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第2章 本当は寂しがりだなんて、絶対誰にも知られたくない!
第6話 A級冒険者はマゾ!?
「エミリーさん?」
笑いを含んだ声で呼ばれて、背中にひやりと汗が流れた。
(顔なんか、見れない……!)
「エミリーちゃん! お客さんやで!」
今度は、後ろから声がかかった。会計課のランドル課長だ。会計課は窓口対応がないので、カウンターの奥にデスクが並んでいる。なかなか対応しないので、声をかけてくれたのだろう。
「すみません、ちょっと居眠りしてました!」
パッと顔を上げて、彼の方は見ないように後ろに振り返った。会計課以外の職員も含めて全員が、こちらを見ている。
「珍しいやん! がははは! すまんなぁ、サイラスくん!」
「いいえ。大丈夫です。急いでませんから」
彼がニコリと笑ったのだろう。他課の女子職員が小さく悲鳴を上げたのが聞こえてきた。
その様子に、少しばかり眉を寄せる。
(私に、あ、あんなことしといて! 他の女にもいい顔するのか!)
と、内心は大荒れである。
「クエスト達成申請に来ました。あと、事後の受注手続きも」
そう言って、書類を差し出すサイラスくん。
(……仕事に私情は持ち込まない!)
心のなかで叫んでから、顔を上げた。
「はい。承ります。この度は緊急クエストを受注していただき、ありがとうございました」
(いつもみたいに、笑えているかしら)
たぶん、大丈夫だろう。そう思った。
ところが、サイラスくんは何やら笑いを堪えている。
(無視だ、無視!)
書類を受け取り、淡々と処理を進める。
(それにしても、この討伐クエストを半日で達成しちゃうなんて。すごいな【銀の翼】)
心の中で感心した。
「ねえ、エミリーさん」
「……はい。なにがご不明な点がございましたか?」
もちろん、そういう問いかけでないことはわかる。甘さを含んだ声音に、私は敢えて事務的に答えた。手元は処理を続ける。あっちこっちに照会をかけたりするので結構面倒なのだ、この手続きは。
「今日は、お仕事何時までですか?」
思いのほか大きな声で言うものだから、驚いて顔を上げてしまった。背後のオフィスがざわつくのが伝わってくる。
「まさか」
「あいつ、エミリーさん狙い……⁉」
「いやいやいや。年の差いくつだよ」
「18でしょ? 10歳差よ!」
(うるさい!)
心の中で叫びながらも、私はできるだけ平静に見えるようにニコリと笑った。
「お答えしかねます」
「食事でもどうかと思ったんですけど」
「お断りします」
「今日は難しいですか? 忙しそうですもんね。明日はどうですか?」
「明日も明後日もその次も、お断りします」
「じゃあ、来週はどうですか?」
しつこい誘いに、私の脳の血管が数本切れた気がする。背後のオフィスは、阿鼻叫喚だ。主にランドル課長が。
「あかんあかんあかん!」
「課長、落ち着いて」
「あの若造、わしらのエミリーちゃんを、く、く、口説いとるねんぞ!」
「お客様です、口を謹んで!」
「それにしても、怖いもの知らずだな、彼」
「あんなに冷たくされて、まだ行くのか」
「これが、A級冒険者……ゴクリ」
(ゴクリ、じゃないわよ!)
ツッコミは心の中にとどめた。なんとか。
「ダメですか?」
眉を下げて悲しそうな表情をつくってみせたサイラスくんに、ほんの少し心が揺れる。
(ダメダメダメ!)
心のなかで頭を振る。
(高嶺の花として誇り高く生きるって決めたじゃない! 相手は10歳も年下で、しかも冒険者。ホストと同じか、それ以下よ)
失礼な言い種ではあるが、それが現実だ。冒険者は人気があるし、この世界では必要不可欠ではあるが、まっとうで安定した職とは言い難い。
(こっちが惚れたら最後。前世の二の舞は、まっぴらごめんよ!)
「……お断りします」
言い切った。
(だいたい、こんなオバサンなんか、すぐに飽きてポイよ。昨夜のことは酔った勢いの気の迷い。処女を捨てさせてくれてありがとう、いい夢だったわ)
そういうことにしておくのが、お互いのためである。
「ぜったいぜったい、ダメですか?」
「絶対に、ダメです!」
もう一度、はっきりと言った。
(さすがに、これで諦めるでしょ)
そう思って彼の方を窺った。落ち込んでいるかもしれない、そう思いながら。
ところが。
「……っ!」
彼は口元を手で覆いながら、頬を染めて何かを堪えていた。目尻はへにゃりと下がり、眉をぷるぷると震わせている。それはまるで……。
(よろこんでる!?)
