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指名依頼とお断りの言葉と。
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──辺境都市オリオーン
「朝っぱらから、一体何の用事じゃ? 午後からは往診の予約が入っておるのじゃが?」
その日。
玄白の治療院に、冒険者ギルドからの使いがやってきた。
なんでも急ぎで話し合いたいことがあるということで、朝の開院直前にもかかわらず、玄白は冒険者ギルドに向かうことになり、しぶしぶとギルドまでやってきていた。
「まあまあ、ギルドマスターがですね、是非とも玄白さんに相談したいことがあると言うので。詳しくはこちらへどうぞ」
「全く。幸い午前中の予約診療はないから良かったものの、急患とかがあったらどうするのじゃ?」
「その時は、別の治療院に向かうから大丈夫です。このオリオーンには、10以上の治療院がありますから」
「……はぁ。それなら良いか」
そう諦め顔で受付嬢についていく玄白。
なお、その10以上の治療院の大半は、玄白の治療院ができた時から来院する患者が減少し、錬金術ギルドに泣きついている。
玄白の治療院は、一度診察を受けると完治してしまう。
そうなると、通院する患者で稼いでいる治療院としては、商売あがったりでやっていられなくなってしまう。
まあ、そんな瑣末な話は置いておくとして。
「ギルドマスター。ランガクイーノさんをお連れしました」
『入ってくれ』
──ガチャッ
室内から聞こえてくる重低音な声。
それに合わせて扉を開くと、正面の執務机の向こうで寒い顔をしている、むくつけき大男が玄白をチラリと見る。
「君が噂の治癒師か。初めまして、オリオーンの冒険者ギルドを統括しているマクトミンだ」
「治癒師のランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃ、よろしく頼む。それで、わしに用事とは、一体なんじゃ?」
「高ランクの指名依頼が入ってな。本来ならば、指名依頼をできる相手はCランク以上なのだが。今回は特例として、ランガクイーノに依頼をお願いしたい」
冒険者を指名しての依頼。
指名依頼という制度があるのだが、これは低ランク冒険者には難易度が高い討伐依頼などを依頼するときや、特殊条件の追加されている依頼などを、信頼と実績のある冒険者に依頼するためのシステムである。
また、生産系や採取会依頼の場合は、仕事の丁寧さなどから低ランク相手に指名依頼を行うことも許可されており、治癒師などへの依頼もこの低ランク指名に分類される。
にも関わらず、討伐依頼と同じ難易度の指定が来るなど、玄白にとっては予想外である。
「その言い方じゃと、討伐任務ではないか。断らせてもらうぞ」
「まあ、まずは話を聞いてくれ。この街から南、魔の森の奥にドラゴンが降り立ったという報告が挙げられている。それが事実だとすると、ドラゴンが森に住み着いた可能性も否定できない」
「まさかとは思うが、ドラゴンを倒してこいと?」
「それこそまさかだ。討伐に向かうのは、王都から派遣された上位ランカーだ。正確に言えば、勇者パーティがドラゴン討伐任務に就く事になった」
勇者?
その存在が何者なのか、江戸時代から転生してきた玄白には理解できない。
「勇者とは?」
「ああ、ランガクイーノさんは外国人だったよな。我が国には、異世界から勇者を召喚する秘技があってな。人類の敵と戦ってもらっているんだよ」
「はぁ? 人類の敵?」
「まあ、そこは色々と……な。主に魔族との戦争に駆り出されているんだ。何せ、魔族を統べる【魔王】ってのは、人類を滅亡させるために戦争を仕掛けてくるからなぁ」
話を聞けば聞くほど、玄白にとっては関係ない話になってきた。
ぶっちゃけると、この国が魔族に襲撃された場合。
荷物を全て解体新書に纏めて、隣国に避難しても構わないと玄白は考えている。
いくら自分の能力がこの世界の常識を超えます治癒能力だとしても、できることとできないことがある。
魔王討伐など到底不可能、加えるならば、それに同行して治癒師として勇者を支えるなど絶対に無理。
そんな恐ろしいところに誰がいくものかと、玄白は心の中で頷いていた。
「まあ、その勇者とやらが怪我をして戻ってきたら、最優先に治癒してやるとするか」
「いやいや、その勇者パーティに同行して欲しいんだ。それが指名依頼だ」
「断る。何故に、一介の低ランク治癒師に同行させる? そんなところに向かう余裕などないわ」
キッパリと同行を拒否する玄白。
「はぁ、そういう予感はしていたんだがな。万が一にも勇者がドラゴンに負けたとしよう。その手負いのドラゴンがこの町を襲ったとしたら?」
