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第6章 翻雲覆雨
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「だって面倒だろ」
何故人と距離を置くようになったのかを聞いてみた昼休み。
当然のように吐かれた毒に唖然とした。まさか理由が面倒だからという単純なものだとは思わなくて、一瞬言葉を失った。
あれだけの人気者が「面倒」と言ってのけてしまうあたり、もうホワイト逢坂に戻ることは絶対ないと言っても過言ではないなと確信する。
「言っただろ、良い人キャンペーンはやめたって」
言っていた。確かにそうは言っていたけれど、こんなにもキッパリとやめられてしまうとこちらとしても戸惑いを拭えない。
「逢坂くんはどうして良い人を演じていたの?」
演じていた、というのは語弊がある気がするものの、分かりやすく聞くにはその言葉が一番しっくりときた。わたしの問いに、彼は何度か瞬きをしては空を仰いだ。
青い空に浮かぶ雲を見ているようで、ただそれを網膜に映しているだけのようにも見える。そんな綺麗な横顔をじっと見つめた。
「……真似事なんだよな、ただの」
ぽつり、と。呟かれたそれは、油断してしまうと聞き逃してしまいそうなほど小さなものだった。またそれが彼らしくもない弱々しく頼りない声で、耳を疑う。
「え……」
「ただの真似。似せて作り上げた虚像。温厚で人当たりの良い人間を、俺のバージョンで作り上げただけの話」
「俺のバージョン?」
「嘘みたいに優しかった俺の兄貴を、ただ真似ただけの話」
それは、予想もしていなかった返答に思わずぐっと言葉を詰まらせる。
「お兄さんが……いるんだ」
「正確には、いた、だけどな」
察した。きっとこれは、世間話の延長線上で聞いていい話ではない。
「……それは聞かないほうがいいかな」
「いや、いい。別に、いいんだよ」
そう繰り返した彼は、少しだけ躊躇いを見せたような気もした。開きかけた口を一度、縫い合わせるように閉じた。そして、吐き出すように続ける。
「俺が十二の頃、事故で亡くなってる」
ぼんやりと流れゆく雲を追っているその瞳の奥で、彼は何を思っているのか。確かめたくても、そこまで踏み込む勇気はなかった。
「そっか」
それ以上、何も言葉は出なかった。
その言葉は、その事実は、あまり人に伝えたくないようなものだと思う。
「兄貴の変わりになろうとした。完璧だった兄貴を真似れば、両親の傷が少しは癒えるんじゃないかって……そんなわけ、ないんだけどな」
ぽつり、ぽつり、と。か細い声がわたしの耳朶に触れ、熱を残していく。
「偽ることで、世の中は上手く渡れたと思うよ。人間関係に変に巻き込まれることもなかったし。兄貴はそういう生き方をして、楽だったんだろうな。面倒なものをある意味排除出来るから」
「面倒なもの?」
「まあ、友達とか」
「……それは、また耳の痛い話だ」
「人間って、拗らせてるような生き物だから」
拗らせてる。いいところも、悪いところも、今までたくさん見てきたのだろうか。
だから、友達が面倒だと思ってしまったのか。
確かに、今は周囲との交流を避けているように見える。
でも本当に、面倒だと思っているのか。わたしのことを気遣ってそうしているんじゃないかって、そう思ってしまう。
「兄貴の生き方は楽だったけど、感情が消えた。多分、いい人でいるって、自分を犠牲にするってことだから」
逢坂くんの捉え方。
自分を犠牲にする。そうすれば周囲ともうまくやっていける。
櫻井さんと初めて放課後、遊びに行った日のことを思い出した。たしかに、わたしは自分の意見を我慢した。そうすれば、友達でいれるんじゃないかと思ったからだ。
「お前が言う友達ってなに」
「……友達は、なんだろう」
その答えを、最近は探している。
明確な定義がない。互いが友達だと認め合えば友達になれるのかもしれない。
でもどう認め合えばいいか、その方法は分からないし、どうすれば友情が芽生えるかも分からない。
「友達とか、彼氏彼女とか、そんなもん、必要ないだろ」
わたしもそう思って生きてきた。
でもいざ漫画を描く上で必要になった。
魅力的なキャラクターを描くために、わたしは友情も恋も知りたかった。
それを一番知っていそうな人が、言う。必要ないと。
「……寂しいよ、それは」
どうして逢坂くんがそんなことを言うのか、全部を理解できたわけじゃない。
でも人には何か知らの理由がある。
私は漫画のために必要だった。
でも逢坂はなんのために必要じゃなかったのか。
ふわり、と風が吹いたのと同じタイミングで、か細いながらもしっかりと聞こえてきた彼の言葉に思わず顔を上げた。
〝……そうだな〟と聞こえた。
わたしが寂しいと言った答えなのだろうか。
