隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~

呑兵衛和尚

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ウーガ・トダールの収穫祭

39品目・収穫祭は、子供たちの祭典?(肉じゃがとメンチカツ)

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 サーカスの団長からの依頼を受けた翌日から、俺はいつもより寸胴一つ分多く料理を仕込み始めた。
 
 昨日は団長の頼みもあってカレーライスを一つ。炊き立てご飯とチキンカレーのセットを渡したところ、大盛況だったらしい。
 ただ、サーカス専属料理人たちはどうしても同じ味を再現できないとギブアップしたらしい。
 そもそも、あの値段でこんなに大量の香辛料を用意できないと、団長に泣きついたとか。
 露店が終わったあたりに、カレーライスは人気が良かったものの、原価的に不可能なので、もう少し優しいものにしてほしいと言われたので、今日はそれなりに作り方も簡単なもの用意することにした。

「さて、それじゃあ始めますか」

 まずは一品目の『にくじゃが』から。
 別に二品作る必要はないのだが、時間的には二つ作れるので、片方は明日渡す予定。
 一日につき二品ずつ作って置けは、時間停止処理のできる空間収納ストレージなら、腐敗を気にすることなく、いつも出来立て熱々のものが食べられるので重宝しているが。

「それでも、作り立て出来立てを食べて欲しいと思うのは、料理人の性だろうねぇ」

 まずは材料から。
 タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、白滝、そして肝心の肉。
 
「今日はスタンダードな北海道スタイルがいいか」

 豚もも肉のスライスを大量に用意。
 では、まずは野菜の仕込みから。
 タマネギは皮を剥いてくし形にカット。
 人参とジャガイモも良く洗い皮を剥いてから、ニンジンは乱切りに、ジャガイモは小さければそのまま、大きいものはゴロッと4等分。
 豚肉はやや大き目の細切れにして、さっと酒を振りかけて揉みこんでおく。これは臭みけしという意味も兼ねているので、本当にさっとだけで構わない。

「一度に作るから、大きめの雪平鍋でいきますかねぇ」

 鍋を熱し、大豆油とごま油少々を入れて軽く馴染ませる。
 そこに豚肉の小間切れを加えて軽く火を通すと、次はタマネギと人参を加えて炒める。
 最後にジャガイモを加えると、鰹出汁をひたひた寄りも多めに加え、酒と砂糖、みりんを加えて中火で火にかけておく。

「余計なものは入れない、甘さから先に加えないと、素材は甘さよりもしょっぱさを好む……だったな」

 煮物のコツとして、醤油や塩などの『しょっぱさ』は最後に加える事。
 実は、『甘さ』よりも『しょっぱさ』の方が先に材料に浸透してしまい、甘さを後にすると入らなくなってしまう。
 
「調味料の『さ・し・す・せ・そ』は、使う調味料の順番でもある。だったかな」

 砂糖、塩、酢、醤油、みそ。
 この順番を守っていれば、それほど味付けを見することはない。
 かといって、自己流でアレンジして美味しく作る人もいるから、料理の世界は奥が深い。
 以前、うちの店にランチを食べに来ていた女子大生など、料理はするけどうまくできないと何度も泣きつかれたことがあったが。
 彼女曰く、調味料や材料については、全て目見当で作っているらしい。
 一回一回、しっかりと計って作るなんて恰好悪いと笑っていたのは、実にショッキングだったな。  
 
「さてと、そろそろかな?」

 竹串で材料に火が通ったか確認。
 そして出汁の味を見て、甘さと旨さがいい感じに口の中に膨れるようになったら、ここで醤油を加えて仕上げる。まあ、醤油も一度に加えるのではなく、一度半量ぐらい加えてかさっと混ぜてあたりを取り、そして最後に足りない分だけ足せばいい。

「……よし、これをあと二つ作っておくか」

 実質、ガス台に寸胴は三つ掛けられるので、一度に作るには都合がいい。
 そうして醤油を入れる手前まで仕込んで火にかけておくと、次の仕込みを開始する。
 
「……といっても、そんなに難しいものじゃないんだけれどねぇ」

 作るのは『メンチカツ』。
 こっちの世界に来てから、一度も作ったことが無いので久しぶりに作ろうと思う。
 うちの店で使う肉は『合い挽き肉』、牛が6に対して豚が4。
 最近流行りのジューシィな生タイプではなく、どっしりと食べ応えのある昭和スタンダード。
 まずは洗って皮を剥いた人参を、大きめのボウルの中に擦り入れる。 
 次はタマネギのみじん切りを加え、最後に合いびき肉。
 うちの秘伝のレシピなので詳しくは言えないが、合い挽き肉と玉ねぎの藁Iは、おおよそ2:1に近い。使いであって、その通りではない、このあたりは皆さんで研究してくれっていうところだろう。
 ニンジンは好みで、肉の全量に対して15%から20%ってところか。

