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第29話 真犯人と獅子姫
しおりを挟む「ねえ、バルターク卿」
「ほら、また」
「あ。……ミロシュ」
「どうされましたか? シーリーン」
かりそめとはいえ、婚約者は婚約者。
互いに名前で呼び合うことを約束しましたが、うっかり間違えてしまうこともしばしば。
きちんと演技しなければ、迷惑がかかってしまいますね。
私とバルターク卿……ミロシュは、舞踏会に来ています。
こうして二人で連れ添って出席するのは三度目。私たちが婚約したことは、すでに周知の事実です。
それは、それとして……。
「ちょっと、近すぎない?」
ミロシュの右腕は私の背中から腰を沿うように抱きしめているものだから、私たちの身体がぴたりとくっついているのです。
これでは歩きにくいし、何より……。
「恥ずかしいわ」
「私たちは婚約者ですよ?」
「政略的に結んだ婚約だと、皆さん分かっていますわ」
「それでも、です」
「……」
「やめますか?」
「いいえ。一度引き受けたのだもの。最後までやるわ」
「では、このままで」
「……仕方がないわね」
私の返事に、ミロシュが苦笑いを浮かべます。
やはり、好いてもいない私と恋人のように振る舞うのは嫌なのでしょう。
「今夜のドレスも、とてもお似合いですね」
フロアの中央まで進み出ました。
少しだけ離れてお辞儀をします。
「ありがとうございます」
ドレスを褒められるのは嬉しい。
職人たちの仕事が、こうして人の目を楽しませることで完成される。
その様を見るのが、私は好きです。
「……本当に、お美しい」
「ふふふ。素敵でしょう? この薔薇の図案は、帝国に来た職人が新しく描いたのよ」
「ええ。そうですね。ドレスも美しい」
手を引かれて、腰を抱かれます。
こうして異性と触れ合うダンスには、ずいぶん慣れました。
ダンスならば、恥ずかしいと思うこともなくなりました。
『つまらない、嫉妬心です』
不意に思い出されたのは、瑠璃の瞳のあの人のこと。
ダンスをするでもないのに、私の腰を抱いて切なそうに目を細めていた。
あれは、なんだったのでしょうか。
「考え事ですか? 妬いてしまいますね?」
「妬く?」
「貴女の心を乱す、その人に」
「心を乱すだなんて」
「そうでしょう? そんな顔をして思い浮かべるだなんて。まるで、恋をしているようだ」
「恋?」
そんなまさか。
『恋』だなんて。
「私には、最も縁遠いものですわ」
「縁遠い? なぜですか?」
「私は私の価値を、ちゃんと知っていますよ」
そう。
私は『恋』などしない。
「貴女の価値、ですか」
「私は私の価値を最も理解し、最も効果的に使っていただける方と婚姻を結ぶ。それだけです」
「なるほど。そこに愛はない?」
「愛があれば、その方がよいのでしょうけど。私のような女を愛する殿方がいらっしゃるかしら?」
私は、愛されない。
美しくないから。
可愛くないから。
私にあるのは、強さだけ。
それだけで十分だわ。
「なるほど。これが、『呪い』ですか」
「え?」
「なんでもありませんよ。ただ、テオドル皇子殿下の言っていたことの意味が、ようやく分かったというだけです」
「あら。殿下と何を話されたのですか?」
「それはまあ、秘密です。今のところは」
「殿方って、秘密が多いのね」
「ははは。ご婦人ほどではありませんよ」
「ふふふ。そうね」
ミロシュとは、政略的に婚約を結んだだけの関係です。
この先の流れ次第では、本当に結婚することもあるかもしれません。
けれど、彼を助けてあげたい。
彼が本当に愛する女性と結ばれることができるように。
私たちはきっと、よい友人になれると思うのです。
「休みましょうか」
「そうね」
何曲か踊ったので、壁際で休憩することにしました。ソファに腰掛けて一息つきます。
ミロシュが手を挙げると、それに気づいた給仕がこちらに向かってきました。
盆の上にはグラスが二つ。
「おっと、失礼」
その給仕に、一人の男性がぶつかってしまいました。
グラスは無事でしたが、男性は給仕の服に飲み物がかからなかったかと尋ねます。給仕の無事を確認した男性は、盆の上のグラスを一つ持って行ってしまいました。
給仕は恐縮しつつも礼を言い、改めて私たちの方へ来ました。
「どうぞ」
盆の上から、ミロシュがグラスを手に取ります。
一つしかないグラスは、ごく自然に私に手渡されました。
「すぐに、もう一つお持ちします。葡萄酒でよろしいですか?」
「ああ、頼む」
給仕が慌てて下がっていきました。
「……」
「どうされましたか?」
無言でグラスを見つめる私を、ミロシュが覗き込みます。
……気づいていないわけが、ありません。
ですが、彼のことは後回しです。
まずは……。
「私は誰かに殺されるような謂れはありません」
ミロシュの目が見開かれます。
そんな彼を置き去りにして、グラスを持ったまま会場を横切ります。
絨毯の上ですがツカツカと音がしそうな程の勢いでしたから、人垣が私を避けていきます。
……怒っているので、その雰囲気も手伝ったのかもしれませんね。
「もし」
私が話しかけたのは、一人の男性。
先ほど、給仕にぶつかった男です。
二番目の被害者、クラウディア・ヘス伯爵令嬢の婚約者。
ジョアキム・デュナン男爵令息です。
彼が連続令嬢毒殺事件の真犯人、ということで間違いないでしょう。
「……何か?」
「理由をお伺いしたいのだけど」
「理由? 何のお話ですか?」
「私を毒殺しようとした理由です」
──ザワッ。
一瞬のざわめきの後、会場が静寂に包まれました。
それなりの広さのある会場ですが、そこにいる誰もがこちらを見ています。
そうなるように、わざと大きな声で話したのですが。
「いったい、何をおっしゃっているのやら」
「クラウディア嬢を毒殺なさった理由は分かります。彼女との婚約を解消したかったけれど、ヘス伯爵が許さなかったのでしょう?」
「まさか、そのような醜聞を信じているのですか? 公爵令嬢ともあろうお方が」
「先ほどまでは信じていませんでしたが、今は確信しています」
「なぜ?」
「貴方が、私に毒を盛ったから」
「なんと、私が貴女のグラスに毒を入れたとでも?」
ヘラヘラと笑っている男の横っ面を、今すぐに叩きたい衝動を抑えます。
ここで真実を明らかにしなければ。
まだまだ被害者が出る可能性もあります。
だいたい、婚約者が亡くなってまだ日も浅いというのに派手な衣装で舞踏会へやって来るとは。
この男、既に普通の神経ではないのでしょう。
「シラを切れるとお思いですか?」
「貴女とは今夜が初対面ですし、そんなことをする理由がございませんね」
「あら。一昨日の夜会でもお会いしましたよ。ご挨拶はしませんでしたが」
「……」
「五人目の被害者……シャルロット嬢が亡くなった日にも、貴方をお見かけしたわ」
「なんのことやら……」
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男の足が、一歩後ろに下がりました。
「答えなさい!」
私の大音声で会場がビリビリと震えたのが分かりました。
驚いた何人かがグラスを落とした音が聞こえます。
ああ、ここは戦場ではありませんでしたね。
……少しやりすぎました。
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