「わしは逃げるが?」
キッパリと言い切る。
これにはマクトミンも呆然とする。
「……いや、待て。治癒師が逃げるとなると、誰が傷ついた冒険者を救うんだ?」
「そもそも、手負いのドラゴンの強さがよくわからんが。勇者が負けたということは、誰も勝てるわけがないじゃろ? そんなもの、逃げるに決まっておるわ」
「い、いや、まあ、そうなんだが……領地を守るために、とか、無垢な民を守るために……とか」
「わしは治癒師じゃ!! 何を求めておる?」
「……はぁ。わかった。そもそも、治癒師のランガクイーノに相談したのが間違いか」
すでにマクトミンも諦め顔である。
「そんな高名な勇者に同行するのなら、駆け出しのわしよりも強い治癒師はおるじゃろ? わしはまだFランクで、これ以上はランクを上げる気もないぞ」
「向上心……は必要ないか。わかった、帰って構わない。忙しいところをすまなかったな」
「いやいや、それは構わん。わしも貴重な情報を得られたと思っておるからからな。では失礼する」
軽く一礼して、玄白は執務室を後にする。
そして空腹を紛らわすために、ギルド内部に併設されている酒場に向かうと、軽い朝食を注文した。
………
……
…
──ダン!!
「だから、噂の治癒師をここに呼んでこい。俺たちが直接、交渉するからよ」
冒険者ギルドの受付カウンターで、勇者である吉沢拓真が叫んでいる。
王都にいたタクマは、優秀な治癒師がオリオーンにいるという神託を聞き、魔王討伐のための仲間として迎えいれようとやってきた。
彼の背後では、魔導師のマヤ・ムーン、獣戦士のアルナイアル、そして盾騎士のアラン・ブラウザの三人がタクマと共に受付の話を聞いている最中であるのだが、タクマのいつもの我儘っぷりに、半ば呆れるような顔をしている。
「その件につきましては、すでに指名依頼は断られています。こちらとしても一度断られた依頼についての仲介を行うことはしませんので、ご自分でお探しになるとよろしいかと」
「つかえねぇ職員だなぁ。俺たちはさ、王都からドラゴンの討伐でわざわざきたんだよ? 少しぐらいは融通してくれても構わないんじゃないか?」
「そうそう。万が一ドラゴンが存在したら、この街がまっさきに襲われるんじゃないの? 私たちに力を貸してくれるぐらいは、構わないでしょう?」
「いえ。これは規約ですので、ご自分で周りの冒険者から話を聞くなりしてください……」
キッパリと言い切る受付。
この態度が気に入らなかったのか、タクマが受付に掴みかかろうとしたのだが。
──ガシッ
タクマの腕を、アランが制する。
「そこまで。タクマ、お前はすぐに力で物事を解決しようとする。少し頭を冷やせ」
「チッ。わかったよ、わかりましたよ騎士団長さん。俺たちはその辺で座って飯でも食ってますから、あんたが噂の治癒師を探してきてくださいよ」
嫌味ったらしく呟くと、タクマとマヤは酒場に向かって歩いて行く。
そしてアランは受付に頭を下げてから、アルナイアルと一緒に治癒師についての情報を集めることにした。
………
……
…
──酒場では
「なあランガ先生。どうも最近、食欲が無くて……こう、先生を見ていると胸が痛くなるんだ」
「バドー。お前はどれだけわしにプロポーズを繰り返すつもりだ? ついでに言うとお前は太りすぎだ。いくら実家が肉屋だからといって、三食全て肉ばかり食べるのは体に良くない」
長閑に朝食を食べている玄白のテーブルには、診察常連の太っちょバドーとマチルダが同席している。
「そうそう。もっといってあげてください」
「まあ、バドーは痩せろ……と、そういえばマチルダさんや、今日は『深淵を狩るもの』のメンバーは一緒ではないのか?」
「ええ。今日は若手の訓練に付き合っているみたいですね。教導依頼と言いまして、訓練指導の仕事をしているようです」
「それで、マチルダさんだけがお休みということか?」
「はい。今日の指導冒険者には、私の担当する方がいないもので」
そう笑顔で告げてから、マチルダものんびりと朝食を食べ始めるのだが。
「ふん、満席かよ……そこのチビ、悪いがそこは俺たちの席になる。とっとと席を開けろ」
酒場にやってきたタクマが、近くに座っている玄白に向かって叫ぶ。
だが、玄白はそちらをチラリと見ただけで、すぐに食事を続ける。
「クソガキが。俺の話を聞いているのか?」
「まだ食っている最中じゃ。食い終わるまで待てば良いではないか?」
「うるせぇ。俺に指図するんじゃねーよ。お前、俺が何者かわかっているのか?」
「礼儀知らずで常識知らずのガキ。なにが悲しくて、せっかくの朝食を諦めて帰らないとならないのかわからんわ」
──ブゥン!!
