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第6話 あなたとワルツを
しおりを挟む大理石のフロア、管弦楽の調べ、クルクルと回る色とりどりのドレス、リズムを刻む踵の音。
これらを見ているだけでも、飽きないものですね。
「ほら」
「あら」
「あの方が?」
「綺麗な黒髪ね」
「でも、ちょっと地味じゃありません?」
「ドレスも、なんだかパッとしませんわ」
「それに……」
「どなたのエスコートも受けずに、お一人でいらしたみたいよ?」
「そりゃあ」
「ねえ」
「ずっと、あそこに座っていらっしゃるだけよ」
「踊らないのかしら?」
「もしかして、ダンスをご存知ないのではなくて?」
「あちらのお国に、ダンスを踊る文化がないのかもしれませんわ」
「そういえば、山の上で暮らされていたと聞きましたわ」
「まあ!」
「踊れないなら、こんなところにいらっしゃらなければいいのにね」
「ほら、ずっとエドガール様を見ているわ」
「あら。エドガール様がいらっしゃってるのね」
「今夜も素敵だわ」
「素晴らしいダンスね」
「私も踊っていただけるかしら?」
「お誘いしたら?」
「そんな、はしたない」
コソコソ、クスクス。
国が変わっても、人の様子というのはあまり変わらないものですね。
私に聞こえていると知ってか知らずか。
まあ、どちらでもかまいませんが。
オルレアン帝国に到着して、今日で七日目。
今夜は、初めて夜会に招待していただきました。
主催であるホフマン伯爵には、先ほどご挨拶をさせていただきました。何やら含みのある笑顔でしたが、その理由はすぐにわかりました。
端的に言えば、『かつての敵国からやってきた人質の公爵令嬢を笑い者にしてやろう』と、そういうことでしたか。
会場の入り口まで付き添ってくれたデラトルレ卿の心配そうな表情の理由は、こういうことだったのですね。
何を言われても気にはしません。
とはいえ彼らの下らない娯楽のために消費されるのは、あまり良い気分ではありませんね。
「踊らないのですか?」
声を掛けてくださったのは、先ほどまで楽しそうに噂話に興じていた団体の内のお一人。
貴族然とした精悍な男性です。
その顔に貼り付けたニヤニヤ顔さえなければ、素敵な方だと思ったかもしれません。
「ホフマン伯爵令息よ」
「お優しいのね」
なるほど。
一人寂しく座っている私に、わざわざ声をかけてくださったのですね。
「ダンスは初めてなので」
そう答えると、ニヤニヤが深まりました。
「では、私と一曲踊っていただけませんか?」
初めてだと言いましたのに。
こんな風にお誘いを受けてお断りするのは失礼なことだと、それくらいは私も知っています。
「私が教えて差し上げますよ」
お断りした私を失礼な女だと陰口を叩くか、うまく踊れない私をさらに笑い者にするか。
魂胆が見え見えです。
「では、お願いいたします」
確かに、男性と手を握って向かい合って踊るダンスは初めてです。
踊り方も知りませんでした。
先ほどまでは。
ホフマン伯爵令息の手を握ると、意外にも優しくエスコートされました。
本当にダンスを教えてくださるのかしら、と思ったのは一瞬のことでした。
私たちがフロアの中心に進み出ると、音楽の調子が変わってしまったのです。
先ほどまでよりも早くリズムを刻む曲。
ホフマン伯爵令息が、いっそうニヤニヤした顔でこちらを見ています。
「おや、少し難しい曲ですね。大丈夫ですか?」
なんというか。
非常に、意地の悪い方だということがわかりました。
優しく見えたエスコートは、単に手慣れているだけだったようですね。
「さあ。なにしろ、初めてですから」
最初から優しく教えるつもりなどないのでしょう。
握った手を、グンと引かれました。
同時に踏み出されるステップ。
──スッ。
──タン、タン、タタン。
一歩目で、私が転ぶと思っていたのでしょう。
思惑が外れて、ホフマン伯爵令息が目を剥いています。
ほら、驚いている間にステップが遅れていますよ。
──タン、タタン、タンタン。
美しい旋律、整ったリズム。
ああ、素晴らしい音楽ですね。
一曲を踊り終えて、お辞儀をします。
ホフマン伯爵令息の苦虫を噛み潰したような表情に、思わず声を立てて笑いそうになってしまいました。
「ありがとうございました」
会場が、驚くほどの静寂に包まれていました。
クルリと振り返ってフロアを出ると、人が割れるように避けていきます。
あらあら。
「よろしければ、どうぞ」
異様な雰囲気の中、私に差し出されたのは葡萄酒のグラス。
プツプツと泡が立っています。疲れた身体には、いっとう美味しく感じることでしょう。
「ありがとうございます」
お礼を言えば、深い翠の瞳がきらりと光りました。
長身にスッと伸びた背筋。首の後ろで縛った黒に近い茶色の髪が、美しい曲線を描いてその背に流れています。
先ほどまで、誰よりも華麗な踊りを披露していた方。
お名前は、確か……。
「エドガール・ル・リッシュと申します」
「シーリーン・アダラートです」
「素晴らしいダンスでした」
「恐れ入ります」
「初めてたっだのでは?」
「初めてですわよ」
「なるほど、素晴らしい目をお持ちなのですね」
この人には、私が何をしたのか分かったのでしょう。
「見取り稽古でダンスを覚えてしまうとは、おみそれしました」
『見取り稽古』
つまり、皆様が踊るのを見て覚えたということです。
「素晴らしい先生がいらっしゃいましたから」
「おや。どなたのことでしたか?」
「ふふ。ご謙遜を」
もちろん、『先生』とは彼のことです。
彼のダンスは淀みがなく、音楽との調和も素晴らしい。奇をてらったところもなく、相手の女性もたいへん踊りやすそうに見えたものです。
「なかなか胸糞の悪い夜会でしたが、貴方のおかげで胸がスッといたしました」
「それは、お役に立ててよかったわ」
私のお礼に、微笑み返す姿も様になっています。
まさに社交界の華なのでしょう。周囲からの視線が先ほどまでとは違った棘を含んでいますね。
「エドガール様とお話しされていますわ」
「東の蛮族とはいえ、公爵令嬢ですもの」
「エドガール様も無視はできないだけでしょう?」
「騎士団の方ですもの」
「でも」
「ねえ」
「あんな地味な方」
「エドガール様のお隣に立つだなんて相応しくありませんわ」
「お声が大きくてよ」
「でも、我慢なりませんわ」
聞こえておりますよ。
もちろん、エドガール様にも。
「申し訳ありません」
「まあ、おおむね事実ですし」
「それにしても、蛮族とは言い過ぎですね」
「今は、それでよろしいのですわ」
「今は?」
「ええ。今は」
つい最近まで戦争をしていた敵国から来たのですもの。悪し様に言われることは仕方がありません。
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しかし、それは一朝一夕でできることではないのです。
「少しずつでも、私のことを知っていただければ」
「なるほど。では、今日がその初めの日ですか」
「ええ」
「ではその日を記念して、私と一曲踊っていただけませんか?」
フロアには、再び音楽が流れ始めています。
三拍子のゆったりとした曲。美しいワルツの旋律。
「よろこんで」
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