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第1章
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あのときの私は、とにかく必死だった。
たった三十秒で全てを伝えなければいけなかったから。
何度も失敗して、それでも諦めるわけにはいかなかった。私が諦めてしまうことで、あの先が続くことはなかったから。
だから私は伝え続ける。過去の私に。何度も死のうとしたかつての私に。
*
「幽霊でいいって聞いたんだけど」
園芸部の仕事が、花壇の水やりぐらいだと言った人間は誰だったか。両手に白い軍手を装備し、右手にスコップ、左手に雑草というワイルドなスタイルの私の背中に、不満が投げられた。
少しだけ顔を上げると、光の束をぎゅっと集めたような髪が視界に入る。
「残念ながらこの部では、幽霊部員って認められないんだよね」
照りつける太陽の下、黙々と作業する私とは違い、さっきから気怠そうに手を動かす彼──柊 汐音──は、素行の悪い生徒として知られていた。
制服は気崩され、真っ白なシャツのボタンも二つばかり開いている。喧嘩も絶えず、各所で騒動を引き起こしては暴れまわっているという。
そんな彼が属している園芸部に私もいた。
高校にしては珍しく部活を強制されていた。そして生徒は大きく分けて二通りに分類される。
主に部活動に専念する者と、幽霊部員に徹しようとする者。
私は前者のタイプだった。進んで園芸部に入ったし、一人で作業できそうだからと率先して選んだ幽霊部員が多いとは入学初日から聞いていた。名前を入れとくだけでいいと一部の生徒からは人気だったが、今年から顧問が変わったことで、幽霊は認められなくなってしまった。結果、まんまと騙されてしまった彼が誕生してしまったわけだ。
「サボったりしないんだね」
「やるからにはそういうわけにもいかねえだろ」
こうして軽口がたたけるようになったのはここ最近だ。話しかけるだけで怒られそうだと思っていたけど、案外仕事は真面目にするし、何より理不尽な怒りをぶつけてくることもない。
ただ一つだけ、気になっていることがある。
それは、園芸部に入った四月、今から三か月前の高校二年になったばかりのこと。
顔合わせということもあり、園芸部全員が部室に集合したとき。遅れてやったきた柊くんが私の顔を見て言った。
『お前、あの萩野遼希だよな』
どうして私の名前を知っているのか、そもそもいきなり話しかけられるとはどういうことなのか、訳が分からないまま顔合わせが始まってしまった。
どこかで知り合ったのか、そう聞こうとしたところで「なんかイメージと違う」と言われて納得した。
名前が原因でよく男と間違われることが多かった。先に園芸部のメンバーの名前を見て、おそらく私が女だとは思わなかったのだろう。
そんな今は柊くんとペアになり、花壇の雑草取りに勤しんでいた。
「そういえば、こうして顔を合わせるのもなくなったから久しぶりだね」
そう話しかけたつもりだったのに、彼から反応がくることはなかった。土から顔をあげると、私を凝視するように見ていた。
「……久しぶりって、俺といつ会った?」
「えっと、部活がないと学校ではあんまり会わないから」
私は商業、彼は機械科だから、そもそも校舎の棟が違う。それによってあまり顔を合わせることもなかったけど、噂だけは度々入ってくる。
「知らなかったんだけど、柊くんって入学して最初の一ヶ月は入院してたんだってね。悪そうな人たちと喧嘩したって聞いたけど」
そう言うと、彼の目元は一瞬歪んだ。眉に力を入れたように見えたが、その表情はすぐに消えてしまう。
「今更かよ」
「クラスの人が話してるの聞こえちゃったから」
そういうと、分かりやすく舌打ちをしながら雑草をぶちりと抜く。怒っているわけではないのだろうけど、彼をあまり知らなかった頃に舌打ちをされていれば怯えていたのかもしれない。
どうして喧嘩ばかりするの?
そう聞いてみたいだけど、さすがにそこまで踏み込む勇気もない。
「あとは私一人でできるから、柊くん帰っても大丈夫だよ」
「なんで」
「水やりするだけだから。ホース一つしかないからさ、どっちみち一人作業になるから任せて」
こういうときは自分から提案する。
この花壇の水やりも、雑草抜きも、それから、別のことだって全て。
「むしろ私一人でできちゃうから」
自分でやった方が早い。人に頼むよりも、人にお願いするよりも、自分でやってしまった方が何もかも自分都合で終われる。その方が楽だった。
「……ふうん」
無愛想な返事と、納得いっていない双眸が、花壇へと注がれていた。
「じゃあ、よろしく」
「うん、よろしくされました」
柊くんは二、三歩後退し、それからくるりと踵を返す。視線は相変わらず花壇に向けられていたものだから、そんなに水やりがやりたかったのだろうかと疑問が残るが、それもすぐに振り払ってしまった。
水を撒き、ホースを片づけ、軍手を外しては適当に写真を撮る。
花の生涯というのは、あまりにも儚い。花壇には橙色のマリーゴールドを植え替えた。近づくと独特な香りがし、好き嫌いが分かれるが、私はあまり気にならない程度の方だった。
花壇にも最適だと言われているマリーゴールドは、その香りから害虫を遠ざける効果があると言われ、野菜や花と一緒に植えることで互いにいい影響を与えることを意味するコンパニオンプランツとしても知られている。
「……私は、そんな綺麗な存在にはなれないなぁ」
あれこれと角度を変えながら何枚かシャッターを切る。
