彼が隠した憂愁な秘密

茉白いと

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第4章 純情可憐

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「うわー見て! 超可愛い絵が書いてある!」
 話題の駅前のカフェは、女子限定というだけあって店内は若い女性で溢れ返っていた。どこを見てもどこを歩いても「可愛い」が合言葉のように聞こえてくるのは不思議だ。
 櫻井さんも負けず劣らずその合言葉を入店する前から連呼していて、つられて「可愛いね、あはは」と合わせるのに必死だった。
 このカフェのイメージキャラクターである「ねこっちまん」という仏頂面な黒猫が密かな人気を誇っているらしく、店内もあちらこちらにその黒猫のイラストが描かれている。
 可愛い…………?
 世の中にはぶさ可愛いという言葉が存在するけど、いまいちブームに追いついていけていない。けれど、正解は分かる。可愛いと連呼することだ。
「あ、なぐもんも入って入って」
「え、あ、うん」
 突然櫻井さんがスマホ片手に画面に向けピースをしていて、咄嗟に同じようなポーズをとってはカシャと音が鳴るまで待機した。
 今時「はいチーズ」も言わないという衝撃に思わず驚きが隠せず、流行りに乗れていないことをこのタイミングで実感する。「あはは、なぐもん半目だぁ」と笑ってる櫻井さんを見て〝ああ、良かった、一緒にいて笑えてもらえてる〟と安心する。
 こうして誰かと写真を撮るなんて集合写真以来ないかもしれない。
「なぐもん、これあとで送るね」
「あ、ありがとう」
 ましてやこんな誰からも好かれるような彼女と一緒にカフェなんて信じられない。
もうこれは友達と思っていいのだろうか。ただのクラスメイトではない、と思いたいのはわたしのわがままだろうか。え、クラスメイト? 境界線が分からない。
 混雑中の店内で奇跡的に空いていた席を確保し、椅子に腰かける。
 沈黙を避けるためにいくつか考えてきた話題を持ち出そうとしたけれど「あ、ちょっとスマホ触るね」と画面に夢中になっている櫻井さん。
 どうやら彼女ぐらいになると色んな人からの連絡も来たりするようだ。それに比べて、最近鳴ったかしらと疑問に思うほどに鳴らないわたしのスマホは、もうわたしが持ち主だということが可哀想で仕方がない。
 すでに飲み物はカフェラテと決まっているものの、櫻井さんのスマホタイムを待つためだけにとりあえずメニュー表に目を通してみる。
 そのあと、スマホから目を離した彼女は「わたしはミルクティーのタピオカにしようかな」と微笑んだのを合図に、素早く店員さんを呼んでは注文を伝える。
 可愛い人は飲み物まで可愛い、罪だ、可愛いな。
 くるんと綺麗に巻かれた櫻井さんの前髪に目を奪われていると、
「そう言えばなぐもんって、逢坂くんと仲が良いんだね」
 何の前触れもなく出された話題に思わず受け身がうまく取れなかった。
「え……」
「あ、この前二人が放課後残ってるの見ちゃって。珍しい組み合わせだなあって。ほら、逢坂くんって結構誰とでも仲良くなれたりするじゃない? でも南雲さんまで攻略しちゃうなんてびっくりで」
 攻略、攻略。
 そこに引っかかってしまうのは一旦流したい。しかし、攻略と言われてしまうほど、そんな難しい人間ではないはずだけれど、やはり周囲からそう思われてしまうらしい。
 わたしと逢坂くんの関係性は、とても人に自慢出来るようなエピソードを持っていないから、いまいちどんな顔を保つことが正しいのか模索する。
「逢坂くんってさ、本当誰にでも優しいよね」
「そ、それは本当に」
「今日のプリントだって、あのままだったら逢坂くんが全部したことになりそうだったのに、南雲さんがほとんどやりましたってわざわざ言ったりしてたもんね。あれでまた女の子達がさすがだねって噂になってたよ」
「……たしかに」
「あ、でもね」
