人きり。
(1時間はゆっくりできるかな)
午後3時にもなれば、今度はクエスト達成申請のために冒険者が押し寄せてくる。午前中の発注分、来るのだ。つまり、忙しい日は夜の閉庁時間までとことん忙しい。
(死ぬかも……)
さすがに、二日酔いの身体にこの激務は堪えた。
(なんか、体中痛いし)
昼前頃から、謎の筋肉痛に悩まされている。主に腰の辺りがじんじんと痛む。運動をしたわけでもないのに。
(私も、先に休憩もらえばよかった)
若い子を優先させた結果、眉間と腰を揉みながら適当に処理できる書類をさばくことになってしまった。
──ギィ、カランカラン。
入り口のドアが開いて、ベルが鳴る。誰かが来たらしいが、私は他のことが気になった。
(ドアの建て付け、そろそろ直さないと)
俯いて書類をさばきながら、そんなことを考えていた。
そこに、
「こんにちは」
頭上から、爽やかな声が降ってきた。いつもなら、さっと顔を上げて笑顔で『こんにちは』と答える場面だ。続いて『ご用件をお伺いします』とも。
けれど、今はとても顔を上げることはできない。なぜなら、この爽やかな声の持ち主が、彼だから。
(※)
現実世界でも緊急避妊の方法として、事後に服用するアフターピルがあります。ただし、あくまでも緊急時の対応です。作中に出てくる魔法薬と違って、身体に負担もあります。この作品は、あくまでもフィクションです。避妊は正しく行いましょう。
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