さっと立ち上がっては空を見上げ目を瞑る。管楽器の美しいユニゾンが校舎から聞こえていた。
たった三十秒で全てを伝えなければいけなかったから。
何度も失敗して、それでも諦めるわけにはいかなかった。私が諦めてしまうことで、あの先が続くことはなかったから。
だから私は伝え続ける。過去の私に。何度も死のうとしたかつての私に。
*
「幽霊でいいって聞いたんだけど」
園芸部の仕事が、花壇の水やりぐらいだと言った人間は誰だったか。両手に白い軍手を装備し、右手にスコップ、左手に雑草というワイルドなスタイルの私の背中に、不満が投げられた。
少しだけ顔を上げると、光の束をぎゅっと集めたような髪が視界に入る。
「残念ながらこの部では、幽霊部員って認められないんだよね」
照りつける太陽の下、黙々と作業する私とは違い、さっきから気怠そうに手を動かす彼──柊 汐音──は、素行の悪い生徒として知られていた。
制服は気崩され、真っ白なシャツのボタンも二つばかり開いている。喧嘩も絶えず、各所で騒動を引き起こしては暴れまわっているという。
そんな彼が属している園芸部に私もいた。
高校にしては珍しく部活を強制されていた。そして生徒は大きく分けて二通りに分類される。
主に部活動に専念する者と、幽霊部員に徹しようとする者。
私は前者のタイプだった。進んで園芸部に入ったし、一人で作業できそうだからと率先して選んだ幽霊部員が多いとは入学初日から聞いていた。名前を入れとくだけでいいと一部の生徒からは人気だったが、今年から顧問が変わったことで、幽霊は認められなくなってしまった。結果、まんまと騙されてしまった彼が誕生してしまったわけだ。
「サボったりしないんだね」
「やるからにはそういうわけにもいかねえだろ」
こうして軽口がたたけるようになったのはここ最近だ。話しかけるだけで怒られそうだと思っていたけど、案外仕事は真面目にするし、何より理不尽な怒りをぶつけてくることもない。
ただ一つだけ、気になっていることがある。
それは、園芸部に入った四月、今から三か月前の高校二年になったばかりのこと。
顔合わせということもあり、園芸部全員が部室に集合したとき。遅れてやったきた柊くんが私の顔を見て言った。
『お前、あの萩野遼希だよな』
どうして私の名前を知っているのか、そもそもいきなり話しかけられるとはどういうことなのか、訳が分からないまま顔合わせが始まってしまった。
どこかで知り合ったのか、そう聞こうとしたところで「なんかイメージと違う」と言われて納得した。
名前が原因でよく男と間違われることが多かった。先に園芸部のメンバーの名前を見て、おそらく私が女だとは思わなかったのだろう。
そんな今は柊くんとペアになり、花壇の雑草取りに勤しんでいた。
「そういえば、こうして顔を合わせるのもなくなったから久しぶりだね」
そう話しかけたつもりだったのに、彼から反応がくることはなかった。土から顔をあげると、私を凝視するように見ていた。
「……久しぶりって、俺といつ会った?」
「えっと、部活がないと学校ではあんまり会わないから」
私は商業、彼は機械科だから、そもそも校舎の棟が違う。それによってあまり顔を合わせることもなかったけど、噂だけは度々入ってくる。
「知らなかったんだけど、柊くんって入学して最初の一ヶ月は入院してたんだってね。悪そうな人たちと喧嘩したって聞いたけど」
そう言うと、彼の目元は一瞬歪んだ。眉に力を入れたように見えたが、その表情はすぐに消えてしまう。
「今更かよ」
「クラスの人が話してるの聞こえちゃったから」
そういうと、分かりやすく舌打ちをしながら雑草をぶちりと抜く。怒っているわけではないのだろうけど、彼をあまり知らなかった頃に舌打ちをされていれば怯えていたのかもしれない。
どうして喧嘩ばかりするの?
そう聞いてみたいだけど、さすがにそこまで踏み込む勇気もない。
「あとは私一人でできるから、柊くん帰っても大丈夫だよ」
「なんで」
「水やりするだけだから。ホース一つしかないからさ、どっちみち一人作業になるから任せて」
こういうときは自分から提案する。
この花壇の水やりも、雑草抜きも、それから、別のことだって全て。
「むしろ私一人でできちゃうから」
自分でやった方が早い。人に頼むよりも、人にお願いするよりも、自分でやってしまった方が何もかも自分都合で終われる。その方が楽だった。
「……ふうん」
無愛想な返事と、納得いっていない双眸が、花壇へと注がれていた。
「じゃあ、よろしく」
「うん、よろしくされました」
柊くんは二、三歩後退し、それからくるりと踵を返す。視線は相変わらず花壇に向けられていたものだから、そんなに水やりがやりたかったのだろうかと疑問が残るが、それもすぐに振り払ってしまった。
水を撒き、ホースを片づけ、軍手を外しては適当に写真を撮る。
花の生涯というのは、あまりにも儚い。花壇には橙色のマリーゴールドを植え替えた。近づくと独特な香りがし、好き嫌いが分かれるが、私はあまり気にならない程度の方だった。
花壇にも最適だと言われているマリーゴールドは、その香りから害虫を遠ざける効果があると言われ、野菜や花と一緒に植えることで互いにいい影響を与えることを意味するコンパニオンプランツとしても知られている。
「……私は、そんな綺麗な存在にはなれないなぁ」
あれこれと角度を変えながら何枚かシャッターを切る。
さっと立ち上がっては空を見上げ目を瞑る。管楽器の美しいユニゾンが校舎から聞こえていた。
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