恍惚、と言ってもいいかもしれない。そんな表情だ。
どうしてそんな表情をするのかわからない。正直に言えば、引いている。
「……あいつ、喜んでないか?」
「冷たくされて?」
「マゾなのか」
「マゾだろう」
「A級冒険者はマゾ……ゴクリ」
背後のオフィスの、主に男性職員がざわついている。私の心の中も同じ様相だ。
サイラスくんが、表情を引き締めてから奥のオフィスの方をチラリと見た。しんと静まり返る。
「エミリーさん」
今度はカウンターに手をついて、僅かに身を乗り出した。長身の彼がそうすると、あっという間に私の耳元に顔を寄せることができる。
──ゴクリ。
喉を鳴らしたのは、果たして誰だったのか。
「昨夜のアナタがどれだけ可愛らしかったか。それを知っているのは、ボクだけで十分だと思いませんか?」
これはもはや、脅迫である。
「……今日は、早番なので。残業しても午後7時くらいまでだと思います」
「それじゃあ、その頃に迎えに来ますね」
「……はい」
小さな声だったが、オフィスには聞こえていたらしい。再び悲鳴と怒号で騒がしくなる。そこへ休憩に行っていた窓口課の職員たちも帰ってきたものだから、最悪である。公営ギルドが誇る優秀な職員たちが、首をかしげる窓口課の職員に簡潔に事情を説明している声が聞こえてくる。
「では手続きは以上です報酬は後日口座支払いでお疲れさまでした!」
息継ぎなしの早口でまくし立てて、私は立ち上がってカウンターを出た。このままでは、地獄行きまっしぐらである。
「休憩行ってきます!」
叫んでから、彼の身体を押して押して外へ出た。
「もしかして、ランチも一緒に食べてくれるんですか?」
嬉しそうに言ったサイラスくんを、そのまま路地裏に連れ込む。
「そんなわけないでしょ! ……迎えはいらないから」
「え?」
「あんなに目立つことして、迎えなんか来られたらどうなるか……!」
地獄を想像して背筋が震えた。
「西区のレストラン『エレル』で待ち合わせ! いいわね!」
「……そこまで一人で行くんですか? けっこう距離ありますよ?」
「昨夜みたいなことが、連日起こってたまるもんですか。時間が早いから大丈夫です」
「でも……」
「あのね! 迷惑してるのはこっちなの! 言うこと聞きなさい!」
ビシッと眉間に人差し指を突きつけると、サイラスくんはまたあの表情を浮かべた。
「はい」
そして、嬉しそうに笑ったのだった。
笑いを含んだ声で呼ばれて、背中にひやりと汗が流れた。
(顔なんか、見れない……!)
「エミリーちゃん! お客さんやで!」
今度は、後ろから声がかかった。会計課のランドル課長だ。会計課は窓口対応がないので、カウンターの奥にデスクが並んでいる。なかなか対応しないので、声をかけてくれたのだろう。
「すみません、ちょっと居眠りしてました!」
パッと顔を上げて、彼の方は見ないように後ろに振り返った。会計課以外の職員も含めて全員が、こちらを見ている。
「珍しいやん! がははは! すまんなぁ、サイラスくん!」
「いいえ。大丈夫です。急いでませんから」
彼がニコリと笑ったのだろう。他課の女子職員が小さく悲鳴を上げたのが聞こえてきた。
その様子に、少しばかり眉を寄せる。
(私に、あ、あんなことしといて! 他の女にもいい顔するのか!)
と、内心は大荒れである。
「クエスト達成申請に来ました。あと、事後の受注手続きも」
そう言って、書類を差し出すサイラスくん。
(……仕事に私情は持ち込まない!)
心のなかで叫んでから、顔を上げた。
「はい。承ります。この度は緊急クエストを受注していただき、ありがとうございました」
(いつもみたいに、笑えているかしら)
たぶん、大丈夫だろう。そう思った。
ところが、サイラスくんは何やら笑いを堪えている。
(無視だ、無視!)
書類を受け取り、淡々と処理を進める。
(それにしても、この討伐クエストを半日で達成しちゃうなんて。すごいな【銀の翼】)
心の中で感心した。
「ねえ、エミリーさん」
「……はい。なにがご不明な点がございましたか?」
もちろん、そういう問いかけでないことはわかる。甘さを含んだ声音に、私は敢えて事務的に答えた。手元は処理を続ける。あっちこっちに照会をかけたりするので結構面倒なのだ、この手続きは。
「今日は、お仕事何時までですか?」
思いのほか大きな声で言うものだから、驚いて顔を上げてしまった。背後のオフィスがざわつくのが伝わってくる。
「まさか」
「あいつ、エミリーさん狙い……⁉」
「いやいやいや。年の差いくつだよ」
「18でしょ? 10歳差よ!」
(うるさい!)
