バイバイ、セフレ。

月岡夜宵

文字の大きさ
9 / 16

『雲の切れ目』

 あんな形で俺たちは破局を迎えた。それを一週間後の今になって蒸し返すとか、俺はどうかしてると思う。そもそも意気消沈として現実を直視できなかったことが、気づくまでに時間がかかった原因である。冷静になった俺はことの重大さを思い知る。

 大後悔と猛反省。その原因は眼も合わせず逃げていく後ろ姿に、未練を感じていること、にあった。


 意地悪な抱き方をした。乱暴、なんて言葉じゃ言い表せない。なんたって自覚がある。あれではまるっきりレイプである。
 手加減しない、遠慮しない、一方的に決めつけて、彼を泣かせた。

『今日でお別れ、だな』

 たぶん、心のなか、どこか気づいていたのだ。自分のやましい下心が隠し続けた事実に。尚紀がいつの日か別れを切り出す未来に。
 ただそれが予定よりうんと早くやって来ただけ。
 あの言葉を聞いた瞬間には、セーブしていた感情のたがが、リミッターが外れていた。
 理性崩壊となった俺はやけくそ。「もうどうなってもいい」という悲劇のヒロイン病を発症し、尚紀を手ひどくなじって犯した。

(改めて考えて俺、超酷いやつじゃん……)

 こんなセフレ、愛想尽かされて当然だよな。しっかしセフレどころか友人関係までなくすとかさあ。

 あ~~~~! あの時なんでちゃんと話をしなかったんだよ! 俺は馬鹿か?

 後悔、すでに遅し。

 せめて最後にきちんと抱きしめたかった。尚紀の言ったように、笑顔でハグでもして別れてやればよかったのに、と。じくじくと後悔で胸が痛い。


 すっかりやつれて、生気を失った俺の周囲は静かだ。葬式かって空気感。悪友達は触らぬ神に祟りなしと、平然と放置してくる。いや、それ自体は悪くないのだが……。

 ただ一人。親友でもある中村清輔だけは素直に心配してくる。うっとうしいレベルで。

「なあ、やっぱりおかしいだろ。あいつ……ええと、名前知らないけど、何かあったのか? お前つい最近まで調子良かっただろ。一切うざ絡みしてないじゃんか」
「うるせー、ほっとけ」

 絶賛落ち込み中の俺にその声は届かない。どころか、塩をまかれた痛みで傷心の心にしみまくりだ。

「まさか振られたのか? って、お前に限ってそれはな、…………え、マジで!?」

 からかい調子の友人にとってはまさかだったらしい。図星をついてしまい、慌てている。そんなやりとりを聞いた悪友達も唖然としている。

(俺だってまさかだよ。今でも信じらんねえ)

 ――破局。事の破れた局面。悲劇的な結末。

 脳内で辞書の言葉がまた引かれる。

 ここ一週間は散々だった。なにも目に入らない気分なのに彼の背中や横顔だけは目に入る。未練がましく見つめていたら、ふいっとそむけられる顔。遠ざかる背には声をかけることすらできない。
 そして気づく。
 謝罪しようとするが、謝ることもできないまま逃げられていることに。さらに悪いのは、連絡が一切つながらないこと。通話がなぜかつながらない。チャットアプリの方も試しに使ったが、ブロックされていますの表示が出て思わずスマホを落とした。それがついさっき。本人にも避けられるわ、無視されるわで踏んだり蹴ったり。

「なになにぃ、紫、避けられてんの? ぷぷ」

 悪友たちは、ここぞとばかりに俺を見世物として笑い者にしはじめた。性根の悪いやつらではないがノリで生きている陽キャにとって、身内の不幸は身内の間で笑い話にして解消! みたいな謎ルールがあるからなあ。

「どうにかして捕まえたい……」
「大丈夫か、紫。正気だよな、お前?」
「今のアンタだと捕まえたいって、完全にアウトな台詞に聞こえるわあ。眼がやばいもん」

 うんうんとうなずき合う女子ども。うるせえ、こっちは真剣なんだ。ブツブツと念仏を唱えるが如く、なんとかして取り付く方法はないかと、計画を立てていると。

「じゃあさ、追いかけっこすればいいじゃん?」

 今度は地雷メイクの女が髪をくるくる弄びながら答える。

「は?」
「捕まえたいんでしょ、その子。大事ならアタックしかねえべ」
「追いかけっこって子供じゃないだろ」
「そう。私達はガキじゃないね。だから、ここに悪知恵がいぃぃぃっぱい詰まってる。これはもう使うしかないっしょ」

 にひひと悪い顔をして彼女はいう。

「追いかけて追いかけて追いかけて、振り向いてもらえないダメな時はちゃんと諦めなね。でも、まだ捕まえてもないならさ、ちゃんと向き合え。それしかないわぁ」
「お前……ばかじゃなかったのか」
「うっさいバーカ! 馬鹿はおまえだっつの。はぁ、こんな友人思いな友人いないよ? ったく、清っちに感謝しなさいな」
「ああそっか、お前らデキてたっけな。うん、ありがと。清もな」

 俺が感謝すると親友もようやくホっとした顔になる。悪友とか散々思ってたけど、根は悪い奴らじゃないんだよな。もうちょっと他人のこと、見直そうかな。




(って、なんでこんなゲームになってるんだったか……?)