 ここに卵、塩、胡椒、ニンニクのすりおろし、粉チーズ、酒を少々加えて混ぜ合わせる。
 力いっぱい練り込むのではなく、全体量がある程度馴染んでいく感じで。
 あとは一個分ずつ手に取り、軽く両手で叩くようにして空気を抜き、小判型にしてバッドに並べ、一度冷蔵庫へ。
 肉の資質が温度が下がることで固まり、肉自体が崩れにくくなる。
 あとは卵と小麦粉、水を混ぜてバッター液を作り、メンチカツの種をバッター液にくぐらせてからパン粉をまぶして。

「揚げたら、コロッケだ~よ♪ だったかな?」

 近所の子供たちが、そんな歌を口ずさんでいたような気がする。
 でも、そこに続くのがキャベツはどうした派と忍者ハッ○リ派に分かれていて、大爆笑していたなぁ。
 あとの方はよくわからんが。
 
「まあ、あとは揚げるだけだからなぁ……と、先に肉じゃがを仕上げるか」

 そのまま肉じゃがの仕上げを行ってから、メンチカツも一気に揚げていく。
 一応、万が一のためにキャベツの千切りとコッペパンも用意しておくとするか。
 しかし……露店で料理が出せないというのは、やはり物足りないような気がしてきたなぁ。

 〇 〇 〇 〇 〇

 ついに、ウィシュケ・ビャハ王国の収穫祭が始まった。
 俺のいるアードベッグ辺境伯領の領都ウーガ・トダールにも、大勢の商人や冒険者、そして祭りを一目見ようと付近の町村や荘園から大勢の観光客が集まっている。
 領都中央にある広場の横には、全国各地を巡回しているデレンディ・サーカスの大型テントも立っており、近くでは様々な露店が所狭しと並び、美味しそうな香りを漂わせていた。

「はい、ユウヤの露店では、異国の不思議なお菓子・わたあめとポップコーンを販売していますよ~」
「こっちがポップコーンだにゃあ、サクサクと香ばしくておいしいにゃあ」

 マリアンが綿菓子を、そしてシャットがポップコーンの販売を担当。
 うちの露店のスペースでは、この二つを並べるだけでかなりキツキツになってしまう。
 そして俺はというと、二つの露店に必要な材料の補充を兼ねつつ、バナナの皮を剥いている真っ最中。
 空いている僅かのスぺ―スでチョコバナナを作っているんだが、割り箸を指したバナナを保温ケースに入れてある溶けたチョコレートの中に突っ込み、上からスプリングル(色付き氷菓子)を掛けて台座にブッ差しても、すぐに甘い香りに引き寄せられた女性たちが購入していくのでストックがぜんぜんつくれない。

 色とりどりの綺麗なスプリングルを身に纏ったチョコバナナが綺麗に並んでいるときは良かったのだが、それも露店を開店して僅か10分で完売。
 今は自転車操業よろしく、次々と作っては売れていくを繰り返している。

「ユウヤぁ、トウモロコシの追加が欲しいにゃ、あとバターと塩もそろそろなくなりそうだニャ」
「あいよ、ちょっと待ってろ……マリアンの方は、ザラメはまだあるのか?」
「こっちは大丈夫です。できるのに時間がかかるのでお客さんが並んでいますけれど、それほど混雑はしていません」
「了解さん……っと、はい、チョコバナナお待ちです。そちらは何本ですか?」

 のんびりとチョコバナナの販売員を行っていると、デレンディ・サーカスの団員さんと団長のアンドリューさんがやって来た。

「お待たせしました。料理を引き取りに来ましたよ」
「はいはいっと、これでも食べてお待ちください」

 目の前に並べたチョコバナナを3本取り、団長さんとついてきた団員に一本ずつ手渡す。
 そして空間収納ストレージから肉じゃがの入った寸胴を一本取り出すと、それを横にあるテーブルの上に置いた。

「今日の分は……大体こんな感じですかねぇ」

 材料その他を計算し、適切な値段をはじき出して提示すると、それで納得がいったのか、金貨の入った袋を取り出して支払いをして貰う。
 そしてアンドリューさんがちょっと蓋を開けて中を覗き込んだ。
 醤油と砂糖で味付けされた肉じゃがの旨そうな香り。
 出来立てなので湯気が立っていて、それがまた食欲をそそってくれるじゃないか。
 
「おっと、こいつも持って行ってください。これは一味と言いまして、食べる直前にバッバッと軽くかけると、辛さが加わって味が一本引き締まりますよ」

 瓶入りの一味唐辛子を三本手渡すと、アンドリューさんはいそいそとポケットの中にしまい込んだ。

「それでは、本日はありがとうございます。また明日も、よろしくお願いしますね」
「ああ、明日は揚げ物を作っておくので、パンを用意しておいた方がいい」
「パンですね、それならうちの料理人に頼んで多めに焼いてもらうことにしましょう。では」