心の中で叫びながらも、私はできるだけ平静に見えるようにニコリと笑った。
「お答えしかねます」
「食事でもどうかと思ったんですけど」
「お断りします」
「今日は難しいですか? 忙しそうですもんね。明日はどうですか?」
「明日も明後日もその次も、お断りします」
「じゃあ、来週はどうですか?」
しつこい誘いに、私の脳の血管が数本切れた気がする。背後のオフィスは、阿鼻叫喚だ。主にランドル課長が。
「あかんあかんあかん!」
「課長、落ち着いて」
「あの若造、わしらのエミリーちゃんを、く、く、口説いとるねんぞ!」
「お客様です、口を謹んで!」
「それにしても、怖いもの知らずだな、彼」
「あんなに冷たくされて、まだ行くのか」
「これが、A級冒険者……ゴクリ」
(ゴクリ、じゃないわよ!)
ツッコミは心の中にとどめた。なんとか。
「ダメですか?」
眉を下げて悲しそうな表情をつくってみせたサイラスくんに、ほんの少し心が揺れる。
(ダメダメダメ!)
心のなかで頭を振る。
(高嶺の花として誇り高く生きるって決めたじゃない! 相手は10歳も年下で、しかも冒険者。ホストと同じか、それ以下よ)
失礼な言い種ではあるが、それが現実だ。冒険者は人気があるし、この世界では必要不可欠ではあるが、まっとうで安定した職とは言い難い。
(こっちが惚れたら最後。前世の二の舞は、まっぴらごめんよ!)
「……お断りします」
言い切った。
(だいたい、こんなオバサンなんか、すぐに飽きてポイよ。昨夜のことは酔った勢いの気の迷い。処女を捨てさせてくれてありがとう、いい夢だったわ)
そういうことにしておくのが、お互いのためである。
「ぜったいぜったい、ダメですか?」
「絶対に、ダメです!」
もう一度、はっきりと言った。
(さすがに、これで諦めるでしょ)
そう思って彼の方を窺った。落ち込んでいるかもしれない、そう思いながら。
ところが。
「……っ!」
彼は口元を手で覆いながら、頬を染めて何かを堪えていた。目尻はへにゃりと下がり、眉をぷるぷると震わせている。それはまるで……。
(よろこんでる!?)
恍惚、と言ってもいいかもしれない。そんな表情だ。
どうしてそんな表情をするのかわからない。正直に言えば、引いている。
「……あいつ、喜んでないか?」
「冷たくされて?」
「マゾなのか」
「マゾだろう」
「A級冒険者はマゾ……ゴクリ」
背後のオフィスの、主に男性職員がざわついている。私の心の中も同じ様相だ。
サイラスくんが、表情を引き締めてから奥のオフィスの方をチラリと見た。しんと静まり返る。
「エミリーさん」
今度はカウンターに手をついて、僅かに身を乗り出した。長身の彼がそうすると、あっという間に私の耳元に顔を寄せることができる。
──ゴクリ。
喉を鳴らしたのは、果たして誰だったのか。
「昨夜のアナタがどれだけ可愛らしかったか。それを知っているのは、ボクだけで十分だと思いませんか?」
これはもはや、脅迫である。
「……今日は、早番なので。残業しても午後7時くらいまでだと思います」
「それじゃあ、その頃に迎えに来ますね」
「……はい」
小さな声だったが、オフィスには聞こえていたらしい。再び悲鳴と怒号で騒がしくなる。そこへ休憩に行っていた窓口課の職員たちも帰ってきたものだから、最悪である。公営ギルドが誇る優秀な職員たちが、首をかしげる窓口課の職員に簡潔に事情を説明している声が聞こえてくる。
「では手続きは以上です報酬は後日口座支払いでお疲れさまでした!」
息継ぎなしの早口でまくし立てて、私は立ち上がってカウンターを出た。このままでは、地獄行きまっしぐらである。
「休憩行ってきます!」
叫んでから、彼の身体を押して押して外へ出た。
「もしかして、ランチも一緒に食べてくれるんですか?」
嬉しそうに言ったサイラスくんを、そのまま路地裏に連れ込む。
「そんなわけないでしょ! ……迎えはいらないから」
「え?」
「あんなに目立つことして、迎えなんか来られたらどうなるか……!」
地獄を想像して背筋が震えた。
「西区のレストラン『エレル』で待ち合わせ! いいわね!」
「……そこまで一人で行くんですか? けっこう距離ありますよ?」
「昨夜みたいなことが、連日起こってたまるもんですか。時間が早いから大丈夫です」
「でも……」
「あのね! 迷惑してるのはこっちなの! 言うこと聞きなさい!」
ビシッと眉間に人差し指を突きつけると、サイラスくんはまたあの表情を浮かべた。
「はい」
そして、嬉しそうに笑ったのだった。
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