彼が隠した憂愁な秘密

茉白いと

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第7章 咄咄怪事

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 体育が終わり、少し時間を空けて教室へと戻ったわたしに、またしても嘲笑うような視線を数名から送られる。
 よくよく考えてみれば、この前女子トイレで言い返してしまった彼女達だと気付き、嫌がらせ行為を受けている事に納得した。
 あんな発言を、地味な人間からされたら腹も立っただろう。
 居心地が悪い教室の中、席へと座った途端、視界の端でペットボトルと弾き出されるように出た水が見える。
 おかしな方角から飛んできたそれは、見事にわたしの制服へとかかり白シャツは肌に張り付いた。あまりにも突然で言葉を失い、濡れたシャツから目を動かせない。衝撃的なその光景に、周りも何人かが目を見張っていたように見えた。
 水を、かけられた。
 そう判断出来たのはそれから数秒後。驚きで、声が出なかった。
 ついさっきまで誰かさんに告白を受けてからの展開ではない。これはもう、公開処刑に近い程の嫌がらせなんじゃないだろうか。
 どくどくと呼吸が苦しくなり、上手く息が吸えない。
「やり過ぎ~」
「だってなんか苛々したから」
「うける」
 何がそんなにおかしいのか。どうして、平然と笑っていられるのか。
 彼女達を見ることが出来なくて、けれど水をかけた本人はわたしに心ない言葉を刺してきたあの彼女だということは分かって、でもこの状況をどうしたらいいのかということは分からなくて。
 周りの目が怖くて、立ち去る事も出来ない自分はただ必死に酸素を求めて浅い呼吸ばかりを繰り返す。
 さすがにこれは、もう立ち直れないかもしれない。
 もう、本当に無理かもしれない。
「はは、笑える、」
「——なにが? 全然笑えないんだけど」
 絶望の淵に立たされた状況で、事態は大きく傾いた。
 ケラケラ、と甲高く笑っていた彼女達に割って入ったのはただの野次馬でもなければ、正義のヒーローの逢坂くんでもなく、
「櫻井……さん?」
 あの、彼女だった。
「え……、ちせ?」
「なにこれ、やりすぎでしょ」
 困惑気味の彼女達にただ一人、楯突いた櫻井さんは腕を組みながら冷たい視線を送っている。ぱちくりと瞬きを繰り返す彼女達はまるで櫻井さんが怒っている理由を出来ないとばかりに反応に困っている。
 あの櫻井さんが、わたしを庇った。
「こんなことして恥ずかしくないの? 南雲さんが羨ましいからって醜い嫉妬心曝け出し過ぎじゃない?」
「っ……は? 何、それ」
「嫌がらせしてるあんたらの方がよっぽど笑えるけど」
「あのね!」
 今にも乗り出してきそうな彼女達に咄嗟に立ち上がれば、
「——はい、ストーップ」
 それを制止したのは、今度こそ現れてくれた正義のヒーロ、逢坂くん。
「何この修羅場、ってか原因どうせお前だろ」
 そう言って以前にもくらった華麗なチョップを見事に受ける。
 この流れで何故二度目のチョップをくらわなければいけなかったのか謎だが、「はい、解散解散」と強制的に修羅場を終了させてくれた彼に、何も言えない。
「なんでお前、濡れてんの」
「……え? あ、水がかかって」
「は? ってか上履きは?」
「あ、なんかなくなってて」
「もう意味が分からねえ」
 自分でも状況が理解出来ていない中、彼に説明するよりも先に「櫻井さん」と彼女の名前を呼ぶ。隣の席に座る彼女と一瞬目が合うものの、すぐさま視線を逸らされてしまう。
「別に助けたわけじゃないから」
「でも、ありがとう」
 あれは、どう見ても助けてくれたようにしかみえなかった。
「……これで、チャラになるとは思ってないけど」
 ぽつぽつ、彼女は小さく言葉を滑らせていく。
「前の、絵のコピー。あれ貼ったの、わたしだから」
 彼女の突然の自供に、え、と落ちた。
「逢坂くんと一緒にいるのをよく見て、なんか腹が立って、わたしも嫌がらせした。あの子達に言えるような立場じゃないことは分かってるけど」
 歯切れの悪い言葉は今にも消え入りそうな声で紡がれる。
「……うん、知ってたよ」
 そう返したわたしに、弾かれたように上げられた綺麗なお顔。ようやくこちらを見てくれた彼女はとても驚いた表情を滲ませる。
「知ってたの?」
「うん」
「……なんで」
「あの時は、話し合いをしないほうがいいって判断したから」
「なにそれ」
「前回の件は、もう流したつもり。それはもうよくて、たださっきの件に関しては、ありがとう」
 頭を下げたわたしに「……勝手に言ってれば」と素っ気ない言葉だけが返される。
 あのとき、櫻井さんを問い詰めていたら、きっとこんな展開は訪れなかった。こうして彼女に助けてもらえることなんてなかったはず。
 言わなければ変に埃がたつわけでもないし、散らばることもない。
 この選択が正しいかどうかななんて分からないけど、それでもわたしはあの時の選択を間違えていなかったと心から思う。
 わたしの机に行儀悪く腰を落としている逢坂くんと目が合うと「ドヤるな」と頭を小突かれた。
「お前上履きどうすんだよ」
「あ……、逢坂くんの貸していただけると」
「ふざけんな、探し出せ」
「一緒に探してくれたりは……」
「無理、忙しい」
 とかなんとか言っていた彼が、結局のところ上履きを探してくれることになるのはある程度予想がついていた。
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