玄白がつぶやいた瞬間。
タクマが抜刀して玄白の首筋に向かって斬りつける。
正確には、脅しのために首筋に目掛けて剣を振り下ろし、皮一枚切ってやろうとしたのだが。
──ビシッ
その一撃を、玄白は右手親指と人差し指で挟んで止める。
「危ないのう。なんじゃ? 最近の子供は、自分が気に入らないと力任せに暴力を振るうのか? 本当に躾のなっていないガキじゃな」
「こ!この野郎!! 離しやがれ!!」
必死に剣を取り返そうとするが、玄白に摘まれた剣はびくりとも動かない。
「離すから、力を抜け。そして食べ終わるまで待て。他にも空きそうな席があるじゃろ?」
──フッ
そう告げてから指を離す。
するとタクマは剣を手元に戻し、今度は全力で玄白に向かって振り落とし……。
「くたばれクソガキ!! 勇者様に歯向かった罪でぶっ殺す!!」
──ガギィィィン
高速で振り落とされた剣。
それに反応して振り向いた玄白が、白刃どりの要領で両手を少しずらして交差すると、タクマの剣を受け止め、真っ二つにへし折った。
「全く。これで悪さできんじゃろ……」
そう告げてから席に戻る玄白と、その場に崩れて呆然とするタクマ。
勇者にのみ使うことが許された、絶対不変の聖剣【ブレイブカリバー】が砕かれ折られたという事実に、タクマもマヤも呆然とするしかなかった。
「朝っぱらから、一体何の用事じゃ? 午後からは往診の予約が入っておるのじゃが?」
その日。
玄白の治療院に、冒険者ギルドからの使いがやってきた。
なんでも急ぎで話し合いたいことがあるということで、朝の開院直前にもかかわらず、玄白は冒険者ギルドに向かうことになり、しぶしぶとギルドまでやってきていた。
「まあまあ、ギルドマスターがですね、是非とも玄白さんに相談したいことがあると言うので。詳しくはこちらへどうぞ」
「全く。幸い午前中の予約診療はないから良かったものの、急患とかがあったらどうするのじゃ?」
「その時は、別の治療院に向かうから大丈夫です。このオリオーンには、10以上の治療院がありますから」
「……はぁ。それなら良いか」
そう諦め顔で受付嬢についていく玄白。
なお、その10以上の治療院の大半は、玄白の治療院ができた時から来院する患者が減少し、錬金術ギルドに泣きついている。
玄白の治療院は、一度診察を受けると完治してしまう。
そうなると、通院する患者で稼いでいる治療院としては、商売あがったりでやっていられなくなってしまう。
まあ、そんな瑣末な話は置いておくとして。
「ギルドマスター。ランガクイーノさんをお連れしました」
『入ってくれ』
──ガチャッ
室内から聞こえてくる重低音な声。
それに合わせて扉を開くと、正面の執務机の向こうで寒い顔をしている、むくつけき大男が玄白をチラリと見る。
「君が噂の治癒師か。初めまして、オリオーンの冒険者ギルドを統括しているマクトミンだ」
「治癒師のランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃ、よろしく頼む。それで、わしに用事とは、一体なんじゃ?」
「高ランクの指名依頼が入ってな。本来ならば、指名依頼をできる相手はCランク以上なのだが。今回は特例として、ランガクイーノに依頼をお願いしたい」
冒険者を指名しての依頼。
指名依頼という制度があるのだが、これは低ランク冒険者には難易度が高い討伐依頼などを依頼するときや、特殊条件の追加されている依頼などを、信頼と実績のある冒険者に依頼するためのシステムである。
また、生産系や採取会依頼の場合は、仕事の丁寧さなどから低ランク相手に指名依頼を行うことも許可されており、治癒師などへの依頼もこの低ランク指名に分類される。
にも関わらず、討伐依頼と同じ難易度の指定が来るなど、玄白にとっては予想外である。
「その言い方じゃと、討伐任務ではないか。断らせてもらうぞ」
「まあ、まずは話を聞いてくれ。この街から南、魔の森の奥にドラゴンが降り立ったという報告が挙げられている。それが事実だとすると、ドラゴンが森に住み着いた可能性も否定できない」
「まさかとは思うが、ドラゴンを倒してこいと?」
「それこそまさかだ。討伐に向かうのは、王都から派遣された上位ランカーだ。正確に言えば、勇者パーティがドラゴン討伐任務に就く事になった」
勇者?
