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立場の違い、利権と命と

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──オリオーン
 ドラゴンの元から戻ってきた玄白は、真っ先に診療所の準備を終えると、そのまま担ぎ込まれてくるであろう患者を待っていた。
 玄白が先に到着したので、このあとで勇者チームがやってくるのではと準備万端で待機していると、予想通りに診療所の扉が開かれた。

「スギタ先生! 治療をお願いします」
「アランがやられたニャ!! 酷い火傷だニャ!」

 飛び込んできたのは、タクマに抱えられたアラン。
 全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、担架に乗せられてやってきたのである。

「急いで診察室に、いや、そこで構わん!!」

 素早くアランの体に触れ、解体新書ターヘル・アナトミアを開く。
 
「魔法火傷か。皮膚の表層が全て炭化したようだが、どうしてエリクシールは使わなかったのじゃ!!」 
「使ったんだ!! それも二度もな。これは三度目のブレスで焼かれたんだよ!! あんたが着いてきてくれたら、こんなことにはならなかったんじゃないか」
「喧しいわ。一度目のブレスで逃げておけば、こんなことにはならなかった、違うか?」

 そう説明しつつ、解体新書ターヘル・アナトミアからエリクシールを取り出す。
 それをアランの全身に振りかけると、やがてエリクシールが皮膚に浸透し、一気に再生を始めた。

「先生、アランは大丈夫かニャ?」

 アルナイアルが心配そうに問いかける。
 ちょうど玄白も|解体新書『ターヘル・アナトミア》を開いてアランの容態を確認したが、このまま数時間もすれば皮膚は再生し熱も下がる。
 
「このまま数時間、眠らせておけ。そっちの横に簡易ベッドを用意するから、そこに寝かせてくれるか?」
「え、あ、ああ……」

 すぐさまベッドを用意すると、アルナイアルとタクマがアランをベッドに移す。
 あとは一時間おきぐらいに様子を見るだけ。
 午後には動けるようになるから、今のうちに他の治療を開始するのだが、運ばれてくる患者の半分近くは火傷を負っている。

「……まさかとは思うが、ここの患者全て、ドラゴン退治に向かったのか?」
「その、まさかだが。冒険者ギルドと勇者がドラゴン討伐の依頼を出していて、報酬もかなり高額だったから参加したらしい」
「まあ、ブレスが脅威なことは理解しているが、勇者のパーティの魔法使いがアンチブレスの術式を展開してくれてさ。それでここまでダメージが軽減できたんだけど」
「ブレスの火傷程度なら、ここで治せるって話を聞いてきたんだけど」

 話を聞けば聞くほど、無謀にも程があると言いたくなってくる。
 冒険者なら、ドラゴンの脅威ぐらいは理解しているだろうと問いかけてもいたが、実際に戦ったことはここ50年以上ないらしく、半ば物語的に語られている程度らしい。
 当然ながら、当時の資料などをもとに討伐作戦などを組み立てた結果が、今回の壊滅的な敗北に繋がったらしい。

「では、早速じゃが手術を開始するから、順番に患者を奥に運び込んでくれ。深淵のメンバーは患者の容態の確認を、マチルダさんなら優先順位はわかるじゃろ?」
「はい」

 すぐさま患者の容態を確認するマチルダ。
 常日頃から診療所の警備を務め、時間があれば玄白が治療をしているところを見ていた。
 それゆえに、その辺の治癒師レベルの鑑識眼は身につけているようである。

「お、俺たちは何かすることがあるか?」
「健康な奴は外に出しておいてくれ。あとはマチルダさんたちが指示する患者を中に運んでくれ」
「了解ニャ!」
「お、おれも手伝うからな」

 アルナイアとタクマもマチルダの指示を聞きつつ、患者を奥の治療室に運び込む。
 そのあとは玄白が手術を開始、エリクシールによる全快手術は不可能であるが、数日程度体を休めればある程度は動けるようになる。
 そして夕方まで治療と手術を続けた結果、命に関わる重篤な患者は全て治療し終えたのである。

………
……


「……まあ、この様子じゃと、数日は討伐任務は無理じゃな。今のうちに、領主の元に進言しにいくとするか」
「進言? 何かあったのですか?」
「まあ、ちょいとな……」

 それだけを告げて、玄白は診療所を後にする。
 まだ動けない患者はいるものの、命の危機というほどの重篤な患者はいない。
 そのため留守をマチルダたちに任せて、玄白は単身、領主の屋敷へと向かっていった。
 そしてドラゴンの件で領主に話があると伝えて欲しいと門番に説明すると、すぐさま応接室へと案内された。

「ドラゴンの件で話があると聞いたが?」

 オリオーンの領主、ザビーネ・バビロニア子爵は、目の前に座っている玄白に静かに問いかける。
 つい先ほど、冒険者ギルドから討伐失敗の報告を受け、今後の対応をどうするべきか頭を悩ませていたところである。
 そんな時に、玄白がやってきてドラゴンの話などと言われると、やはり期待してしまうのだろう。

「うむ。ドラゴン討伐を中止してくれるか?」
「……ちょ、ちょっと待て。いきなり何を言い出すんだ? あの森に住み着いたドラゴンは凶暴で凶悪、奴を討伐に向かった冒険者がほぼ全滅に近い状態になったという話じゃないか? そんな奴を放置しろというのか?」
「うむ。まあ、まずは話を聞け。実はな」

 玄白は、今朝方のドラゴンとの話を淡々と説明する。
 最初は疑っていたザビーネも、同じ時間帯にドラゴン討伐に向かったものからの報告で、ドラゴンの特長なども聞き出している。
 そしで報告書と玄白の説明のドラゴンが一致したとたん、さらに頭を抱える羽目になった。

