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第3話 ケアマネ、【王子様】の突然の訪問に驚く
しおりを挟む「やあ、ネル」
慌てて支度を整えて応接間に行くと、そこには美しい青年がいた。グレアム・ジェシー・オールディス、この国の第2王子だ。彫刻のような美しい造形の尊顔にサファイヤの瞳がきらめき、絹のような美しい金髪は肩まで伸ばしてゆるくリボンで結わえている。
今は地味な学院の制服を身にまとっているとはいえ、その輝きは損なわれていない。物語に出てくる王子様そのものだ。
「ごきげんよう、殿下」
淑やかにお辞儀をしたネルに、グレアムがニコリと微笑む。
「今日はデートに誘おうと思っていたのに。君ったら、授業が終わった途端に慌てて帰ってしまうから」
と、グレアムがネルの手をとった。
「で、デートでございますか!?」
ネルの心臓が跳ね上がった。
(い、イケメン! 生スチル!?)
と、内心は大パニックである。前世の記憶を取り戻した彼女にとって、王子はすでにただの婚約者ではない。恋愛ゲームの登場人物、シナリオライターと神絵師が生み出した理想のイケメンなのだ。
「今夜は王立劇場の王室のロイヤルシートが空いてるんだ。オペラを観に行こう」
ロイヤルシートとは、王侯貴族専用のボックス席だ。特に王室のロイヤルシートは特別で、王族のためだけの席であり、王族とその関係者以外は立ち入ることができない。今夜は空いているということは、他の王族の観劇予定がないということだ。
「そんな、急に言われましても。支度も間に合いませんし……」
と、渋る様子を見せたネルにグレアムが笑みを深くする。
「君は美しいから、何を着ていたって大丈夫だよ」
「と、とんでもございませんわ」
ネルは思わず下を向いた。地味な枯葉色の髪も、くすんだ灰の瞳も、何一つ王子に敵わない。
(私が王子様の隣に立つだなんて、おこがましいわ)
それは、前世の記憶を取り戻す前から思っていたことだ。そもそもネルは、この婚約は自分に相応しくないと思い悩んできた。
(……あら?)
ネルの頭に、一つの疑問がよぎった。
(前世の記憶を取り戻す前の私は、確かに悪役令嬢ネル・クラムでしたわ。彼女は王子様の婚約者という立場に執着するあまりヒロインに意地悪をするはず……。それなのに、『王子様に相応しくない』と思っているだなんて)
と、考え込んだネル。その顔をグレアムが覗き込んだ。
「どうしたんだい?」
心配そうにネルを見つめるサファイヤの瞳に、再びネルの心臓が跳ねる。
(おかしいですわ。王子様と悪役令嬢は、政略的に婚約を結んだだけの仲のはず。こんな風にデートに誘ったり心配するだなんて……?)
ネルが思わず首をかしげると、グレアムも同じように首を傾げた。
「何か、心配事かい?」
と尋ねたグレアムに、ネルはハッとして頷いた。
(そうよ。私には、心配事があるのですわ!)
「ええ。……ちょっとご相談したいことがあるのですけど、よろしいですか?」
(この方はこの国の王子! 有益な情報を得られる可能性が高いわ!)
「もちろんだよ。それじゃあ、今日はゆっくりお話デートだね」
とグレアムは嬉しそうに微笑んで、いそいそとソファに座り直した。嬉しそうに手招きされるので、ネルはその隣に腰掛けるしかない。
「マリアン、お茶をお願い。殿下、晩餐はどうなさいますか?」
「こちらでいただこうかな」
「かしこまりました。マリアン、厨房に伝えてくれる?」
マリアンは弾かれたようにお辞儀をして、大慌てで応接間から出ていった。『今夜は王子が伯爵家で晩餐を召し上がる』、これは使用人たちにとっては大事件である。
(みなさん、ごめんなさいね)
これから彼らが迎える修羅場を思って、ネルは内心で謝罪した。
「それで? 相談っていうのは?」
「今日、奉仕活動の授業でお伺いしたお家で……」
と話し始めたネルに、グレアムは相槌を打ちながらしっかりと聞き入ってくれたのだった。
* * *
「というわけですの」
「ふむ」
グレアムは何度か頷いてから、改めてネルと向き合った。
「ネルは彼らを助けたいの?」
「はい」
「金銭的な支援をしてあげれば、それで済む話じゃないのかい?」
ネルは伯爵家の令嬢であり、彼女個人の資産もある。グレアムの言う通り、アクトン夫妻に使用人を雇うための金銭を援助すれば、それで済む話だ。
「おっしゃるとおりですわ。ですが……」
「それじゃあダメだと思ってるんだね? どうして?」
改めて問われて、ネルは考えた。
「理由は、2つございます」
ネルは慎重に言葉を選んだ。有益な情報を得るために、彼には真意を伝えておきたいのだ。
「1つ目は、彼らの寿命まで全ての責任を負うことができないからです」
「全ての責任?」
「金銭の援助をしたとして、それは一時の支援にしかなりません。その支援が恒久的に続かなければ、いずれまた同じ状況に陥ります。彼らの困りごとは、寿命が尽きるまで続くのですから」
それが介護問題を難しくする要因の一つだ。介護の困りごとは、根源的に解決することはありえない。だというのに、それがいつ終わるのか、誰にもわからないのだ。
「ふむ。確かに」
「私が最後まで責任を持てるならば、金銭的な支援を行うことも良いでしょう。けれど、それを保証することはできませんわ」
ネルは、いずれは誰かと結婚する。そうなれば、婚前と同じように資産を運用できるとは限らないのだ。また、ネルが病気で早死することだって、可能性はゼロではない。
「2つ目は、彼らを助けるだけで終わっては意味がないと思うからですわ」
これには、グレアムが首を傾げた。
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