その存在が何者なのか、江戸時代から転生してきた玄白には理解できない。
「勇者とは?」
「ああ、ランガクイーノさんは外国人だったよな。我が国には、異世界から勇者を召喚する秘技があってな。人類の敵と戦ってもらっているんだよ」
「はぁ? 人類の敵?」
「まあ、そこは色々と……な。主に魔族との戦争に駆り出されているんだ。何せ、魔族を統べる【魔王】ってのは、人類を滅亡させるために戦争を仕掛けてくるからなぁ」
話を聞けば聞くほど、玄白にとっては関係ない話になってきた。
ぶっちゃけると、この国が魔族に襲撃された場合。
荷物を全て解体新書に纏めて、隣国に避難しても構わないと玄白は考えている。
いくら自分の能力がこの世界の常識を超えます治癒能力だとしても、できることとできないことがある。
魔王討伐など到底不可能、加えるならば、それに同行して治癒師として勇者を支えるなど絶対に無理。
そんな恐ろしいところに誰がいくものかと、玄白は心の中で頷いていた。
「まあ、その勇者とやらが怪我をして戻ってきたら、最優先に治癒してやるとするか」
「いやいや、その勇者パーティに同行して欲しいんだ。それが指名依頼だ」
「断る。何故に、一介の低ランク治癒師に同行させる? そんなところに向かう余裕などないわ」
キッパリと同行を拒否する玄白。
「はぁ、そういう予感はしていたんだがな。万が一にも勇者がドラゴンに負けたとしよう。その手負いのドラゴンがこの町を襲ったとしたら?」
「わしは逃げるが?」
キッパリと言い切る。
これにはマクトミンも呆然とする。
「……いや、待て。治癒師が逃げるとなると、誰が傷ついた冒険者を救うんだ?」
「そもそも、手負いのドラゴンの強さがよくわからんが。勇者が負けたということは、誰も勝てるわけがないじゃろ? そんなもの、逃げるに決まっておるわ」
「い、いや、まあ、そうなんだが……領地を守るために、とか、無垢な民を守るために……とか」
「わしは治癒師じゃ!! 何を求めておる?」
「……はぁ。わかった。そもそも、治癒師のランガクイーノに相談したのが間違いか」
すでにマクトミンも諦め顔である。
「そんな高名な勇者に同行するのなら、駆け出しのわしよりも強い治癒師はおるじゃろ? わしはまだFランクで、これ以上はランクを上げる気もないぞ」
「向上心……は必要ないか。わかった、帰って構わない。忙しいところをすまなかったな」
「いやいや、それは構わん。わしも貴重な情報を得られたと思っておるからからな。では失礼する」
軽く一礼して、玄白は執務室を後にする。
そして空腹を紛らわすために、ギルド内部に併設されている酒場に向かうと、軽い朝食を注文した。
………
……
…
──ダン!!