「……それじゃあ何か? あのドラゴンは元々あの場所に住んでいて、欲に駆られた冒険者を返り討ちにしていただけだというのか?」
「そうじゃが。事実、お主らが手を出さなければ、ドラゴンは何もせんと話しておったが。わしとも約束したからな?」
「そんな約束を誰が信じると? それよりも巣には卵もあるということだが、やはり本当か?」
「さあな。まあ、欲に目を絡ませて取りに行っても、恐らくは返り討ちじゃろうから諦めるが良いぞ」

 そう説明すると、ザビーネは腕を組んで考える。

「なあ、スギタ先生。あんたなら、その卵をとって戻ってこれるか?」
「無理じゃろうし、そもそもそんなことを手伝うはずがないじゃろ?」
「何故だ。竜の卵だぞ? 孵化してすぐに調教すれば、伝説のドラゴンライダーにもなれるだろうが。それに、巣があるということは財宝もあるってことじゃないか?」
「財宝も何も、そんなことは聞いておらん。まあ、わしからは一言、ドラゴンには手を出すな、それだけじゃよ」
「すでに国王自らの魔法印の施された勅命が届けられたのだ!! ドラゴン討伐、そして卵があるのなら回収しろと」

 まだ引き下がる様子がないのを感じて、玄白は椅子から立ち上がる。

「知らんわ。わしは忠告した、それを無視してドラゴンに手を出したなら、わしはその患者は助けないからな……さて、それじゃあ失礼する」

 立腹して立ち上がる玄白を、ザビーネは止めることができない。
 そのまま彼女が立ち去ったあと、窓辺から街を眺める。

「彼女の言葉を信じ、街を守るべきか……それとも、王国の命令に従うべきか……くそっ!!」

──ダン!!
 強くテーブルを殴りつける。
 その勢いで、傍に置かれていたカップが倒れ、ワインが机の上に溢れてしまう。
 それは机の上に置いてあった、騎士団長から届けられたばかりの書簡の上に溢してしまう。  
 王国の封蝋のなされた書簡。

 それには、ザビーネらオリオーンの冒険者達にも、騎士団と協力してドラゴンの討伐を行い、卵の回収をするように記されている。
 慌ててそれを手にして、ザビーネが傍の吹き布で書簡の上に溢れたワインを叩き拭き取る。
 しっかりと王のサインも入っている書簡であり、国王からの勅令を示す魔法印という王国の命令を示す術式も施されているのだが。
 
 それが、ワイン如きで滲んでしまった。

「な、なんだこれは? 魔法印がワインなどで滲むはずがない……まさか偽物か?」

 ザビーネは急いで魔法印の部分を布で擦る。
 すると、魔法印が全て消滅したのである。

「……偽物の書簡……そして、騎士団長が持ってきた無謀とも言える命令書……まさか?」

 全ては、騎士団長が張り巡らせた罠?
 それは何故?
 そんな疑問が頭を過ぎると、ザビーネはすぐに執務官を呼び出した。

………
……


 領主館を後にした玄白は、すぐさま冒険者ギルドに向かい、ギルドマスターにもドラゴンは手を出さなければ何もしないこと、だから討伐依頼を下げるようにと進言したのだが。

「すでに貴族や商人からは、ドラゴンの素材を早く回収するようにせっつかれているんだ。それに、先ほど王国騎士団が王都から国王の勅令の記された書簡を持ってきた……」
「のう、ギルドマスターよ。本当に、どうにかならんのか?」

 そう念入りに問いかける玄白だが、ギルドマスターは頭を左右に振るしかない。

「スギタ先生の気持ちもわかる。例のドラゴンについての報告書も読んだ。こちらが手出しをしなければ、ドラゴンが手を出さないことも理解した……貴族や商人については、俺が手を回して誤魔化すことはできても、この、国王の勅令には逆らうことはできない。そこは理解してくれるか?」

 国王、つまり玄白に取っては将軍という立場からの勅命。
 そう言われると、玄白としても無茶なことは言えなくなる。

「……ギルドとしては、わしの願いは聞いてくれる。だが、国の命令は絶対、そういうことか?」
「ああ。オリオーンの冒険者は、皆、少なからずスギタ先生の世話になっている。だからこそ、ドラゴンが手出しをしないなどという素っ頓狂な話も今は信じている。現に、今現在、ドラゴン討伐の依頼は国から届いていても、誰もそれを受けようとはしていない」

 せめてもの、冒険者のささやかな抵抗。
 国の依頼といえど、勅命でなければ従う必要はない。
 それを知っているからこそ、先日までのドラゴン討伐については、勇者達の失敗以降、そして玄白からの報告を聞いてからは誰も受けていない。
 それを知っているからこそ、玄白はギルドマスターに頭を下げた。

「辛い思いをさせて、すまなんだ」
「いや、それについては謝罪は不要だ、これも俺の仕事だからな……しかし、勅命が書簡で届けられた、もう冒険者も動くしかない。だから、スギタ先生は逃げてくれ!! おそらく半日も経たずに、この街はドラゴンと騎士達の戦闘により戦場になる」

 一部の冒険者達は、率先してオリオーンの住民の避難誘導を始めている。
 それだけに、ドラゴン相手の戦闘というのは犠牲を伴う。
 
 そもそも、勇者以外では、ドラゴンに争うことなど不可能であることを、国王は過去の歴史書から学んでいるはず。
 にも関わらず、このような勅命を出したというのである。

「逃げてくれ……か。お主達は、どうするのじゃ?」
「俺は冒険者ギルドのギルドマスターだからな。最後まで、この街に残って守れるものは守ってみせるよ。それじゃあな……」

 そう告げて、ギルドマスターは他の職員達に指示を飛ばし始める。
 そして玄白もまた、遣る瀬無い気持ちのまま診療所へと戻っていった。
 
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