 ぴろりん♪
 スマホがまた鳴動する。通知を開くと「正面門警戒中」の文字。さらに連続で振動が。「進め! 進め! 全速前進!!」、「建物の裏手に入ったよ」、「標的は北東方面へ向かっています」等々。

 走りすぎて荒い呼吸を整えながらまっすぐに進む。しかし目的のものは見当たらない。しまった、また見失ったか。ただの方向音痴だと思っていたがなめていた。彼の逃げ足は普通でも、勘は尋常でないのかもしれない。あるいは一般人には思いもよらないデタラメな逃げ方をしているのかもしれない、が。

 そう、何を隠そう。この大学では今まさに、兎狩りが行われているのだ。悪友どもはハンター尚紀ウサギの位置を知らせる密告者になっていた。俺、いつから悪魔と契約したんだっけか。こんなの卑怯じゃんといささか嫌う自分もいるが……背に腹は代えられない。
 俺はなんとしても尚紀と話し合いたい。いや、拳ではこの際語り合わないぞ?

「おもしろそうだな。俺も乗った!」

 悪魔ども……こほん、悪友たちはこの計画に賛同した。ウサギを追い詰めてどうにかこの恋に決着をつけることを。いたぶられるウサギにとったらたまったもんじゃないと思う。俺は元凶であり主犯だが小動物には同情する。

 再び尚紀の影が。しかしまたしても見失う。一体どういうルートで逃げ回ってるんだ!?

 ピロン!

「ちょっとぉ! 他の女子に話しかけられてるんじゃないわよ!」
「浮気、ダメ絶対!」
「根性みせろ、紫!!」
(ふざけんな、俺がかまってくるわけじゃないから!)

 ぜぇはぁと浅い呼吸を繰り返す。疲労も心労も蓄積する。そう、尚紀になかなか追いつけないのはこれだ。何故か走っている俺を見つけた女子達が急接近したり、妨害行動をとってくるのだ。その度に笑顔で躱していたが……限界だ。

「あ、あの紫く…………え?」
「悪いな、急いでるんで!」

 もはやキレイな紫君を取っ払って本気で走る。やっとだ、尚紀の影が見えて。

「ゴーゴー!」
「この先行き止まりだよぉ!!」
「ミッションコンプリート?」
「あははは、紫のおごりだあ」

 友人たちの通知もラッシュ。ならばそろそろ切ってもいいか。奴らには約束通りおごってやるとして……問題は目の前の獲物だ。




「どう……して? なんで、はぁ、おっかけて、くる、の?」

 いつも中庭から見えていた時計塔。長い螺旋階段を登った頂上手前で、俺はようやく尚紀を捕まえた。

「それ、は、な……ぉき、が、にげ…………ごめ、ちょっとやすませて」
「あ、うん……」

 互いに呼吸を整える。追い詰められて逃げられない状況下。降参したのか、尚紀は諦めたのか、おとなしい。リュックからペットボトルの紅茶を取り出し渡してくる。お礼を言って、口をつける。清涼感と達成感を味わいつつも、視線だけは尚紀から離さないよう必死だ。こんな思いをしてまでやっと捕まえたのだから。


「あー、で、なんだっけ」
「なんで追いかけて来たの? って話なんだけど」
「あ、それな。簡単だよ。尚紀が逃げるから」
「なおき?」

 しまった。いつのまにか呼び捨てにしてたか。

「悪い。尚紀君」
「あ、いや、いいよ。ちょっとびっくりしただけ」
「そっか」


 やばい。今更だけど空気が重い。それに……ほんとーに今更だけど俺、何を話すか、捕まえることに必死過ぎて考えてなかったわ。アホだろ。とりあえず状況を整理すべく尚紀に伝えてみる。

「あ、えーと。こんな形で捕獲して悪いんだどさ。なんつーか、連絡つかなくて? 話しかけるタイミングもなかったし、それで」
「あ。それは。俺が着信拒否してたし、チャットはブロックしてたから」

 やっぱり拒絶されてたのか……。思った以上のダメージを心臓が耐えかねる。避けられていた事実にさらに壁が出来た気がした。この先なんて話せばいいんだ? 何を離しても『あ、ブロック中なので』みたいなやり取りになりそうでものすごく怖いんですが。

あなたにおすすめの小説

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

君の足跡すら

のらねことすていぬ
BL
駅で助けてくれた鹿島鳴守君に一目惚れした僕は、ずっと彼のストーカーをしている。伝えるつもりなんてなくて、ただ彼が穏やかに暮らしているところを見れればそれでいい。 そう思っていたのに、ある日彼が風邪だという噂を聞いて家まで行くと、なにやら彼は勘違いしているようで……。 不良高校生×ストーカー気味まじめ君

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 Rは書こうか悩み中です。本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。