「だから、噂の治癒師をここに呼んでこい。俺たちが直接、交渉するからよ」
冒険者ギルドの受付カウンターで、勇者である吉沢拓真が叫んでいる。
王都にいたタクマは、優秀な治癒師がオリオーンにいるという神託を聞き、魔王討伐のための仲間として迎えいれようとやってきた。
彼の背後では、魔導師のマヤ・ムーン、獣戦士のアルナイアル、そして盾騎士のアラン・ブラウザの三人がタクマと共に受付の話を聞いている最中であるのだが、タクマのいつもの我儘っぷりに、半ば呆れるような顔をしている。
「その件につきましては、すでに指名依頼は断られています。こちらとしても一度断られた依頼についての仲介を行うことはしませんので、ご自分でお探しになるとよろしいかと」
「つかえねぇ職員だなぁ。俺たちはさ、王都からドラゴンの討伐でわざわざきたんだよ? 少しぐらいは融通してくれても構わないんじゃないか?」
「そうそう。万が一ドラゴンが存在したら、この街がまっさきに襲われるんじゃないの? 私たちに力を貸してくれるぐらいは、構わないでしょう?」
「いえ。これは規約ですので、ご自分で周りの冒険者から話を聞くなりしてください……」
キッパリと言い切る受付。
この態度が気に入らなかったのか、タクマが受付に掴みかかろうとしたのだが。
──ガシッ
タクマの腕を、アランが制する。
「そこまで。タクマ、お前はすぐに力で物事を解決しようとする。少し頭を冷やせ」
「チッ。わかったよ、わかりましたよ騎士団長さん。俺たちはその辺で座って飯でも食ってますから、あんたが噂の治癒師を探してきてくださいよ」
嫌味ったらしく呟くと、タクマとマヤは酒場に向かって歩いて行く。
そしてアランは受付に頭を下げてから、アルナイアルと一緒に治癒師についての情報を集めることにした。
………
……
…
──酒場では
「なあランガ先生。どうも最近、食欲が無くて……こう、先生を見ていると胸が痛くなるんだ」
「バドー。お前はどれだけわしにプロポーズを繰り返すつもりだ? ついでに言うとお前は太りすぎだ。いくら実家が肉屋だからといって、三食全て肉ばかり食べるのは体に良くない」
長閑に朝食を食べている玄白のテーブルには、診察常連の太っちょバドーとマチルダが同席している。
「そうそう。もっといってあげてください」
「まあ、バドーは痩せろ……と、そういえばマチルダさんや、今日は『深淵を狩るもの』のメンバーは一緒ではないのか?」
「ええ。今日は若手の訓練に付き合っているみたいですね。教導依頼と言いまして、訓練指導の仕事をしているようです」
「それで、マチルダさんだけがお休みということか?」
「はい。今日の指導冒険者には、私の担当する方がいないもので」
そう笑顔で告げてから、マチルダものんびりと朝食を食べ始めるのだが。
「ふん、満席かよ……そこのチビ、悪いがそこは俺たちの席になる。とっとと席を開けろ」
酒場にやってきたタクマが、近くに座っている玄白に向かって叫ぶ。
だが、玄白はそちらをチラリと見ただけで、すぐに食事を続ける。
「クソガキが。俺の話を聞いているのか?」
「まだ食っている最中じゃ。食い終わるまで待てば良いではないか?」
「うるせぇ。俺に指図するんじゃねーよ。お前、俺が何者かわかっているのか?」
「礼儀知らずで常識知らずのガキ。なにが悲しくて、せっかくの朝食を諦めて帰らないとならないのかわからんわ」
──ブゥン!!
玄白がつぶやいた瞬間。
タクマが抜刀して玄白の首筋に向かって斬りつける。
正確には、脅しのために首筋に目掛けて剣を振り下ろし、皮一枚切ってやろうとしたのだが。
──ビシッ
その一撃を、玄白は右手親指と人差し指で挟んで止める。
「危ないのう。なんじゃ? 最近の子供は、自分が気に入らないと力任せに暴力を振るうのか? 本当に躾のなっていないガキじゃな」
「こ!この野郎!! 離しやがれ!!」
必死に剣を取り返そうとするが、玄白に摘まれた剣はびくりとも動かない。
「離すから、力を抜け。そして食べ終わるまで待て。他にも空きそうな席があるじゃろ?」
──フッ
そう告げてから指を離す。
するとタクマは剣を手元に戻し、今度は全力で玄白に向かって振り落とし……。
「くたばれクソガキ!! 勇者様に歯向かった罪でぶっ殺す!!」
──ガギィィィン
高速で振り落とされた剣。
それに反応して振り向いた玄白が、白刃どりの要領で両手を少しずらして交差すると、タクマの剣を受け止め、真っ二つにへし折った。
「全く。これで悪さできんじゃろ……」
そう告げてから席に戻る玄白と、その場に崩れて呆然とするタクマ。
勇者にのみ使うことが許された、絶対不変の聖剣【ブレイブカリバー】が砕かれ折られたという事実に、タクマもマヤも呆然とするしかなかった。
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