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第4章 普通のデートがしてみたいだなんて、絶対誰にも知られたくない!
第13話 続きは2週間後に
「エミリーさん、コーヒー入りました」
出勤前、シャワーを終えてリビングに戻ると、サイラスくんが爽やかな微笑みを浮かべて私を待っていた。
「あ、ありがとう」
たじろいだのは一瞬だった。この光景をみるのも、既に6回目だ。
「トーストは1枚でいいですか?」
「うん」
「スクランブルエッグにしたんですけど、よかったですか?」
「うん」
「ケチャップにします? 塩コショウにします?」
「……ケチャップで」
「はい」
サイラスくんに促されてダイニングテーブルに座ると、既に朝食が並んでいた。最後の仕上げに、ケチャップをかけてくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「いただきます」
「いただきます」
二人で朝食を食べる。ここは私の部屋だけど、前とはずいぶん様子が変わった。寝間着、枕、歯ブラシ、タオル、ひげ剃り……。少しずつ増えていく彼の持ち物を見る度に、ニヤニヤと唇が緩んでしまうのは仕方のないことだろう。
「サイラスくん、今日から長期クエストだっけ?」
「はい。2週間くらいかかると思います」
「A級は大変だね」
「まあ。でも、公営ギルドも大変ですよね」
「うん。今日も残業だと思うわ」
「今回のクエストで国境地帯に行くので、何か分かると思います」
現在、この町の公営ギルドと冒険者たちは非常に忙しい。というのも、西の国境地帯で魔物の動きが活発になっているからだ。
「ん。気を付けてね」
「はい」
こんな一言が嬉しいらしい。サイラスくんがうっとりと微笑んだ。
「エミリーさんも、無理しないでくださいね」
「……」
「どうしました?」
「2週間は寝不足に悩まされることはないなって、思って」
冗談っぽく言うと、サイラスくんが目を見開いて。次いで、また表情を惚けさせた。
「そうですね」
──ガタンッ。
不意に立ち上がったサイラスくんが、テーブル越しに私の耳元に顔を寄せた。
「眠れるといいですね。……ボクがいなくても」
カッと頬に熱が集まった。
「だ、大丈夫よ!」
「ふふふ」
睨みつけてみるが全く効果はない。彼の方は心底嬉しいという表情で私の方を見ている。
「大丈夫だもん……」
もごもごと呟きながら、急いでトーストに噛み付いた。始業時間が迫っている。
「寂しくなったらメッセージ入れてください。魔導通信機で連絡入れますから」
「魔力の無駄使い!」
「ボクは大丈夫ですよ。魔石なくても、自分の魔力で自動機械が使えるので」
「それは、そうだけど……!」
この世界には、2種類の人間が存在する。魔力を持っている人間と、持っていない人間だ。割合は、ほぼ半々。私は持っていない人間で、サイラスくんは持っている人間。
「そうだ。出かける前に、洗濯機回しておきますね」
「……それは、助かる」
持っていない人間は『魔石』を使って自動機械を動かす。この『魔石』がなかなか高価なので、節約しなければ生活が立ち行かなくなる。持っている人間は自分の魔力を使って動かすことができるので、とても便利に暮らせるらしい。サイラスくんがこの部屋に通うようになって、私もその恩恵を受けている。
「お土産に、『魔石』とってきますね」
『魔石』は鉱山で採掘される他、迷宮で拾ったり、魔物からドロップされたりするらしい。何度かお土産にもらっているので、それも大変助かっている。
「エミリーさん、時間」
「あ……!」
時計を見ると、既に家を出るべき時間を過ぎていた。常に始業より早く出勤しているので遅刻はしないが。
「あと、ボクがやっておきますから」
「ありがとう」
促されて、慌てて玄関へ出た。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
親でもない人に『いってらっしゃい』と言われるのには、まだ慣れない。その様子を見たサイラスくんが、またしてもうっとりと微笑んだ。
「かわいい」
「朝からやめてよ」
「だって、エミリーさんがかわいいから」
「もう……っ!」
──チュッ。
文句を言おうと開いた唇が塞がれる。彼の唇だ。
──ちゅ、ちゅる、じゅる、ちゅぅ。
「んっ、あっ、……ふっ」
朝から激しいキスを繰り出されて、震える私の腰を彼が支えて。
──ちゅぅ……。
名残惜しいと言わんばかりの余韻を残して、唇が離れた。
「続きは、2週間後に」
「ん……」
何度か振り返りながら出勤していく私に、サイラスくんが手を振ってくれた。
私はと言えば。笑顔とは裏腹に、一つの不安を拭えずにはいられなかった。
(2週間後も、恋人同士でいられるかしら)
* * *
「欲求不満になりません?」
昼休憩中。クレアちゃんと二人でランチをしながら相談に乗ってもらっていたところ、クレアちゃんが眉間に深いシワを刻んだ。
「よ、欲求不満⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて周囲を見回した。幸い、休憩室には私とクレアちゃんの二人。誰にも聞かれていない。
「お、女の子でも、その、よ、よ……、に、なるの?」
「なります」
「でも、この前は、1ヶ月合わなくても平気だったよ」
「ちっ、ちっ、ちっ」
クレアちゃんが人差し指を立てて揺らした。
「前回とは状況が違います」
「状況?」
「エミリーさん、この1週間を振り返ってみてください」
「うん……?」
頭の中で、1週間の出来事を思い浮かべる。
「ほとんど毎日、サイラスくんがエミリーさんの部屋に泊まってましたね?」
「うん」
「とうぜん、恋人同士がすること、したんですよね?」
ずいっとクレアちゃんの顔が迫ってきた。その迫力に、思わず頷く。そもそも、なぜ彼が私の部屋に泊まっていたことを知っているのかと突っ込むべきなんだろうが、それはできそうもない。
「エミリーさん、我慢できます?」
確かに、1周間前とは状況が違う。
(だからって、何も変わらないわよ)
「うん。大丈夫よ、私は」
「ふーん。そうですか」
クレアちゃんは、まだ納得していないようではあるが、とりあえず頷いてくれた。
「あっちは耐えられないでしょうけどね」
「サイラスくん?」
「はい。念願かなってエミリーさんと付き合い始めたのに、また長期クエストなんて。やってられるかーって気分でしょうね」
「……念願かなって?」
妙な言い回しだ。
「え?」
クレアちゃんが首を傾げる。
「念願かなって、って。それじゃあまるで、サイラスくんがずっと私のことが好きだったみたいじゃない」
そんなはずないと笑ってみせれば、クレアちゃんの表情が凍った。ピシッと音を立てて、固まったのだ。
「あいつ……。エミリーさんにちゃんと話してないんですね?」
「え?」
首を傾げた私に、クレアちゃんが眉を寄せる。
「忘れてください。私から話すことでもないので」
そう言われて、私も眉を下げた。
「そうだね」
二人の間に、沈黙が落ちる。
(そういえば。……私、サイラスくんのこと、何も知らない)
もう一度、この1週間のことを思い浮かべた。会えばキスをして、セックスをした。
(……それだけ、だ)
浮かれていたと言わざるを得ない。
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