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第5章 若い子に嫉妬してるだなんて、絶対誰にも知られたくない!
第18話 お、お仕置きよ
ランドル課長の息子、マシューさんは、それはそれは優しそうな人だった。分厚い眼鏡の向こうの若草色の瞳が印象的な人で、私よりも身長が高くてハンサムだ。なぜ、この人が未婚のままなのかと、首を傾げたほどだ。
「父は、元冒険者なんです」
食後、リビングのソファに腰掛けてゆったりとお酒を飲んでいると、不意にマシューさんが言った。今は二人きりだ。
「え、知らなかったです」
「でしょうね。父が活躍してたのは、もう10年以上前のことですから」
「へえ」
「何人もの新人冒険者を育て上げたってことで有名だったんです」
「そうなんですね」
「そう。それで、人を見る目があるってことで、公営ギルドに中途採用されたんです」
「すごい」
「人を見る目には自信あるんや! っていつも言ってましたね」
彼がずいと身を乗り出した。私との距離が近くなったので、失礼に思われない程度に腰をずらす。その様子を見て、彼がクスリと笑った。
「で、その父が自分の職場に素晴らしい女性がいるって」
「……は、はあ」
(これは、いけない)
この空気はまずい。経験が浅かろうと、それだけは分かった。急いで周囲を見回すが、ランドル課長は書斎で読書、奥様は入浴中。他にきょうだいは無し。つまり、二人きり。
(は、八方塞がりだ……!)
「あの、私……、その……」
何を言えばこの事態を打開できるのか、懸命に頭を働かせるが名案は浮かばない。
「……ぷっ」
すると、マシューさんが吹き出した。肩を震わせている。
「ははははは!」
今度は腹を抱えて爆笑。私は何がなんだか分からずに呆然とするしかない。
「ごめんなさい。つい、可愛くて……」
クククと喉を鳴らしながら、まだ笑っている。
「安心してください。ボク、恋人がいるんです。来年結婚します」
「え⁉」
「父に騙されたんですよ、あなた」
「ええ……」
がっくりと肩を落とした私のグラスに、彼が酒を追加してくれた。とりあえずグイッと呷る。
「なんで」
「父が言うには、『思っとった通りや! エミリーちゃんという至高の恋人がおりながら、他の女に色目を使いおって! あんな、しょうもない男にエミリーちゃんはもったいない! この際や、別れさせたる! 協力せい!』ということでした」
「ランドル課長……」
思わず頭を抱えた。
「どう考えても無理筋な計画ですから、早々に種明かししておきますね」
「はあ」
「まあでも、父の言うことも、あながち間違いじゃないと思いますけどね」
「え?」
カランとグラスの氷を揺らして、マシューさんが笑った。
「彼氏、18歳って聞きましたけど」
「……はい」
(改めて言われると、ものすごく恥ずかしい)
「いつか無理が来る。そういうものだと思います」
「……そうですね」
「とはいえ。まずは当人同士で話し合うのが先決だと、ボクは言ったんですけどね」
「なんて言ってました? ランドル課長は」
「『若い女子に鼻の下伸ばした坊主と、何を話すっちゅうんや! しかも、何も言わんと曖昧に笑いおって! エミリーちゃんが見とるのに、やぞ! あかんあかん! 話なんかさせれへん! エミリーちゃんが傷ついたらどないするんや!』だそうです。……愛されてますね、エミリーさん」
それは、痛いほどに伝わってきた。
(みんな、私を守ろうとしてくれてるんだ)
嬉しくて、心が温かくなる。
「とはいえ、父のやり方はいただけない。ボクとしては、彼にもチャンスを与えるべきだと思います」
「それは、はい。私も彼の話を聞くべきだと思います」
「でしょう? だから、彼にはここの住所を連絡しておきました」
「え?」
「そろそろ、来るんじゃないですか?」
──ピーンポーン。
「ほら、ね?」
マシューさんのウィンクに、思わず苦笑いが漏れた。
* * *
今日は本当に忙しない一日だ。ランドル課長の家を出て、今度は私の部屋。リビングで正座するサイラスくんと向かい合っている。
サイラスくんの顔は、それは酷い有様だ。唇は切れているし、頬が真っ赤に腫れている。私を迎えに来たサイラスくんに、ランドル課長が殴りかかったのだ。サイラスくんは避けなかったので、その拳が頬にクリーンヒット。それでランドル課長はすっかり毒気が抜かれてしまった。
『エミリーちゃんのこと泣かせたら、こんなもんで済まへんからな! おぼえとけぇ!!』
と叫びながら、私たちを見送ってくれた。
「すみませんでした」
「……それは、何に対する謝罪?」
「リカの失言を諌めなかったことです」
確かにオバサン呼ばわりされたことよりも、彼がそれを注意しなかったことの方が傷ついた。彼は私が何に傷ついているのか、ちゃんと分かっているのだ。
「何か、事情があるの?」
私が問うと、サイラスくんがバッと顔を上げた。
「はい。……聞いてくれますか?」
「当たり前でしょ」
サイラスくんが、ほっと息を吐いた。
「リカは、自分を『聖女』だと言っています」
「聖女?」
それは、歴史の教科書に乗っている伝説の存在だ。昔々から、魔のモノがヒトの領域を侵すほどに勢力を増す時、どこからともなく聖なる力を持った女人が現れると言い伝えられている。
「西の国境の向こうで、魔物の勢力が増していることが確認できました。魔王が復活したのかもしれません」
「そんな……!」
一大事だ。
「そのことはマクレガーさんからギルドに報告して、首都にもすぐに連絡が行ったはずです。また忙しくなりますね」
「そうね」
魔王復活となれば、魔物が大量発生するので、クエスト依頼が殺到する。さらに、魔王討伐についてギルド主導で検討していくことになるので、冒険者もギルドも地獄を見ることになるだろう。
「それで、マクレガーさんから『とにかくリカの機嫌を損ねるな』って」
「あー、なるほど」
あの様子では仕方がないだろう。とても気分屋のようだったし、下手に対応して『魔王討伐なんかヤダ!』などと言われては目も当てられない。
「だからって、彼女の失言を許すべきではありませんでした。すみません」
「それはいいよ。別に気にしてない。……でも、嫌だったな」
「え?」
「サイラスくんが彼女のこと、呼び捨てで呼んでたのが」
「あ、それは……」
「彼女に頼まれたの?」
「はい」
『もぉ、リカって呼んでよぉ』と、砂糖菓子のような声音で言いながら彼の腕にしなだれかかる彼女を想像した。
(胸糞悪い)
こんな気分になったのは、初めてだ。
「サイラスくん」
「はい」
この気持をどうすればいいのだろうか。
(やるべきことは、一つ)
「私、怒ってるの」
クレアちゃんの教え通りに、一人で悩まない。彼に伝えるのだ。自分の気持ちを。
「ごめんなさい」
サイラスくんが、また謝る。眉が下がって、正座したまま上目遣いで私を見ている。叱られた大型犬のようで、私の胸がきゅんと鳴った。
「許さない」
「エミリーさん?」
──トン。
逞しい肩を押すと、あっさりと床に倒れた。サイラスくんが目を見開いて、彼の上に馬乗りになった私を見ている。
「お、お仕置きよ」
一瞬どもってしまったのはご愛嬌だ。とにかく。
(私は、怒ってるんだから!)
この怒りを、どうにかしなければならないのだ。
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