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第18話 つまらない嫉妬
しおりを挟む「テオドル・エドムント・フォン・クルジーク殿下に謁見をお願いしたく、参内いたしました」
この時間の皇宮の廊下は、皇帝や皇子との謁見を希望する人々で溢れかえっています。
キョロキョロとあたりを見回していると、若い侍従が声をかけてくださいました。
名前と用件を伝えると、『承知しました』とだけ言ってから奥へ行ってしまいました。
別の侍従が待機室に案内してくださいます。
「お連れ様は?」
「いません。今日は一人で来ました」
シュナーベル卿にも誰にも何も言わず、道で辻馬車を拾ってここまで来ました。
今頃、私は腹痛で休んでいることになっています。
さて。
今日こそ、テオドル皇子は私に会っていただけるのでしょうか?
「失礼致します」
小一時間経った頃でしょうか。
年嵩の侍従が来ました。
先ほどの二人の侍従とは肩章の色も形も違うので、責任ある立場の方なのでしょう。
「テオドル皇子殿下におかれましては、本日は業務多忙のため謁見は難しい、とのことです。申し訳ありません」
予想通りと言えば予想通りの返事です。
ですが、諦めるつもりはありません。
帝国へ来て1ヶ月以上、一度もお会いできていないのです。
何よりも、今日は重要な用件があります。
「今日は、どうしてもお話しなければならないことがあります。ご多忙ということは、執務室にはいらっしゃるのですね? 私がそちらにお伺いしますわ」
謁見の間まで来ることができないほど忙しいと言うのならば、私がテオドル皇子の執務室を訪ねるまでです。
「それには及びません。後日、謁見の場を設けますので、ご連絡をお待ちください」
侍従の言葉に、私の眉がピクリと動きます。
『ご連絡をお待ちください』とは。
「そのご連絡を待ち続けて一ヶ月以上ですわ。私は何度も謁見をお願いする手紙を差し上げました。その度に『多忙』だとか『視察』だとかで断られ続けています」
立ち上がって侍従に詰め寄ります。私が怒っていると伝わるように、威圧的に見えるように。
「皇子殿下も、たいへん申し訳ないと……」
「謝罪の言葉は手紙で飽き飽きしております」
侍従の額に滝のような汗が流れています。
彼が悪いわけではないのに、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「執務室に案内してください」
「それは、その……」
「もちろん、案内してくださいますわよね?」
この侍従は、断ることはできないでしょう。
「扉の前までで良いのです。皇子殿下の許可がなければ入室しないとお約束しますわ」
私は外国人とはいえ公爵令嬢。彼の身分と立場では、『お願い』通り執務室の前までは案内せざるを得ないでしょう。
「……はい」
蚊の鳴くような声でした。
本当に申し訳ありません。
それでも、今日は絶対に譲れないのです。
侍従がチラチラと私の方を振り返りながら廊下を進みます。
その姿を見て慌てて廊下の先へ向かった侍従がいましたから、私が執務室に向かっていることはテオドル皇子にも伝わった頃でしょう。
さて。
逃げられてしまったら、次の手を考えなければなりません。
──グイッ。
不意に、腕を引かれました。
驚く間もなく、一つの部屋に押し込まれます。
「何を……!」
するのかと声を上げるつもりでしたが、そっと口を塞がれてしまいました。
皮の手袋の感触に顔をしかめ、私に狼藉を働いた人物を睨み上げます。
「あまり困らせないでください」
困ったような顔で言ったのは、ディルク・マース伯爵です。
伯爵はテオドル皇子の側近ですから、私を引き止めるために来たのでしょう。
ずいぶんと、乱暴な方法ですが。
「困ると言うなら、さっさと謁見してくださればよいのです」
私が詰め寄ると、マース伯爵が両手を上げて降参の意を示します。
そのまま、扉の外でおろおろしていた侍従に手振りで去るように指示しました。
「彼を叱らないでくださいね。私が無理にお願いしたのです」
「貴女らしくない振る舞いですね」
その言葉に、頭の中でカチンと音が鳴りました。
「そうさせたのは、どこのどなたですか。私は、ただ『お会いしたい』と言っているだけなのに」
その言葉に、マース伯爵が微笑みました。
「私は、怒っているのですよ。何を笑っているのですか!」
今度は声を堪えて笑い出しました。
「マース伯爵!」
「申し訳ありません。……どうしようもなく、可愛らしくて」
「……可愛らしい?」
「頬を膨らませて、ぷりぷり怒って……。まるでリスのようです」
言われて、頬が熱くなるのが分かりました。
そんな風に見えていただなんて!
黙って睨みつけると、マース伯爵が笑いを収めて言いました。
「やっと、十代のお嬢さんらしい顔を見た気がします」
何も言い返す言葉がありませんでした。
私が自覚していないだけで、随分と幼くなってしまったようです。
役割ではなく、自分の生きたいように生きる。そのための学びと暮らしが、私をそうさせたのかもしれません。
「悪いことではありませんよ」
確かに悪いことではありませんが、本人としては複雑なところです。
「お褒めいただき、光栄ですわ」
嫌味ったらしく言うと、またしてもマース伯爵が笑います。
「それでは、テオドル皇子殿下に代わって、用件をお伺いします」
半分笑いながらの台詞。完全にからかわれています。
「今日もお会いいただけないのですね?」
「申し訳ありません」
「仕方がありませんね」
マース伯爵にここまで言われてしまえば、諦めざるを得ません。
次の機会を狙うことにしましょう。
まずは、今日の用件を。
ここに来てくださったのがマース伯爵でちょうどよかった。
「イヴァンの推薦のことです」
「ああ」
「マース伯爵に推薦状をお願いしましたが、断られましたので」
「テオドル皇子殿下のご意見だと思われたのですね」
「違うのですか?」
「違います。私の一存です」
「そんなはずはありません。貴方には推薦状を書かない理由がないでしょう?」
首を傾げた私に、マース伯爵が目線を逸らしました。
「えーっと、まあ、そうですね」
随分と歯切れの悪いお返事です。
「確かに、合理的な理由は、ありませんね」
「では、合理的ではない理由があるのですか?」
「……」
「……」
──グイッ。
数秒の沈黙の後、不意に腕を引かれました。本日二度目です。
今回は、そのまま腰を抱かれてしまいました。
「ひゃっ!」
驚いておかしな声が出てしまいます。
頬も耳も真っ赤になっているのが、伯爵には見えているでしょう。
「何度も夜会に出ていらっしゃるというのに、まだ慣れませんか?」
「慣れません! こんな……、ふ、ふしだらです!」
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一瞬、無理やり投げ飛ばすことも考えましたが、さすがにそれはやりすぎだと理性を総動員させます。
「……推薦状は書きましょう」
「え?」
「私の、つまらない嫉妬心です」
「嫉妬、ですか?」
「貴女のそばに、特別な男性が増えることが嫌だったのです」
「そんな。イヴァンとはそんな関係ではありません。第一、私のそばに特別な男性などいらっしゃいませんよ?」
「……そういうところです」
伯爵が何を言いたいのか、さっぱり分かりません。
訳がわからず眉を寄せる私の顔を、マース伯爵が見つめていました。
その顔はこれまで見たどんな表情とも違っていて……。
思わず目を逸らしてしまったのでした。
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