 直径48センチの寸胴。
 単純計算なら、大体50リットルは入る。
 その8分目まで作った肉じゃがだ、体力資本のサーカス団員でも満足してくれるだろうさ。
 そしてふと気が付くと、折れれの近くには子供たちではなくいつもの露店常連たちが集まり始めていた。

「な、なあユウヤ店長、さっきの料理はここで食べられるのか?」
「一杯だけ売ってくれ、頼む」
「いや、すまんが……うちはくじ引きで負けてねぇ、煮ものと焼き物は出せないんだよ」

 申し訳ないと思うが、これもルール。
 そう手を合わせて謝ると、常連たちは残念そうに離れていく。
 そして入れ替わりに子供たちも集まって来るので、縁日の露店を再開するとしますか。

………
……


――夕方
 今日の販売分は全て完了。
 午後になって子供の客以外に、大人の姿もちらほらと現れ始めていた。
 中には市場で見た青果店の主人とか穀物を売っていた店の主人まで、楽しそうにゃってきてはポップコーンやチョコバナナを購入し、あーだこーだと議論をぶつけ合っている。
 直接、俺のところに材料を聞きに来なかったのはたいしたものだが、とうもろこしの爆裂種を譲ってくれた店の主人は、ずっとシャットが売っているポップコーンを凝視していた。
  
「ははぁ、あれは再現しようって腹だな。ま、それも構いやしませんけどね」

 別に真似して販売されたところで、気にするものでもない。
 ただ油の値段を考えると、それほど安く売れそうもないが。
 
「ね、マリアン、これって加熱術式を施してある魔導具よね? そうでしょ?」
「秘密ですわね」
「それでこの甘い琥珀色の結晶は……蜂蜜を固めたもの、どう、正解?」
「違いますわねぇ……」
「うーん……難しいわねぇ、もう一本頂戴」
「はい、毎度様ですわ。これで本日の分は全て終了ですので」

 どうやらマリアンの方も終わったらしい。
 
「よし、とっとと片付けて賄い飯にするか」
「よ、ようやくご飯だにゃあ……チョコバナナだけじゃ、力が出なかったにゃ」
「私は大丈夫でしたわ。でも、サリィがどうしても綿あめの秘密を聞き出そうとして、大変でしたのよ」
「はは、まあ知られたところで、別に困りはしないがな」

 ということで、とっとと機材を空間収納ストレージに収納。
 時間停止処置をしておいて、あとで店に戻ってメンテナンスをする必要がある。
 あとは材料の入っていた段ボール箱を全て回収し、ごみの入った袋を厨房倉庫ストレージへ。

「……シャットの足元は、ずいぶんと散らばっているなぁ」
「最初は手間取ったけれど、最後は慣れたものだにゃ」
「それじゃあ、明日はフレーバーシュガーを使ってみるか」
「にゃ?」

 ブラウンシュガーを使ったものではなく、プレーンを作ってから紙袋に入れて、好きなフレーバーシュガーを振りかけてシャカシャカと混ぜるタイプだ。混ぜるのはお客に任せて、プレーンタイプのホップコーンを作ってフレーバーをひとさじ入れるだけ。

「まあ、そんなに面倒じゃない。綿飴は今日と同じ、流石に味変をすることはできないからな」
「畏まりました……ちょっと残念ですけれど」

 そう呟いているものの、内心ほっとしているようなそぶりが見える。
 まあ、明日は今日と違ってそんなに忙しくはないだろう。

「まあ、そういうな……って、ちょい待ち、ひょっとしたら、なにかできるかもしれないか」
「え……」
「できるかどうかは分からないけれど……うん、まず飯にするか」 
 
 残しておいたテーブルに、炊き立てご飯を入れた保温ジャーと肉じゃがの入れてあった寸胴を取り出す。
 そこから雪平鍋に少し移し、カセットコンロに掛けて熱々に。
 まあ、寸胴を出しっぱなしにすると冷めてしまうので、食べる分だけ出しておいたのと寸胴ひとつおいておくと、また客が集まってきそうなのでね。
 あくまでも賄い飯という体裁を整えておかないと。

「ハフッホフッハフッ……」
「あらら、これは甘くてしょっぱくておいしいですわ。このバタタモジャガイモも良く煮込まれていて美味しいですし」
「ユウヤァ、これはビールだにゃ、それともう一杯食べるにゃ」
「はいはい、セルフサービスでよろしく」

 仕方がない、瓶ビールを一本、出しておくか。
 
「マリアンもビールか?」
「私はワインをいただければ」
「あいよ」

 エビスの瓶とワインのミニボトルを一本出す。
 そしてシャットとマリアンにそれぞれ手渡すと、シャットは凄い勢いでラベルを眺めている。

「うう……ラッキーエビスさんじゃないにゃ」
「そうそうお目にかかれるものじゃないからなぁ。ま、そのうち見かけるだろうさ」

 そのあとはノンビリと賄い飯を食べてから、俺は宿に戻って越境庵へ。
 機器のメンテナンスと、明日分の仕入れを終らせておかないとねぇ。
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