 櫻井さんがなにかを言いかけたそのタイミングで、注文していた飲み物が運ばれてきた。話が一時中断となり、櫻井さんがスマホをまた取り出す。何枚か写真を撮っているのを、ただ横で見つめる。話が気になり過ぎて、このまま流れてしまったらどうしようかと危機感さえ覚え始める。
 しかし、櫻井さんは、「それでね」と話を続けた。
「逢坂くんって、結構遊び人なところあるみたいだからさ」
 さっきまで「可愛い」と合言葉のように口にしていたその顔で、どこかに火をつけられたみたいだった。
 他の音が気にならないくらい鮮明に、はっきりと「遊び人」だと聞こえた。
 だからこそ耳を疑った。初めて聞いた逢坂くんの肩書きが、あまりにも彼に似つかわしくない。
「まあ噂なんだけどね、でも何人かの女の子達がそう噂してて」
「……逢坂くんが?」
「信じられないよね。全然そんな風には見えないし。わたしも逢坂くん、人として好きだからそんな噂を別に信じてるわけじゃないけど……でも本当みたい」
 わたしもショック、と続けた彼女は浅い溜息を静かに零した。
 それは、──どうなのだろうか。どう、なのだろうか。
 わたしだって、逢坂くんとの関係は薄いようなもので、知ってることと言えば口が悪くて表を偽っているだけのどうしようもない彼ということだけだけど、それでも、こんなにもしっくりこない世評は初めて聞いた。
「……そんな話が出回ってるんだ」
「そうだよ、なぐもんも気を付けてね」
 気を付けてと言われても、そもそも彼はそんな人ではないはずなのに。
少なくとも遊び人と言われるような人ではない、と信じたいだけなのかもしれない。
 でも、周囲にどう思われているか気にする人が、遊びまわるだろうか。
「まあ、なぐもんは大丈夫だと思うんだけど。数学の先生のこともあったし、なんか心配になっちゃって」
「……うん」
「ほら、逢坂くん好きな子も多いでしょ? もし、なぐもんも逢坂くんのことを好きだったら、一応伝えておいた方がいいかなって」
 一応。
 それは、一体誰のためを想って言ってくれているのだろう。
 わたしに向けられているはずだというのに、引っかかりを覚えて仕方がない。まるで、誰のためでもない、上辺だけの言葉に聞こえてしまうのは、わたしの性格に問題があるからなのか。
「だからね──」
「あの」
「ん?」
「わたし、逢坂くんが好きなわけじゃなくて」
「あ、大丈夫。勘違いしてるわけじゃないよ? なぐもんが心配で」
 そういう意味じゃなくて。
 そういうことじゃなくて。
 きっと、わたしの声は、櫻井さんに届いていないような気がする。
 大丈夫でもなければ、勘違いしてないわけでもないと思う。
 でもこれって、わたしがコミュ障だから? 人との交流を避けてきたから、空気が読めていないの? 
 失敗したくない。
 わたしには、友達を作ることも使命としてきちんとある。
 せっかくの機会を無駄にしたくない。これも全ては連載枠を勝ち取るためで、友達は必要なものだった。
 でも、友達って、こういうことなのかな。
 心配してもらえるって、こういうことで、わたしのために言ってくれるってこういうことで、たとえ納得できなくても、こういうことだって納得するのが当たり前なんだろうか。
 友達って、なんだろう。
 友達って、友達って。
 同調が出来ない。
 誰かを知ろうとすれば、聞きたい話も聞きたくない話も耳に入る。
 どうして人は同じ人種を批判しあうようにできているのだろう。逢坂くんだってどうして櫻井さんはやめとけなんて言ったのだろう。どうして櫻井さんも逢坂くんの噂を鵜呑みにしてわたしに伝えたのだろう。
 どうして、噂なんてものがこの世の中にあるのか。
 優しさで溢れる世界になれば、どれだけの人が救われるか。
「……ありがとう、教えてくれて」
 友達を作るため。
 わたしは自分の価値観を置いておくことにする。それが一番、漫画のためになって、目標のために動けているような気がする。
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