ふっと笑った彼は、まるで夕焼けを背負うように温かくて、消えてしまいそうな顔をしていた。
何故人と距離を置くようになったのかを聞いてみた昼休み。
当然のように吐かれた毒に唖然とした。まさか理由が面倒だからという単純なものだとは思わなくて、一瞬言葉を失った。
あれだけの人気者が「面倒」と言ってのけてしまうあたり、もうホワイト逢坂に戻ることは絶対ないと言っても過言ではないなと確信する。
「言っただろ、良い人キャンペーンはやめたって」
言っていた。確かにそうは言っていたけれど、こんなにもキッパリとやめられてしまうとこちらとしても戸惑いを拭えない。
「逢坂くんはどうして良い人を演じていたの?」
演じていた、というのは語弊がある気がするものの、分かりやすく聞くにはその言葉が一番しっくりときた。わたしの問いに、彼は何度か瞬きをしては空を仰いだ。
青い空に浮かぶ雲を見ているようで、ただそれを網膜に映しているだけのようにも見える。そんな綺麗な横顔をじっと見つめた。
「……真似事なんだよな、ただの」
ぽつり、と。呟かれたそれは、油断してしまうと聞き逃してしまいそうなほど小さなものだった。またそれが彼らしくもない弱々しく頼りない声で、耳を疑う。
「え……」
「ただの真似。似せて作り上げた虚像。温厚で人当たりの良い人間を、俺のバージョンで作り上げただけの話」
「俺のバージョン?」
「嘘みたいに優しかった俺の兄貴を、ただ真似ただけの話」
それは、予想もしていなかった返答に思わずぐっと言葉を詰まらせる。
「お兄さんが……いるんだ」
「正確には、いた、だけどな」
察した。きっとこれは、世間話の延長線上で聞いていい話ではない。
「……それは聞かないほうがいいかな」
「いや、いい。別に、いいんだよ」
そう繰り返した彼は、少しだけ躊躇いを見せたような気もした。開きかけた口を一度、縫い合わせるように閉じた。そして、吐き出すように続ける。
「俺が十二の頃、事故で亡くなってる」
ぼんやりと流れゆく雲を追っているその瞳の奥で、彼は何を思っているのか。確かめたくても、そこまで踏み込む勇気はなかった。
「そっか」
それ以上、何も言葉は出なかった。
その言葉は、その事実は、あまり人に伝えたくないようなものだと思う。
「兄貴の変わりになろうとした。完璧だった兄貴を真似れば、両親の傷が少しは癒えるんじゃないかって……そんなわけ、ないんだけどな」
ぽつり、ぽつり、と。か細い声がわたしの耳朶に触れ、熱を残していく。
「偽ることで、世の中は上手く渡れたと思うよ。人間関係に変に巻き込まれることもなかったし。兄貴はそういう生き方をして、楽だったんだろうな。面倒なものをある意味排除出来るから」
「面倒なもの?」
「まあ、友達とか」
「……それは、また耳の痛い話だ」
「人間って、拗らせてるような生き物だから」
拗らせてる。いいところも、悪いところも、今までたくさん見てきたのだろうか。
だから、友達が面倒だと思ってしまったのか。
確かに、今は周囲との交流を避けているように見える。
でも本当に、面倒だと思っているのか。わたしのことを気遣ってそうしているんじゃないかって、そう思ってしまう。
「兄貴の生き方は楽だったけど、感情が消えた。多分、いい人でいるって、自分を犠牲にするってことだから」
逢坂くんの捉え方。
自分を犠牲にする。そうすれば周囲ともうまくやっていける。
櫻井さんと初めて放課後、遊びに行った日のことを思い出した。たしかに、わたしは自分の意見を我慢した。そうすれば、友達でいれるんじゃないかと思ったからだ。
「お前が言う友達ってなに」
「……友達は、なんだろう」
その答えを、最近は探している。
明確な定義がない。互いが友達だと認め合えば友達になれるのかもしれない。
でもどう認め合えばいいか、その方法は分からないし、どうすれば友情が芽生えるかも分からない。
「友達とか、彼氏彼女とか、そんなもん、必要ないだろ」
わたしもそう思って生きてきた。
でもいざ漫画を描く上で必要になった。
魅力的なキャラクターを描くために、わたしは友情も恋も知りたかった。
それを一番知っていそうな人が、言う。必要ないと。
「……寂しいよ、それは」
どうして逢坂くんがそんなことを言うのか、全部を理解できたわけじゃない。
でも人には何か知らの理由がある。
私は漫画のために必要だった。
でも逢坂はなんのために必要じゃなかったのか。
ふわり、と風が吹いたのと同じタイミングで、か細いながらもしっかりと聞こえてきた彼の言葉に思わず顔を上げた。
〝……そうだな〟と聞こえた。
わたしが寂しいと言った答えなのだろうか。
ふっと笑った彼は、まるで夕焼けを背負うように温かくて、消えてしまいそうな顔をしていた。
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